□ よい詩がかけました。



いちおう働くママなので
いつまでも、立ち止まっているわけにもいかず
日々に帰ってきました。カムバック、わたし。


新しい悲しみの乗り越え方を覚えたように思います。



そんなこんなで、子育てブログに向かいあったら
なんと、よい詩がかけました。

納豆さまのうた>>
http://www.kosodate-style.jp/blog/kiyono/2010/09/post-5.html



あほみたいですみません。
というわけで、元気です。

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□ おばあちゃん

先週、祖母が他界しまして
なんだか、日々をどう過ごしたらいいものかと
ふわりふわりしています。


週末に、お葬式にも行ってきました。



祖母がわたしの生きているこの世界からいなくなっちゃった日に
ちょうどむすこが発熱して緊急入院したりもしたものですから
心がばらっと 散らかってしまって
なにを心配して なにを悲しんだらいいのか
うまいこと とらえることができずにいます。


大好きなおばあちゃんなのに
まだ
涙がひとつぶもでない。



わたしが子どものころに、もっとも恐れていたのは
お化けでも、怒られることでも、いじめられることでもなく
おばあちゃんが亡くなることでした。


小学校の2年生くらいのときでしょうか。
ついうっかり、ヒトが年齢順で死んでいくことに気がついてしまい、
おばあちゃんは、私より確実に先にいなくなる という事実に泣きました。


どうか「その日」が来ませんようにと
祈ってもしかたのないことを、夜な夜なベッドの中で祈ったときもありました。


わたしとおばあちゃんは、ちょうど50歳違いなので
わたしはおばあちゃんを失った後、
50年もの間、さみしさを背負って生きなくてはいけないのかと思ったら
それはそれは、小学生の私には
気持ち悪くなるくらいの怖さでした。


さみしさやせつなさは、おおむね時が解決してくれると知っている、35歳の今は
さすがに、今日から50年泣き暮らすとは思っていませんが
それでも、年齢順だから。と あきらめられるほど、不惑でもありません。たぶん。



だのに。

本当に「その日」がやってきて
おばあちゃんがいなくなってしまったというのに

わたしはぜんぜん涙がでない。


どうしてしまったんだろう。
心がなにかの塊にでもなってしまったみたいです。
それとも、ロジカルにあきらめがつくほどに
私は強くなってしまったんでしょうか。そんなのどっちもいやだなぁ。



お葬式には
小学生の時からなかよしの友達、アヤとユカが来てくれました。
うちに遊びに来ると、お菓子やらを出したのはおばあちゃんだったから
彼女たちは、おばあちゃんを知っていてくれる。ありがとう。


わたしの前の夫も来てくれました。
おばあちゃんと3人で、むかし、ドームに巨人戦を観に行ったよね。
ピッチャーはおばあちゃんが好きな上原でした。
覚えていてくれて、最後に会いに来てくれてありがとう。


おばあちゃんのお友達もたくさんきてくれました。
幼い頃、通学路やらで会うたびに「あら清ちゃん」と声をかけてくれた
知っている顔の女性たちばかり。
みんなおばあちゃんに負けないくらい、おばあちゃんになっていたけれど。





さみしい、かなしい、後悔、痛い。
どれもなんだか ぴんときません。

私はいま、何を思っているんだろう。



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