DeNAのキュレーション問題が沸騰しており、わたしとしては「そうだよね」という気持ちで日々ニュースを見ています。やっと全部明るみになった。関係なくもないので、わたしも1回だけこれに関して思うことを書いておこうかと。今日だけマタニティブログおやすみキョロキョロ

 

まずはじめに、ニンプスをはじめとする弊社メディアは、医療情報には医師や助産師の先生を、食事は管理栄養士さん、お金のことはFPさん、子どもの健康については小児科医の先生、というように、専門知識が必要な情報にはすべて監修を付けています

主婦ライターと呼ばれる、クラウドソーシングを使って作った記事も1本もありません。基本的に社内スタッフが書くか、医療系・子育て系の情報におけるキャリアのあるプロライターさんにライティングを依頼しています。原稿はわたしか編集長がいったん全部見ます。なので、今回の事件において、うちはなにも怖いものはないです。他社がいまやっているような、あわてて落としたり直したりする記事はなにもありません。

 

また、いまDeNAだけが目立って叩かれていますが、ほかにもたくさんこんなサイトはあります。というか、この2年こんなサイトばかりが立ち上がりました。全部同罪。いまだに、しれっと運営を続けているキュレーションもいくつか見えていますが、淘汰は時間の問題かなと。

 

また、この件には3つの大きな問題があるのですが、「なにそのニュース?」という妊婦さん・ママのためにいったんこれを整理すると

 

DeNA社が最近作ったネットの記事における問題で

 

(1)医療・健康情報なのに、内容がでたらめ・いたずらに不安をあおるようなこともたくさん書いてあった。つまり中身が(医療)情報としてゴミ。これらは、医師などの監修もなく素人が見様見真似で作ったものだった。

(2)他サイトからの丸写し記事が山ほどあった。フェアじゃないというか犯罪(?)。

(3)(1)(2)に関して、運営会社が「勝手にライターが書いているから自分たちに責任はない」と言い放って運営していた。どころか「コピペ推奨」ともいえるようなマニュアルさえあった。会社の考え方がバカげている。

 

(2)については、運営会社もよくなかったですが、その温床となっていると知りながら運営を続けているライター募集系のマッチングサイト(いわゆるクラウドソーシング)も、≒同罪ではないかと思います。以前からずーっと言い続けていますが、(主婦)ライター?に書いてもらっている原稿の原稿料は、とんでもなく安く、わたしたちみたいなプロが書いても「東京都の最低賃金以下の時給」にしかなりません。つまり仕事としてまったく成り立ってない。激安ギャランティだから、みんな適当に量産したくなっちゃう。そりゃコピーもするって。当たり前です。

 

 知っていて、原稿を発注しているDeNAほかキュレーション。

 知っていて、ライターマッチングをしてたクラウドソーシング。

 

どちらも自分勝手でダサい仕事をしています。昭和。

仕事として請けていた主婦もどうかと思う、という声もありますが、仕組みを作って人を操っていたほうがやっぱりだいぶ悪い。

 

こんなの、ずっと前から業界ではわかっていたんです。丸写しなんて、うちのサイトもこの2年さんざんやられました。いちおう、生々しい例を出しておきます。実例がいちばんわかりやすいですよね。

 

ほんとは山のようにありますし、これは一例に過ぎないので、社名が出てしまってあれですが、株式会社ウエディングパーク。サイバーエージェント社の100%子会社なんですが、この記事ひとつとっても弊社の「ニンプス」丸パクリをなさっていらっしゃいます。世間で言われている盗用とはこの感じです。

 

 

こちら、検索結果ですが、タイトルの下の黒文字のほうをご覧ください。本文です。

上がニンプス(これは私たちが作った8年前の原稿。もちろんお医者様の監修原稿です。)

下はウェディングパークさんのサイトの原稿。

 

中味まるっと一緒です。どう考えても、コピぺですよね。

で、本日、記事をクリックするとこの画面です。記事を消して逃げた。

 

サイバーエージェントさんも、ぜひ記者会見を明日にでも。

あ、これ、サイバーさんのブログですが。

 

「こそだてハック」さんも、こんな声明を出していますが、いえいえ。こちらの会社さん、2年ほど前にニンプス丸移しの記事があったので弊社から指摘をしたところ、返答もなくその記事をそっと消しましたので、社長様にフェイスブック上からクレームを申し上げましたら、社長様は私のアカウントをブロックなさいました。丸写し記事に対して、まったく真摯な対応ではありませんでした。

 

はい。つい私情で愚痴っぽくなりましたが。

 

ここまではすでにニュースで言われていることなので、わたしからはこれ以上特にコメントすることはありませんが、見ていてどうしても引っかかる個所がもう1点。だいぶ全体の認識がずれている気がしています。

 

医師(専門家)の監修における箇所です。

えーっと、なんだかちょっと、監修をつければそれでOK の論調になったように見受けられますがそれは、ない。なめすぎ、です。DeNAさん守安社長がこの記事の中で「きちんと監修されたコンテンツであれば、SEOをしていても問題はなかったと思います。」とおっしゃっていますが、甘い。そういうことは、やってみてから言いましょう!です。

 

何十万本とある記事を、お医者さんなり専門家が、さくっと、バイト感覚で見てくれるルンルン

とでも思っているんでしょうか。マジかー ”きちんと監修”とおっしゃいますが、具体的なイメージありますか。もしかして、医師に原稿を送って→赤ペン先生してもらうイメージじゃないですか?

 

そもそも、お医者様をはじめとする専門家の方の監修というのは、つける・つけないとかいう、記事の合格ラインを表現しているものでなく、そのかたの知見や専門性を、記事に対して拝借させていただいているものですよね。メディアは、先生方の知識や知見を貸してもらって、内容の正確性や安全性を確保しているんです。みんなが知りたい(であろう)ことを、誤解やミスのないように正確に伝えるために、専門の職や資格、知識を持った方にお話を伺ったり指導を仰ぐ・間違いを正していただく。これが、監修を依頼する際のメディアのスタンスだと思うんです。先生方に見せて通すという品質管理のためのフローの一端などでは決してなく、読む・見る人のために、先生方の知見を貸してもらっているんです。媒体という名の通り、メディアはその橋渡しをしているだけです。

 

また、ひとくくりに「医師」といっても、お医者様も人間ですから、当然ながらおひとりおひとり、伝えたいことも、意志も、仕事におけるスタンスも違っています。当たり前です。とくに第一線で活躍なさっているような先生方は、ほんとーに個性的なかたばかり。

 

バイトで記事チェックしてちょハート

 

OK-OK 

 

なんてことになりません。当たり前ですけれど先生方には本業があります。産科医の先生なんて、日々を拝見しているとほんとに多忙で、バイト監修で小遣い稼ぎなんてする暇も、おそらくそんなお金も目指していらっしゃらない。ご自身の想いや知見を伝えるために、患者さんのために、本業の隙間時間で、本を執筆なさったり、世界を飛び回って講演をしたり、地方の病院での診察をなさっていて、おどろくようなスケジュールで日々活動されていらっしゃいます。

 

そんな多忙ななか、どうしてお医者様は記事を監修してくださるのか。

 

わたしは、8年前に「ニンプス」を作ったのですが、その際に何人ものお医者様に多忙だからという理由で監修を断られました。そんな中、お引き受けくださったのが、いまでもニンプスとお付き合いをいただいている何人かの先生方。先生方が監修を引き受けてくださったのは、わたしたちが「ニンプス」で社会に何を伝えていきたいかを、理解くださり広く受け入れてくださったからこそです。また、先生方も日本の妊婦さんやママに伝えたいことがあるから。

 

小遣いのためにやっているのではなく、読む人の健康や気持ちのために、正しい情報を広く伝えていくために、お忙しい中、監修を引き受けてくださる先生がほとんどです。

 

だから、先生方の監修もとても真剣です。

ちゃちゃっと見てね→OKOK なんてならないです。

 

ちょっとしたニュアンスを書き手と先生との間で何度も調整したり、先生の意図を取材でつかみ切れず何度も書き直しになることだってあります。そうやって教えてくださる先生方の思いや専門知識と、読者さんにわかりやすく伝えたいメディア側が、双方で試行錯誤しながら、「監修」は行われています。人(医師)と人(メディア)が、それぞれの考えや想いを文字にして反映しているわけです。人(読者)に伝えるために。だって、身体や心、場合によっては生命にかかわることが含まれているわけですから。

 

言うまでもなく、先生がたはプロです。プロ中のプロです。わたしたちもプロです、人に伝えるプロ。双方、自身の仕事に誇りがあるからこそ、記事内容に厳しくなって当然。ちゃちゃっと素人がコピペや引用でなんとなくつなぎ合わせた原稿を見て、OKなんてするはずがない。

 

さらに、お医者様だって、意見はいろいろです。

見せれば全員が統一見解になるわけでもありません。ここがメディアの難しいところでもあります。

 

たとえばですが、「帝王切開」という言葉ひとつをとってみても、お医者様によって見解は多様です。「帝王切開はなるべくしない」という方針の先生もいらっしゃいますし、「安全等のために、帝王切開が最適」と語るかたもいらっしゃるでしょう。

 

子どもの「予防接種」についても、打つべき!の先生と、なるべく打つな!の先生もいらっしゃいます。

 

「母乳」についても、「粉ミルクOK」の産院もあれば、「母乳でがんばれ」の産院もあります。これも病院や医師・助産師さんの方針の違いです。医師と助産師さんで、おっしゃることのトーンが異なるケースも多々あります。

 

よって、医師の中でも誰が監修したかで記事の内容は大きく変わります。メディアはこれに対してどういうスタンスをとるかを問われます。自らも積極的に最新事情を学びつつ、なにを「正しさ」として伝えていくか。これもメディアの責任です。書いた人のせいだなんてとんでもないですし、監修者に責任を丸投げするのもだいぶ間違えています。

 

というように、原稿を医師(専門家)に監修してもらうといっても、そんなに簡単なことじゃないです。ひとつひとつに向き合って、意図を汲みあって作っていくんです。そうやってはじめて、正しいことが・わかりやすく・広く人々に伝わる。事業としてスピードや量が欲しいのなら、そのうえで上げていく方法を考えるべき。これが、情報をひろく公開するメディアの責任です。(読み手のリテラシーも上げる必要がありますが、リテラシーの低さを逆手に取るなんてもってのほか)

 

じつはこの数日、弊社に「記事監修をやってくれるお医者様はいませんか?」という、お問合せを他社からいくつかいただいているのですが、あの依頼はあほぽんたんなんでしょうか(←やや失言)。自分勝手な記事を作っておいて、1本〇円でお医者さんがチェックすれば掲載OKでしょ という考え方が、だいぶずれている。監修してくれる人の知見をばかにし、読み手をないがしろにしている。結局、DeNA問題と何も変わらない。何の役にも立たないゴミ記事が、「監修らしきもの」を通過してまたネットに戻ってきてしまうだけです。

 

なお、隠しておく必要もないので書いておきますが、DeNAの問題メディアのひとつ「Cuta」の立ち上げに際し、弊社も制作協力をしています。妊娠・出産・子育て情報の原稿を何本か納品しました。DeNAさんが、おそらく初めて「医療情報のメディア」に手を付けた瞬間の制作アドバイスということで、わたし個人も立ち会っています。責任者の方からも「現場がメディアづくりに不慣れなので、いろいろ教えてあげてほしい」というまっとうなオーダーをいただきました。

 

実際に制作がスタートしDeNAさんとのやり取りを重ねる中で、(妊娠出産における)医療情報は軽んじては危ない、医師監修を付けるべきだと、わたし(と一緒に入った友人)から伝えましたし、必要性やかかる予算と時間・やりかたも伝えました。当時の担当の方は「監修を付ける」と、ちゃんとジャッジしていましたし、その際にわたしのほうでアテンドした書き手は「プロ」の「医療や妊娠・出産分野を長年勉強している」ライターさんばかりでした。が、最終的に、全体的な予算や制作方針がどうしても私たちのやりかたと合わず、(あと弊社が行き届かない部分もあり)途中で弊社は撤退というか..クビになりました。

 

弊社が持っている、ママや赤ちゃんにやさしいまともな情報を作っていくノウハウと

DeNAさんが考える、SEOに特化し・安く・早く仕上がる記事

 

というのが、すり合わなかったんですね。

それが約1年半前です。なのでDeNAは、医師監修の必要性を1年半前には知っていたということになります。なにかしらの理由で、できないか・やらなかったか、だと思います。当時、かなり注目の事業でしたから、数字のプレッシャーもきっと大きかったのかなと思っています。さらに、「役立つ情報をお届けする」スタンスだったGoogleの頭なり技術なりが、いよいよ追い付かなくなった、時期的な問題もなにかの節目だったように感じます。ロボット検索の現時点での限界。

 

うちの会社は、妊婦さんやママ・赤ちゃんに関する情報を、今後も提供していきます。自分たちのことを棚に上げず、お金に目がくらんじゃうことだって正直あるけれど、おかあさん7人でやっている会社ですから、日々自分たちが立っている場所を見つめなおし、子どもに誇れる仕事を、未来に残っても恥ずかしくない仕事をしていこうとあらためて思いました。

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たまに凹んだりもしましたが、
基本的にパァっと目の前は開けていたこの数年。

"できない""こわい""どう動こう?"と悩むことはあっても、
方向を示すポーラスタァ*を見失うことはなく進んでいたのに、

なぜかいきなり、

あれ?わたしこれでいいんだっけ??

と立ち止まってしまったこの数ヶ月 (;・ω・)


久しぶりというか10数年ぶりに、
迷宮みたいなものに入ってしまったようで答え不明。
いやそもそも引っかかってる理由が自分で不明瞭。言葉にできない。

そんな状態で最近、ずっとわーわー慌てています。
揺れたおして→社内や友人に甘えて→でろんでろん状態。(ごめん)汗


最近は、フェイスブック投稿や
他社に寄稿している原稿も、うっとうしさ満点。
心動くと筆が走るんですよね。わ、この状態、意外とと仕事ができる(笑)


そんな折、大好きなカメラマンさんに撮影いただいた写真が届き、見ていたら、
もちろん以前とは違うし多少(いや、ほんの・すこし)歳も重ねているけれど、
あれ?このわたしもいいかも♡と。


(↑あれ。そう思っているのは自分だけ?)


推進力は前ほどないけれど、
荷物や緊張を降ろせる分、人と自分にやさしくなれるかもしれないですし、
その分、あらたに何を持とうかな、と期待もあります。
人と向き合うことも少し上手になった気がしますし、
時間を重ねた分の知恵やワザも持てている。はず。...と信じたい。

これまで見なかったことにしていた部分や、
海に沈めてきたことから目をそらさず、
今できることをする。

もっとまともに呼吸して、遊んで、愛想笑いなんかもやめて。

叶えることや、手にすること、未来の結果がすべてじゃなくて、
今ある時間や気持ちを大切にすることが、
過去も未来も変えてゆく。

おそらく、ぜんぶつながっている。


繰り返しているわけではないと確信はあって
だから今は今でよかったなと。

いまと自分を大切にすることで、周囲や仕事に笑いがおこる。
子どもは自由に飛び立てる。

視線の先はそんな感じかなー 

と、月末経理からの逃避で投稿。
でも、そろそろほんとに、税理士先生に叱られる☆

ま、整理もしごとですからーとか言っても、はやくやれーと声が聞こえる。
自分のことで精一杯すぎるちいさな最近。
せっかくだから、迷宮すみずみまで遊んでから脱出します。
もう来ないかもしれないし。


あ、アメブロのストレージに10年前の小さい写真があった。2006年11月。誤差っ。


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□ めずらしく書評♡


書評、というか、読書感想文です(←初かも!)


『伝え方が9割』という本が、ビジネス書ランキングで上位なのだそう。

伝え方が9割/ダイヤモンド社





むすこ1が、「ランボルニーギのほんをみたい」というので
しぶしぶ付き合った本屋さんで知ったので


パラパラっと目次を見ると


アオキラしゃべり方 と
アオキラ書き方 の両面からアプローチしているようでした。



しゃべり方については、「おぬし、よくそれでビジネスの現場に立っているな」
という低空飛行のわたしなので
コンプレックスの塊ですが


書き方については、いちおう文筆業も仕事のひとつにしているので
有名なコピーライターさんは、どんなふうに「書く」ことをとらえているのかな
と、気になりまして、買ってみました。



ついさっき読み終えまして、「うそーん悔し泣き」という心境です。


まず、古い!
ここに書いてあることを真似したり、学んじゃったら古いです。


古い体質や硬い業種の職場なら、もしかしたら突破の鍵になるかもしれないけれど
たとえばITとか、メディアとか、ファッションとか
わりと時代の、トレンドの先のほうにある仕事に近しいところで
こんな表現をしたら、「一昔前」と感じてしまうこと間違いなし。


ツイッターやフェイスブックでのやりとりも多くなり
1やりとりあたりの分量は、どんどん軽くなっています。

初対面のかたには、失礼のないよう形式を重んじることも必要かもしれませんが
信頼関係のある相手に対して
まわりくどい技巧を用いるのは、なんか古いです。ソーシャルじゃない。


それと関連して、
人に何かを伝えるというのは、技術や技巧で9割成り立つものなのでしょうか
という疑問。


しゃべるにせよ、書くにせよ
人に何かを伝える9割は、うちなるもの ではないでしょうか。



それこそ古いって言われちゃうかもしれませんが
中学校(?)の、教科書にも出てくる大岡信さんの『言葉の力』にあるように

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言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところ(本体の幹や枝とは)ぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういうことを念頭におきながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言葉、正しい言葉というものも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。
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なのだから、口先から出る言葉の部分を技術でまとめても
根っこであるその人が、なにをどう見てどう考えているか、
相手を好きか嫌いか、などなど
が、ペロッと出てくると思うんです。

それは、技では隠せないよ。


著者の佐々木圭一さんは、それも踏まえて
せっかく思っているなら伝え方もがんばろう、とおっしゃっているのかもしれませんが
(そしてそれを私が見落としたり理解できていないだけかもしれませんが)

だとしたら、佐々木さんの伝え方が失敗している可能性もあるかなと。


技術がぜんぜんいまいちでも、
「このひとはやさしいな」とか「わかろうとしてくれているな」と思うことは頻繁にあります。

むしろ、真剣に仕事なり関係なりを築きたい相手のことは
みんな、表層ではなく根っこを見ようとしているわけですから
技術か本音かは、ちゃんとわかるはず。

もしも、技術か本音かわからなくさせるほどの技術を持って
コミュニケ―ションをカヴァーせよという話だとしたら
そりゃ、「だまし」の部類になってくるんじゃないでしょうか。


というわけで、
思わずブログを書いちゃうくらい、
「うそーん悔し泣き」と思った本でした。


おしまい



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□ 311とむすこたち


もう2年。まだ2年ですね。3月11日。
今日は多くの方が、311に関するブログやニュースをあげています。


我が家では311と、むすこ1の病気、むすこ2の誕生が
かならずセットで思い出されます。


311のすぐ後に、むすこ1が大きな病気をしました。

余震が続くなか、入院中のむすこ1を
暗い病室に、1人残していかねばならないときの、あの気持ち。

夜中に揺れが来るたびに、むすこ1が起きて泣いているのではないかと
私まで泣きたくなりました。

毎日毎日、病院へ行き、
また仕事に戻る。
回復が遠く、誰かのせいにしたくなったりしました。

せめて
むすこといっしょにご飯が食べたいな、いっしょにお風呂に入りたいな

と、毎日そればかり考えて
そして、東北のかたは、同じようにいや私以上に
不安やさみしさを感じているのだろうと思うと、
世界中の苦しい人が、みんなしあわせになれますようにと思うばかりでした。


あのとき、もしもむすこを失くしていたら
2年経った今、わたしは何を思っていたのでしょう。
東北のかたは、大切な人をたくさん失くしてしまっています。
きっとさみしさややるせなさは、2年経っても変わらないと思います。

街も大きく壊されて、仕事も家もなにもかもです。
どれほどつらいことだろう。


むすこ2は、311にお腹のなかにいた子供です。
むすこ2の同級生の多くは、おなじく震災の時にお腹にいた
あるいは震災後すぐにさずかったベビーたちです。

震災当時、水や食料が手に入りにくくなりました。
原発のニュースがながれて、
妊婦だったわたしは、毎日あたらしいニュースが出るたびにおびえていました。

その後、我が家は、お水をすべて宅配に変え
野菜やお肉もスーパーで買わずに、宅配に頼るようになりました。


赤ちゃんという、頼りない未来のかたまりを
放射線という未知の恐怖から、どうやったら守ってあげられるのか
正解がわからずに困惑しました。

今だって
黄砂や花粉がくるだけで、外遊びを迷うほどです。


福島の方は、どれほど放射線を恐ろしく思い
どれほど不自由に暮らしていることでしょう。
いまだに正解もゴールも見えていないと思います。
それは、とてもつらい。



東北のかたに、ごく普通の毎日がやってくるよう

わたしは、大切な未来である子どもたちを元気に育て
そして東北のためにできることを、少しでも進めていかねば。

がんばろっと!

□ 東京で子育てすること

かーさんは、長野県の伊那市という街で生まれて

18歳まで育って、大学進学と同時に関東へ来て、いま37歳。

ということは、長野県でくらした時間より、東京での時間のほうが長くなりました。


はやいものです得意げ しみじみ。


そしてわたしは、東京が大好きラブラブ


東京は、張り切りすぎても、なにかがそれを吸収してくれるので

突っつかれすぎたりせず

それどころか、一緒に張り切ってくれる人や応援してくれる人も現れたりします。

ある意味、ほんわりとしていて、暮らしやすいです。



が。

こどもたちと暮らすようになり、

なんか違うな~あせると思うことが、ぽつりぽつりと出てきました( ̄ヘ ̄)



こどもたちにとって、東京はそんなに暮らしやすい場所じゃない気がするんです。


たとえば

電車にいい子に乗る とか。


わたし個人的には、まだムリだ と思っているんです。(3歳&0歳)


できるときもあるけれど、百発百中ではなくて

たまたま、いいこにできるときがあるだけ。


おなかがすいていたり、眠かったり、疲れていたりすると

ぐだぐだしちゃうし、泣いちゃうときもあります。

子連れだから座れるというわけでもないので、余計にてんやわんやになります。

私も必死になっちゃうし、揺れて危ないし。


反対に、どこか楽しみな場所に出かけるときなどは

むすこたち、

うれしすぎて、歌ったり踊ったり大きな声でゲラゲラ笑ったりしてしまいます。


わたしはそれを、子供らしいことだと思うのですが


そうは思わない人もたくさんいます。とくに電車の中には。

私も子供と暮らす前は、そう思っていましたし。


だから、

静かにしなさいビックリマークいい子にしてビックリマークまっすぐ立ってビックリマークお隣の人に足がぶつかっちゃうよビックリマーク

と、ついキーキーしてしまう。( p_q)


でも考えてみれば、ただの子供らしさだから

子供たちは、なんにも悪いことなんてしていないんですよね。


疲れたら甘えが出るし、楽しければ笑っちゃう。そりゃそうだ。


じゃぁ、調子の良い時だけ電車に乗ればいいといわれるかもしれませんが

いや~。それは難しいです。

いつその「電車に乗るベストコンディション」がくるか、わからないです。

いろんな条件が重なってのことですし。1歳半でそれをつかめても、2歳になったらまた変わりますし。


ついでにグチも言っておくと(笑)、

ベビーカーで電車に乗るのって、すごい大変!

エレベーターがある位置は、駅の端っこのほうですし

ぐるっとまわってやっと乗る、みたいなことの繰り返しです。

一人で歩く時の3倍の時間がかかります。

おばあちゃんと都内を歩く時とよく似ている気がします。



そして、東京では

一歩マンションを出れば、車がびゅんびゅん走っていて

危ないビックリマーク走らないビックリマーク手をつないでビックリマーク

と、これまた、ついギャーギャー言ってしまう。


こどもに走っちゃいけないと毎日言い続けるなんて、

なんとまぁ、発達・教育にマイナスな感じがすることか!と思うんですけどね。

でも危ないから。轢かれちゃいけない。


実家がある長野に帰ると

子供たちが走り回れる場所、大きな声で遊べる場所がたくさんあって

気が付けばわたしも、キーキー叱る回数が激減しているんですよね、いつも。


普通にいるだけで大丈夫というか。


つまり、環境で子供をしかる(注意する)回数が変わるわけです。

それっておかしい気がしてならないんです。マナーとは違うというか。



だから、最近、ときどき東京を離れることを考えたりしています。

もうちょっとのんびりとした、子どもたちが子どもらしさを発揮しても叱られない場所。

そこで子供たちと暮らしながら、仕事を続けることができないかはてなマーク


できそうな気がしますし、

実際に、「移住」というかたちで

北海道、沖縄、四国、シンガポール、アメリカ、オーストラリア などへ行った

ママたちもいます。


おとといも、ママ友ランチでそんな話をしていました。

ほかのママの中にも、そう考える人が少しいらっしゃいます。


移住ママの取材をしてみようかな、と思っている今日この頃です(°∀°)b



興味のある方、いらっしゃいますか~??