□ 脱メリハリ。


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そういえば最近、
「がんばらない」という便利な感じを会得。

どんな具合かというと、
メリハリをつけないかんじ。

メリも
ハリもなく

連続した24時間365日。ぐにゃぐにゃー。


遊ぶ時は遊んで、仕事をする時は仕事。って 教わったけれど
でもそれじゃぁ、仕事は永遠に苦行ってことになるじゃない。いやだわ、そんなの。

だから、仕事を探したり選んだりする時は、
なるたけ好きなことに近づけたほうがいいし
好きでないなら、好きになろうとしたほうがいい。
それで、好きになったら
今度は生活と仕事をごっちゃまぜにしたらいいんじゃないかと。


たとえば恋人と同じ会社にいれば
そりゃもちろん、ケンカもするけれど。
でも、恋人と仕事ができる、仕事ができるのよ。
こんなたのしいことはないでしょう?

恋する相手とギャランティの話をして、クライアントの悪口を言い、合間に今日の晩ごはんを相談する。

ほら、たのしー。

どのみち
週末に遊びに行っても
頭の隅で、次の企画を考えている なんて当たり前だし
反対に、仕事中に夏休みの旅行のことを考えていることだってあるもの

それが普通なのでは、と思うのです。

ここまでが、仕事 こっからは、プライベート。なんて そんなの無理。

そんなにくっきりしようとしたら、それこそ疲れちゃう。



だってほら、イチローが
「よーし、夏休みはプライベートをたのしむぞっ。
 毎日アイスばっかり食べて、だらだら寝て過ごしちゃうもんね」
とかメリハリしているわけないし。

彼らは、おやすみの日だって
体調管理や、ケガの回避などなど、やっぱりメジャーの人なのではないかと。
で、きっと 打席に立っている時でも やっぱし楽しいなぁとか
帰ったら冷蔵庫のスイカを食べようかなとか、思っているんじゃないかと。


ご存じのように、わたしはイチローじゃないけれど
おやすみの日だって、編集者だし社長だし
仕事の日だって、女だしママだもの。


できとーで、ぐちゃぐちゃで、ぐにゃぐにゃ。
なんとまあ。過ごしやすいんでしょう、このごろ。

あ、もしや。
これこそワークライフバランスってのじゃないのかに?
メリハリなんて、ださくってよ。


おっ。スタッフのみなみなさまは、お休みの日はおやすんでね。


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□ 手袋ならいいのか。


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わたしはいま、はたらいています。
いま、というのは2009年5月現在とか そういうんじゃなくて
ほんとうの いま。

いま、時間は午前3時です。

あー。かえりたい。

午前3時まではたらいていると
どうして子供が不憫に感じるんでしょう。

飲み歩いているなら分かるけど
母さん、はたらいているのになー。


むかしなんて、夜なべして手袋編んだら いい話だったのに
いまわたしが、夜なべしてコンテンツ作っているのは、なんだかひどい親みたい。



いえいえ、
わたしだって ワーク・ライフバランスくらいしっています。
というか、弊社の新キャッチフレーズは
「女性のワークライフバランスを、ばっちし応援カンパニー」ですから。


それでも。
こういう仕事をしていると、年に3回くらいはあるんですね。
どうしたって、明け方までやんなきゃならないようなタイミングが。

これを乗り越えて、また5時には帰る暮らしにもどります。
来週くらいには、もどれるかなー。


さーて。もう少し。
そしたらかえって、ちょろっとねて
また明日きます。しかばねるわ。


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□ あほっぷりがバレる


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恋愛観をヘタに語ると、あほっぷりがバレるものです。程度というのかも?

ですが、語ります。
34年の集大成にしてはしょぼいかもですが
本当だからやむなしです。

っておおげさ。


男性に対する恋愛的な気持ちと、子どもに向かう気持ち。
似ているようで何かが違うと、この数ヶ月間 けっこうまじめに考えていました。
似て非なるものなのです。にてひな。


子どもを保育園に迎えに行く時の
あのうわっついた足取り。
あれはまさに、20代の時のデートに向かう自分とおんなじ。タリラリラー的な。
違うのは、出かける前にメイク直しをする・しないくらいでしょうか。

そのくらいよく似ている2つの気持ち。

でも何かが違う。しっくりこない。
ベクトルの向きはほとんど一緒だけれど、1°のずれが
遠くかなたに行った時には相当ずれているような、そういう違いです。

だから、愛 ってひとくくりにするのは ちょっと乱暴。
だってほら、「地球に愛」と「ダーリンに愛」ってやっぱり違うもん。
地球にキスしても、なんともおもわん。
愛には種類があるのかも。


胸の中の、どこが反応するかの違いのような。


そう。
男性に恋したり、愛を持ったりするときには
気持ちのすべて持っていかれるような、パッションが生じます。
もしくは、体全体を包み込まれる毛布っぽいターンもあるかも。(私の場合、ですよ)

いずれにせよ、それは一時的なもので
たとえば仕事に集中している時や、ともだちとふざけちゃっている時は
さすがのパッションも身を潜めます。
抑えられないけれど、オンとオフはある感じ(操作は不能)。

これに対して、子どもは

なんていうか、気持ちの一部に
いつも暖かで小さな灯 が付いているようなイメージです。
抑えられるけど、オンとオフはない。

本を読んでいても、お客さんと話していても、ウケを狙っているときも、
おふろ掃除のあいだも、机に膝をぶつけた瞬間も、眠っているときでさえ

いつも小さな灯りはここにある。ぽわっと。


そういうかんじです。



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