ボツワナと水とエトセトラ
やっぱり、アフリカの中でボツワナは、異色だと思ったので一筆。
ボツワナは、カラハリ砂漠のど真ん中にある国だけど、
断水になることは、あまりない。
こと私の住んでいる首都では、断水になったのなんて、
この1年7ヶ月で2~3回しかない。(しかも数時間)
蛇口をひねれば水が出るのは当たり前で、
水洗トイレも、洗面台も、もちろん水が出る。
(ま、共同水道で生活してる人や、ぼっとんトイレもあるけど)
極めつけは、ボツワナ人は、毎日2回、朝と夜に必ず風呂に入る。
アフリカで生活のみなさん、驚いていただけましたか?
1日2回入らないと「汚いよ、カナコ」と言われるんですよ?
他国の隊員では割とよくあることらしいけど、
1週間に1回しか風呂に入らないなんて言った日にゃ、
たぶんボツ人に、臭いから近寄るなと本気で言われることでしょう。
風呂にきちんと入る=信心深い、なんていう
間違った思想すら持ってる人もいる始末。
ちなみに、洋式バスタブにお湯を張って入るのが一般的。
ボツワナにいて、他のアフリカの国の話を聞くと、
インフラの力ってすごいなって思う。
ボツワナの水が比較的安定してるのは、ダムのお陰だし。
政府にお金があると、何でもできちゃうんだなって思う。
じゃあ、お金がある国isベストか。
そう言われると、考え込んでしまう。
ボツワナ政府は確かに、金持ちだ。
インフラはほぼ整ってるし、
教育(大学も!)は無料、
医療費もほぼ無料(病院は、月コーラ1本分の料金で行き放題)
出産だって、もちろん無料。
だけど、その手厚い社会保障のお陰で、
国民は、政府から恩恵をもらうことに慣れきっている。
そして、政府に何かをしてもらうのが当然だと思っている。
結果、自分たちで何かをしようとする意欲が極端に低い。
海外諸国からボランティアや技術者が入って、
いろんな足りないところのスキルを教えようとしてるけど、
「いや、教えなくていいから、やって♪」というのがボツワナ。
仕事も、手伝っているうちに丸投げされるし、他人任せ、政府任せ。
そして、都合が悪くなると「~してくれなかった○○が悪い」とぼやく。
年末、任国外旅行に出たボツ隊員が言っていた。
「マラウイもザンビアも、活気があった!
子どもも大人も、畑耕したり、一生懸命働いてた。
物売りも、一生懸命売ろうと、しつこいくらいやってきたし、
少しでも工夫して、自分のものを買ってもらおうとしてた。」
ボツワナ人の物売りは、はっきり言ってひどい。
同じ商品しか扱ってない小売店が、何件も並んでいるし、
売り込みせずに、隣の人とくっちゃべってるし、
何か聞こうもんなら面倒だから、あっちの店で買えと平気で言われる。
日陰の下で1日、仲良くお喋りしてるボツ人からは、
工夫して、他の人より売り上げようという意識が全く感じられない。
この違いは、なんだろう。
考えて、ひとつの結果に行き着く。
それは、必死さや焦りの欠如。
口では、いくらでもお金がない!技術がない!と言えるし、言ってる。
けど、ボツ人はいつだって、結局のところ切羽詰っていない。
だって、政府にお金があるし、何とか今までなってきてるから、
そして、きっとこれからも何とかなると思うから。
政府にお金があることが、ボツワナ人の向上心を阻止している。
お金があることで、思考能力が停止して、
人間としての成長が停滞してしまうなら、
お金がありすぎるのも問題だなと、ボツワナを見ていて思う。
でも一方で、お金があって切羽詰ってないことが、
この平和で温厚な国を成り立たせているのも事実。
だから、一概にお金があること=悪、でもないわけで。
自分の家族や友達が笑って毎日を過ごせるって、やっぱり、
国としての基本であるべきで、かつ大切なことだと思うし。
親からいろいろ与えられても、それでヨシとせず、
自分の実力以上のことに挑戦する子どものように、
「もっと自分でできるもん!」「もっと自分にやらせて!」
そんな風に、好奇心で突き進めるような国になれば、
もっときっと発展するんだろうな、この国は。。。
切羽詰らないと一生懸命になれない。
人は、所詮、そんなものなのかもしれないなー、
と水からだいぶ派生してしまいましたが、
そんなことを思ったのでした。(まさに私がそうだなぁ)
にしても、ボツワナの特徴である、
みんなが平和ボケしてて、
やれと言われたことは、とにかく素直にやって、
切羽詰ってるようでまだ実は切羽詰ってなくて、
今まで何とかなってきたから、これからも何とかなるでしょ…
って思ってるボツワナの国民性を見ていると、
日本によく似ているなぁと、ふと思うのです。



