なめらかな心意気~Love&Peace~

中国で和室内装専門店を展開しています。毎日が悪戦苦闘。だから面白い!

なめらかな心意気~Love&Peace~

イ草インテリアSHOP 「タタミズキ」


なめらかな心意気~Love&Peace~

世界に畳を! ~G・I (グローバル・イグサ)プロジェクト進行中~


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嫌煙ブームである。
喫煙者は人としての素養に欠ける社会の脱落者的な扱いを受ける時代になってきた。

元々は香りを愉しむ紳士淑女の嗜みであったものが、なぜこんな事になったのか。ちょっと考えてみた。

やはり一番大きなものは「健康に与える悪影響」だろう。煙草を吸うことによる健康への悪影響は、もはや一般常識の域に入っている。が、ちょっと待てよ?具体的な煙草の悪影響に関して数字を調べようと検索してもなかなか見つからない。いや、大量に出てくるんだけど、科学的根拠を指し示したものがみつからない。

国立がんセンターによる発表で、全死因のうち、喫煙によるものと割り当てられる部分は、男性で27.8%、女性で6.8%だったとのこと。すごく高い割合に思える。やはり喫煙は健康へ与える影響が凄まじいではないか!しかし、他の統計を見る。全国の喫煙率。ふむふむ、男性32.2%、女性8.2%か…ん?あれあれ?ちょっとお待ちください。これじゃまるで、喫煙者の方が病気になりにくいってことになるじゃん。しかも喫煙による死因と割り当てられたものは、その死者が喫煙者であったというだけで、死因との関連性に対する根拠が非常に希薄なまま、喫煙による死因に割り当てられたものだ。喫煙が健康に対して悪影響があるという前提有りきで作られた数字でさえ、喫煙者が非喫煙者より短命だという根拠になっていない。
それから一生懸命調べてみたが、喫煙者が非喫煙者よりも病気になりやすいという数字が出てこない。根拠として100年くらい前の研究論文とかが出てきたりするが、最初から喫煙は健康を害するという結論有りきで論じてるものばかりで、喫煙者がどれくらい非喫煙者よりも多く死んでいるかが全然分からない。

喫煙が健康に良いとは言わない。でも実はそんなにヒステリックに言うようなものではないんじゃないのかと、疑問が湧いてきた。

それどころか、世界で喫煙が要因の死者が90万人いるという数字と別に、飲酒が要因の死者が250万人という数字があったりする。WHOは喫煙よりも飲酒に関して活動した方がいいんじゃないのかね。

誰しも皆、非常に高い関心を持っている「健康」。健康に関してヒステリックにやってるとすごく不健康なんじゃないかなあと思えることがたくさんある。

例えば、運動。人間や全ての生物の心臓の鼓動回数は上限が有るという考え方がある。生物の平均寿命と鼓動回数は関連性が有るというわけだ。生まれてから死ぬまでの間、心臓はずっと動き続けてるわけで、その回数には限界が有る。だから日常的に鼓動が高まるような激しい運動を行っていると心臓の寿命が縮む。
また、人間は呼吸で体内に取り込む酸素によって体内に活性酸素を形成し、これが細胞を傷付けて老化やガンなどの要因になる。呼吸が乱れるような激しい運動を日常的にすると酸素をたくさん体内に取り入れ、たくさん活性酸素を作り、老化やガンを早め、寿命を縮める要因になる。

運動は健康に良いはずなのに、少し激しい運動になると逆効果。健康を追求してストイックに運動する人の方が顔の皺が深くなり、運動してない人より早死にするという皮肉なことになるわけだ。だからって運動しないデブがいいのかとかは、もちろん違う。心臓や血管に負担がかかりこれも早死にする。なので最近は脈拍数が上がらない程度の散歩などの軽い運動が推奨されているのだ。

また、生命に必ず必要な水だって、大量に摂取し過ぎると死亡要因になる。どのようなものも全て、適度なのが良いということだ。運動も食事も、飲酒も喫煙も、適度にやってストレスの無い生活をするのが一番良いということだ。

話が横道に逸れてしまったが、今の嫌煙ブームの流れは、極端な例で言うと、水を1日に5リットル飲むと低ナトリウム症となり死亡要因となることだけを切り取って取り上げ、「水は健康を害する悪魔の飲物だ!」と言っているような、それに近いヒステリーを感じる。

で、健康に悪いという情報のインプットによる心理的な嫌悪感から、本来は香りを愉しみ、心の余暇を作るものだった煙草の煙を、忌むべき悪臭と感じるようになっている状態。例えば、石鹸を食べたら死にます、石鹸は毒ですという宣伝が行き届いた場合、石鹸の香りは悪臭として認知されていくことだろう。或いは心を落ち着かせる、お香によるアロマだって、健康に良いと信じて食べてる自然食品だって、その成分を細かく分析すると発ガンに繋がるような成分がほとんど必ず含まれている。もっと言うと天然石だって大なり小なり放射線を発していて、突き詰めて言うとガンの要因になる。自然豊かな森の中で吸う空気でさえ、様々な物質が含まれていて、例えば何かの植物の胞子が肺に付着することで肺ガンの要因にもなり得るのだ。

よろしいか。煙草が健康に良いとは決して言わない。でもそんなヒステリックに拒絶する、その心の余裕の無さが、実は最も健康を害する要因となるストレスを生み出す、心の余裕の無さとも繋がっているとも言えるのではないか。

多分…て言うか確信なんだけど、最近みんなが使ってる電子タバコね。あれもその内、普通のタバコみたいな、普通の場所じゃ吸えない扱いになるだろう。だって嫌煙ブームそのものが、理屈じゃなくてヒステリー的な感情によるものなんだから。

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あの珈琲店独特の気色悪い言い回し。
以前から、なんであんなメンドくさい思いをお客様にさせるようなやり方をすんの?ってモヤモヤしてたのだけれども。
そうかあれは専門店感の演出のためなんだなあと突然思い当たる。
(敢えてそういう表現を使うならば)たかが珈琲みたいな一般的なもんを、うやうやしく、一つ上のステージの物のように感じさせるために、心理的障壁をわざと作るわけだ。

なるほど、そんならあれだ、うちは中国で和室専門の内装店を展開してるわけだから…そうだ、図面や契約書のサイズ単位を全て寸尺表示にしよう!これでプロショップっぽくなるでしょ!

ん?でもよく考えてみたら、中国の珈琲店では、サイズ表記は大杯、中杯、小杯って感じですごく素直な呼ばれ方じゃん?
確かにあの気色悪い言い回しを中国語で表現するのは一苦労だし、中国人消費者なら「分かりにくいわボケ!」って軽く文句言うよね多分。

流行りに振り回されやすい日本人向け、或いはそういう気色悪い演出をオシャレと感じてくれる日本人向けのブランディング手法なのかなあなどと思ったんで、久々にブログ書きました。
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1:事実に対して仮定を持ち出す 
「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」 
2:ごくまれな反例をとりあげる 
 「だが、時として尻尾が2本ある犬が生まれることもある」 
3:自分に有利な将来像を予想する 
 「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」 
4:主観で決め付ける 
 「犬自身が哺乳類であることを望むわけがない」 
5:資料を示さず自論が支持されていると思わせる 
 「世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ」 
6:一見関係ありそうで関係ない話を始める 
 「ところで、カモノハシが卵を産むのは知っているか?」 
7:陰謀であると力説する 
 「それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ」 
8:知能障害を起こす 
 「何、犬ごときにマジになってやんの、バーカバーカ」 
9:自分の見解を述べずに人格批判をする 
 「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ」 
10:ありえない解決策を図る 
 「結局、犬が卵を産めるようになれば良いって事だよね」 
11:レッテル貼りをする 
 「犬が哺乳類だなんて過去の概念にしがみつく右翼はイタイね」 
12:決着した話を経緯を無視して蒸し返す 
 「ところで、犬がどうやったら哺乳類の条件をみたすんだ?」 
13:勝利宣言をする 
 「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」 
14:細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる 
 「犬って言っても大型犬から小型犬までいる。もっと勉強しろよ」 
15:新しい概念が全て正しいのだとミスリードする 
 「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学に進歩はない


議論の中でこれらを折り込んでこられた場合は、面倒だが一度その言葉を拾って潰しておくのが正確。そうすることで「雰囲気論破」の芽を摘んでおく。
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むか〜し昔。
日本では、食事中に会話をするのはとても下品な事とされておった。食事の時は姿勢良く、無言で速やかにいただく。子供が食べながら喋ったら、なんて下品なと怒られておったのじゃった。

時代は変わり、食事の時間は家族のコミュニケーションの時間じゃと言いだすようになった。完全に、欧米文化に影響されてのことじゃった。

昔の日本は、襖で仕切られた空間で家族がそれぞれ過ごし、お互いの存在や、お互いの動きなどがふんわりと意識されており、ふんわりと共存しているが故に、特に食事の時間をコミュニケーションの場として特定せずとも、家族は常にお互いの存在を感じながら生活しているものだったのじゃ。

ところが欧米的個々人の権利重視、プライベート重視の文化が入って来るにつけ、そして何よりも欧米式の室内居住空間設計が当たり前になるにつけ、家族はそれぞれバラバラに、お互いの存在を意識することなく生活することが当たり前となり、食事の時間に家族揃って食事をすることくらいしか日常の中での家族共存を意識する時間が無くなってしまったのじゃった。

そうなると、食事中にテレビを観るのがダメだという話になった。家族がみんな、それぞれテレビを観て、家族の会話がなくなるからじゃ。今でも食事中のテレビが禁止だという家庭は日本に結構あるのじゃ。

で、親は子供に「今日学校はどうだった?」とかなんとか、クソみたいな質問をして無理矢理に親子のコミュニケーションを図るのじゃった。子供はそれに当たり障りのない無難な答えを返し、めでたく親子のコミュニケーション成功というわけじゃ。

子供は観たいテレビ番組があるから、親の質問に適当に答えながらとにかくサッサと食事を済ませ、テレビのある部屋に移動する。これが日本の家庭の普通の光景だったというわけじゃ。これは日本の古き良き時代の話じゃ。

かくして現在。

テレビ視聴は寧ろ、親子や家族が時間を共有する数少ないチャンスになってしまった。テレビを観ている者が全て、得る情報を共有し、お互いの反応を認識し、更には感想を述べ合うことさえ可能な、コミュニケーションの手段の一つであったということなのじゃ。

そうつまり、現代は既に、お互いが空間的には共存しているにも関わらず、スマホやタブレットを使って全員が別々の情報を得、別々の対象とコミュニケーションを取り、別々の時間を過ごす時代になってしまったということじゃ。

食事中に話をするんじゃありません→食事中にテレビを観るんじゃありません→食事中にスマホ弄るんじゃありません

と、変換してきたというわけじゃが。

個人主義を尊重するが故に家族間の関係を維持するための個人への縛りを増やしていくという、なんとも言えない矛盾が生まれ、矛盾が悪化しているように感じませぬか?

なんでも欧米文化が優れているわけでもなく、本来持っていた自国の優れた文化を蔑ろにすることで、失っていってる幸せがあるかもしれんのじゃ。

つまりは池彦和室で和室を作れってことなんじゃなあ。むか〜し昔の話じゃ。昔は、食事中に話をするのは下品なことだったんじゃなあ。昔むかしは、食事の時間を特別視しなくとも、家族は常に時間や空間を共有し、精神的に共存していたから、という話じゃ。それは襖で仕切られた和風の住居だったからという話。ぽこぺん。

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日本人の素養の高さを表現する際に

よく使われるエピソードとして

日本では、紛失した財布が戻ってくるという話があるよね。

上海でも日本人が中国人に対して

日本の良さを自慢したい時によく使われる。

 

これは間違いない。

日本は、世界で一番失くした財布が戻ってくる国だ。

 

しかしなぜか日本人、

傘と自転車だけはやたら盗む。

傘と自転車に関しては日本では天下の廻り物扱い。

 

なぜ傘や自転車はさほど罪悪感無く盗めるのか。

そのくせ、拾った財布はネコババしないのは何故なのか。

財布も傘も自転車も、盗まれた人は絶対困るのに。

 

これは思うに

「拾った財布は警察に届けましょう」

と子供の時に教育されるからだ。

拾った財布を警察に届けないと、罪悪感で落ち着かなくなるのが日本人。

 

しかし残念ながら

「他人の傘は盗んではいけません」

「置いてある自転車を盗んではいけません」

と子供の時にわざわざ教えない。

そして、自分のもしょっちゅう盗まれていく内に

傘と自転車に関しては罪悪感が薄くなっていく。

 

素養が高いというか、

単なるバカなのかも?

いやいや、結論を出すのはまだ早い。

 

そしておそらく、というか確実に、

日本は世界で一番、女性の下着が盗まれる国だ。

日本の男の、女性の下着に対する執着心は異常だ。

あの布っ切れに欲情する

屈折した性癖が結構一般的なのは日本人の特徴だろう。

 

素養が高いの?

変態が多いの?

 

変態が多いのではない。間違いない。

素養が高いのだ。

 

直接的表現よりも、間接的な表現による感情伝達を好み、

相手の心情を察しあうことがコミニュケーションの基本にある日本人は

世界的でも稀にみる、社会や集団へ溶け込むことで安心感を求める民族だ。

 

社会や集団から外れることを極端に恐れ

社会や集団の和を乱す者を極端に拒絶する。

 

傘や自転車はその社会の中の共有物であるというだけなのだ。

自分も盗むことで社会の中で循環させる、なんという気遣い。素養の高さ。

 

そして下着。

直接的コミニュケーションが基本の諸外国では下着はただの布。

しかし、情緒、ワビサビを解し

間接的なコミニュケーションを旨とする日本人にとって

下着はただの布ではない。

 

女性の隠したい部分を包み隠す

触れてはいけないもの、見てはいけない淫靡なもの。

そのワビサビを膨らまして性欲へと昇華させる

高度な感受性の成せる業なのである。

 

なんて素養の高い日本人。

外国人に対して自慢するならば

今後は財布が出てくるとかつまんないこと自慢してないで

傘・自転車・下着が超盗まれることを自慢しよう!!

 

 

 

 

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