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2016-05-27 19:36:23

555を読んで

テーマ:ブログ
八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科サポートスタッフの中山です。



今日の555!!!(第1255回)

みんながやりたいことをやったら世の中どうなっちゃうと思う?

今、巷には

「やりたいことをすればいい」
とか
「自分らしく生きようよ」
って言葉があふれているよね。

でも。

本当に、それを信じている人ってどれぐらいいるんだろう?

もちろん、

それを思いっきり信じていなくて、むしろ反対をしている人だっている。

『みんなが自分のやりたいことだけやったら、世の中めちゃくちゃになっちゃう!そんなのダメ!』

ってね。

どこか
信じられない

「あなたらしく生きていい」

っていう言葉。

でも、
信じている人がいる。

「あなたらしく生きていい」
って。

「あなたの好きなようにいければいい」
って。

そして

「あなたがしたいことをすればいい」
って。

でも、
こうやって、信じることができる人もいれば
ぶっちゃけ
心の中では
人が好き勝手に生きていたら社会なんか成り立つはずがない・・・・
って

どうしても信じることができない人もいる。

信じられる人
信じれない人

その違いって何なんだろうね。

性悪説を信じている人なんかは
どう考えても怖いかもね。
人が自由になることに。

だって、
人はもともと

「悪」

なんだから!!( 一一)

って思っているんだからね。

いっぽう
性善説のひとは
みーんな、もともと、愛溢れる人なんだから
絶対大丈夫!!(^^)/
って思っているんだろうね。

じゃぁ

性善説が、性悪説が正しいのかって

考えることが効果的なの?

ぶっちゃけ
そうじゃないんだと思うんだよね。

もっというのであれば

性悪説って

人を疑うために存在する考え方じゃなないんだよね。

ほんとは性悪説って

人は生まれたときから悪なんだから、信じちゃダメダメ!!

もっと疑おうぜ!!!

っていうことではなくて

孟子の性善説に対立して荀子が首唱したもので

人間の本性を利己的欲望とみて、

善の行為は後天的習得によってのみ可能とする説

なんだけど、

本当は、

つまり

「善」

というものを

成長しながら手に入れていって

いい社会創ろうぜ!!

人は必ず、最終的には善になれるんだぜ!!

っていう考え方なんだよね。

そして

性善説のほうは

生まれながらに人は、

愛溢れる

善を行うべき道徳的本性を先天的に具有していて、

悪の行為はその本性を汚損・隠蔽することから起こるとする説

なんだけど、

まぁ

簡単にいうと

ずーーーーーーと

良いことしていないと

自分が傷ついて

悪になっちゃうんだぜ!!

だから

ずーーーーーーーーと

良いことしていこうぜ!!

っていう考え方なんだよね。

ってことはね。

性悪説も

性善説も

人を信じる信じないっていう考えではなく

どちらも

人が良くなること

を考え続けよう!!

っていうことなんだよね。(^^)/

さて、

冒頭の質問。

「みんながやりたいことをやったら世の中どうなっちゃうと思う?」

あなたなら、どう、思いますか?

一言いうのであれば

「愛」

っていうものを

「今」

しっていれば

信じれるかもね。

今、

「愛」

っていうものそのものを信じることができなければ

人に自由を与えることを

恐れるかもしれないね。

ちなみに

愛は

行為であり

動詞。

愛を

今、持っていたとしても

明日

存在しているかわからないもの。

性善説にせよ
性悪説にせよ

共通しているのは



愛を

行動として

実行できるかどうかってこと。

愛は

行為であり

動詞であるからこそ

学び続けなければ

維持できない

不思議なもの。



目の前の人や

そして

自分自身の

「自由」

を認めることができないのであれば

今一度

「愛」

ってなんなのか
見つめてみるといいんじゃないかな?

感想)

みんながやりたいことをやったら世の中どうなっちゃうと思う?

わたしは、世の中が回っていかないと思います。

今、巷には
「やりたいことをすればいい」
とか
「自分らしく生きようよ」
って言葉があふれているよね。

たしかにやりたいことを職業として成功している方もいると思います。それでもなかなかやりたいことをして生きていくことを考えると、うーん。って思ってしまいます。

でも。
本当に、それを信じている人ってどれぐらいいるんだろう?
もちろん、
それを思いっきり信じていなくて、むしろ反対をしている人だっている。
『みんなが自分のやりたいことだけやったら、世の中めちゃくちゃになっちゃう!そんなのダメ!』
ってね。
どこか 信じられない
「あなたらしく生きていい」
っていう言葉。

私は、信じていない側の意見です。『みんなが自分のやりたいことだけやったら、世の中めちゃくちゃになっちゃう!そんなのダメ!』
そう思います・・・。
本当は、
つまり
「善」
というものを
成長しながら手に入れていって
いい社会創ろうぜ!!
人は必ず、最終的には善になれるんだぜ!!
っていう考え方なんだよね。

この部分を見て、性悪説も
性善説も
人を信じる信じないっていう考えではなく
どちらも
人が良くなること
を考え続けよう!!

っていうことなんだと思い、性悪説も性善説もどちらも共通したことがいえることをしりました。びっくりです(笑)そして、


愛を
行動として
実行できるかどうかってこと。
愛は
行為であり
動詞であるからこそ
学び続けなければ
維持できない

愛は
行為だから行動として実行し学びつづけること。そして維持に繋がっていくこと。自分なりに
「愛」って何なのか見つめ直してみるいい機会になりました。






























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2016-05-27 10:07:10

今日の555!!!を読んで

テーマ:ブログ
八王子市七国にあります年中無休の歯科医院、ななくに歯科の大内です。
院長先生の555を読んでの感想を書きたいと思います。


今日の555!!!(第1166回)

「どうせ自分が悪いんです・・・」

みなさんは、誰かからこの言葉を聞いたことがありますか?
そして、それは、どんな時だったと記憶されていますか?

この言葉は、
誰かが、なにかをあきらめる時に、または、辞めようとするときに、
言う言葉。

きっと、どこかで、みなさんは、この言葉を聞いたことがある事でしょう。

そして・・・

もしかしたら、自分自身も、あることを期待して、
言ってしまっていたかもしれません。

何事にもやる気をもてない人は、
すぐに「どうせ自分が悪いのだ」と思ってしまう癖が
残念ながらついています。

恋人に浮気をされたことも、
友人とケンカをしたことも、
仕事がうまくいかないことも、
何もかも

「自分が悪いのだから仕方がない」

と自分を責め、ストレスをため込んで、やる気を失ってしまうのです。

しかし、本当に「自分が悪い」と思うことができる人は、
落ち込むどころか、前向きに、行動的になれるのではないでしょうか?

でも、そうそう、
「自分が悪い」
と思っても、自分の責任であると思える人は、なかなかいません。

自分の人生に起こった問題について、
「自分の責任である」
と認めるためには、強い精神力が要求されます。

それほどの高い自尊心をもった人であれば、
謙虚に自分を見つめ直し、
自分はどうすべきかを考え、
問題を解決すべく新しい行動に移れるはずです。

「どうせ自分のせいだ」
と自分を責めて落ち込んでばかりいる人は、
残念ながら、
まだまだ、
『心の底から自分が悪い』
とは思っていないのです。

本当は他人が悪いと思っているのに、
それを口に出せば、
みにくい人間だと思われてしまう。
しかし、自分を責めるのはつらいが、
他人から嫌われるのはもっと怖い。

そうして自分の心をごまかし、
自分に嘘をついていることが、
さらに、ストレスの原因なってしまう・・・

しかし、
だからといって、
過度に、
自分を責めればよいというのではありません。
過度に、
他人のせいにすればよいというのでもありません。

では、そんな時、
どうすれば、
前に進むことができるのでしょう?

それは!!

「誰が悪いのか」ではなく、
「どうすればものごとがうまく運ぶか」
を考えるほうが、いいのではないでしょうか?

「自分は悪くないのに、不本意ながら自分を責めてしまう」
というところから、
さらに高い次元へと進み、
「自分は悪くないのだが、問題を解決することを優先して、他人を立てておく」
というのも、ひとつの方法です。

大岡裁きの有名な逸話として、落語にもなっている
「三方一両損」
という話があります。

ある左官が、3両の入った財布を拾い、落とし主の大工に届けました。

しかし、やせ我慢が江戸っ子の気質。

大工は、
いったん俺の懐から出た金は俺のものではないからお前にやる、
と言って受け取りません。

左官のほうも、
褒美がほしくて届けたのではない、
と引き下がりません。

受けとれ、
いや受けとらぬ、
ともんちゃくの末、南町奉行・大岡越前守に裁決がゆだねられます。

越前が取りなしても、双方とも金を受け取ろうとしません。

「ならば、越前がこの3両を預かり、褒美として、金2両ずつを両名につかわす」

大工も左官も、
3両懐に入るはずが2両になったのだから1両ずつの損、
越前も自分の1両を差し出して1両の損、
ということで、「三方一両損」と呼んで一件落着しました。

これは、理屈で考えるとおかしな話です。

「三方一両損」ではなく、
越前が1両の損をしたというだけの話です。

しかし、この越前を「みすみす損をした愚か者」だと笑う人がいるでしょうか。

この話の教えてくれるところは、
「人間同士のもめごとは、実際に誰が得をした、損をした、ということではなく、互いが納得して面目が立てば、丸く収まるのだ」
ということです。

越前は、町奉行の努めを果たすために、
身銭を切ってでも争いごとを解決しようとし、
ふたりの町民は、奉行の粋な取りはからいをありがたく承ったのです。

進んで責任をとろうとする人を責める人はいません。

「自分が責任をとる」ということは、
敗北でも屈辱でもなく、
ひとかどの人間として誇るべきことなのです。

いつも他人のせいにしている人は、
責任をとらずにすむ代わりに、
誰からも信頼されないという大きな代償を払うことになります。

他人のせいにするということは、
自分の人生の主導権を他人に譲り渡してしまうということなのです。

誰が悪いのかということは、たいして重要ではありません。

自分は悪くなくても、
自分に関わりのあることは、
自分の責任だと考えるほうがよいのです。

「他人に嫌われるのが怖いから、自分が悪いことにしてしまう」
という消極的な態度はよくありませんが、
「自分の人生の幸せは自分で創るものだから、自分が責任をとる」
と主体的に考えることができれば、
落ち込んだり自分が嫌になったりすることはないでしょう。

人生の目的は、幸せになることです。

そして、それは、ずっとずっと、継続することを目標とすることであります。

今の自分の正しさや、
今だけの自分の快楽をもとめることは、
残念ながら、
人生の目的である幸せになることを手に入れることはできず、

ただただ

なにかに追われる人生

を手に入れてしまうことになります。

そして、

自分の人生を他人にゆだねてしまうことになります。

自分の人生を自分で舵取りできることができたとき
僕たちは、

幸せだ!!

と言えるのであります。





<感想>
この文章の「自分が悪い」と意識を持ってからの行動力が大切であるという考えは、本当に大事な部分だと思います。時には「自分は悪くない」という信念を持って取り組む強さも持っていなくてはいけません。そこには、厳しい困難が待ち受けていますが、それを乗り越えることが人生には必要です。
「自分の道は自分で決める」
誰もがこの生き方を望んでいるはずです。しかし、この世の中、それを貫くのは本当に難しいものです。社会には枠組みがあって、そのルールを外すと生きていくのが困難になってしまうのが現実です。しかし、私はその社会生活の中でも「自分」を保つための素晴らしい言葉を見つけました。
「尽きせぬ自由は がんじがらめの不自由さの中にある」
この言葉の意味を追求することで、「社会を生きる」という強さを身に付けることができるのではないでしょうか。


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2016-05-26 20:31:00

今日の555を読んで。

テーマ:ブログ
八王子みなみ野七国にあります、年中無休の歯科医院
ななくに歯科のサポートスタッフの大木です。

今日も暑い1日でしたね。
洗濯物がよく乾いて主婦にとっては嬉しいですが、
熱中症にも注意が必要な季節になってきましたね。
皆様、体調管理にお気をつけください。

さて今日も院長先生の「今日の555」を読ませていただいての感想を
書きたいと思います。



~今日の555!!!(第1251回)~

いつも明るく楽しい毎日を送りたいと思っていますが、やはり生きていく上では、特に人間関係においては、なかなか自分の思いどおりにはならず、いろいろとストレスを抱え込んでしまうものです。

ストレスをためる人とためない人との違いは、
「うまく心を切り替えられるか」
ということにかかっています。

仕事で失敗をするときは、なぜか次々に失敗が重なってしまう、という経験のある人も多いのではないでしょうか。

一度失敗をして、
「ああ、もう嫌だ」
とくさくさした気持ちを抱えたまま仕事を続ければ、
かえって身が入らず、
ふだんならしないような失敗までしてしまうのです。

また、誰かとケンカをしてイライラしているとき、
関係のない人に八つ当たりをしたり、
くどくどと愚痴をこぼしたりして、
ほかの人からも嫌われてしまう、ということもよくあります。

小さなストレスをうまく処理できなかったために、
さらに大きなストレスを生み出してしまうのです。

なるべくストレスを抱え込まないようにするためには、
「嫌なことを避けよう」と考えるよりも、
まず、
「嫌なことがあったときは、その傷口を広げないようにしよう」
と考えたほうがよいのです。

いつもイライラしている、くよくよ落ち込んでいる、という人は、

「嫌なことばかりがある」というよりも、
「嫌なことばかりに心がとらわれている」

のではないでしょうか。

お天気屋の上司の気分を害したらどうしよう。
好きな人に話しかけて、軽くあしらわれたらどうしよう。
またあの近所のおばさんに嫌みを言われたらどうしよう。

「嫌なことがあったら、どうしよう」
といくら考えても、嫌なことを避けられるわけではありません。

むしろ、まだ嫌なことが起こってもいないのに不快な思いをしているわけですから、
よけいに損をしていることになるのです。

では、嫌なことがあったときは、どうすればよいのか。

「その瞬間だけ、嫌な思いをすればよい」のです。

ストレスは、
「嫌なこと」によって生じるというよりも、
「嫌なことが起こらないだろうかと気に病むこと」と、
「起こってしまったことをいつまでも苦にすること」
によって生じるのです。

中国の古典「菜根譚」には、「風過ぎて竹に声を留めず」という言葉があります。

「風が過ぎれば、竹はざわざわと音は立てない」という意味です。

よいことも悪いことも、すぐに忘れるのがよいのです。

悪いことはともかく、よいことも忘れたほうがよいというのは、おかしいと思われるかもしれませんが、
「よいこと」というのも、「悪いこと」との比較にすぎません。

「よいことばかりが起こればよい」と考えるのは、
「悪いことが起こらなければよい」という考えにとらわれることになるのです。

優しい恋人との楽しい時間を過ごし、心からのよろこびを感じ、その愛情に感謝する。

そこまではよいのですが、
ただ「楽しかった」という思い出にすがりついてばかりいては、
次にちょっと冷たい態度をとられたときに、
「以前は優しかったのに、なぜ」
という不満が生まれます。

もともと冷たい人であれば何とも思わなかったのに、
「よいこと」への執着が、
「嫌なこと」を生み出す原因となってしまうのです。

「この幸せがいつまでも続けばよい」
というのは、本当にその幸運に感謝していることにはなりません。

「よいこと」はその場かぎりの幸運にすぎないという覚悟をもって、その瞬間瞬間によろこびを味わいつくさなければならないのです。

やはり人生は、好きなこと、楽なことだけをして生きていくというわけにはいきません。

いつまでも若く健康で、おいしいものを食べ、好きな人ばかりに囲まれ、遊んで暮らして……。

「毎日がうれしいこと、楽しいことばかりで彩られていたら、どんなにすばらしいだろう」

と思うかもしれませんが、
「よいこと」もそれが当たり前になってしまえば、
ありがたみも薄れ、さらに大きな欲求に悩まされるだけです。

うれしいことも嫌なことも、
その瞬間に心いっぱいで感じ、過ぎ去った後には何も残さない。

風が胸の中を吹き抜けていくさまをイメージしてください。
はねつけるのでもなく、ごまかすのでもなく、ただそのままに受け入れ、そして手放すのです。

「気にするなと言われても、気になるものは仕方がないじゃないか」
という人もいるかもしれませんが、

「気にしても仕方がない」、
「気になるのだから仕方がない」、
同じ仕方がないのなら自分のためになるほうを選ぶのが賢明です。

心が惑わされたときは、手を叩いたり、大きく深呼吸をしたりと、自分なりの「心を清める儀式」を決めておくのもよいでしょう。

その儀式を行った後は、いっさい気にしないことにするのです。

生きていれば、悲しいことや不愉快なことが起こるのは、避けられません。

しかし、それを心に残さず、ストレスを最小限にとどめることはできるのです。


<感想>
以前の私は、嫌なことが続いたり、なかなか思うように物事が進まなかったりすると、モヤモヤする気持ちばかりに焦点をおいていました。頭の中でぐるぐるとそのことばかりを考え、イライラして「なんで、なんで…」と引きずっていました。しかし、最近になって気持ちを引きずることが少なくなってきたように感じます。自分でも驚くほど気持ちが楽になり、感情の起伏も穏やかになったと思います。その理由が、この555を読ませて頂いてわかったような気がしました。
ストレスを感じるのは避けられないですが、そのストレスを逃がす方法が自分なりに見つかったのだと思います。
私の方法は、「しょうがないと思うこと」
良い意味でも、悪い意味でも、起こったことは事実として受け入れるようにしています。
これでストレスは半減したように思います。
そして、その事実を前向きに解釈することを心がけています。
「同じ仕方がないなら、自分のためになるほうを選ぶのが賢明」
院長先生のこの言葉がとても心に響きました。


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2016-05-26 11:15:04

555をよんで

テーマ:ブログ

こんにちは。

八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科サポートスタッフの

伊藤有子です。

 

今日の555!!!(第1254回)

おいおい!!

そんな風に感じて、許せない!!と思うのは、

...

「相手」が許せない行為をしたからじゃなくて、
それを許せないと感じる「自分」がいるからなんだよね。

じゃぁ、どうして・・・

自分はなんでそれを許せないと感じるんだろう?

自分にとって許せないことって何だろう?

じゃあ、許せることってなんだろう?

自分はどうして欲しいんだろう?

自分はどうされると嫌なんだろう?

ほんとは、

ぜーんぶ

ぜーんぶ

相手が創ったことでなくて

ぜーんぶ

ぜーんぶ

自分が自分の心の中で創ったこと。

ちゃーんと、自分に聴いてみてあげて。

「その価値観はどうしてできたんだろう?」

ってね。

そして、

今、

ほんとうに、その価値観が必要なのか考えてみて。

怒りや
悲しみや
虚しさを
自分が感じたとき・・

このような

『許せないと感じるような出来事』を、

自分を知る材料に使ったらいいと思う。

とってもとっても、いい材料だから。

怒りも
悲しみも
虚しさも

本当の自分と向き合ういいチャンス。

でも・・・

ただただ

「相手を許せない!!」

ってただただ、怒って

相手を変えようとしても

自分自身のコントロールを失い

なーんにも変わらないよ。

ただただ、動物的に

不快という気分を

無理やりな行為で快感を求めているだけ。

許せないことをされたら、許せない。

許せることをされたら、許せる。

すべて相手に委ねて、自分でコントロールできない状態。

自分の心を、相手に依存してる状態。

もっともっと、自分が幸せになりたいのであれば

その自分の中で沸き起こった感情を

未来のために利用しよう。

そのありのままの感情を

「自分を知るための出来事」

って置き換えるチャレンジをしてみない??

わたしが、わたしを知るために。

わたしはどうされると嫌なのか。

じゃあ、本当はどうして欲しいのか。

どうされると、嬉しくて、幸せになれるのか。

それを知るために、わざわざ反対の出来事が学びとして起こっている。

嫌なことはすべて、

「あー自分はこうされると嫌なんだな、ってことは、どうされるといいんだろう?」

を知るために起きている。

だからここで、

『こうされるとやだやだやだやだ!
自分が正しい!
あいつが悪い!!』

って行動していると

ちっとも

本当に自分が手に入れたい幸せを手に入れることができず

日々、ただただ

ゲリラのように

嫌なことばかりが起きる。

そして、

他人にそれを繰り返されて、

何度もそれを経験する。

本当に幸せになりたいのであれば

もう

相手を変えることをするのではなく

自分の感情を受け止めて

未来のために

未来のゲリラから身を守るために

『じゃあ、どうされると嬉しいんだろう?
本当はどうして欲しいんだろう?
自分が喜びを感じるのは何だろう?』

を、考える。

それを想像して、自分を知る。

あー、僕・・・ほ
んとはこうして欲しかったんだ

次は、こっちを経験しよう!

って、決める。

そうすると、現実が変わってくる。

そうすると、明日が変わってくる。

どんどん、不幸のゲリラが減ってくる。

そして・・・

自分の感情を相手に委ねずに、
自分でコントロールできるようになる。

『許せない出来事』を起こしてくれた人は、
またひとつ、わたしを知るチャンスをくれた、

ありがたい人。

そしてもし、

『こういう人と関わらないことが、僕の幸せ』
って気付いたら、

ありがとう!!!
そして
さようなら!!

ってすればいいだけ。

変わらない相手を変えようとするのではなく
さよなら
すればいいだけ。

ありがたい人だからって、
これからも一緒にいなきゃいけない、てことはない。

自分らしく生きたいなら、自分らしさを知る。
ありのままで生きたいなら、ありのままの自分を知る。

余計なものを脱ぎ捨てて、裸で生きたいなら、
自分の裸を見る勇気を持つ。

相手のせいにして
相手を責めるのは
ただただ、
自分が楽なだけ。

でも、楽なものを手に入れても
未来は手に入らない。

それを続けても、相手は自分を幸せにはしてくれない。

自分を幸せにしてやれるのは、自分だけ。

だから
だから
だから!!

まず、自分にとっての幸せを知ること。

やな事ばかり起きる、
やな人ばっかり周りにいるんだとしたら、
いい加減気付きたほうがいい。

それは、自分自身の人生を

誰かにゆだね、

自分自身に嘘を毎日ついているってことだから。

 

~感想~

私はこのブログを読んで自分が10代20代の頃よくこういう場面に遭遇したことを思い出しました。嫌なことや怒りを誰かのせいにすることは自分自身が悪いということを認めたくなくて反省することや考えることをしなくてもいいのでとても楽だと無意識に思っていたのではないかと思います。でもそれはとても負のエネルギーを持っていて積み重なるとどうしていいかわかず結局自分が苦しくなってしまいました。そんな時に2週間ほど一人で旅行に行って自分と向き合いました。すると驚くほど自分のことがわかってきました。わかればわかるほど苦しくなったりもしましたが自分がどうしたいのか、どうされると嬉しいのか、自分の幸せがなんなのか

はっきりしたことでその後の人生がより楽しくなりました。今、子供たちにこのことを伝えようと

日々格闘してます。そして自分のことも相手のことも大切に思える大人になってもらえたら嬉しいです。

 

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2016-05-24 00:01:31

555をよんで

テーマ:ブログ

八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯医院ななくに歯科の 保育士 原です。

…………………………………………………

今日の555!!!(第1251回)

いつも明るく楽しい毎日を送りたいと思っていますが、やはり生きていく上では、特に人間関係においては、なかなか自分の思いどおりにはならず、いろいろとストレスを抱え込んでしまうものです。

ストレスをためる人とためない人との違いは、
「うまく心を切り替えられるか」
ということにかかっています。

仕事で失敗をするときは、なぜか次々に失敗が重なってしまう、という経験のある人も多いのではないでしょうか。

一度失敗をして、
「ああ、もう嫌だ」
とくさくさした気持ちを抱えたまま仕事を続ければ、
かえって身が入らず、
ふだんならしないような失敗までしてしまうのです。

また、誰かとケンカをしてイライラしているとき、
関係のない人に八つ当たりをしたり、
くどくどと愚痴をこぼしたりして、
ほかの人からも嫌われてしまう、ということもよくあります。

小さなストレスをうまく処理できなかったために、
さらに大きなストレスを生み出してしまうのです。

なるべくストレスを抱え込まないようにするためには、
「嫌なことを避けよう」と考えるよりも、
まず、
「嫌なことがあったときは、その傷口を広げないようにしよう」
と考えたほうがよいのです。

いつもイライラしている、くよくよ落ち込んでいる、という人は、

「嫌なことばかりがある」というよりも、
「嫌なことばかりに心がとらわれている」

のではないでしょうか。

お天気屋の上司の気分を害したらどうしよう。
好きな人に話しかけて、軽くあしらわれたらどうしよう。
またあの近所のおばさんに嫌みを言われたらどうしよう。

「嫌なことがあったら、どうしよう」
といくら考えても、嫌なことを避けられるわけではありません。

むしろ、まだ嫌なことが起こってもいないのに不快な思いをしているわけですから、
よけいに損をしていることになるのです。

では、嫌なことがあったときは、どうすればよいのか。

「その瞬間だけ、嫌な思いをすればよい」のです。

ストレスは、
「嫌なこと」によって生じるというよりも、
「嫌なことが起こらないだろうかと気に病むこと」と、
「起こってしまったことをいつまでも苦にすること」
によって生じるのです。

中国の古典「菜根譚」には、「風過ぎて竹に声を留めず」という言葉があります。

「風が過ぎれば、竹はざわざわと音は立てない」という意味です。

よいことも悪いことも、すぐに忘れるのがよいのです。

悪いことはともかく、よいことも忘れたほうがよいというのは、おかしいと思われるかもしれませんが、
「よいこと」というのも、「悪いこと」との比較にすぎません。

「よいことばかりが起こればよい」と考えるのは、
「悪いことが起こらなければよい」という考えにとらわれることになるのです。

優しい恋人との楽しい時間を過ごし、心からのよろこびを感じ、その愛情に感謝する。

そこまではよいのですが、
ただ「楽しかった」という思い出にすがりついてばかりいては、
次にちょっと冷たい態度をとられたときに、
「以前は優しかったのに、なぜ」
という不満が生まれます。

もともと冷たい人であれば何とも思わなかったのに、
「よいこと」への執着が、
「嫌なこと」を生み出す原因となってしまうのです。

「この幸せがいつまでも続けばよい」
というのは、本当にその幸運に感謝していることにはなりません。

「よいこと」はその場かぎりの幸運にすぎないという覚悟をもって、その瞬間瞬間によろこびを味わいつくさなければならないのです。

やはり人生は、好きなこと、楽なことだけをして生きていくというわけにはいきません。

いつまでも若く健康で、おいしいものを食べ、好きな人ばかりに囲まれ、遊んで暮らして……。

「毎日がうれしいこと、楽しいことばかりで彩られていたら、どんなにすばらしいだろう」

と思うかもしれませんが、
「よいこと」もそれが当たり前になってしまえば、
ありがたみも薄れ、さらに大きな欲求に悩まされるだけです。

うれしいことも嫌なことも、
その瞬間に心いっぱいで感じ、過ぎ去った後には何も残さない。

風が胸の中を吹き抜けていくさまをイメージしてください。
はねつけるのでもなく、ごまかすのでもなく、ただそのままに受け入れ、そして手放すのです。

「気にするなと言われても、気になるものは仕方がないじゃないか」
という人もいるかもしれませんが、

「気にしても仕方がない」、
「気になるのだから仕方がない」、
同じ仕方がないのなら自分のためになるほうを選ぶのが賢明です。

心が惑わされたときは、手を叩いたり、大きく深呼吸をしたりと、自分なりの「心を清める儀式」を決めておくのもよいでしょう。

その儀式を行った後は、いっさい気にしないことにするのです。

生きていれば、悲しいことや不愉快なことが起こるのは、避けられません。

しかし、それを心に残さず、ストレスを最小限にとどめることはできるのです。

…………………………………………
少し前までは、些細なことを気にしてしまい、いつも悩みが尽きないからストレスがひどいのだ!
と思っていたのですが、最近は自分のやりたい事ができているからか、ストレスの少ない生活を送れています。
また、555を読んでストレスも自分次第で、重くも軽くもできるのだなと感じました。
小さいイライラは尽きませんが、自分の心地よい事をもっとたくさん見つけて、ストレスをためない体質になりたいです!

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2016-05-23 12:00:00

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。
八王子みなみ野七国いあります年中無休の歯科医院
ななくに歯科のサポートスタッフの伊藤です。


院長先生のFacebookより↓↓


今日の555!!!(第1233回)

「誰かに助けてもらうことをしてもらうぐらいなら・・・」

と言って...
今日も頑張っている人が傍にいませんか?

そして、あなた自身は、
「誰かに助けてもらう・・・」
と聴いて、どんな感情を持たれるでしょうか?

世の中には、助けてもらうことに対して

申し訳ない
恥ずかしい

と思う人もいれば

さらに

負けた
自分って最悪

って思う人もいる。

「誰かに助けてもらうことをしてもらうぐらいなら・・・」
と言って
今日も頑張っている人が傍にいませんか?

もしかして・・・

あなた自身が
一番、
そう、思って
今日という日を過ごしていませんか?

人が嫌がることをする行為は
たしかに
好ましいことではありませあん。

しかし
だからといって

人が助けてくれること

人が嫌がること

でしょうか?

人が嫌がることを
迷惑
と言いますが

人が助けたくて助けてくれることを
迷惑
と言うのでしょうか?

あなたが、
誰かのために助けたくなって助けたとき
相手の方が
「迷惑ですか?」
と聞かれたら

「迷惑です」

と答えるのでしょうか?

そして・・・
人の力を借りることが
本当に

「負けている」

ことなのでしょうか?

確かに
自分ひとりで
達成した時の
何とも言えない

優越感

があることは、
もちろん、
理解できます。

でもね。

優越感よりも
もっともっと
幸せになれることがあるんだよね。

それは、
「共感」。

人は、すこしでも
成長したい!!
って思っているから

優越感

を感じるように、できている。

でもね。

人は

優越感

では

生きていけないの。

優越感

では

だだ、

気持ちいだけ。

人は

気持ちいだけ

では

幸せにはなれない。

人と一緒に

「共感」

することで

本当の

幸せを感じるんだよね。

他人の力を借りること

決して

卑しい行為でもなく

あなたの価値を下げることでもなく

むしろ

みんなが

幸せになるための

崇高な行為。

人の力を借りれる人ほど

周りの人を

幸せにできるんだよね。

自分ひとりで

なんでもできるようになることで

人を幸せにできると

信じていて

人のために

何でもしちゃう人がいるけれど・・・

それは、

相手のため幸せ

を奪っているんだよ。

相手が

何もしなくても生きていける環境を

創ってあげることを

幸せにしてあげる

ことだと思ったら

・・・・

それは、

悲しいことかもしれないよ。

だって、

相手は

自分らしさを発揮できる機会もないし

人のために生きる幸福感を知らずに生きていくのだから。

さぁ、

そろそろ

今こそ

人の力を借りよう。

人の力を

借りれば借りるほど

あなたは

誰かを幸せにしているのだから

(^^)/



~感想~


この投稿を読んで、介護や子育ての問題が思い浮かびました。

介護や子育ての場面において、苦しいことがあっても一人で抱えて辛くなってしまい、悲しい結果を引き起こしてしまうことがあります。そのようなことになる前に、周りの誰かが手を差し伸べるべきだと思います。介護、子育て自体を手助けするのも良いと思いますが、苦しい思いをしている人へのサポート(話を聞いたり気分転換をしたりすることなど)が大切だと思います。


“優越感ではだだ、気持ちいだけ。人は気持ちいだけでは幸せにはなれない。

人と一緒に「共感」することで本当の幸せを感じるんだよね。”

私はこの言葉にとても共感しました。もし、一人で頑張っている人が苦しい思いをしていたら、迷わず手を差し伸べようと思いました。

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2016-05-21 13:00:00

555!を読んで

テーマ:ブログ
こんにちは。
八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院
ななくに歯科の歯科衛生士の山田です。

今日の555!!!(第1248回)

人をコントロールしようとすると
自分をコントロールできなくなるんだよ。

僕たちは、ついつい、
人をコントロールしようとしてしまうよね。

僕たちは、信じてしまっているよね。

「人をコントロールできる」

って。

でも

「他人と過去は変えられない

自分と未来だけが変えられる」

って言うじゃない。

それが、真実であり、原理原則。

でも・・・・

僕らはなぜか、

人をコントロールできると

信じてる。

そんな

絶対できない

人をコントロールしようとすることを

すればするほど・・・

絶対できないことにチャレンジするから

やがて

無理なことをしている自分のコントロールさえ

失ってしまう。

コントロールできない相手を

動かそうと

はじめは

言葉でチャレンジするものの

当たり前だけど

コントロールできないから

人は

その後

いろいろなことをしてしまう。

泣くひともいれば

落ち込む人もいれば

言葉を荒げる人もいれば

恐怖を植え付ける人もいれば

手を出す人もいる。

コントロールできない相手を

コントロールできると思い

様々なことをし始めたとき・・・

そこにあるものは

怒り

悲しみ

虚しさ

といった感情をいだいた

コントロールを失った自分。

相手もコントロールできず

自分もコントロールできず

ただただ、そこにあるものは

空虚な世界。

真実であり

原理原則は

「コントロールできることは

自分だけであり

それも

自分の

思考と行為だけ」

であるってこと。

自分が相手をコントロールできたと

信じているそのことは

ただただ

相手が

あなたに嫌気を恐怖と、

何とも言い難い「仕方なさ」を感じ

相手が

譲ってくれて

変わってくれただけ。

決して

あなた自身が相手を変えたのではない。

苦痛を無意識に与えただけ。

だから・・・

そんな

自分が相手を自分の力でコントロールできたと信じた勘違いの結果は

悲しい断絶の未来を

創造したに過ぎないんだよね。

世の中には

悲しいほど

自分を

そして

自分自身の人生の

コントロールができなくなり

ただただ

流れに身を任せることしかできなくなり

苦しい時を過ごしている人が

沢山います。

そんな人が

唯一

幸せになる方法があるとしたら・・・

それは

自分がコントロールできることを

自覚して

とことん、できることをすることであり、

そして

自分がコントロールでいないことを

コントロールしないこと。

もっともっと

みんなが

幸せになるために

知っててほしいな。

このことを。


感想
人をコントロールしようとする…で身に覚えがあるのはやはり子育てです。いろんな野菜を食べて欲しい、いろんな知識を身につけて欲しい、友達をたくさん作って欲しい…子ども達に対しては欲しい、欲しい、欲しいだらけです。そんな親の思いは子どもをコントロールしようとしている、ということになるのでしょうか。子供のためを思って…いう事がコントロールならば子育てなんて全てそう。
院長先生の555!を読んで考えてみました。泣き叫んで嫌がる子どもに歯磨きするのは?外で遊びたいという子供と一緒にお部屋でお絵描きするのは?そう考えると、うーん、子育てってなんだ?とグルグルしてしまうのです。
子どもと言えども人にはそれぞれのサイクルがありそれがリンクしたときに初めて喜びを感じ幸せだと言えると思うのです。そして、ただ言えるのは子供と沢山の経験と思い出と感情を分かち合えるのは、幼少期の今しか出来ないことでそれは押しつけでもコントロールでもなく、ただシンプルに「家族との時間」だと思うのです。
これからもまだまだ子どもたちと共に持つ「家族の時間」を考えています。いつか食べたくもない高級レストランに連れて行くかもしれません。キャンプ場でやりたくもない火起こしを手伝わせるかもしれません。それは、親の私たちからしか与えられない「経験」であり、「時間」です。
そんなわけで、これからも胸を張って、子ども達と家族の時間を過ごしたいなと思います。子ども達が大人になった時、小さい頃に家族と経験したあれこれを思い出し、良い思い出も悪い思い出も彼らのアイデンティティの一部になりますように。
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2016-05-20 19:51:00

555を読んで

テーマ:ブログ

八王子みなみ野七国にあります、年中無休の歯科医院
ななくに歯科 保育士・サポートスタッフの須賀です。



今日の555!!!(第1248回)

人をコントロールしようとすると
自分をコントロールできなくなるんだよ。

僕たちは、ついつい、
人をコントロールしようとしてしまうよね。

僕たちは、信じてしまっているよね。

「人をコントロールできる」

って。

でも

「他人と過去は変えられない

自分と未来だけが変えられる」

って言うじゃない。

それが、真実であり、原理原則。

でも・・・・

僕らはなぜか、

人をコントロールできると

信じてる。

そんな

絶対できない

人をコントロールしようとすることを

すればするほど・・・

絶対できないことにチャレンジするから

やがて

無理なことをしている自分のコントロールさえ

失ってしまう。

コントロールできない相手を

動かそうと

はじめは

言葉でチャレンジするものの

当たり前だけど

コントロールできないから

人は

その後

いろいろなことをしてしまう。

泣くひともいれば

落ち込む人もいれば

言葉を荒げる人もいれば

恐怖を植え付ける人もいれば

手を出す人もいる。

コントロールできない相手を

コントロールできると思い

様々なことをし始めたとき・・・

そこにあるものは

怒り

悲しみ

虚しさ

といった感情をいだいた

コントロールを失った自分。

相手もコントロールできず

自分もコントロールできず

ただただ、そこにあるものは

空虚な世界。

真実であり

原理原則は

「コントロールできることは

自分だけであり

それも

自分の

思考と行為だけ」

であるってこと。

自分が相手をコントロールできたと

信じているそのことは

ただただ

相手が

あなたに嫌気を恐怖と、

何とも言い難い「仕方なさ」を感じ

相手が

譲ってくれて

変わってくれただけ。

決して

あなた自身が相手を変えたのではない。

苦痛を無意識に与えただけ。

だから・・・

そんな

自分が相手を自分の力でコントロールできたと信じた勘違いの結果は

悲しい断絶の未来を

創造したに過ぎないんだよね。

世の中には

悲しいほど

自分を

そして

自分自身の人生の

コントロールができなくなり

ただただ

流れに身を任せることしかできなくなり

苦しい時を過ごしている人が

沢山います。

そんな人が

唯一

幸せになる方法があるとしたら・・・

それは

自分がコントロールできることを

自覚して

とことん、できることをすることであり、

そして

自分がコントロールでいないことを

コントロールしないこと。

もっともっと

みんなが

幸せになるために

知っててほしいな。

このことを。



*******************

知らず知らずのうちに人をコントロールしていることがあります。特に家族や自分の近い場所にいる人を自分の思い通りにしたいと、無駄な努力をしていたり。
そして、うまくいかず自分の中に残るのは、
院長のお話の通り、「怒り」「悲しみ」「虚しさ」なんですよね。それでもそのことに気がつかず、全力で相手をコントロールしようとしていた自分を恥ずかしいと思います。

ななくに歯科のスタッフとして働きはじめてから、仕事以外のことでも学ぶことがたくさんあります。
気持ちの面でも学ぶことは多々あり、先輩のスタッフからもたくさんの事を教わりました。そして、たくさん成長させてもらっていると実感しています。
この気持ちは私が誰からもコントロールされていない証拠です。できない事でも手を貸してくれて、決してコントロールしない、そして私のステップアップを自分のことのように喜んでくれるスタッフの皆と一緒に仕事ができて感謝しています。

私も相手を自分仕様にコントロールしていくのではく、敬意を払い、成長させてあげられる、そんな人になりたいと思います。

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2016-05-19 15:13:44

555!を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。
八王子みなみ野七国にあります、年中無休の歯科医院
ななくに歯科のサポートスタッフの島田です。



今日の555!!!(第1246回)

愛される人間になるためには、まず自分自身を愛することが必要だよね。

でもさぁ、自分を愛するといっても、自分に自信のない人は、
何をどうすればいいのか判らないかも。

「自分は、何の取り柄も魅力もない、ちっぽけな人間だ。いったいこんな自分のどこを愛すればいいというのか」

と悩んでいる人もいるんじゃない?

だけど、

「自分はちっぽけな人間だ」と嘆いている人は、

心の底から自分をちっぽけだと思っているわけではなく、

むしろ、自分をちっぽけな人間だと認めることができないからこそ、悩んでいるんじゃないかな??

もし、
もし
もし!!

自分がちっぽけだと思うのなら、
謙虚に他人から学び、自分を高める努力を続ければよいはず。

ただ、それだけのことだよね。

「自分はちっぽけな人間だ」と悩む必要はないと思うの。

自分だけでなく、すべての人間は、しょせんちっぽけで、はかない存在なんだから。

人は皆、地球上の何十億人のひとりにすぎません。

その一生は、悠久の宇宙の歴史に較べれば、ほんの一瞬のできごと。

心の底から

「自分はちっぽけな存在だ」

と認めることができれば、

「だからこそ、些細なことに悩んだり怒ったりしても仕方がない。かぎられた一生の時間を精一杯に駆け抜けて、悔いのないように生きよう」

と前向きに考えられるのです。

「特別な人」はひとりもいません。

ただし、個性は人それぞれに違います。

この世の中で、自分とまったく同じ性格、同じ体つき、同じ経験をしてきた人はいません。

この広い世界で、自分という存在は、後にも先にも自分ひとりだけです。

それだけで充分に特別なのですから、それ以上に特別であろうとする必要はありません。

人は誰でも特別であるという意味において、すべての人は平等であり、一部の恵まれた人だけが特別なのではないのです。

ここで、次のように反論される方がいるかもしれません。

「大金持ちやスーパースター、有名なスポーツ選手、歴史に名を残す人物などは、明らかに特別ではないか。自分と較べて、あまりにも不公平ではないか」

しかし、それはあくまで個人の主観にすぎません。

自分が「運や才能に恵まれ、多くの人々から注目を受ける人」をうらやんでいるから、そういう人たちが特別に思えるのです。

それを特別だと思わない人もたくさんいます。

何に価値をおくかは人それぞれなのですから、
「誰にとっても特別な人」
などというのはいないのです。

世の中には、他人から注目を受けなくても、立派に、誠実に、気高く生きている人もいます。

そういう人たちが、大金持ちやスターよりも価値が劣るなどということは、絶対にありません。


自分を愛するとは、
「自分は特別扱いされるべきだ」
と思い上がることではなく、
他人と較べて優越感を抱くことでもなく、
ありのままに自分を受け入れるということです。

「自分をありのままに認める」とは、
けっして「努力を怠ってもよい」という意味ではなく、
「自分を実際の自分以上に見せようとしない」
ということです。

「自分にできるかぎりのことをやって、その結果を受け入れる」
といういさぎよい態度のことをいうのです。

具体的にどういう行動を起こせばよいのか判らないという人は、
まず、特別なことではなく、

「ふつうのこと」

を徹底的に行ってください。

礼儀正しくふるまう。
はっきりとあいさつや返事をする。
「ありがとう」「すみません」を素直に言う。
自分のことは自分でする。
決められたルールを守る。
困っている人がいたら、見て見ぬふりをしない。

これら「人間として当たり前のこと」を完璧に実行しようと思えば、並大抵のことではありません。

私たちは、「ふつうの人間」にさえ、なかなかなれないのです。

「平凡な人生を送りたくない」と言って高望みばかりしている人は、
結局、平凡な人間にもなれないまま人生を終えることになるのです。

「ふつうのこと」を心がけてさえいれば、充分に自分に自信がもてるようになるでしょう。

ふつうの生活。ふつうの人間関係。ふつうの仕事。

それに満足できない人は、どんな幸福にも満足できないのかも。

「ふつうであること」以上の幸福はないんじゃないかな?
*\(^o^)/*



<感想>

わたしがこの555!を選んだ理由は、まさに自分に当てはまる内容だったからです。

「自分はちっぽけな人間だ。」といつも思っていても、

謙虚に他人から学び、自分を高める努力を続けること、ができていませんでした。

ここをこうしなければ、そのためにはこれをやろう、

と意気込んでばかりでなかなか実行に移すまでに至らないのが今までのわたしでした。

自分を受け入れるために、自分が納得いくまで自分を高める。そのために何か特別な事を成し遂げなくてはと思うばかりに当たり前のことを当たり前にできていないことに気が付けました。


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2016-05-18 17:35:52

555を読んで

テーマ:ブログ

こんにちは。
八王子みなみ野七国いあります年中無休の歯科医院
ななくに歯科のサポートスタッフの清水です。


もっともっと、将来どうなりたいか、誰かに話そうよ。(^^)/
もっともっと、将来どうなりたいか、話を聴いてあげようよ(^^)/...

毎日毎日
話して
そして
聴いてあげようよ。

それが、どれだけ
自分と人に
勇気と希望をもらたすことか。

あなたは、今
自分が将来どうなりたいか、すぐに言えるかな?

あなたは、今
大切なあの人が、将来どうなりたいか、知っているのかな?

僕たちが
もし、
将来の話をしなくなったら
どうなると思う?

僕たちが
もし
将来の話をすることそのものを
諦めたら
どうなると思う?

知っていてほしいな。

どれだけ、

将来の話をすることが

しあわせになるために

実は

一番大切なことであるってことを。

知ってほしいな

どれだけ

将来の話をしないことが

不幸に近づくってことを。

もし、

あなたの周りの誰かが

5月病になり

困っていたら・・・・

もし、

あなた自身が

5月病になり

苦しんでいたら・・・・

一番の特効薬は

楽しく

ただただ

楽しく

将来のことを話せることだと思う。

でも、

もちろん

それ自体がもう・・・

話せないって人もいると思う。

でもね。

もし、

自分も

大切な人も

将来の話をできなくなっているとしたら・・・

まさに

毎日毎日

話をすることを意識したほうがいいと思う。

将来の話を

話せないそんな今だからこそ

一歩

踏み出して

「勇気」

をもって

できるできないとか考えずに

将来の話をすることに

チャレンジしてほしい。

あなたが、

元気で

毎日楽しい人ならば

どうか

どうか

将来の話を

もう、できない・・・

と思っている人のそばに行き

安心して

将来の話をする環境を

創ってあげてほしい。

幸せな人

夢がある人

今を頑張れている人

どうか

そんな自分自身の幸せのおすそ分けとして

将来の話をすることを諦めている人のそばに行き

ただただ

話を聴いてあげてほしい。

人は

自分がなりたい人になれるんです。

人は

自分が考えたとおりの人になるんです。

将来のことを
話す力が
幸せをつくりあげることを
どうか

本気で

みんな知ってほしいな。

あんなことを言ったらかっこ悪い・・・

とか

そんなことを言ったって、もう、無理・・・

とか

もう、失敗するのがいやだから、二度と語らない・・・

とか

いっぱいいっぱい

将来を語らない理由は

探せば探すほど

見つかるよね。

でも

でも

でも!!!

だまされたと思って

もう一度

毎日毎日

将来のことを

大切な人と

楽しく

語り合ってほしいな。

どうかこれを見ている

幸せな人。

周りを見渡してほしい。

いっぱいいっぱい

将来を語りだしたら

幸せになれる人が

沢山いるから。

お金やモノを
プレゼントすることが
相手にとって
幸せになることではなくて

本当の幸せになるためのプレゼントは

将来の話を聴いてあげる時間を創ってあげることなんじゃないのかな?




《感想》

何故、これを選んだかというと医院長先生に将来何になりたいか聞かれて具体的に答えられなかったからです。昔は将来の夢がありました。ですが、年を重ねるにつれてどうせなれないだろう。と、心のどこかで思っている自分がいました。ですが、医院長先生の言葉を見てもっと自分を信じて将来をもう一度考えてみようと思いました。そして、自分の将来について友達や家族に話してみようと思います。

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