中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
非常に軽く書いています。


テーマ:

※キリスト教が用いていた魚のマーク

 

宇野正美さんにかなり影響された人が僕の読者の中にいます。この問題は前にも取り上げましたが、一度ちゃんと解説しておこうと思います。

 宇野正美さんは「二本柱で物を考えている」と自分で言っています。それは、ユダヤと聖書による予言です。宇野さんの功績は「ユダヤが解けると世界が見えてくる」という著書を残したことです。これは素晴らしい本で、僕も知らないことを宇野さんから勉強させてもらいました。それはそれでよいのです。

 しかし、どんどん変な方向へ行ってしまい、一時体も動かなくなってしまい、心臓に水が入って「死ぬかもしれない」と言っていました。温泉につかったり断食をしたり、様々な健康法をしばらくやっていたので、元気になったようです。

 宇野さんは「私には二本の軸があり、軸足は動きません。一つはユダヤ的思考という考え方と聖書予言です」と言っています。この二つの軸で世の中を見るから、「私の予言は100%当たる」と言っていましたが、全然当たらないのです。

 最近、ますます外れてばかりいます。読者もどんどん減ってしまい、講演会をやっても人が減っているのです。ただ、宇野正美さんの独特の個性があるので面白く、そこに読者が引きつけられているのです。「また、同じ話だな」と思ってもお金を払って見にいくのです。落語と同じです。

 宇野さんの予言はなぜ当たらないのでしょう。「ユダヤが解けると世界が見えてくる」、まではよかったのです。「ああそうか、アメリカ社会はユダヤ人が支配しているのだな。ユダヤ人には、アシュケナジー・ユダヤ人とスハラディー・ユダヤ人がいて、世界の支配構造はユダヤが握っているのだな。FRBもユダヤ人、大統領もユダヤ人」、そのようなことは知らなかったことです。それは凄い知識で参考になりました。

 しかし、もう一つの聖書予言、その前提条件は「聖書は全て真実が書いてある」と言うのです。宇野さんは「聖書は宗教の本とちがいまっせ!」と必ず言うのです。宗教の本とは違うのであれば、一体何の本でしょう。何の本でもありません。

 聖書はみんなで作ってきた本です。その前提が抜けています。誰かが体系的に書いたものではありません。「このような本がありました。探したら死海文書がありました」とあちこちから様々な本が出てきます。それを集大成して、聖書の中に「これを入れようか、入れないでおこうか」と検討する組織があります。「これは役に立つから聖書の中に入れよう」と考えて聖書の中に入れるのです。

 モーゼの旧約聖書も「モーゼ・ファイブブックス」といいます。5つの本です。これはモーゼが関係した5つの本があったということです。それを創世記にまとめて「モーゼ五書」と言っているのです。

 ヨハネの黙示録が出てくると、「こんな本がありました。これを聖書の中へ入れようかな?」と考えて「入れよう」と決定されたから、聖書の中に入っているのです。聖書の中には、入れない本もあります。それを外伝(がいでん)といいます。「聖書の中には入れないけれども、神の教えではないか?」というのを外伝といいます。

 みな勘違いしているのは、キリストが出てきて、様々な教えを説いたと思っていますが、全然違うのです。キリストが出てきたときは、魚のマークがキリスト教のマークだったのです。洞窟の中で、魚のマークの下に集まって、そこで様々な話をしたのです。それがイエスの話です。それにわずかな信者がついていたのですが、イエスは死刑になってしまったのです。イエスが聖書を体系的に説いたのではありません。普通の会話を行ったのです。

 後になって本が作られて聖書のようなものが出来てきたのです。どこに真実があるのでしょう。宇野さんは「聖書は全て真実を説いたものだ」と言いますが、何の根拠をもってそのように言うのでしょう。

 聖書は誰が説いたのでしょう? そのようなことについて、宇野さんは無批判です。僕ならば、そのような考え方をしますが、宇野さんは「聖書は全て真実である」と言うのです。だから、「3千年前に書かれた聖書の予言が全て実現する」と解釈するのです。聖書は、誰が書いたのかも明らかでありません。

 聖書には創世記があります。In the beginningから始まり、The endで終わりです。神が世界を創ったのです。神はキリストではありません。目に見えない神エホバの神です。神が創った最初がIn the beginningです。最後はThe endで終わるのです。

 これが聖書予言だと言っているのです。始めがあるから、終わりがあるのです。終わりのことを書いたのがヨハネの黙示録です。誰が書いたか知りませんが、ヘンテコリンな話がたくさん載っています。宇野さんはそれを「全て真実だ」と受け取るのです。

 全ての国がイスラエルに集まるというのです。「12憶の中国人が戦車で集まって、世界中の国がイスラエルに集まって第三次世界大戦が始まる」と言うのです。その時に角笛が吹かれて、・・・くだらないことを言っているものではありません。全て妄想です。

 ヨハネの黙示録にしても宇野さんは、「この通りになるのだ」と決めているのです。「未来はそうなるのだ」と決めているのです。

 日本人は違います。未来はありません。未来などというのは、どうなるのかわかりません。始めもありません。人類の始めなどわからないのです。ホモ・サピエンスは「3万年前だろう」と言われていたのが、北アフリカのモロッコでは、30万年前のホモ・サピエンスの骨が出てきてしまったのです。それをドイツの研究チームが、英科学誌ネイチャーに論文を発表したのです。

 そうなると人類の始めなど本当にわからないのです。100万年前、200万年前に人類はいたかもしれません。人類と恐竜の足跡も残っています。人類の中でも巨大な10メートルある巨人の骨も発見されています。

 今の人類はせいぜい2メートルくらいまでです。最近では、4メートルの巨人が米軍に撃ち殺されました。本当に巨人はいたのです。それも、どこまで遡っていけばよいのかわからないのです。

それを「ここから神が創ったのだ」と聖書では言っているのです。神様は「5千年前に人間を創った」と言っているのです。エデンの園は5千年前にあったのです。

 人類の歴史は5千年前どころではありません。トルコ南部のギョベックリ・テペ遺跡は、1万1600年前の神殿跡が見つかっています。「人類は5千年前に創られた」という話は、そこから崩れているのです。

 まして、未来の話など誰が決められるのでしょうか? そのようなヘンテコリンな物差しをもって見ているのです。それに向かって現実を解釈しているのです。だから外れるのです。

 「次に出てくるのは、ヨーロッパの大統領だ」と盛んに言っていました。「それが最高の権力を持つ。それはチャールズ皇太子かもしれない」と言っていました。全て外れです。外れる理由は聖書を軸にして「これは絶対に正しい」と思いこんでいるからです。

 そこにユダヤの陰謀が加わってきます。「ユダヤが陰謀を実現させようとして、世界が動いているのだ」という考え方です。これは間違っています。だから当たらないのです。

 そんなことは考えなくてよいのです。「未来は終末大戦争が起きて来る」と考えているから起きてくるのです。我らの考えには、終末大戦争などありません。あってはならないし、そんな未来は絶対にありません。このように決めていかなければいけないことです。

 それを聖書につられて「真実だ」と思い込むから、宇野さんはつまらなくなってしまうのです。だから、忘れましょう。宇野さんは面白いことだけでよいのです。宇野さんは狸(たぬき)みたいな顔で面白いのです。ユーモアもあるし、迫力もあるから、面白い人であって、正しい人でもなければ、真理を説く人でもありません。このようにとらえて見てください。

 

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