007年12月3日に八王子みなみ野、七国に開業しました!

 

ななくに歯科 ホームページ

↑ クリックして下さいね!


               

                 診療時間

      平日、土曜 10時~22時

      日曜、祝日 10時~18時

      電話 042-635-4277


読者の皆様へ


私達のブログに来て下さりありがとうございます!


毎日、ななくに歯科のスタッフで、こつこつブログを始めて、もう、4年になります。


ななくに歯科のスタッフには、様々な年代のスタッフがおりまして、みんなで、仲良く、患者様の為に、日々、励んでおります。


もし、ブログをご覧になられた方で、「!」と思われた方は、

ぜひ、コメントを頂けると、励みになりますので、一言、添えて下されば幸いです



そして・・・


    患者様へ! 

  「ブログをみたよ!」



といってくださった方には、

歯ブラシをプレゼントいたしますので


受け付け、もしくはDrにお申し付けください。





ななくに歯科 スタッフの お庭ブログも見てくださいね!


http://ameblo.jp/nanakuni028/


1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2017-01-17 20:56:14

今日の555を読んで

テーマ:ブログ
こんにちは。
八王子みなみ野にあります年中無休の歯科医院、ななくに歯科の佐々木です。
今日も院長の『今日の555』を読んで感想を書きたいと思います。



今日の555!!!(第1480回)

友人って『つくるもの』ではなく、自然に『なる』ものなのかもね。

ある人にとっては、
「友人ができるか、どうか」
ということは、重大な悩みのひとつかもしれません。

一見明るく、
社交的に見えても、
腹を割って話し合える友人がおらず、
表面的な人付き合いに虚しさを感じている人も多いんじゃない?

それほど、
親友というものはなかなか得がたいもの。

「学校の友人や職場の同僚たちとのくだらない話に付き合うのは疲れる。
しかし、仲間はずれにされるのは怖いので、
仕方なく付き合っている。
楽しそうに振る舞ってはいるが、心の中は冷めている」

という人もいるのでは?

もちろん、友人はいないよりはいたほうがよいと思うよ。

でもね。

ただ、友人というものは、
心からの共感、尊敬、信頼などがあってはじめてできるものなんじゃないかな?

だから…

友人は「つくるもの」ではなく、
自然に「なる」ものだと言ってもよいんじゃないかな?

無理をして
「友人をつくらなければならない」
などと考えることはないと思うの。

「友人がいないと恥ずかしいから」
という理由だけで友人と付き合っても、
変に遠慮したり、
逆に過剰な要求をしてしまったりするだけ。

友人ができないことで悩んでいる人は、
友人がいないことそのものを悩んでいるというよりも、
まわりから

「あいつは友人のいないつまらない人間だ」

と冷たい視線を向けられることを怖れているのでは?

中には、友人のいない人をあからさまにバカにする人もいるかもしれないね。

でも
そういう人は、
たとえどれだけ多くの友人に囲まれていても、
心から人付き合いを楽しんではいないんじゃない?

きっと自分自身もひとりぼっちになることを怖れているんじゃないかな?

自分が仲間はずれにされることが怖いから、
ひとりぼっちの人をバカにして自分をごまかしているんだよ。

だから
そんな人の言うことは気にすることはないんだよ。

他人と付き合うよりもひとりでいるほうが楽だと思うなら、
それでもよいのです。

別にそれはおかしいことではありません。


家に引きこもっている人は、
社会や他人との関わりを絶ち、
孤独に生きる道を選んだ人だと思われがち。

でも実は、
引きこもっている人とは、
社会との関わりを拒絶している人ではなく、
むしろ社会との関わりをあまりにも重要視しすぎて、
「孤独になり切れない人」
なんだよ。

つまり

「人前では明るくはきはきと話せなければならない。人間にとって他人とのコミュニケーション能力がもっとも重要である」

と思い込んでいるから、
それができないなら引きこもるしかない、
と極端に考えてしまうの。

まぁ
無理をして明るく振る舞い、
いやいやながら他人と付き合っている人と大差はないんだよね。

世の中には、
誰とも深く関わらず、
他人とほとんど口をきかずにできる仕事もたくさんあります。

そういう仕事をする人も世の中には必要なのです。

必ず人の役に立っているのですから、恥じることはないよね。

芸術家や職人なども孤独な職業。

内省的で、自分を厳しく追いつめていくタイプの人でなければつとまりません。

他人と関わることが苦手な人は、
思慮深く、神経が細やかで、根気強いもの。

人それぞれ、
自分の特長を生かし、
自分に合った生き方をすればいいんじゃないかな。

ちなみに
わざと他人との関係を拒絶することをすすめているわけではないよ。

でもかといって

「嫌なことがあったらスパッと関係を絶てばよい」

というのでもありません。

孤独に生きるといっても、
人は必ず誰かの世話になっているわけですから、
他人との関わりはできるかぎり大切に。

他人を尊重し、
感謝することを忘れてはいけないよね。

ただ
他人に感謝はしたほうがいいけど
執着をしてはいけないの。

人付き合いというものは、相手のあることですから、
自分の思い通りにはいかないよね。

自分の思い通りにはならないのが当然なんだ。

他人と判り合えるということは、すばらしいことですが、
精一杯努力しても判り合えないことも。

それは仕方のないことなんだ。

「いざとなったら、ひとりになればよい」
という覚悟を決めることによって、
逆におおらかな気分で、
豊かな人間関係を築くことができるんじゃないかな?



感想。
私は普段、わりと引きこもっています。
友達も少ない方だと思います。
『今日の555』に書かれているように、『人前では明るくはきはきと話せなければならない。人間にとって他人とのコミュニケーション能力がもっとも重要である」』と、自分も思っていたことに気づきました。
引きこもっている理由が、私は人と楽しくおしゃべりできるタイプでもないし、コミュニケーションもうまくできないし‥‥と思っていて、他人と話をすることに苦手意識があったように思います。

でも、私も生きていく中で1人ではないし、周りの人との縁も大事にしたいと思うようになりました。
なぜ自分が引きこもっていたのか、ということを自覚できたので、次はどうしたらいいか、自分なりに考えて行きたいと思います。
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>
2017-01-15 13:00:00

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。

八王子市七国にあります

年中無休の歯科医院サポートスタッフの平塚です。

 

 

今日の555!!!(第1487回)

愛されることは幸せな人生を送るために不可欠だけど、
愛されるだけでは幸せにはなれないの。

他人からの愛情は、
幸せを「与えて」くれるものではなく、
自分の幸せを「増幅して」くれるものなんじゃない?

たしかに
他人から愛されたり、
何かをしてもらったりすることは、
うれしいこと。

でもね、大切なことは
「何かをしてもらったからうれしい」
のではなく、
「相手の心遣いに感謝し、相手を大切に思い、そのおかげで自分の心が豊かになること」
がうれしいんじゃないかな?

他人から受けた愛情は、
自分の心で温め、
育てるもの。

それをわきまえていなければ、
際限なく相手に愛情を要求し、
ついには逆に敬遠されるはめになってしまうんだよ。

どれだけ泣きついても、
脅しても、
自虐的な態度で同情を誘っても、
他人の心からの愛情をえることはできないの。

むしろ、
強要すればするほど、
相手の自由な意志を阻害し、
真の愛情を遠ざけてしまうよ。

他人から愛されることは、
何ものにも代えがたい、
貴い価値。

なぜ価値があるかといえば、
どんな手段を用いても
けっして自分の力では手に入れられないものを、
他人がまったくの善意で、
無償で与えてくれるから。

だから
知っていて。

他人から愛情を強制的に引き出すことは
絶対にできませんし、
自分を愛してくれる人を選ぶこともできないことを。

相手が自らの意志で愛してくれること以外に、
愛される方法はないんだよ。

じゃぁ、僕たちにできることって何?

それは
僕たちにできることは、
自分から他人に精一杯の愛情を示すこと、
そして、他人からありがたくも愛情を受けたとき、
それを最大限に活かせるよう、
つねに自分を磨く努力をしておくことだけ。

大学合格を目指して懸命に勉強をすることは、
何かを学びたいという目的があってこそ、
意義があるよね。

単に親を喜ばせたい、
高い学歴をえて自慢したい、
という目的だけのために受験勉強をした人は、
大学に入学した途端、無気力におちいってしまうんだ。

まったく勉学の意欲もなく一流大学に入った人よりは、
明確な意志をもって小さな会社に就職した人のほうが、
はるかに有意義な人生を送っているよ。

外からの評価だけで成功、失敗は決められないの。

愛されることは幸せな人生を送るために不可欠だけど、
愛されるだけでは幸せにはなれないの。

ゼロに何をかけてもゼロにしかなりません。

ただ漫然と他人の愛情を要求するだけでは、
せっかくの愛情を無駄に使い捨ててしまうことになってしまうんだ。

自分なりの生きがい、
喜びという軸があってこそ、
他人の愛情が活かされるんだよね。

 

感想

他人からの愛情は、
幸せを「与えて」くれるものではなく、
自分の幸せを「増幅して」くれるものなんじゃない?

の言葉に共感し、選びました。

 

自分の心も相手の心も豊かにすることに必要なのはやはり愛情は不可欠であると改めて感じました。

 

私も仕事をする中で

スタッフや患者様に対し、

愛を持って接していこうと思います。

 

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-13 17:15:37

今日の555!!!を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。

八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

サポートスタッフの湯田智文です。

 

本日も、今日の555!!!の感想を書きたいと思います。

 

今日の555!!!(第1485回)

どうしたら、自分の中に湧き上がる不愉快な感情から避けることができるのでしょう?

人から逃げれば避けれるのでしょうか?...
組織から逃げれば避けれるのでしょか?

一度や二度ぐらい
人から
組織から
離れて
不愉快なことから避けたことがあるかもしれませんが
きっと
気が付くはずです。

どこにいっても
不愉快な感情に出会うことに・・・

自分を好きになれない人は、
不快な感情に支配されてしまっているかもしれません。

なぜ好きな人の前でもっと上手に話せないのだろう。
なぜ仕事や勉強にやる気がでないのだろう。
なぜあの人は、あんな嫌なものの言い方をするのだろう。

些細なことで頭がいっぱいになり、
気にかけまいとすればするほど、
そんな些細なことにこだわっている自分に嫌気がさし、
ますます自己嫌悪が深まっていく・・・

怒りや悲しみなどをガン細胞のように取りのぞくことはできません。

不快な感情も自分の心の一部なの。

それらを否定することは、
自分自身を否定することにほかなりません。

誰でも多かれ少なかれ、
日常の些細なことを気に病んで生きています。

気にすることが悪いのではなく、
「気にすることを気にしてしまうこと」
が問題。

嫌なことがあったとき、
悩むのは、人間としてまったく正常で健全な心理。

少しでも人生をよいものにするために悩むのですから、
悩むこともまた、
生きる張り合いを私たちにもたらすものです。

自分を好きになれない人は、
何でもものごとを中途半端にすませておくことのできない生真面目な人なのでしょう。

強くあれ。
逃げるな。
甘えるな。

心の中の裁判官がつねに自分を厳しく監視しており、
気が安まるときがないのでは?

もちろん、自分の欠点を自覚し、反省し、改善するよう努力することは大切。

しかし、理想は理想として、
現在の自分をありのままに受け入れることも同じくらいに重要です。

がんばろうと思えばがんばればいいし、
休みたいときには休めばいい。

どちらも大切な自分です。
一方に偏りすぎてはいけません。

幸福な人も、
不快な感情がわき上がることはあります。

しかし、それをことさら深刻に受け取らないだけなのです。

人の命にかかわることでないかぎり、
世の中には大騒ぎしなければならないことなどほとんどありません。

好きな人の前で緊張してうまく話せないとき。
他人に文句を言いたいのに言えないとき。
友人の心ないひと言で落ち込んでしまったとき。

「やれやれ、私の小心者ぶりも困ったもんだな」
と笑い飛ばしてみませんか?

自分の欠点を笑い飛ばすことは、
生真面目な性格の人には、
自分と向き合うことから逃げている、
無責任でいい加減な態度に思われるかもしれません。

しかし、
自分のささいな欠点も許せない人も、
「自分は本当はこんな弱い人間ではない」と、
弱い自分を認めることから逃げているんだよね。

それはまた、
「自分は完璧な人間として扱われるべきである」
というごう慢さだともいえるのかも。

悩みが解決されなければ幸せにはなれないと考えていては、
一生、
「将来のための準備期間」
で終わっちゃうよ。

完璧を求めすぎるあまり、
いつまでも充実感はえられず、
中途半端に人生を終えるという皮肉な結果となっちゃうよ。

「ときには悲しんだり落ち込んだりすることもあるさ」
と気楽に構えるのと、
「なぜもっと前向きに考えられないのだろう」
と暗く落ち込むのと、

どちらが本当に前向きな生き方でしょうか。

自分を好きになれなくても、
「自分を好きになれない自分」
を責めてはいけません。

好き嫌いという感情は、
努力してえられるものではなく、
「自然にそうなるもの」
です。

自分を好きになるための第一歩は、
自分を責めない癖をつけること。

他人のすることは止められませんが、
自分のすることはやめられます。

「楽に生きる」とは、
鈍感になることでも、
自分をごまかすことでもないんだよ。

感情に支配されず、
感情を拒絶もせず、
中庸を心がけるということ。

ストレスがたまったときは、
「イライラさん、またお会いしましたね」
とにこやかに自分の心に声をかけてみない?

「イライラさん」は、誰の心の中にも住んでいます。

「イライラさん」
は気むずかしいだだっ子ですので、
攻撃すれば怒って暴れ出し、
何十倍にも攻め返してくるんだよ。

下手に抑え込もうとせず、
子供をあやすように手なずけるのが良策じゃないかな?

不快な感情も自分の一部として一生付き合っていくのだ、
と気楽にかまえていれば、
「イライラさん」は、
ちょっかいを出さず、おとなしくしてくれているものなんだよ。

 

<感想>

テレビで見たことがあるのですが、「ストレスは体に良い」と頭の中で思わせると、自然と体調も良くなるとありました。ストレスはやはり生活しているうちにだんだんと蓄積されていくものなので、どうにかして出そうというよりはそのストレスを「良いもの」と良い方向に考えれば、自分の心の中も少し変化していくのではないかと思いました。院長の今日の555!!!のこの記事を読んで、ストレスに関して改めて考えさせられました。

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-13 12:27:46

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。

八王子みなみ野にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科でサポートスタッフをしております伊藤有子です。555の感想を書きたいと思います。

 

今日の555!!!(第1487回)

愛されることは幸せな人生を送るために不可欠だけど、
愛されるだけでは幸せにはなれないの。

...

他人からの愛情は、
幸せを「与えて」くれるものではなく、
自分の幸せを「増幅して」くれるものなんじゃない?

たしかに
他人から愛されたり、
何かをしてもらったりすることは、
うれしいこと。

でもね、大切なことは
「何かをしてもらったからうれしい」
のではなく、
「相手の心遣いに感謝し、相手を大切に思い、そのおかげで自分の心が豊かになること」
がうれしいんじゃないかな?

他人から受けた愛情は、
自分の心で温め、
育てるもの。

それをわきまえていなければ、
際限なく相手に愛情を要求し、
ついには逆に敬遠されるはめになってしまうんだよ。

どれだけ泣きついても、
脅しても、
自虐的な態度で同情を誘っても、
他人の心からの愛情をえることはできないの。

むしろ、
強要すればするほど、
相手の自由な意志を阻害し、
真の愛情を遠ざけてしまうよ。

他人から愛されることは、
何ものにも代えがたい、
貴い価値。

なぜ価値があるかといえば、
どんな手段を用いても
けっして自分の力では手に入れられないものを、
他人がまったくの善意で、
無償で与えてくれるから。

だから
知っていて。

他人から愛情を強制的に引き出すことは
絶対にできませんし、
自分を愛してくれる人を選ぶこともできないことを。

相手が自らの意志で愛してくれること以外に、
愛される方法はないんだよ。

じゃぁ、僕たちにできることって何?

それは
僕たちにできることは、
自分から他人に精一杯の愛情を示すこと、
そして、他人からありがたくも愛情を受けたとき、
それを最大限に活かせるよう、
つねに自分を磨く努力をしておくことだけ。

大学合格を目指して懸命に勉強をすることは、
何かを学びたいという目的があってこそ、
意義があるよね。

単に親を喜ばせたい、
高い学歴をえて自慢したい、
という目的だけのために受験勉強をした人は、
大学に入学した途端、無気力におちいってしまうんだ。

まったく勉学の意欲もなく一流大学に入った人よりは、
明確な意志をもって小さな会社に就職した人のほうが、
はるかに有意義な人生を送っているよ。

外からの評価だけで成功、失敗は決められないの。

愛されることは幸せな人生を送るために不可欠だけど、
愛されるだけでは幸せにはなれないの。

ゼロに何をかけてもゼロにしかなりません。

ただ漫然と他人の愛情を要求するだけでは、
せっかくの愛情を無駄に使い捨ててしまうことになってしまうんだ。

自分なりの生きがい、
喜びという軸があってこそ、
他人の愛情が活かされるんだよね。

 

~感想~

この555を読んで3月で高校を卒業しようとしている長女の事が浮かびこの記事の感想を書くことにしました。「相手の心遣いに感謝し相手を大切に思い、そのおかげで自分の心が豊かになること」。思春期は反発していたり喧嘩していた時期もありましたが高校入学が決まった時、真っ先に感謝の言葉と今までは言ったことがなかった親へ思いを語ってくれたことを思い出し涙が出たこと、その言葉どおり高校3年間は休むことなく毎日通い、自分の将来を考えて生活していたこと、そして4月からぶれることがなかった自分の行きたかった学校へ入学できること、そして今その準備に明け暮れている長女を見るとこの先、どう生きていくのかと楽しみでならないです。親は愛情をもって接しているけれど子供はその何倍もの愛情を返してくれています。

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-12 18:47:41

555!を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。

八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

サポートスタッフの磯崎です。

 

↓院長先生のブログより

 

今日の555!!!(第1482回)

他人からの称賛は、サプリメントみたいなもの。
あれば、確かに役に立つと思うけど
決して
主食
ではないんだ。

つまり、他人からの称賛はあなたにとっての人生の
本当の栄養
ではないんだよ。

自分に自信がもてない人は、
他人からの賞賛をえようとやっきになっていないかな?

心の空洞を他人に埋めてもらおうとしていないかな?

他人から認められることは、
喜ばしいことには違いないけど、
それだけを目的として努力しても、
自信にはつながらないんだよ。

他人からの賞賛は、サプリメントのようなもの。

食事をとらずに、
サプリメントだけで栄養を補給しようとするのは、
健康的ではないよね?

心にとって本当に大切な栄養、
すなわち自信をえるためには、
自分の心で自分を認めなくてはならないの。

自信をもつために、
何かをえようと必死で努力する必要はないからね。

「何もしなくても、何もえなくても、自分はこの世に存在するだけで価値がある」
と考える癖をつけて!!

頭がよい、
金持ちである、
こういう業績を残した、
などという条件付きの自信というものは、
本当の自信ではなく、
他人と較べての優越感や虚栄心。

自分に自信をもつ唯一の方法は、
無条件で自分を認めることなんだよ
(^^)/

自分に自信がもてず悩み苦しんでいる人も、
はじめから自己無価値感をもって生まれてきたわけではないんだよ。
(^^)/

まず、確実に、それを認めて
(^^)/

でも
まだ正しい判断力をもち合わせていなかった子供のころに、
他人によって、
「お前は価値のない人間だ」
という間違った考えを植え付けられてしまっただけ。

生まれたての赤ん坊は、言葉も生活様式も判りません。
人から学んで覚えていくもの。

日本人に生まれた子供は、日本語を習い、日本の生活の仕方を覚えます。
アメリカ人に生まれれば、アメリカのそれらを身につけます。

考え方も同じように、
人から教えられて身についたもの。

生まれつきもっていたわけではありません。

思い込みによって身についたものですから、
心のもち方次第で変えることができるんだよ。

ちなみに
今ね。

自分の
自己無価値感に苦しむということは、
子供のころから染みついていた自分の考え方の間違いに
気づくということ。
(^^)/

もっとも怖ろしいことは、
間違いにさえ気づかず、
自分の意志をもてぬまま、
無為に一生を終えること。

間違いに気づくことは、幸いなんだよ。

成長したことの証拠なの。

自分が正しい意志に目覚めたことを
はっきりと認めてね。

なかなか自分の価値を認められない人が陥っている勘違いは、

「自分の価値を自分だけで認めても、それは結局、独りよがりな自惚れであり、現実から目をそらしているだけの自己欺瞞であり、ごう慢で無責任な態度なのではないか」

ということでは?

でもね。

そんな心配はいらないの。

人は、自分を認められれば、
ますます謙虚になり、
他人を尊重し、
自分の人生に責任をもてるようになるものなんだ。

だから安心してほしい。

自分で自分を認められないから他人に認めてほしい、
と要求ばかりしている人のほうが、
よっぽどごう慢で無責任なの。

他人を完全にコントロールすることはできません。

自分がコントロールできるのは自分の心だけであり、
自分の心をコントロールできるのは、自分だけなのです。

といっても、
何でも自分ひとりで抱え込んで苦しむことはありません。

困ったときには友人の助言を求めてもよいし、淋しいときには恋人に慰めてもらってもよいのです。

しかし、他人に認めてもらうということは、
足りない栄養を補うサプリメントにすぎないということを忘れてはいけません。

しっかりとした食事で栄養を摂るのが本筋。

自分で自分を認めた上で、
確認のために他人の意見を参考にすればいいんじゃない?

 

~感想~

どれだけ頑張ったか、どれだけ怠けていたか、どれだけ他者のために行動したかなど、

自分を認めることができるのは自分であり、またそれによって満足感や自己嫌悪といった

様々な考えが自分の中にできるのだと分かりました。

自分の事を本当に理解しているのは親でもなく友達でもなく自分自身であると私は思います。

そのため、まずは自分の現状を認め、自分はどうしたいのかを自分で考える必要があると感じました。

しかし、悩んで悩んで自分ではどうすることもできない時もあります。

そんな時こそ、院長先生の言葉にあるように他者を頼ってサプリメントを頂くべきだと感じました。

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-12 17:54:11

555!を読んで

テーマ:ブログ
こんにちは!
八王子みなみ野七国にあります
年中無休の歯科医院
ななくに歯科、歯科衛生士の山田です。


今日の555!!!(第1484回)

勉強のできる子。まじめに仕事をこなすがんばり屋さん。涙を見せない強い人。
他人から評価されたいために、必死でとりつくろってきたのに、自ら作り上げた自分のイメージが窮屈になって逃げ出したくなる、ということありませんか?

見くだされれば悔しいし、
過大評価されれば居心地が悪い。

他人の評価ばかりを気にしているかぎり、
たとえ努力してよい評価をえられたとしても、
今度は「誰も本当の私を理解してくれない」
という不満が募るようにも。

他人からの評価は、もちろん、
えられたほうがよいけど、それは目的ではなく、結果にすぎないんだよね。

幸せな人とは、
ありのままの自分でいることができ、
それが適正に評価されている人のこと。

しかしそうはいっても、
自分に自信がもてない人は、
「ありのままの自分」
でいること自体が不安なのですから、
いったい何をどうすればよいのか判らないかもしれません。

自分は何も悪気はないのに、
どうも皆から好かれていないようだ。

自分が変わらなければいけないと思うが、
心のどこかで
「自分は悪くないのに」
という思いもある。

好かれるために自分を変えるというのは、
他人に屈服するようで悔しい。

いったい自分のどこがいけないというのか。

ものごとを生真面目に考え込む人は、
とかく答えを求めがち。

しかし、答えを求めると息苦しくなります。

人生はマークシートの試験ではありません。
幸せや生きがいは、
明確な答えを見つけることではなく、
問題を解く姿勢の中にあるのはないかな?

自信をもつために重要なことは、
自分の人生に責任をもつということ。

自分の人生に責任をもっているならば、
答えが正しいかどうかなど気にすることはありません。

どういう答えを選ぶかではなく、
どういう考えに従い、
どういう気持ちで答えを選ぶかということに
意味があるんだよ。

自分の意志で、自分の責任で選んだ答えは、
すべて正解なんだよ。

ちなみに
「自分の人生に責任をもつ」とは、
責めを負うということではないんだよ。

ただただ
自分の人生は自分で決めるのだという意欲と
権利意識を育てるということ。

「どうせ私が悪いんだ」
と自分を責めてしまう人は、
自分に責任をもっているのではなく、
逆に逃げているのに気が付いてね。

先に自分を責めておけば、
他人から傷つけられたときのつらさを
ごまかすことはできます。

しかし、そうすることによって、
ますます自分が嫌いになってしまい、
他人から批判される不安も大きくなる、
という悪循環におちいることに。

世界中の誰に傷つけられても、
自分だけは自分を尊重できるようにならない?

自分のやり方が間違っていたのだとしても、
それは単に「やり方」が間違っていただけであって、
自分という人間そのものが悪いのではありません。

「誰が悪いのか」という犯人捜しはやめて、
「自分はどうしたいのか、自分に何ができるのか」
を考えていこうよ
(^^)/

他人との付き合い方は、人それぞれに違います。

自分が選んだ答えが正しいかどうかは、
誰も決めつけることはできないよ。

人付き合いに絶対に正しいやり方などというものはないのですから。

他人から認められる人とは、きっと
「正しい答えを選んだ人」ではなく、
「自分が選んだ答えに責任をもっている人」
のことなんじゃない?



感想
年末年始に地元に帰省した際に高校時代の同窓会がありました。憧れのあの彼が年相応なおじさんになっていたことはさて置き、とても楽しく懐かしいひと時を過ごしました。私の母校は校則も制服もなく、金髪にしてもピアスをいくつ空けても許されるような学校でした。しかし、その責任は自分で取れ、と。今思うと些細なことでも考えて、選んで、実行して「自分の人生は自分で決めるのだという意欲と権利意識を育てる」訓練をしていたように思えます。そんな高校時代を共に過ごした級友たちは実に様々な違った人生を歩んでいるのですが、皆現在に満足し生き生きとしていました。
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-09 13:41:23

今日の555!!!を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは、八王子市七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科の大牧です。院長の555!を読んでの感想を書きたいと思います。

 

今日の555!!!(第1477回)

涙が出るほどつらいことあったかもしれないね。

でもね。

きっと、10年後には立ち直れるよ。

きっと、20年後には笑えてるよ。

きっと、50年後には忘れているかもしれないよ。

今は、たしかに、この 「今」 があるかもしれないけれど、

数年後には

数年後の 「今」 があるんだよ。

辛いことなんてほんとは、

宇宙のどこにも存在しなくて

どこに存在するかといえば

それは

確実に

自分自身の頭の中。

10年後も20年後も50年後も

辛いことは

宇宙のどこにもないんだよ。

たしかに

僕たちは

昔を思い出す能力があるかもしれないけれど

僕らの「生」は

昔の思い出のために生きるものではなくて

「今」

を生きるためにいろんな能力があるんだよ。

だから

だから

しっかりと

「今」

を大事にして

「今」

を生きよう。

そしたら

辛いことは

10年もしなくても

今すぐ

立ち直れるんじゃない?

もう、わかったかな?

辛いことから立ち直る方法って

ただただ

「今」

を大事にすればいいんだよ。

だから、もし

「今」つらいことがあったとしても

必ずいつか変わるときが来るから

それを信じて

前を向いてみて。

(^^)/

 

《読んだ感想》

涙がでるほど、つらいことがあったとき、

『きっと、10年後には立ち直れるよ。

きっと、20年後には笑えてるよ。

きっと、50年後には忘れているかもしれないよ。』

 

本当にその通りだと思います。

涙がでるほど、つらいと思うのは「今」です。

でもつらいと思った次の日、そのつらさは軽減されています。

そして時が経つごとにつらさは、どんどん軽くなって、いつの間にか乗り越えていたりします。

5年前、言葉にならないつらさ、苦しさに出会いました。

あまりのつらさに、「生きること」から逃げたくなりました。

でも、「今」、生きています。。

あの時のつらさから、ほとんど立ち直っています。

つらい日々を思い出すこともありますが、泣くことなく毎日、笑って楽しく過ごすことができています。

特別なことをする必要はなく、普通にいつも通りに「今」を生きる。

その繰り返しがつらさから解放される術なのだとあらためて、院長のブログを読んで、あらためて気づきました。

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-06 21:54:00

555を読んで

テーマ:ブログ
こんにちは!
八王子みなみ野 七国にあります
年中無休の歯科医院
ななくに歯科のサポートスタッフの安藤です。

今日の555!!!(第1480回)

友人って『つくるもの』ではなく、自然に『なる』ものなのかもね。

ある人にとっては、
「友人ができるか、どうか」
ということは、重大な悩みのひとつかもしれません。

一見明るく、
社交的に見えても、
腹を割って話し合える友人がおらず、
表面的な人付き合いに虚しさを感じている人も多いんじゃない?

それほど、
親友というものはなかなか得がたいもの。

「学校の友人や職場の同僚たちとのくだらない話に付き合うのは疲れる。
しかし、仲間はずれにされるのは怖いので、
仕方なく付き合っている。
楽しそうに振る舞ってはいるが、心の中は冷めている」

という人もいるのでは?

もちろん、友人はいないよりはいたほうがよいと思うよ。

でもね。

ただ、友人というものは、
心からの共感、尊敬、信頼などがあってはじめてできるものなんじゃないかな?

だから…

友人は「つくるもの」ではなく、
自然に「なる」ものだと言ってもよいんじゃないかな?

無理をして
「友人をつくらなければならない」
などと考えることはないと思うの。

「友人がいないと恥ずかしいから」
という理由だけで友人と付き合っても、
変に遠慮したり、
逆に過剰な要求をしてしまったりするだけ。

友人ができないことで悩んでいる人は、
友人がいないことそのものを悩んでいるというよりも、
まわりから

「あいつは友人のいないつまらない人間だ」

と冷たい視線を向けられることを怖れているのでは?

中には、友人のいない人をあからさまにバカにする人もいるかもしれないね。

でも
そういう人は、
たとえどれだけ多くの友人に囲まれていても、
心から人付き合いを楽しんではいないんじゃない?

きっと自分自身もひとりぼっちになることを怖れているんじゃないかな?

自分が仲間はずれにされることが怖いから、
ひとりぼっちの人をバカにして自分をごまかしているんだよ。

だから
そんな人の言うことは気にすることはないんだよ。

他人と付き合うよりもひとりでいるほうが楽だと思うなら、
それでもよいのです。

別にそれはおかしいことではありません。


家に引きこもっている人は、
社会や他人との関わりを絶ち、
孤独に生きる道を選んだ人だと思われがち。

でも実は、
引きこもっている人とは、
社会との関わりを拒絶している人ではなく、
むしろ社会との関わりをあまりにも重要視しすぎて、
「孤独になり切れない人」
なんだよ。

つまり

「人前では明るくはきはきと話せなければならない。人間にとって他人とのコミュニケーション能力がもっとも重要である」

と思い込んでいるから、
それができないなら引きこもるしかない、
と極端に考えてしまうの。

まぁ
無理をして明るく振る舞い、
いやいやながら他人と付き合っている人と大差はないんだよね。

世の中には、
誰とも深く関わらず、
他人とほとんど口をきかずにできる仕事もたくさんあります。

そういう仕事をする人も世の中には必要なのです。

必ず人の役に立っているのですから、恥じることはないよね。

芸術家や職人なども孤独な職業。

内省的で、自分を厳しく追いつめていくタイプの人でなければつとまりません。

他人と関わることが苦手な人は、
思慮深く、神経が細やかで、根気強いもの。

人それぞれ、
自分の特長を生かし、
自分に合った生き方をすればいいんじゃないかな。

ちなみに
わざと他人との関係を拒絶することをすすめているわけではないよ。

でもかといって

「嫌なことがあったらスパッと関係を絶てばよい」

というのでもありません。

孤独に生きるといっても、
人は必ず誰かの世話になっているわけですから、
他人との関わりはできるかぎり大切に。

他人を尊重し、
感謝することを忘れてはいけないよね。

ただ
他人に感謝はしたほうがいいけど
執着をしてはいけないの。

人付き合いというものは、相手のあることですから、
自分の思い通りにはいかないよね。

自分の思い通りにはならないのが当然なんだ。

他人と判り合えるということは、すばらしいことですが、
精一杯努力しても判り合えないことも。

それは仕方のないことなんだ。

「いざとなったら、ひとりになればよい」
という覚悟を決めることによって、
逆におおらかな気分で、
豊かな人間関係を築くことができるんじゃないかな?

〜感想〜
私は友人に恵まれて、心から信頼してなんでも話すことの出来る人がいます。でも、どんな友人も初めは全く知らない所から始まっていて、お互いなぜ仲良くなったのかは分からないけれど、気づいたら仲良くなって友達になっているという事がよくあります。
小学生の頃などは、「お名前なんていうのー?」「お友達になってくれる…?」と、お友達確認のようなことをしていましたが、大人になるにつれて、そういう確認はせず、スッと仲良くなり、ご飯に行き、たわいの無い話をして、一緒に笑って、たまには愚痴をこぼして…と自然に大切な人は出来ていくのかなと思います。そうやって相手と分かりあって信頼できる友達は1人の時間も尊重してくれたり、距離感も保ってくれたり、でも大切な時は救ってくれる。そういう友人に出会えたことに感謝します。
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-04 16:47:07

今日の555!!!(第1476回)を読んで

テーマ:ブログ
八王子みなみ野 七国にあります
年中無休の歯科医院
ななくに歯科の保育士 堀内です。
 
みなさま 
明けましておめでとうございます。
今年もたくさんのお子さまや
お母さまとの出会いを楽しみに
キッズルームでお待ちしております。
 
今日も院長のブログを読んだ感想を
書きます。
 
今日の555!!!(第1476回)
 
元旦は、すべての人の
誕生日\(^o^)/
.
みなさん、あけましておめでとうございます🌅
去年もまた、たくさんたくさんお世話になりました。
心から感謝申し上げます。
 
ありがとうございます😊
 
今日からまた生まれ変われるなんて
なんて僕は幸せなんでしょう。(笑)
 
今年は何ができるだろう?
 
あんなこと
こんなこと
 
いっぱいいっぱいできるな。
 
もし
仮に今年できないことがあったとしたら
それは
僕自身が
最初に
 
不可能だ!!
 
と思った時。
 
だから、僕、
 
不可能だ!!
って思うことでなく
僕はできる!!
って自分を信じてく。
 
今年は何があるかなぁ〜
って思うのではなく
今年はこれをやる!!
って自分で決めていく。
 
せっかく
この世に生まれてきたんだもん。
 
自分にしかできないこと
やるんだもん。\(^o^)/
 
うじうじ
愚痴を言ったり
人の文句を言ったり
するために
この世に生まれてきたんじゃないもん。
 
自分のなかにある
無限の可能性。
 
自分が誰よりもまずは
信じてあげなきゃね。
 
いつかなるときも
 
僕が
僕に対して
 
よくやった!!
 
と言えるような人生に\(^o^)/
 
にゃー
 
****************************
 
【 感想 】
「 自分の中にある
 無限の可能性
 自分が誰よりもまずは
 信じてあげなくちゃね 」
この言葉が心に響いたのでこのブログを選びました。
 
同じブログを1年前に読んでいたら
同じことを言われて
本当にそうだな、と思えていただろうか?と
自問自答しました。
 
きっと言葉としては納得しても
心からそう思えなかったかもしれません。
この変化こそが
私の成長なのではないかと思いました。
 
自分を信じることの
よく意味が分からなかった私が
自分のことを信じると決めて
少しずつ前に進めていることに
自分自身が一番驚いています。
 
そして、ここまで私を信じて
じっくり関わってくださった
院長や先輩にとても感謝しています。
 
自分のことを信じることができるからこそ
相手の可能性を信じることができる。
 
今年はこれまでたくさんの人にもらった愛を
大切な人にあげられる人になることを目指します。
 
 
 
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-01-03 17:24:44

555を読んで

テーマ:ブログ

八王子市 みなみ野 七国にあります
年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフの伊藤です。

 

院長先生のFacebookより↓↓

 

今日の555!!!(第1478回)

明けましておめでとう

本気でいうと...
今年は去年よりももっと
幸せになると思うよ。

たしかに増えてきたかもしれないね。

明けましておめでとうを
言いたくない人が (笑)

明けましておめでとうを
嫌いな人が (笑)

明けましておめでとうを
面倒だと思う人が (笑)

明日
会社に行って
何十人の人に

あけましておめでとう

と言うのが嫌で
明日出社するのが嫌な人もいる。

明日
会社に行って
何十人の人に

明けましておめでとうを言ったふりをする

スルー力

をみにつけようとする人もいる。

もしかしたら

明けましておめでとうが
嫌いな人は

子どものころ
親に
出会う全ての大人に対して

おめでとうと言いなさい

と言われ

場合によっては

地べたに手をつかされ

三つ指ついて

頭を下げろと言われ

強要されたのかもしれないね。

そのような子どもたちにとっては
ある意味
お正月のあいさつは
拷問のような時間だったのかもしれないね。

何が

明けましたら

めでたいのだろう?

意味を知っている人は

初日の出の価値も

ありがたみが、普通よりも多いのかもね。

でも

意味を知らない人にとっては

なんで寒いなか

初日の出なんかに

手を合わせて拝むのだろう・・・

と思うのかもね。

新年早々

この特別な挨拶の意味が

嫌で嫌で

できることなら避けたい

と思う人が増えているってことが

この日本の幸福度の象徴なのかもしれないね。

だから

だから

せっかくだから

調べてみない?

明けましておめでとう

の意味を。

そしたら

きっと

言葉への意識が変わるから。

言葉への意識がわかると

人生への意識もわかるんだって

(^^)/

だから、

きっと

明けましておめでとうの意味に

関心をもてば

この一年

一つ一つの挨拶が

今までにない

幸せをもたらしてくれるんじゃないかな?

(^^)/

 

感想

私は今まで、「あけましておめでとう」の意味を特に考えたことなく使っていました。「あけまして」には「新しい年があけまして」という意味があるそうで、「新年あけましておめでとうございます」という言葉は間違った使い方であるそうです。言葉一つ一つにはそれぞれ意味があるのに、何も考えずに使っている言葉は、まだまだたくさんあると思います。

院長先生がおっしゃるように、言葉の意識は大事なのかもしれません。これからは言葉の意味を意識して使っていきたいと思います。今年も良い年になりますように!

いいね!した人  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。