□ ボツ原稿のこと( p_q)


気持ちの整理がつかず、しばらく、放置しておりましたが


じつは、数ヶ月前に
自分としては、ものすっごいいい出来だわキラキラと自画自賛していた原稿がボツ叫びになりました。


わたしの本業は、編集者ですが
一番最初に、わたしに編集のことを教えてくれた会社が
「書ける編集者」を育てる方針というか考え方だったので
編集者ですが、書くことも、かなり大切に考えてきたつもりです。
 (誤字まつりのブログを書いておいて、そんなことをいっても説得力ゼロですが(;^_^A


最近はあまりやりませんが、ライターさんとして書くときには
それなりのコツがあるのではないかと思っています。(個人的な考え方です)


個性を表に出さずに

 わかりやすく
 読みやすく
 理解しやすく


ということを、心がけています。
自分の意見というものは、ほぼ入れません。

取材をしてわかったことを、文章になおす というか
翻訳のような作業です。

聞いてきた話・見てきたことを、文章を読んだ人がまるで見てきた・経験したかのように
正しく伝える。
これが大切なことかな と思っています。

「わたし」という人をフィルターにするので
個人としてのエッセンスも、どうしたって入ります。
そもそも、「聞いてきた話・見てきたこと」が
「私の耳に入った話・私の目がみたもの」ということですもんね。

ただし、その「私」という人が
書いたものを載せる媒体を読む「だれか」とイコールになるように
心がけてはいます。

おなじ「私」でも、
雑誌がかわれば、「私」もかわる。
つまり、「私」というのは、読者代表になるわけです。

ママ雑誌に書くときは、ママになり
ギャル雑誌に書くなら、アラフォーの私ですが、ギャルになります。( ←なれるかな(^_^;) 笑?)



ちなみに、おなじライターさんとして書くにしても
広告を書くときはまた別です。
正しく伝えるというよりも、商品なりサービスなりの魅力をくっきりさせる
というような作業になります。


そして、最近わたし自身の仕事として増えてきた、エッセイ的な書き物は、
またぜんぜん違った書き方をします。
エッセイは、随筆。
つまり、その人の個人的な考え方・物の見方を書くものです。
ブログはエッセイですね(^-^)/


今回、ボツにしてしまった原稿というのは、エッセイのほうです(ノ_・。)


ずっと追いかけていたあるテーマの取材ができることになったので
何日か追いかけて、本を読んで、頭と心と身体を駆使して書いたつもりで
いい仕上がりになった~。と思っていたのですが


意外や意外。
取材先のかたから、「掲載してほしくない」とお返事をいただいてしまったのです。


ショックというか、情けないというか。
あげく、
どこが悪いかすら、わからないううっ...

でも、その取材先の人のことが好きですし、考え方もたくさん聞かせていただいて
深く共感もし、今後はそのお仕事を手伝わせてもらおうとすら思っていたので
その人が「掲載してほしくない」というのであれば
それは受け入れたい。


それにしても、原稿のどこが悪かったのか、全く分からないんです。


悩みましたが、わからなくてつらかったので
しばらく放置しておりました。見なかったことというか。


が、数ヶ月経ってみて、少しわかった気がしています。


私は、そのテーマについて
社会に正しく知ってほしいと思っていたんです。
みんなが知ることで、ハッピーになる人が増える。長い目で見て、きっと増える。
そういう考えが私の「視点」としてまとめられた、エッセイです。


たぶん、ですが、それは間違いではなかったんです。


けれども、その記事が出ることによって
取材を受けた相手が、ハッピーになれないんです。
ここに気が付いていなかった。

取材を受けた相手は、世の中にしってほしいと思っていないというか
しってもらったところでハッピーにならないというか

いまは たしかに私が書いた通りであったとしても
それが文字として残ったり
誰かの心や頭の中に残っていくことが、負担や恐怖ですらあるかもしれません。


人の考え方は、月日とともに変わっていきます。
変わっていってほしいこともあります。

それを記事として残すというのは、
変わっていこうとする人への妨げに近いのかもしれません。


ある程度、ハッピーな形に落ち着いたあとで
「いや~、じつはあのときこうだったんだよね」という形でしか
表現できないものもあるのかもしれません。いやチカラ不足なだけかな苦笑


いずれにしても、とても残念でしたが、
年間に何十本と書いていれば、そういうこともありますし
ここで、傲慢さに気が付いて、さらに勉強していけば
また道がひらけてくるのかな。


と。忘れないために書いておこっと。




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□ あちゃー。

〆切の原稿があるのに
つい、うっかりよっぱらってしまいました。

むすこのお風呂はどうするか。


ありゃー。たわけですね、たわけ。
かーさん、油断しました。



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□ いま帰るぞ


23:00。おっと、帰らねば。

帰ると、ぐっすり眠っている息子。
かわいいいのぅ。

マスダ(彼)が作った夕食がテーブルに。まだぬるい。
トマトと大豆の煮込み、わかめのなんか、ごはん、スプーンとおはしもある。

おいしい。もぐもぐ


読書。とはいえ、この時点でもう1時近い。
寒いからお湯割り。
3ページくらいで眠くなる。じゃ、読むな くらいの分量。
親切なマスダ(彼)が、足マッサージをしてくれる。ごくらく。


うとうと
うがー。一日が終わる。


これはわたしってば、母でなくて、父だわ。


子、
かーさんは、とーさんになってしまった。
メイクくらいはおとせよ、せめて。

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うっひゃー。とか
うっひょー。言っているうちは
まだ遊びのある範囲。

ところが本日、筆を執った私の気持ちは

いっひゃー。

これは、自己分析では 心折れかかる3秒前です。
「折れる」3秒前でなく、「折れかかる」3秒前なので
まだ大丈夫。3秒たっても折れかかるだけです。もちなおします。

………

さて
仕事/子ども/彼/わたし の暮らしは
各々が無理せずに好きに楽しく過ごせる というのが理想。

そのために、じゃぁどうしましょうか というのは
弊社から発刊している、働く妊婦さん向けの雑誌『ninps』のテーマであり
わたし自身の課題でもあります。

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仕事/彼/わたし の3つを結ぶ関係性は
彼との4年に渡る暮らしの中、ケンカしながらも、だいぶ磨いたので
コツもつかめてきていましたが

ここに「子ども」が登場すると
なにかとまた、気持ちのとりなおしや、現実との兼ね合いの調整しなおしが必要に。

現実問題として、「ふーっ、きついのぅ」と思うのは
いまは、おもにこの3つです。


(1)自分のタイミングで眠れないのに、心も体も元気でいなくちゃ
(2)なのに、いやおうなしに、体力的にくったりすることが降り注ぐ
(3)そのうえ、読めないタイミングで、子どもの病気 頻発まつり


(1)は、たとえば大人だけの生活なら
今日夜更かししても、週末にたっぷり寝ればいいや となります。
遊べないけど、ごめんね。 って相手に言えばいいのです。


子との暮らしは、子が起きている間は、ほんとうに1分も目が離せないので、
子が眠っている間しか自分は眠れないという状況になります。

なので、たとえば子が20時に眠りについたときには、できれば大人もここで寝たほうがいい。
でも、このタイミングこそ、もう一仕事できる貴重な時間ですし、
家事や、ゆっくりご飯&彼と話せるゴールデンタイムでもあるため
寝るには惜しい。なにせ まだ20時ですし。

けれども、20時に眠りに就いた子は…

なんと、翌朝 5時にはウェイクアップ!
土日祝祭日も、年中無休でウェイクアップ!
つまり、わたしもウェイクアップ!

となるわけです。
どうですか。5時。
昨日の事情や情事にかかわらずの5時。
 (しょうもない韻を踏みました)

こうした中で、でも眠って自分を整えないとならない。

だって、
眠らないと、そもそも仕事が はかどらないし
やんちゃ満開の子との時間を、心広く構えることも難しくなります。すぐイラっときちゃう。
常に安全に配慮した行動も必要です。注意力もいる。
自分自身が、風邪とかインフルになっている場合でもないし。眠って健やかでいないと。

自分の体と心の状態ケアを、ひと(子)の時間軸に合わせて調整するこの難しさっ。
「寝ないで頑張り、終わったら倒れる」は、身勝手なエゴだったんだと気づかされます。



(2)の体力的にくったりは、
睡眠が確保できないときはもちろん、くったりですし
先日の日記 にあるように、日々20kgダンベルによる拷問中ですから、日々くったり
食事もゆっくりとれずに、これまたくったり。

「よくぞ、ここまでご無事に」と自分に声をかけてあげたいくらい。
これくらいで、くったりしてはいけないと思うものの、くったりはくったり
これまで1秒も運動してこなかった、じぶんの体力ゼロ状態が悔やまれます(笑)。



そして最後は(3)の、「子どもの病気まつり」。


たまになら、どうにかなります。
いろいろなサポートもありますし、彼と交代で休むこともできます。
そんなの半年以上やって、慣れてきました。

が、(1)(2)ときて、これ(3)がくるとつらい。
さらに続いてくると ピンチ。
どうか、入院だけはかんべんを。

ちなみに…
いま日記を見返したら

7/1、7/11、8/5、8/10、8/27

と、この前後で発熱している模様。
そのたびに預け先を探したり、謝りまくってアポ変更をお願いしたり、開き直って休んだり。
さいわい、1日で復活してくれることも多いので
とても助かっているのですが。

あらかじめ想定して、前倒しして仕事を進める
という作戦は、やってみるとわかるのですが
そりゃ、「きれいごと」。
こんだけ詰まってくると、前の余波を片付ける前に次がくるうえに
当然ながら、予測不能なので、アポイントなどは回避できません。


そしてなんと、今日もまた
保育園からお電話が。

「38℃です。でももう夕方だから、普通にお迎えに来てくださいね」

とのこと。
さーて、今日はともかく明日をどうするかと彼と相談し、
彼が早めに迎えに行ってくれました。

わたしは残って、明日・明後日がどうなってもいいように
仕事を前に進めておかなくちゃ。まだ月曜日だしね。


こんなとき、(1)(2)(3)と重なって、
いっひぁー。となりますが
それでも、前へ前へと進むのです。


そして、子が今朝は、つかまり立ちで1歩2歩と、ちょろちょろ。
息子も前へ前へと進んでいます。

心折れかかるのに、折れないのは
息子くん、あなたのおかげ。
週末、わたしをたくさん寝かせようと
お子もりを一身に引き受けてくれた、彼のラヴのおかげでもあります。




スリリングでエキサイティング
つなわたりで、でもなぜか笑顔な、ここはわたしたちの がんばりどころ。




>ももさん
そういえば、わたし、
止まらなくなった!







金曜はダメよ


画像に頼る文章は書きたくないのですが
今日は特別。

まずはこちら(↓)をご覧ください。



ニンプでした、今はママ。そして社長で、もちろん女!-omott



さて、わたしは何をしているのでしょう。

A)家出の準備
B)バーゲンの帰り



こたえは、「ただ、いつも通りに帰ってきただけ」。


じゃ、なんなんでしょう。この大荷物。
解説します。


ニンプでした、今はママ。そして社長で、もちろん女!-omott

・肩にかかる黒いバッグ… これは通勤用の、大事な大事なプラダ。
・左手の白ビニール袋… 夕食の買い物。エコバッグでなくってすみません。
・右手のブルーの袋… 保育園の洗濯物。
・中央の小さい人物… むすこ。


となっています。

とくに今日みたいな金曜日は
「保育園の洗濯物」がいつもの倍。みっちり。

着替えた洋服はもちろん、
食事に使ったエプロン3枚、
お昼寝用のおふとん(おふとん、ですよ。おふとん!)、
シーツ、
夏場は水遊びしたバスタオル、
など、びっくりのラインナップです。
そして当然、これは月曜日の朝にまた持っていくわけです。


この状態で地下鉄に乗り、立ちっぱなしでぐっとこらえて、
階段を上り、改札を抜けて(荷物がひっかかることも)、
マンションまで歩き、買物をして、帰ってきます。ずっしり。


え?だれですか?じゃぁベビーカーにすればいいじゃん とかいったのは。

たわけ。

ベビーカーは、地下鉄乗るのにエスカーレーターが使えません。
エレベーターオンリーです。
エレベーターは、どの駅も・どのホームも、だいたい1個しかないので
自宅はA4出口なのに、わざわざB3出口から出てぐるっと回るとかいうことになりがち。
ホームの端っこから端っこまで歩いてエレベーターに乗って、また反対側のの改札に行くとか。

それに、子どもがいつもベビーカーに「よろこんで!」と乗ると思ったら大間違い。
途中でイヤになって「ぴゃー!」とか泣き出しちゃうこともあるんです。
そうなると、どうなるか。
上の写真に、さらにプラス「ベビーカー」という手荷物が増えるだけ。
いっそ、頭にでも乗せて運びましょうか、無用の長物ベビーカー。




さて、この大荷物っぷり。
やめておけばいいのに
写真を撮った後、好奇心でそのまま体重計に乗ってみました。

すると、出てきた数字は、いつもの体重+20kg。

ワォ。荷物と息子で20kg。



いやこれ、もう体に悪い範囲じゃないでしょうか。
ストリートパフォーマンスの範囲では?
だって、星飛馬なんかより鍛えているじゃないですか。
マニュフェストに『保育園ママの、荷物減らし』って書いてあったら
即1票です。わたし。


だーっ。


でもいいこともあったり。
体重計に乗ったついでに、2年ぶりに体脂肪を測ったら

えへっ。激減。
自慢しているみたいですみません、激減。
なにもせずに、激減。
嫌味ですよね、激減。



おっと。写真の背景に見えている、わたしのテレビが
「地デジ未対応・ブラウン管」なのは
ごあいきょう。