007年12月3日に八王子みなみ野、七国に開業しました!

 

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毎日、ななくに歯科のスタッフで、こつこつブログを始めて、もう、4年になります。


ななくに歯科のスタッフには、様々な年代のスタッフがおりまして、みんなで、仲良く、患者様の為に、日々、励んでおります。


もし、ブログをご覧になられた方で、「!」と思われた方は、

ぜひ、コメントを頂けると、励みになりますので、一言、添えて下されば幸いです



そして・・・


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歯ブラシをプレゼントいたしますので


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2017-02-22 20:28:43

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。
八王子市 みなみ野七国にあります
年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフの伊藤です。

 

今日の555!!!(第1528回)

イライラすることをどーしたらやめられるのかな?

ちょっと想像してみて?

...

水の入ったコップに絵の具をたらせば、どうなるかな?

もちろん水はにごるよね。
当たり前だけど
一度にごってしまった水は、
もとに戻すことはできないの。

でもね。

バケツのような大きな容器に移し替えて、
大量に水を注ぎ足し、
ほとんど透明になるくらいまで薄めることはできるんじゃないかな?

毎日イライラしている人は、

「自分には嫌なことばかり起こるのだから、ストレスをためるのは仕方がないことだ」
と思っていない?

でもね。

嫌なことは、誰にでも起こるもの。

実はいつも笑顔で明るく生きている人も、
人生に起こる

「嫌なことの総量」

は、たいして変わらないんだよ。

ただ、明るい人は、
全体の容量が大きいので、
嫌なことの割合が小さく、
気にならないというだけのことなんじゃないかな?

意地の悪い同僚のせいで、
私は暗い気分で仕事をしなければいけない。
ああ、私は何て不運なんだ……。

そう悩んでいる人は、嫌いな同僚のことで頭がいっぱいになっています。

たしかに、意地悪な人と一緒に仕事をしなければならないのは、つらいことでしょう。
ストレスがたまるのも当然です。

しかし、そういうケースは、世の中に数え切れないほどあります。

むしろ、
好きな同僚ばかりに囲まれて、
毎日何のストレスもなく、
楽しく仕事ができている人のほうが少ないのでは?

仮に、そういう恵まれた人がいたとしても、
何か別の悩みを抱えているに違いありません。

自分だけに嫌なことが起こっているわけではないのです。

嫌いな同僚を消しゴムで消すわけにはいきません。
その人の性格を変えることも困難でしょう。

でも、自分の心の中で、ストレスの割合をかぎりなく小さくすることはできます。

絵の具で濁った水の中から
絵の具を分離して取り除くことはできませんが、
全体の水の量を増やせば、
いくらでも薄めることはできるんだよ。

同僚との関係が人生のすべてではありません。

そもそも、
たったひとりの人間によって台無しにされてしまうような人生とは、いったい何でしょうか。

ほかに楽しみはいくらでもあるはずです。
自分の心の幅を広げようとしないから、嫌なことばかりに占拠されてしまうのです。

会社人間は、仕事が人生のすべてになってしまいますし、
家に引きこもっている人は、家が世の中のすべてになってしまいます。

せまいから、逃げ場がないのです。

あまり親しくない人にあいさつをして無視をされれば腹が立ちますが、
仲のよい友人に無視をされても、

「気づかなかったのかな。それとも、きょうは気分が悪いのかな」

と思うぐらいでしょう。

その友人のよいところをたくさん知っているから、
たまたま一度無視されたことは、
全体の割合からすれば微々たるもので、
たいして気にもならないのです。

人付き合いの苦手な人は、
なるべく他人とのかかわりを避けようとします。

だからこそ、たまに交わした一言の会話で、ちょっと嫌なことを言われると、

「この人は嫌な人だ」
「バカにされた」
などと、相手のすべてを拒絶してしまいがち。

もちろん、その人は本当に嫌な人なのかもしれません。

しかし、
それはもっと深く付き合ってみなければ判らないことであり、
たった一言で判断すべきではありません。

付き合う前から
「嫌われたらどうしよう」
「この人はどういう性格の人だろう」
と悩んでいても、らちがあきません。

その人から自分が好かれるかどうかということは、
付き合ってみなければ判らないのです。

また、人は多面性をもっているので、
「この人は、こういう人だ」
などと一言で言い表せるものでもないよね。

付き合う相手がどういう人かということは、
自分の見方によって変わるの。

自分の利益だけを求めている人にとっては、
経済力や地位だけが人を測る尺度。

女性を性の対象としてしか見ない男性にとっては、
容貌だけが女性の値打ちのすべて(笑)

わがままな人にとっては、
自分の言いなりになってくれる人がよい人(笑)

人を判断するのに客観的な基準はなく、
「自分がどう見るか」
ということにかかっているんだよね。

人間嫌いを直す方法は、
とにかく他人のあらゆる面を見て、
理解しようと努めること。

完全な悪人はいないし、完全な善人もいないんだよ。

欠点だらけの人もいないし、
あらゆる点で優れているという人もいないの。

判らないから怖いのであって、
判ってしまえば、好き嫌いはあっても、
少なくとも怖れはなくなるよ。

相手をよく理解し、総合的に判断していけばいいんじゃないかな?

 

感想

人はみんな良い所と悪い所を持っていると思います。その悪い所も、また別の人から見れば良い所であるように見えるかもしれません。私は初めて会う人のことを怖いと思ってしまうことがよくありますが、その人の良い所や悪い所を知るうちに怖いと思わなくなります。院長先生がおっしゃるように、わからないから怖いと思ってしまうのだと思います。人を好きになるには、その人のことを知ることが大切なのだと改めて気づきました。

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2017-02-21 13:12:08

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。
八王子市 みなみ野七国にあります
年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフの島田です。

 

 

今日の555!!!(第1526回)

人は、生きているだけで価値がある。
誰でも、幸福を見つけることができる。

...

よく聞かれる言葉だけど・・・・・
頭では判っていても、
なかなか実感として受け入れることができない人も多いのでは?

自分を不幸だと思い込んでいる人は、
「ささやかな幸せに目を向けなさい」
と言われれば、

「私は、小さなことで満足しなければいけないような、ちっぽけな人間だということか」と、
逆に自分が軽んじられたように感じる人もいます。

でも
もちろん
それは大きな誤解。

幸せな人とは、
小さな幸せに満足できる人のこと。

他人と較べて
特別に恵まれた環境にあることでしか
満足を感じられない人は、
本当に幸せではないんだよね。

ちなみにね。

「自分は何の取り柄もない人間だ」
とことさらに卑下する人は、
「本当は、もっと立派な人間であるべきなのに」
と、むしろ自分を過大評価しているんだよ?

ありのままを自分を受け入れることができないから、
「これは本当の自分ではない。私は、もっと高い理想をもって生きているのに、まだ実現できていないだけなのだ」
ということを示して、
他人から認めてもらえないことへの不安をごまかしているだけなんだよ。

まずは、
実感してみよう。

ご立派な人間にならなくてもよい

ってことを。

自分の欠点をはっきり自覚してさえいれば、
それで充分。

他人はそれほど僕らに完璧を求めてはいないんだ(笑)

何の取り柄もなくても、
弱くてちっぽけなままでも、
そんな自分を受け入れることから、
向上心が生まれるよ。

自分を嫌ったまま、
「このままではいけない。何とか自分を変えなければ」
と必死で自分にムチ打っても、
いたずらに精神を疲れさせ、
よけいに自己嫌悪を深めるだけ。

人間は誰も無力なものなんだ。

本当に自分の無力さを知っている人は、
「どうせ他人は皆、こんな私をバカにしているのだろう」
などとは考えず、
自分を支えてくれている他人に感謝し、
喜びの中で生きられるんだよ。

実は、けっこう、無意識に
他人に感謝することを

「他人に優位を奪われること」

だと思っている人いるんだよね。

自分でも気が付かないぐらいに。

だから
心からなぜか、感謝できず・・・
時に、嫉妬してしまうことも。

でもね。
そこ勘違いしてはいけないの。

いくら他人に感謝しても、
何かが減るわけではないの。

むしろ、心に余裕が生まれ、
ますます自分を好きになれるものだから (^^)/

自分に自信のない人は、
怠惰に生きているわけではなく、
むしろ真面目で几帳面な性格であることが多いもの。

つねに完璧でなければ
他人は受け入れてくれないと思い込んでいるよね。

ほんと、しっかり者だと思う。

でもね。

あえて言うなら、
そういう思い込みこそが最大の欠点になっちゃってない?

自分に悪意がないのなら、
どんな性格でも、
悪い性格というものはないんだよ。

引っ込み思案でも、
口下手でも、
不器用でも、
自分がよい性格だと思えば、
それはよい性格なんだ。

唯一、
よくない性格というものがあるとすれば、
それは、

「自分を受け入れられないこと」

なんじゃない?

自分をよい性格だと思うことは、
けっしてごう慢な開き直りではないんだよ。

本当にごう慢な人は、
自分をごまかし、
虚勢を張って、
自分が過大評価されることを求めるんだ。

自分の性格を素直に認めることができれば、
その時点で、
その人は充分に素直な性格であると言えると思うの。

たとえ好ましくない欠点があったとしても、
自分を愛することができれば、
その欠点は自然に直るもの。

お釈迦様は
「人生は苦なり」と言いましたが、
これは、だから人生は無意味だ、
という悲観的な意味ではないんだ。

苦しみから逃れようともがき苦しむことだけに一生を費やすのは、虚しいものだよね。

だから・・・
苦しみから逃れることが幸せなのではないんだよ。

まず、人生に苦はつきものだ、
ということをありのままに受け入れ、
その中でひとつでも多くの幸せを見いだすことに、
生きる喜びがあるんだよ。

(^^)/

自分に与えられたささやかな幸せをかみしめてみて?

ささやかな幸せに満足するということは、
けっして人生に妥協することではないんだよ?

それどころか、
小さな幸せに満足すること以外に、
人間の本当の幸せはないのさ!!

(^^)/

 

<感想>

わたしがこの555を選んだ理由は、

普段から自分自身を素直に受け入れられないことが多々あり、

興味のわく内容だったからです。

私は今まで、自分は何の取り柄もない人間だと思うことは謙虚な姿勢であり

そんな自分を何とか変えようという気持ちから向上心が生れると思っていました。

しかしそれは全くの間違いであることに気が付けました。

本当の意味で自分を理解し受け入れられるようになりたいと思いました。

そのためには、主観的な自己分析に加え、客観的な意見も必要だと思いました。

身の周りで起こっている小さな幸せに気づけるようになり、それを感じ、

周りへの感謝の気持ちを忘れないように生活したいです。

 

 

 

 

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2017-02-21 00:00:00

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。

八王子みなみ野にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科でサポートスタッフをしております伊藤有子です。

 

今日の555!!!(第1526回)

人は、生きているだけで価値がある。
誰でも、幸福を見つけることができる。

...

よく聞かれる言葉だけど・・・・・
頭では判っていても、
なかなか実感として受け入れることができない人も多いのでは?

自分を不幸だと思い込んでいる人は、
「ささやかな幸せに目を向けなさい」
と言われれば、

「私は、小さなことで満足しなければいけないような、ちっぽけな人間だということか」と、
逆に自分が軽んじられたように感じる人もいます。

でも
もちろん
それは大きな誤解。

幸せな人とは、
小さな幸せに満足できる人のこと。

他人と較べて
特別に恵まれた環境にあることでしか
満足を感じられない人は、
本当に幸せではないんだよね。

ちなみにね。

「自分は何の取り柄もない人間だ」
とことさらに卑下する人は、
「本当は、もっと立派な人間であるべきなのに」
と、むしろ自分を過大評価しているんだよ?

ありのままを自分を受け入れることができないから、
「これは本当の自分ではない。私は、もっと高い理想をもって生きているのに、まだ実現できていないだけなのだ」
ということを示して、
他人から認めてもらえないことへの不安をごまかしているだけなんだよ。

まずは、
実感してみよう。

ご立派な人間にならなくてもよい

ってことを。

自分の欠点をはっきり自覚してさえいれば、
それで充分。

他人はそれほど僕らに完璧を求めてはいないんだ(笑)

何の取り柄もなくても、
弱くてちっぽけなままでも、
そんな自分を受け入れることから、
向上心が生まれるよ。

自分を嫌ったまま、
「このままではいけない。何とか自分を変えなければ」
と必死で自分にムチ打っても、
いたずらに精神を疲れさせ、
よけいに自己嫌悪を深めるだけ。

人間は誰も無力なものなんだ。

本当に自分の無力さを知っている人は、
「どうせ他人は皆、こんな私をバカにしているのだろう」
などとは考えず、
自分を支えてくれている他人に感謝し、
喜びの中で生きられるんだよ。

実は、けっこう、無意識に
他人に感謝することを

「他人に優位を奪われること」

だと思っている人いるんだよね。

自分でも気が付かないぐらいに。

だから
心からなぜか、感謝できず・・・
時に、嫉妬してしまうことも。

でもね。
そこ勘違いしてはいけないの。

いくら他人に感謝しても、
何かが減るわけではないの。

むしろ、心に余裕が生まれ、
ますます自分を好きになれるものだから (^^)/

自分に自信のない人は、
怠惰に生きているわけではなく、
むしろ真面目で几帳面な性格であることが多いもの。

つねに完璧でなければ
他人は受け入れてくれないと思い込んでいるよね。

ほんと、しっかり者だと思う。

でもね。

あえて言うなら、
そういう思い込みこそが最大の欠点になっちゃってない?

自分に悪意がないのなら、
どんな性格でも、
悪い性格というものはないんだよ。

引っ込み思案でも、
口下手でも、
不器用でも、
自分がよい性格だと思えば、
それはよい性格なんだ。

唯一、
よくない性格というものがあるとすれば、
それは、

「自分を受け入れられないこと」

なんじゃない?

自分をよい性格だと思うことは、
けっしてごう慢な開き直りではないんだよ。

本当にごう慢な人は、
自分をごまかし、
虚勢を張って、
自分が過大評価されることを求めるんだ。

自分の性格を素直に認めることができれば、
その時点で、
その人は充分に素直な性格であると言えると思うの。

たとえ好ましくない欠点があったとしても、
自分を愛することができれば、
その欠点は自然に直るもの。

お釈迦様は
「人生は苦なり」と言いましたが、
これは、だから人生は無意味だ、
という悲観的な意味ではないんだ。

苦しみから逃れようともがき苦しむことだけに一生を費やすのは、虚しいものだよね。

だから・・・
苦しみから逃れることが幸せなのではないんだよ。

まず、人生に苦はつきものだ、
ということをありのままに受け入れ、
その中でひとつでも多くの幸せを見いだすことに、
生きる喜びがあるんだよ。

(^^)/

自分に与えられたささやかな幸せをかみしめてみて?

ささやかな幸せに満足するということは、
けっして人生に妥協することではないんだよ?

それどころか、
小さな幸せに満足すること以外に、
人間の本当の幸せはないのさ!!

(^^)/

 

~感想~

この555を読んで、自分の周りには幸せが沢山あり、それに満足している自分は幸せだと改めて思ったのでこの記事を選びました。今の私の幸せは子供たちが自分で選んで頑張っていることを応援すること、好きなアーチストのライブに行くこと、ラグビー観戦、友達と会って話が出来ることそしてほぼ毎日仕事ができることなど上げるときりがないです。そしてそういう楽しめる状況を作ってくれている家族や両親、友達、ななくに歯科の皆さんにとても感謝しています。そう思えるようになったのは「山田太郎ものがたり」というドラマの影響もあると思います。容姿端麗、学業優秀、運動神経抜群、家族愛が強いが貧乏生活に悩まされる主人公が前向きに生きていくストーリーですがその正反対の裕福で同じように完璧人間だが家族愛が薄い同級生が主人公の生き方に共感していく幸せってなんだろう?と考えさせられる話です。そして主題歌の一節に「向かい風の中で嘆いてるよりも上手くいくことを想像すればいつの日か変わる時が来る(略)どんなに小さなつぼみでも一つだけのhappiness」とあります。いい歌です。皆さんも機会があったら聞いてみてください。(嵐/Happiness)

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2017-02-20 16:28:30

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。
八王子市 みなみ野 七国にあります
年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフの磯崎です。

 

↓院長のブログより

 

今日の555!!!(第1524回)

未来に希望を抱くことは、自分を向上させるエネルギーになるよね。
でもさぁ・・・残念なことに・・・
「希望」は、
現状の不満から目をそらすための言い訳に使われることも・・・
(´・ω・`)

いい学校に合格すれば・・・
いい会社に就職すれば・・・
理想的な恋人を見つければ・・・
あの憎い人さえいなければ・・・

「こうすれば、自分は幸せになれるのだ」
と、仮定の話ばかりして、
現実を見ようとしない人がいるんだよね。

自分は貧乏だから不幸なのだ!!
と思っている人は、
たとえ金持ちになっても幸せにはなれないと思うよ。

貧乏は悪いこと、裕福はよいこと、
と較べてしまっているところに問題があるんだから・・・

だって、それは幸不幸の問題ではなく、
他人との競争意識であり、
自分さえよければよいという利己心にすぎないからね。

そういう人は、
裕福になれば、
逆に貧しい人を見くだす嫌味な人間となるだけなんだ。

そして、いつ、
その自分が見下している貧しい人にならないか・・・
びくびくしながら生きていくことに・・・

僕たちは、
ついまわりの他人と較べて、
自分の不運を嘆いてしまうもの。

較べることによって人間の価値を決めつける愚かさが、
僕たちを苦しめるんだよね。

私は彼よりも裕福である、
私は彼女よりも美人である、
私はあの人よりも健康である……。

較べてしまった途端、
人間の価値は、数値によって計られるモノに成り下がってしまうんだ。

覚えていてね。

自分の思い通りになることが幸せではないの。

思い通りになれば、
やがてそれにも慣れ、
飽きてしまうんだ。

覚えていてね。

不幸とは、自分の心が決めるもの。

他人によって
「お前は不幸だ」
と決めつけられるものではないんだよ。

だからね。

同様に、
幸せも自分の心が決めるもの。

幸せになる唯一の方法は、
「自分は幸せだと思うこと」
なんだ。

それ以上も、以下もないんだよ。

「他人が認めてくれなければ、幸せになれない」
と思っている人は・・・

ぶっちゃけ、永久に幸せにはなれないんだよ。

「自分の思い通りになることによってしか満足できない」
というごう慢さが、
よけいに僕たちから幸せや喜びを奪っていくんだ。

「こうならなければ、自分は幸せになれない」
と言い訳をする前に、
今見つけられる幸せを探してみて。(^^)/

もしあなたが、
自分は不幸であると嘆いているなら、
なおさら、その中で見つけられた喜びこそが、
本当の揺るぎない幸せなんだ。

けばけばしいネオンで飾り付けられた都会の街では、
夜空を見上げても、
星を見ることはできません。

光は、闇夜でしか見ることができないの。

暗闇に差す一筋の光こそが、
僕たちに生きる希望を勇気を与えてくれるものなんだ。

現状に満足できない人は、
たとえどれだけ恵恵まれたとしても、幸せにはなれないの。

当たり前だと思っていたことを見直し、
改めて感謝の心をもつことに、
自分が自分であることの喜びが生まれるからね

(^^)/

 

~感想~

幼い頃、特に中学生の頃は、勉強にしても習い事にしても、

よくできる子を見ては私とあの子は違う、どうして自分はできないのか、

と比較していることがありました。

そうするうちに、だんだんと自分にできないのは向いていない、才能が無いのだからしょうがないと半ば諦めの気持ちが強くなり、やる気が湧かなくなっていきました。

今になって思うのは、

ただ自分が楽しめば良かった、

少しでも出来るようになろうとする努力をすれば良かった、ということ。

また何でもやらせてくれた両親に対して、感謝の気持ちが足りなかったということ。

完璧な人はどこにも居ないのだから、できなくても良いのだから、

今の自分を受け入れて、今の現状に満足して、感謝の気持ちを忘れずにいこうと思います。

 

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2017-02-19 14:40:05

555!を読んで

テーマ:ブログ
こんにちは。
八王子市 みなみ野 七国にあります
年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフの吉田です。
 
 
今日の555!!!(第1524回)
未来に希望を抱くことは、自分を向上させるエネルギーになるよね。
でもさぁ・・・残念なことに・・・
「希望」は、...
現状の不満から目をそらすための言い訳に使われることも・・・
(´・ω・`)
いい学校に合格すれば・・・
いい会社に就職すれば・・・
理想的な恋人を見つければ・・・
あの憎い人さえいなければ・・・
「こうすれば、自分は幸せになれるのだ」
と、仮定の話ばかりして、
現実を見ようとしない人がいるんだよね。
自分は貧乏だから不幸なのだ!!
と思っている人は、
たとえ金持ちになっても幸せにはなれないと思うよ。
貧乏は悪いこと、裕福はよいこと、
と較べてしまっているところに問題があるんだから・・・
だって、それは幸不幸の問題ではなく、
他人との競争意識であり、
自分さえよければよいという利己心にすぎないからね。
そういう人は、
裕福になれば、
逆に貧しい人を見くだす嫌味な人間となるだけなんだ。
そして、いつ、
その自分が見下している貧しい人にならないか・・・
びくびくしながら生きていくことに・・・
僕たちは、
ついまわりの他人と較べて、
自分の不運を嘆いてしまうもの。
較べることによって人間の価値を決めつける愚かさが、
僕たちを苦しめるんだよね。
私は彼よりも裕福である、
私は彼女よりも美人である、
私はあの人よりも健康である……。
較べてしまった途端、
人間の価値は、数値によって計られるモノに成り下がってしまうんだ。
覚えていてね。
自分の思い通りになることが幸せではないの。
思い通りになれば、
やがてそれにも慣れ、
飽きてしまうんだ。
覚えていてね。
不幸とは、自分の心が決めるもの。
他人によって
「お前は不幸だ」
と決めつけられるものではないんだよ。
だからね。
同様に、
幸せも自分の心が決めるもの。
幸せになる唯一の方法は、
「自分は幸せだと思うこと」
なんだ。
それ以上も、以下もないんだよ。
「他人が認めてくれなければ、幸せになれない」
と思っている人は・・・
ぶっちゃけ、永久に幸せにはなれないんだよ。
「自分の思い通りになることによってしか満足できない」
というごう慢さが、
よけいに僕たちから幸せや喜びを奪っていくんだ。
「こうならなければ、自分は幸せになれない」
と言い訳をする前に、
今見つけられる幸せを探してみて。(^^)/
もしあなたが、
自分は不幸であると嘆いているなら、
なおさら、その中で見つけられた喜びこそが、
本当の揺るぎない幸せなんだ。
けばけばしいネオンで飾り付けられた都会の街では、
夜空を見上げても、
星を見ることはできません。
光は、闇夜でしか見ることができないの。
暗闇に差す一筋の光こそが、
僕たちに生きる希望を勇気を与えてくれるものなんだ。
現状に満足できない人は、
たとえどれだけ恵まれたとしても、幸せにはなれないの。
当たり前だと思っていたことを見直し、
改めて感謝の心をもつことに、
自分が自分であることの喜びが生まれるからね
(^^)/
 
 
~感想~
自分の中で何か上手くいかないことがあったときに、現在のことから目を背けて
未来のことを言ったりする現実逃避のようなことをしがちですが、
『当たり前だと思っていたことを見直し、改めて感謝の心をもつこと』 がどれだけ大切であるかということを実感しました。
当たり前だと思っている=普段から意識していないことだと思うので、当たり前になりつつあることから意識して過ごし、自分なりに幸せを見つけていきたいと思いました。
 
 
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2017-02-18 20:43:27

555を読んで

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こんにちは。
八王子市 みなみ野 七国にあります
年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフの大野です。

 

今日の555!!!(第1522回)

はっきりと言わなければならないこと
いや
言わなければいけないこと...
何で言えないのかな?

知人、恋人や友人に対し、
はっきりと言わなければならないことが言えない。

本当は言わなければならないのに
相手に迷惑をかけまいとして、
自分を抑えてしまう・・・。

そして
必要以上に他人に気を遣ってしまい、結局、
「私はこんなに我慢しているのに、その気持ちを誰も理解してくれない」
と不満を募らせてしまう、
という人がいます。

他人の気持ちを思いやり、
気を遣ってあげることは、
それだけをとり上げて考えれば、よいことだよね。

でも
よいことをしているのに、
なぜ不満を感じるのかな?

ぶっちゃけ
それは、率直に言って、
本当に他人を思いやってはいないからなんじゃない?

相手のために気を遣っているのではなく、
自分が嫌われるのが怖いからご機嫌をうかがっているにすぎないんじゃないかな?

言わなければならないことは、
胸を張って言えばよいのです。

それを「相手の迷惑になるから」と抑えてしまうのは、
別の言い方をすれば、
「相手は、こちらの正当な要求さえも迷惑に思うような心のせまい人間だから」
と無意識に実は見くだしているということなんだよ?

はっきり言いたいことが言えない原因は、
「自分の要求が本当はわがままだと判っているから」か、
「相手を軽蔑しているから」かのどちらか。

まぁ
言わなければならないことを言えないのは
どちらにしても、自分の問題なのです。

でも!!!
でも
でも
でも!!!!

と言っても、やはり心情としては、
他人に言いたいことをはっきり言うというのは、
なかなかできないこと。(笑)

できないなら、できなくてもよいのです。

どっちだよ!!
って感じかな?(笑)

まぁ、言いたいことは・・・

はっきり言えない自分に嫌悪を感じ、
自信を失うことはないってこと。

「言えないのではなく、言わないほうが得だと思うから、言わないのだ」
と自覚しさえすれば、それでよいのです。

「相手の機嫌を害して、ムードを壊したくないから」でも、
「自分が嫌われたくないから」でも、
理由はどうあれ、そう判断したのは自分なの。

「できないこと」は、
本当は、やろうと思えばできるのに、
自分がやりたいと思わないから「しない」だけなんだよね。

ここが重要で!!!

それが今の自分の判断なのだと認めなくてはなりません。

他人のせいだと思い込もうとするから、
不満が募るのです!!(^^)/

そんな自分が嫌なら、
言いたいことは言うべきだと心の底から思うなら、
迷うまでもなく、言っているはずなのです。

好きな人に思いを打ち明けられないという人も、
できないのではなく、

「断られたときのショックを考えれば、あまりにもリスクが高い」
と自分が判断したから
「しない」
だけなのです。

それはまだ愛情とは呼べず、
「自分を受け入れてほしい」
という願望の段階にすぎません。

もしも断られたとき、
「せっかく勇気を出して告白したのに。その純真な思いを踏みにじられた」
という怒りを感じてしまうことが怖いから、
告白できないのです。

告白したいなら、
断られてもその事実をしっかり受け止めるという覚悟ができるまで待つしかないのです。

「恋愛はしたい、でも傷つきたくはない」
などと悩んでいては、
いつまでたってもらちがあきません。(笑)

傷つくことは、誰でも怖いものです。

人は皆、弱いもので、
弱いことは恥ずかしいことではありません。
「自分の弱さを受け入れられないこと」
こそが恥ずかしいのです。

では、実際に、
好きな人に振られたり、
友人から嫌われたりという悲しい目にあったときは、
どう対処すればよいのでしょうか。

その答えは、
「しっかり悲しむ」
ということです。

悲しいことから逃れる方法などありません。
責任を転嫁したり、
言い訳を考えたりせず、
悲しいことは悲しい、
と自分の感情を受け入れるしかないのです。

自分の感情をありのままに認めるということが、
「生きている実感」
ということです。

うれしいこと、楽しいことばかり起こる人生が幸せなのではありません。

悲しみを受け入れられる人こそが、
喜びも自分のものとして感じられるのです。

言わなければならいことは
相手の為です

その行為こそ

です。

本当に相手のことを愛していたら
本当に相手の立場を理解していたら

まずは

言わなければならないことを言ってから

正面向いて
本当の問題に向き合って

を実行しましょう。

(^^)/

相手は、自分が思っている以上に

クール

ですよ

(^^)/

 

感想

僕はものすごーく人に気を遣い過ぎます。自分でいうのもあれですが・・・・

自分では分からないのですが、たぶん

いや、きっと

他人に嫌われたくないから気を遣うんでしょうね。

確かに、なかなか言い出せないことがよくあるなと、思います。

自信がないとか理由を自分の中で付けて

でも、自信がないじゃなくて得と考えればいいのかと思いました。

考え方ですかね。

 

一度だけ思い切った事を相手に発言したことがあります。

自分の中では、やってしまった。嫌われたんじゃないかと

でも、相手は自分が言った発言に対して

冷静にうなずいて聞いてくれたことがあったので、

本当に、自分が思った以上に

クールなんだなと思いました。

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2017-02-18 01:20:11

555をよんで

テーマ:ブログ
八王子みなみ野七国にあります
年中無休の歯科医院ななくに歯科の 
保育士 原です。
555の感想を書きたいと思います。


今日の555!!!(第1520回)

どうしたら、いつもイライラしないでいられるか・・・

そんな相談をお受けしました。

もちろん、誰だって
いつもイライラしている人と仲よくはしたくないのは理解できるけれど、
どうして、こうも、人って、イライラしてしまうのでしょうね。

他人から好かれる人間になる第一条件は、
「つねに上機嫌でいられること」
だと言っても過言でないかもしれません。

ちなみに、
ストレスをためる原因のもっとも大きなものは、やはり人間関係。

いつもイライラしてばかりいる人は、
「他人が悪いのだから、仕方がない」
と思い込んでいるかもしれません。

でも、
ここで、冷静に考え直してください。

もし、他人のせいでイライラさせられているのであれば、
世の中のすべての人がいつも不機嫌であるはずでは?

でも、明るく上機嫌に過ごしている人もたくさんいる。

では、その人と自分の違いは何でしょうか。

明るい人のまわりには、
よい人ばかりが集まり、
自分のまわりには、
たまたま運悪く、
嫌な性格の人しかいない??

他人に腹が立つのは、
自分の思い通りにならないとき。

そして、
他人の考え方を変えようとして、
無駄なエネルギーを使い果たし、
疲れてしまうとき。

「嫌な性格の人のせいで、自分はいつも不機嫌にさせられている」という人は、
自ら嫌な人に執着してしまっていないかな?

イライラしたくなければ、
とにかく
他人を変えようとしてはいけません。

好きな人に愛情をもって前向きな提案をするならともかく、
嫌いな人を自分の思い通りに変えようとするのは、
まったくもって無駄なこと!!!

自分が相手を嫌っているということは、
相手も自分を嫌っているはずです。

相手も自分に変わってほしいと思っていることでしょう。

嫌いな人から変わるよう命令されて、
素直に受け入れられる人なんているのでしょうか。

嫌いな人は、どこにでも存在します。
地の果てまで逃げても、
のがれることはできません。(笑)

私たちにできることは、
「その人に合った付き合い方をする」
ということだけです。

「絶対に自分の意見を譲らない人」には、
反論しないことです。

「愚痴や悪口ばかり言っている人」には、
適当にあしらっておけばよいのです。

「自慢ばかりする人」には、
調子よくおだてていい気にさせておきましょう。

そして何より、
付き合う必要のない人とは付き合わなければよいのです。

このように、
好き嫌いで他人を分けへだてるというのは、
冷たいことのように思われるかもしれません。

人間としての本当に正しい道は、
すべての人に心を開き、許し、受け入れるということでしょう。

でも!!!!

そんな神様のような人が、
いったいどれだけいる??

すべての人と仲よくできればそれが一番いいのですが、
そもそも、それほど心の広い人であれば、
人間関係に悩んだりしないはず。(笑)

ほとんどの人は、
嫌いな人に対して、
ただ腹を立て、
無用なトラブルを生み、
ストレスをためこんでいるのではないでしょうか。

それで何かが変わればよいのですが、
結局、何も変わらず、自分の神経を疲れさせるだけです。

それよりは、
「嫌いな人のことは、まともに相手にしない」
と考えるほうが、
よっぽど明るく心豊かに生きられます。

まず自分が幸せになり、
充分に他人を受け入れられる寛容さを身につけてから、
嫌いな人のことも気にかけてあげればよいのでは?

相手に合わせた付き合い方をするということは、
自分を押し殺して他人に迎合するということではありません。

自分の意志で、自分のために、自分を変えるのです。

自分も、
すべての人から受け入れられているわけではありません。
人それぞれに考え方は違うのですから、
自分の好みに合わない人がいても、何の不思議もありません。

他人に傷つけられたときは、
自分も同じようにほかの人を傷つけたことはないだろうかと思い返してみれば、腹立ちはおさまります。

「他人が変わるべきだ」と思い込んでいる人は、
一生、ストレスから解放されることはないでしょう。

他人が悪いのが事実だとしても、
やはり自分が変わったほうがよいんだよね。

自分の考え方を変えることは、勇気がいることですが、
自分を楽にするためだと思えば、
けっして難しいことではないんだよ。

そして自分の考え方を変えることは
決して

負け

ではないんだよ。


✳︎555を読んだ感想
この555を読んで、ふと小学生の頃の事が思い出されました。
いつも喧嘩ばかりの幼なじみに、
「なんでこの子はこんなにワガママなんだろ、 ふんっ」
「どうして意見が合わないのだろ」
「そっちが変わるべきだ!」
と常に思っていましたが、考えてみたら私が間違っていたのかもと思えるようになりました。
単純に意見の相違だったのかと…。
彼女とはたくさん喧嘩して、意見をぶつけ合い何でも分かり合えるようになりました。
今では、帰省するたびに会っている大切な幼なじみです。
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2017-02-16 23:00:00

今日の555を読んで

テーマ:ブログ

八王子みなみ野、七国にあります、年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフ助川です。~深沢院長のfacebookの投稿より~

 

今日の555!!!(第1515回)

自分に自信をもつためには、何かを得る必要があると思い込こんでいないかな?

もちろん、目標をもって努力するのはよいことですが、...
なにより重要なのは、その動機なんじゃない?

他人からバカにされるのが悔しくて、
必死で勉強し、
一流大学に合格したとしても、
本当の自信はもてないかもよ。

それは、単なる優越感だったり、虚栄心かも。

そして、
今度は、
自分より偏差値の低い学校をバカにするようになるんじゃない?

もし「バカにされる側」から「バカにする側」に移っても、
ただ虚しさが残るだけだよね。

この場合は、
「学歴の低い人間は、バカにされても仕方がない」
という心の底にある前提そのものが間違っているのかも。

自分に自信のない人が、
自信のないままに何かを得ても、
それは真の実りとはならず、
「他人を見くだすための道具」となるだけ。

偽りの自信で身を固めても、
他人から尊重されることはありません。

むしろ、
「高い学歴を得てもなお、自信がもてないということは、もともとの自分の価値は非常に低いということなのか」
と、さらにはげしい劣等感に苦しめられます。

恋人から見捨てられるのが怖くて、
自分の感情を押し殺し、
何でも言いなりになり、
精一杯尽くしたとしても、
よけいに愛されるということは絶対にありません。

「恋人から尽くしてもらわなければ満足できない人」は、
どれだけ尽くしてもらっても、
感謝することはなく、
うまく相手を利用しているという支配欲を満たしているにすぎないのです。

そんな人にいくら尽くしても、
愛は得られず、
逆に、
「これだけ尽くしても認めてもらえない私は、いったい何なのだろう」
という不安に苦しめられるだけです。

懸命に努力しているのに、空回りして、まったく実を結ばないと悩んでいる人は、
努力の「動機」が間違っているのかもね。

努力することに疲れ果て、自分を見失ってしうよ。

不安をごまかすために努力しても、実を結ぶことはありません。

それどころか、
「こんなに努力をしても報われないということは、ありのままの自分は、まったく価値がないということなのか」
と思い込んで、よけいに自信を失う結果となってしまいます。

不安を克服できるのは、不安という心のとらわれを忘れたときです。

「自分に自信がもてない」
という悩みから解放されるのは、
「すべての人から尊重されたとき」ではなく、

「他人から賞賛されたいという欲求を捨てたとき」

です。

心が安らぎ、満たされるのは、
「死に物狂いで努力して、何かを得たとき」ではなく、
「ありのままの自分の価値を認められたとき」です。

「他人に勝ったり、何かを得たりしなければ、自分に自信がもてない」
と思っているかぎり、どれだけ必死で努力しても、本当の自信はもてません。

自信をもって生きている人は、
「特別な努力をしなくても、そのままの自分に価値があるのだ」
と思っています。

それは、ごう慢でも怠惰でもありません。

ひとつの逆説ですが、ありのままの自分の価値を認められる人ほど、真の向上心をもち、実りある努力をすることができるのです。

「自分の喜びのために生きている人」は、
けっして自己中心的なわけではありません。

自分の成長のために努力し、自分で自分を評価し、満足できます。

他人に何も求めません。自分に自信があるから、すすんで他人も認めてあげることができます。

がつがつと何かをむさぼり求めてばかりいる人は、
積極的なように見えて、実は受動的なのです。

「他人から認められること」という外部のものさしによってしか自分の価値をはかれず、
どれだけ高い地位や多くの富を得ても、幸せにはなれません。

それは、自分が心から求めていたものではないからです。

つねに他人の目を気にして、
自分を認めてくれない人には怒りを感じ、
そんな自分の浅ましさにますます嫌悪感を抱くだけです。

何も求めず、現在の自分の境遇に満足し、感謝できる人こそが、本当の意味で能動的、主体的に生きていけるのです。

(感想)

私は今まで、自分に自信がもてない原因は、自分の能力が足りないからだと思い込んでいたので、この投稿を選びました。

「他人に勝ったり、何かを得たりしなければ、自分に自信がもてない」と思っているかぎり、どれだけ必死で努力しても、本当の自信はもてないということを知って驚きました。そして「他人からの賞賛されたいという欲求を捨てたとき」に自信がもてないという悩みから解放されるという言葉に、自分が普段から、どれだけ他人からの評価や言葉に影響を受けていたかがわかりました。他人と比べたり、他人のことが気になったり、それによって自分のことが嫌になったり、不安になったりしていたのだと気づきました。いつも自分の目は、他人に向いていたように思います。そうではなく、自分の内側に目を向けること、ありのままの自分の価値に気づくことが大切だと思いました。

周りに何かを求め続けるのではなく、自分が動いて、自分が本当にやりたいことが実現できるようになりたいと思いました。

 

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2017-02-15 18:05:53

今日の555(第1521回)を読んで

テーマ:ブログ

こんばんは。

ななくに歯科サポートスタッフの梅谷です。

最近花粉がとび始めたようですが、

皆様いかがお過ごしでしょうか。

本日も、院長の555を読んだ感想を書かせて頂きます。

 

今日の555!!!(第1521回)

好き、嫌い、愛してるってどんなこと?

世の中には、...
好き!!!
嫌い・・・
あい・・・し・・・て・・るぅ・・・
と悩み続けている人が沢山います。

例えば
恋人に何度も浮気をされ、
裏切られているのに、好きだから許してしまう。

恋人に暴力を振るわれたり、
ひどい言葉を浴びせかけられたりしているが、
好きだから従っている。

最近、恋人の自分への愛情が冷めたようで、悔しい。
文句を言いたいが、よけいに嫌われるのが怖いから我慢している。

愛に悩み、苦しんでいる人はたくさんいます。

そういう人たちは、もしかしたら・・・
「好き」という言葉の意味を
勘違いしているかもしれません。

あるいは、自分の感情にふたをして、ごまかしているかもしれません。

自分にとって
「好き」
とはいったい何だろうか、
ということを考え直してみませんか?

ちなみに、あっさりとした言い方をすれば、
相手の美点と欠点とをはかりにかけて、
美点のほうが大きいと思えば、それは
「好き」
であり、
欠点のほうが大きいと思うのなら
「嫌い」
だということです。

ちなみに、
ここで言う美点や欠点とは、
自分の価値観に照らし合わせて、
という意味です。

客観的に人間の価値をはかるものではありません。

おしゃべり好きな人のことを
「明るい」と見る人もいれば、
「うっとうしい」と見る人もいます。

ある人は美点とみなしても、
ほかの人には欠点とうつる場合もあるのです。

自分の頭で考え、
自分の心に正直に問いかけてみることが重要だよね。

さて
「好き」とは、
自分から相手に「向かう」感情です。

重要なことは
相手を引き寄せようとすることではありません。

苦しみ悩むほど相手の欠点が許せないのなら、
「好き」ではないのです。

だから・・・
冒頭の悩みで苦しんでいる人の「好き」だと思い込んでいるのは、相手への敬意ではなく、
思いやる気持ちでもなく、
「私を認めてほしい」
という内向きの要求にすぎないということです。

愛情があってこそ、
障害を乗り越えようとする意志も生まれます。

相手の欠点を受け入れること、
過ちを許すこと、
そういう寛容さも、
愛情から自然に生まれてくるものです。

無理に自分に言い聞かせ、
我慢するということでもありません。

愛を持続させるためには努力が必要ですが、
愛情そのものは、
心の内側から自然に沸き上がってくるものであって、
無理やりつくり出すことはできません。

愛情もないのに、
「相手を許し、すべてを受け入れなければならない」
と表面的な愛の形にこだわるのは、
まったく的外れなことなんだよね。

ただ苦しむためだけの努力に意味はないんだよね。

本当はそれほど好きではないのに、
それを純粋な愛情であるかのように自己暗示をかけ、
自分を美化している人は、
心の中では相手を認めていない
という後ろ暗さを必死で打ち消そうとしているもの・・・

それはそれは
余計苦しみが潜在意識の深いところまで
入り込んでくるんだよね。

愛に苦しんでいる自分が好きになれないのなら、
それは本当の愛ではないかもよ。

究極の言い方をして
ちょっと強い言い方をするのであれば
自分の思い通りにならない相手を受け入れられないということは、その人のありのままの人格を尊重していないということ。

つまり、それは

ずばり!!

「嫌い」

ってことなの。

それをいさぎよく認めれば、
心が楽になり、
相手に腹が立たなくなるよ。

そしてね。
「せっかく私が愛してあげているのに、なぜあなたは、それに応えてくれないのか」
という怒りや悔しさが消え去るよ。
(笑)

そして、自分の素直な心に耳を傾け、従うことができるようになるよ。

好きでもない人に執着するのはやめればよいと思うようになります。

本当に好きな人との愛が実らなくても、
相手を恨んだりせず、
自分の愛情を大切にできるようになるよ。

他人に受け入れてほしいと要求する前に、
まず自分を受け入れ、
自分を愛していこう
(^^)/

幸せな人とは、
自分の心を最初に大切にできる人のこと。

「私は愛される価値のある人間である」
とはっきり自覚することは、
けっしてごう慢ではないからね。

本当は他人に愛されたいのに、
自分からは心を開こうとせず、
「私を傷つけると許さないぞ!!」
と警戒しながら他人に近づく人のほうが
よっぽどごう慢かもよ(笑)

自分を愛することができる人は、
自然に他人も愛することができ、
また、他人を愛すれば愛するほど、
自分も好きになれるもの。

愛のサイクルに入ってしまえば
ぐるんぐるん回り続けるからね
(^^)/

 

[感想]

人との関わりを持つときに、その相手に向かう感情が、本当に相手の人格を尊重したものであるのか、それとも相手を自分の思い通りにしたいだけなのか、ということを考えさせられました。私は、苦手な人を受け入れようと努力することは良いことだと思っていましたが、それが無理をして結局相手に腹が立ってしまうならば、それは自己満足や偽善に過ぎないのだと気付かされました。人との関わりを持つときには、まず自分の気持ちに正直になって、『相手の人格を本当に尊重したかかわり方』というのを見つけていきたいと思いました。

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2017-02-15 12:00:00

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。

八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフの平塚です。

 

 

 

今日の555!!!(第1509回)

偽りって、人の為って書くよね。
ほんと、昔の人は、すごい字を生み出すものだよね。

人の為
人の為
といって
自分の為
ってことが
偽り
の漢字の目的だとすれば・・・

これを皆さんは、どんなふうに解釈するのかな?

今のお仕事

さて

人の為?

それとも

自分の為?

今、世の中には
人の為に働きすぎて
自分の為になっていなくて
苦しんでいる人がいます。

今、世の中には
自分の為に働きすぎて
人の為になっていなくて
苦しんでいる人がいます。

人の為に働く美しさに憧れる人もいれば

自分の為に働く美しさに憧れる人もいます。

そして・・・

きっと

ある人は
ある時
こう悩むのでしょう。

人の為に生きるのか
自分の為に生きるのか

どうして
自分は
うまく
人の為にも
自分の為にも
働けず

うまくバランスが取れない・・・

と。

自分の為と思って仕事をしてみれば

周りと調和がとれていない
と言われ

気が利いていない
と言われ

ルールを守っていない
と言われ

組織の理念に共感しているか
と問われ

自分のことを優先したら
どうして
こうもうまくいかないのか・・・

そして

なによりもどうしてこうも

苦しい

という

想いをしつづけるのか・・・

と悩み

偽り

という漢字の成り立ちに
想いを寄せるのでしょうね。

人の為にと思って仕事をしてみれば

自分をもっと大事にしてみれば
と言われ

自分の時間をつくったら
と言われ

自分を愛することがまずは大事
と言われ

アウトサイドインはあまりよくない
インサイドアウトだよ
と言われ

そして

人の為に働いていて
いつも成果を出し続けているのに

なぜか・・・

満たされない思いをもち

いつになったら、自分は人の為に働いて
幸せになれるんだろう・・・

と悩み

ある時

偽り

という漢字の成り立ちに
想いを寄せるのでしょうね。

さて

あなたなら、

どう悩んでいる人に
答えますか?

ちなみに
僕は・・・

「相手の望みを自分の望みとする」

という言葉が大好きです。

 

 

コメント

この記事を選んだ理由は、

「相手の望みを自分の望みとする」
という言葉が大好きです。

に共感したからです。

 

身近な人から幸せにする。

とっても大切なことだと感じました。

そして『貢献』という理念のもと、ななくに歯科は成り立っているので・・・

その貢献も、まずは相手のために何ができるかを本気で考えることだと思います。

 

 

患者様をより豊かな生活に導くため、そして幸せにする前に

まずは共に働くスタッフの望みを

私自身が一番理解しなくてはいけないと改めて強く思いました。

 

漢字・・・

すごく深いな~と興味関心を引く内容で

とっても面白かったです。

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