新・なっくんの部屋 (仮称)

~Since 2013.01.01~
管理人(なっくん)の趣味や日常について綴っていきます。


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前回の更新が11ヶ月くらい前みたい。
機能、Amebaからコメントが付いたとメールが来た。
しかし、相変わらずの出会い厨。
見なくてももう分かっている。

いきなりですが、心が落ち着き次第移転を考えます!!
はい。

何故なら、最近やりたいことも非常に多く、文章力も鍛えたいし、みんなに伝えたいことも多い。
特に、大学でやっていてあの時2つの内ひとつに絞り、続けることにした委員会ももう3年生なので既に引退した。
あの頃このブログも炎上した。

しかし、今思えば気付いた。
俺は、恋愛もファッションもスポーツも芸能も疎い。
一方で鉄道やゲームが好きなので所謂オタク属性持ち。
しかし、ボランティアや委員会などもすると言うことは、オタクながら色んな人と交流する、会話する、社交的に生きることが好き。

ハイブリッド(オタク+社交)で行きたいけれど、残念なことに良いことばかりではない。
オタクは基本的に、得手不得手の差が普通の人より半端無く大きい。
ということは、話せる話題も偏ってきて、多くの人と話そうとしても話題が持てなくて詰みがちであるということ。

それが、大学で委員会をしていた時に大きな欠点となっていた。
先輩とは仲が良かったけど、同期の周りはお洒落で(ファッションに限らず)流行に敏感な所謂イケイケ系だったので、流行に鈍感で疎い自分にとってはどうしても話が出来ない。
中にはお洒落しない、流行知らなさすぎるだけで卑下してくる人も居るほど。
委員会のメインの話題以外では本当にほとんど話せない。
お金なくて飲み会も行けなかったし。

まとめれば、最近気付いた反省点は、
とにかくアンテナを張る!
ということ。

どんな話題でも、精通しなければならないなんてことは無いが、どんなネタを振られても微少でも話せるのと全く話せないのでは大違いである。
俺は、本当に苦手な話題を振られると黙り込むしか手が無いことがあった。
何も知らないと言わざるを得なかった。

しかし、微少でも話せれば色んな人と話せるようになると思う。
まずは意見でも言えれば良いのか。

例えば、恋愛でも、最近では興味無い半分、面倒臭い半分とは言えるようになった。
趣味を重視したいし、まだひとりでやりたいことが山積みだという自分の意見を述べるだけでも十分な話題になるはずだ。
今まではこれさえも出来なかったことは残念だと思う。

スポーツの話題も疎く、中高と運動部無所属だったので話題に乏しくても、聞くことから始めれば広い世界が知れるかも知れない。

こう言った機会を無駄にしてきたのは非常に残念だったと思う。

これは、
閉鎖的な環境で完全自己流で生まれてきたオリモンにも言えること
だと思う。

取り敢えず、続報があれば後日報告しようと思う。
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いよいよ続けてきたコラム、「オリモンの失敗」も今回で完結します!
日常の記事、面白い明るい記事も書きたいところだが、このシリーズの未完結がどうも心の重みになっていました。

このシリーズは決して後ろ向きな意味で綴ったものではありません。
オリモンと言うものは俺の趣味の中で断トツで歴史が長い物で、特に高校時代までの俺の自分史を語るには必要不可欠な物だと言えます。

なぜ書いたか。
それは過去の産物、失敗経験等を見直し、これからの成長に繋げたいからです!
この記事を書いて思うと、今と比べて昔は享楽的に生きていました。
昔は、主にオリモンやゲーム以外の体験や経験はほとんどが家族、学校等から与えられるものでした。
自ら様々な活動に繰り出したり、部活で他校の人と競ったりなど、自発的なことが一切なかったのでした。

こう考えて行くと、これからの成長に繋げられる様々な部分を考えて行けるはずです。

では、後書き。


今まで書いてきた「オリモンの失敗」と言うコラムも今回で完結する。
これを書いてきて思った一番大きいことは、中学時代は「パクリ」等と揶揄され、反射的に激怒していたが、そう揶揄される理由も今では頷けるようになったことだ。

当時、どうしていたらオリモンが受け入れられたのだろう。
これから、オリモンはどうすればもっと素晴らしいものになるのだろう。

こうして見てみるとオリモンは昔、自分の思うままに走ってきた。
他社の意見は全て蔑ろにしてきた。
とにかく自己中心的で自己満足なものだった。

なぜこんなことになってしまったのか。
他者を考える、人を感動させる、そういったものを作りたいと思うようになったのは最近数年のことだ。

オリモンの全盛期、小学校時代や中学校時代は人と遊ぶことよりも教室内で独りでオリモンを書くことばかりをしてきた。
いざ他者と何かするとき、トラブルは付き物だった。

独りで作る、独りで考えることをしてきた。
だから、自分が満足してて自分が楽しめる範囲でやっていたことが目に見えて分かるのだ。

今は違うんだ。
一年に軽く1000人以上の人には会っている思う。
この中に、様々な人が居て、様々な人と話して、ここで様々な大事なことを学んでいると思う。

この中で、人に何かして喜ばれることは非常に嬉しく、人と話すことは楽しく、この中で人気者は羨望の的なので、人を感動させたい、喜ばせたいと言う感情が芽生えた。


まとめるならば、
「経験が大事」
「人との繋がりが非常に大事」


こういうことだろう。
こうしてオリモンも自分自身ももっと素晴らしいものに成長していくはずだから。




変な締め括り方になりましたが、「オリモンの失敗」、これにて完結です。
次からは普通の内容の記事を書いていきたいです。

では…。
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この記事と後書きで、残すところ2つとなった『オリモンの失敗』。
今回はオリモンの全盛期に経験不足だったことに関する内容として、今迄の総括的な内容になります。
主として最近の色々な写真も交え、ブログっぽい記事にしようと思います。

「もう書きたいことは大抵書いた。」
「実行したくても実行するタネが無かった。」

その失敗やタネはオリモンの全盛期の社会経験不足に起因するということを総括して書いていきます。



オリモン史はどのように歩んできたか…。
Part.4 第一印象と見た目(後編)で多くのオリモンに明確なモデルや背景設定等が無かったことを紹介した。
オリモンの全盛期当時はこのことが素晴らしいと自負していたが、これは果たして素晴らしいことだったのか…。
これが意味していることは何なのだろうか…。

俺が最も素晴らしいと思うポケモンはジラーチであるが、ジラーチは七夕をモデルにしたデザインや背景設定があり、名前はロシア語に由来している。
ストアスとジラーチの特徴比較
以前紹介したストアスとジラーチの比較より。
父親はポケモンに関してはアンチ寄りで、人間自身が戦わず人間がポケモンに戦わせること、ポケモンの世界にはポケモン以外の動物が生息して居ないため、作者やポケモンの世界の人間自身にとって非常に好都合にできていることが理由だと言う。
したがって、ポケモンの良さを話してもまともに聞いてもらえないことが多いのだが、ジラーチに関して何でここまで素晴らしいのかと話したことがある。最初は「なっくんのネーミングセンスの方が好きだけどな…。」と父親は話していたが、ジラーチはロシア語に由来しており、なぜそのようなアイデアが湧くのかと言う話をすると、歴然とした教養の差と言われた。
オリモンの全盛期はオリモン以外の経験積まず、様々な事柄について調べず、また英語ならばカッコいいという傾向が強く、どうしても不意に湧き出た名前か英語に由来するものばかりになってしまったのである。

ここに作者である俺自身の経験や教養が絡んでいるように考えられる。
昔、ポケモンの特集番組でポケモンの映画の湯山邦彦監督がモデルとなるヴェネツィアの街を視察している様子が写されていたことがある。
ポケモンの映画、『水の都の護神 ラティオスとラティアス』の舞台となるアルトマーレはヴェネツィアが舞台で、「アルトマーレ」はイタリア語で、日本語に意訳すると「永遠なる海」となるそうだ。
何か素晴らしいものを創り上げるのに、プロはひたすら経験を積んでいるし、教養が豊かなことが分かる。
学術研究の世界でも、有名になる研究者は専攻に何かしらの豊かな深い造詣を持っていると言われている。
昆虫など生物の名前は非常に美しく、ジャコウアゲハのジャコウ(麝香)なんてどうして知り得た言葉なのだろうかとつくづく思う。

話が脱線したが、ネーミングやモデルが経験や教養と大きく関わっていることは以上の通りだ。
年齢相応の十分な経験さえあれば、絵の知識だって恥じない程度には会得していただろうし、オリモンにも人を魅了する何かがあっただろう。
まず、俺はオリモンを始めた時点で絵のことはオリモン一点張りになり、図工や美術で全く表彰されなくなった。これはプロの目線から見たとき、当時の俺の絵に魅力が無かったとしか言えない。



以上は前段階として切らせてもらう。

最近は時間の使い方に悩む日々だが、時間の使い方が下手なのは昔からである。
昔、今ほど時間の使い方に悩むことが無かったのは、昔は今に比べてやっていたことが少なかったからと考えられる。
中学時代、ゲームは親から禁止されていたため、学校の正課の授業や勉強、月数回の技術部の活動や委員会活動等もあったが、それ以外は基本的にオリモンが占める割合が非常に高かった。
そのため、あれもこれもやりたいと"やりたい症候群"が起こり、両立に関する時間の使い方に悩む理由も少なかった。

しかし今では当時とは比べ物にならないほどの要素がある。
大学の成果の授業や勉強、生協学生委員会の活動、青少年活動センター関連の活動、ボランティアとか異文化交流とかetc.、あとは幾つかの趣味。
こう考えるだけでオリモンの全盛期とは比べ物にならないくらい物凄く多い。
週末のたびに何かしらのイベントがある日々。
最近では、更にイラストとか極めたいこともあるが、着手しにくい状況で、本来はバイトも始めたいが中々タイミングが掴めない。
時間の使い方が下手なことは非常に悩み、やりたい症候群に陥っている。

そう言えば今は学園祭の時期だが、去年は学園祭の実行委員会もやっていた。
結局時間とお金の関係で生協を取ることにしたが、今思えば、時間の使い方が上手でアルバイトして相応のお金を所持していたならば両立も不可能で無かったかも知れない。



経験の違いはここまでにして…。

以前の記事で出てきた内容も経験が少なかったことに起因している。

【Part.1~2 オリモンの歴史】
軽く10年以上、俺の人生の半分以上にもなるオリモンの歴史、果たしてそこで得た物は…。
→ (高校以降で改善されたけど)オリモンの全盛期は本当にオリモン一色でした。もっと濃密に過ごしていたならば今はpixivに公開して恥じない程度の実力は付いていただろう…。

【Part.3~4 第一印象と見た目】
オリモンと言うものがどれだけ質の無い、内容が薄いものだったか…。
もっとソウルフルに描いていたならばどうなったのか…。
→ 一匹一匹魂込めて描いていたならば、記憶に残るオリモンも遥かに多かったはず…。

【Part.5~6 地球人の居ない世界】
オリモンに地球人(いわゆる人物キャラクター)が居なかったのはなぜか…。
なぜ関心を持てなかったのか…。
→ 当時会ってきた人の数は今の足元にも及ばず、人による影響も少なかった。"いじめ"により人間不信な時期もあったのかも知れない。

【Part.7 鎖国的だったオリモン史】
経験不足、"井の中の蛙大海を知らず"そのものと言える内容。
有益な影響さえもシャットアウトしてきたのはなぜか…。
→ 絵に対する有益なアドバイスさえ受け入れていたならば、オリモンのクオリティや世界観はもっと素晴らしいものになっていたはず。

【Part.8 オリジナル主義という壁】
本来は"パクリ"ではなく絵のクオリティについての評価だった。
もし、恥じない程度の絵の基礎知識、基礎技術が身に付いていたならば…。
→ 絵の基礎知識や基礎技術さえあれば中学入学当時、もう少しマシな評価は得られただろう。もう少し基礎がしっかりしていたならば中学入学による新たな評価と言う洗礼は乗り越えられただろう。なぜ"オリジナル主義"と余計に鎖国的になってしまったのか…。

これらを一言でまとめるならば、
「経験や知識が足りない者に、人を感動させることはできない!」
と言えるはず。
もっとカッコイイ言葉でまとめたかった。
↑文章力、語彙力欲しいね(苦笑)

要するに経験は大事だね。
いつしか補足的な記事を書いていきたい。



変な終わり方になりましたが、今回はここまでです。

総括もしたので、後は後書きで締めたいと思います。

では…。
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2014年1月5日の『前書き』から始まり、色々と難航しつつ書いてきたコラム、オリモンの失敗シリーズですが、完結の目処が立ったのでお知らせします。

まず、前回の記事の題名『Break The Wall(オリジナル主義編)』を『オリジナル主義という壁』に変更しました。
当初は同じくオリモン史の進展を大きく阻んできた要因として『Break The Wall(人物キャラクター編)』をが続く予定でしたが、人物キャラクターについては既に『地球人の居ない世界(前編/後編)』で触れていたので中止にし、記事の趣旨を分かりやすくするために『オリジナル主義という壁』という記事名に変更しました。

今迄の記事。
Part.0 前書き
Part.1 オリモンの歴史(前編)
Part.2 オリモンの歴史(後編)
Part.3 第一印象と見た目(前編)
Part.4 第一印象と見た目(後編)
Part.5 地球人の居ない世界(前編)
Part.6 地球人の居ない世界(後編)
Part.7 鎖国的だったオリモン史
Part.8 オリジナル主義という壁

今後の予定。
Part.9 (経験不足だったことに関する記事)
Part.10 後書き
※ただし、合併して『Part.9 後書き』とする可能性もあります。


残すところ、あと1~2記事で完結です。

オリモンの失敗の記事は、作者の管理人(なっくん)自身にとっても重みとなっており、当ブログの更新を妨げる原因にもなっていました。
これからは明るく、日常記事も書きたいし、最近の色々な考えや経験などから主として高校時代まで描き続けてきたオリモンの失敗や今一つ栄えなかった要因も見えてきたので、完結の目処が立てられました。

ちなみに俺が通う大学ではもうすぐ学園祭シーズンで、去年の今頃は実行委員会をやっていたため非常に忙しかったです。
そちらの方は自分自身のやりたいことや雰囲気等の関係で昨年度限りで辞め、今は生協学生委員会とその他ボランティア等様々な活動をしています。

俺は所謂、"型に嵌る"のが大嫌いな人間です。
趣味は大事、人が好き、しかし変わり者、それで悪くないと思っています。
だから、この個性(Character)を貶す人は苦手です!
また、凄く個性的で変わり者な人ほど好きです!
"空気を読む"という言葉がありますが、実はWikipediaで"場の空気"という項目について執筆されているのは日本語のみです。英語等、外国語での記事は無いです。
要するに日本人の国民性上、謙虚で周りに合わせ、型に嵌るのが好きな人が多いように思います。日本は冒険家や発明家を高評価しない話はよく聞きます。教育自体がサラリーマン育成で、型に嵌めるものですから。
まぁ、高校受験や大学受験で友達と同じ志望校を選ぶ人が多いのはそのせいですね。(←俺はその人達の心理が理解できませんがね(笑))
ボランティアとかイベントとかもひとりで飛び込む方が、内輪にならず気持ち良いことが多いですね。(←折角の機会、過度に内輪になると本来の趣旨を見失い、より良い経験が出来ないじゃないですか…。)

このように、今は様々な経験を積むことがモットーであり、快感ですが、『Part.9』では当時(特に小~中学時代)はオリモン一筋で何事も経験不足だったことに関する記事を書く予定です。
ちなみに「体験」と「経験」は違いますよ。
昔の俺は、親に毎週海に連れて行ってもらい、小学校の頃は1学年1クラスだったため他校より多くの体験学習があったはずですが、多くの「体験」をしても、「経験」に結び付いたかは疑問点が残ります。
経験は、より意識的に体験すること、その体験を有効活用できることだと思います!(←説明になってないww)
要するに、体験だけでは何やっても一瞬で通り過ぎます、「○○やった~、楽しかったぁ」だけで終わるけど、経験はもっと奥深く感じ、その後に活かせることですね。

高校の頃の他校交流を例に出すと分かりやすいです。
「夜間定時制の人と交流できた。」
体験だけでは、「色んな人と話せた、遊べた、楽しかった。」だけで終わります。
経験では、今まで知らない、むしろ貶してきた夜間定時制への理解が深まり、軽視する理由がなくなった。成績云々ではなく、全日制の人と比べ物にならないくらい社会経験は凄いね!「夜間定時制の人って働きながら学校行ってる人多いし、また全日制の高校の人と比べて色んな人が居て凄いね。また、一緒に話してて面白いね。」という理解が深まりますね。
※飽くまで例に挙げただけです。気分を害した方が居たならばすいません。現在、定時制、通信制等含め、俺自身は差別等の観念を一切持っていません。

これからは、面白いと言えるブログを目指して頑張りたいと思います。
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オリモンの失敗シリーズもPart.10くらいで完結しようと思います。
大体言いたいことはまとまってきたし、昔は昔、今は今と考えるようになってきたからです。

今回は、中学の頃からの兆候、オリジナル主義という壁を壊す、乗り越えるという話です。



幼少期はアンパンマン。
小学校の頃はポケモンやカービィ。
そのようなキャラも描いていた俺だった。

しかし、中学の頃、クラスメイトのある一言によりそれを絶つ日が来てしまった。
「パクリ!」
「○○に酷似している!」

という言葉。

当時は完全オリジナルで書いてきたつもりが、クラスメイトのこの言葉が嵩むに連れ、今まで並行して描いてきたこれを絶つことになってしまった。

これ以降、俺は本当にほとんどオリモンしか書かなくなった。
一時期、描かずともゲームやアニメのキャラを扱うことにも若干の抵抗を感じていた。

以前から何度かここで書いてきたかも知れないが、小学校時代はクラスは基本的に6年間同じでお互いわかり合ってた環境だったが、中学で辛酸を嘗める結果となった。
今思えばこれを引きずって黒歴史としか思えない中学時代。
もっと輝ける努力をすればよかったと思うのだが当時には戻れない。

小学校時代は人により比較的良い評価も得られたオリモン。
しかし、中学時代、最初の自己紹介でオリモンの趣味の紹介をし、少し定着した後、酷評を浴びることとなった。
パクリだとか、平面だとか、今までにない言われ様を受けたのだ。

当時の俺は今の社交的とは程遠い鎖国的な人間で、外を知らない。
「井の中の蛙大海を知らず」という言葉が相応しい。
大海に出て初めて恥を知らされた気分だ。

仮に当時、絵の勉強をしてて、影を付ければ立体になるとか、質感のこととかもう少し恥じない程度の基礎知識さえあれば何とか打開できただろう。
当時の自分が馬鹿すぎて…。
いじめっ子とは非常に醜いもので、率直に言うのではなく、悪意を含んだ捻くれた言い方をする。
それが「パクリ」だとか…。
本当に優しく大人ならば冷静にアドバイスとして言う。
高校の卒業前、そう言ってくれた人が居たから気付けたのであって…。

ここで話を戻そう。
オリジナル主義と言う変な壁を越えるにも年月がかかった。
それを晴れて越えられたのは去年の話である。
中学時代から数えると軽く8年以上も経っている。

越えるには2012年(入学の1年前くらい)から徐々に過程を歩んでいた。
その頃、久々にスマブラをし、『光神話 パルテナの鏡』のピットが気に入り、それから3DSと『新・光神話 パルテナの鏡』を買うくらいから越える準備は始まっていたと考えられる。

理由は、オリジナルキャラクター以外のキャラクターに好きなキャラが出来たのは、小学校以来だったからだ。
しかも、マリオファミリー以外且つスマブラで初めて知った人物キャラで特に好きなキャラができると言うのは人生初だったかも知れない。

『新・光神話 パルテナの鏡』のスクリーンショットより。
ピットくん (新パルテナ)
ピットと風景。

そこから、一気に飛び12月~1月頃、大学入学が決まってから買った『ルーンファクトリー4』をプレイし、公式サイトで配布されているアイコンをTwitterなどに使うようになった。
twitter01
そのゲームの男性主人公。
自分のオリモン、及び顔写真以外をアイコンにするのは初めての出来事であった。

このように、越えるための階段を登っていた。
越えられたのはその夏、2013年8月20日~22日頃。
生協学生委員会で参加した、全国のセミナーだった。

それは学生総合共済に関するセミナーだった。
生協がある大学に通う人ならば一度は耳にしたことがあるかもしれない。
そのマスコットキャラクターがタヌローであり、もちろんここでもタヌローが人気者となるが、そこで俺も自分のファイルに書いたことがオリジナル主義の壁を越えた瞬間だった。
タヌロー (Tanuro)
この写真はその原画であるが、実は物凄いものかも知れない。
自画自賛している訳では決してないが、この壁を越えた瞬間の実感だった。

その後自分の中でタヌローブームは続く。
タヌロー (団扇)
近くの"とある施設"のイベントで作成したタヌロー団扇。
今でもタヌローを見掛けると時々笑いのツボにはまるほどだ…。

こうしてオリジナル主義の壁を段階を踏んで超え、今がある。

その後、今まで通りにジラーチなども描くようになった。
Milky Way
"とある施設"のイベントでの名札と、"京の七夕"で撮影した天の川の写真を合成して作成したものである。

これから越えるべき壁は、人物キャラを描くこと。
オリジナルの人物キャラが登場するのは早くとも更に3年~5年以上は掛かりそうだが、好きな人物キャラくらいは下手でも良いから描きこなせるようにはなりたい。
これが次の目標である。



難航していましたが、今回の記事も何とか完成しました。

今回、中学入学後とか、セミナーとか言う話が出てきましたが、小学校時代の単趣味且つ鎖国的と、今の多趣味且つ社交的の対比も踏まえ、次回か次々回で、「経験は大事だよ」という話をしようと思います。

では…。
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