シャイなもんで

京都を拠点に芝居をしている中野劇団主宰 中野 守の演劇に関する雑文やら、日記やら、映画の感想やらを綴ります。


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読み返してみるとやっぱり文章書くの下手だなあ。
ま、いいや、続き続き。


紫朋館の廊下を進み、劇団の部室が近づいてくる。


大学で何からのサークルに入ることは決めていて、

最初から劇団に入りたいとは思ってたけど、

他に選択肢がないわけでもなかった。


映研とか。

後は、軟式テニスを続けるか。

硬式テニス始めるか。

けど、テニスは自分にセンスがなかったし、

何よりやったことのないことをやりたかった。


紫朋館の外から見える劇団の部室の窓ガラスに

「劇団未踏座 新人18名募集」

って文句がでかでかと貼られてて

18名なんてあっという間に集まるのではないかと、

それで焦って部室に向かったわけで。


映研の方は、その時たまたま部室の扉に南京錠がかかっていて。

僕には縁がなかったのかなと思ったわけで。

それで僕は劇団の扉を叩くことにした。

とは言っても気の小さい僕は扉ひとつ叩くのも

緊張してなかなかできなかった。

ひとまず部室を通り過ぎ、

四角く一周している廊下を四角く一周して、

もう一度未踏座の部室の前にやってくる。

こんな風にキョドってしまうのは日頃よくあることで。

生涯最もサラサラだった血が

猛スピードで体内を駆けめぐっていた。

僕は意を決して「劇団未踏座」の部室の扉を叩いた。


僕の前に入った新入生は三人だった。

ちょっと焦りすぎだった。

ま、でも一番でないだけましだった。

後で先輩に聞いたら、

18って数字は適当だったらしい。

「それくらい入ればいいな」みたいな。

その目論見が当たってか、

僕らの学年はほんの一時期ではあるが

20名を超える大所帯だった。

因みに一学年20名以上もいるなんて

後にも先にも僕らの学年だけじゃないかな。

なにせ第二次ベビーブーマーなもんで。

そんな大所帯の学年でいまだに演劇を続けてるのは

どうやら僕だけのようで。
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さてその四月、

晴れて龍谷大学生になった僕は、

キャンパスのベンチにひとり座って

履修登録どうしよっかと悩んでいた。



大学に友達はその時点ではひとりもいなかったが、

それは自分の望んでいたことでもあった。

今までの自分のことを知らない場所で

羽目を外してみたいという願望があったし。

高校までに作られた窮屈なキャラを壊したかった。



履修登録ああでもないこうでもないと

悩んでいるところへ、

男の人が近づいて来た。


最初はひとりだったが、

すぐ近くから更に二人が寄ってきて、

三人が僕を囲んでいた。


サークルの勧誘だった。

最初に来たのが少林寺拳法部。

後から来たのが日本拳法部と

パイオニア部。

パイオニア部については、

結局卒業しても何してるサークルなのか

よくわからずじまいなんだけど、

もやしみたいな容貌の僕を見つけて

何故勧誘しようと思ったのか、

ほんと不可解だった。


何で三人のうちの二人が拳法系なのか。



南斗聖拳の男と北斗神拳の継承者と

種籾の爺さんに言い寄られるユリア。



断るのが苦手な性格で、

その頃、よく駅のホームで

知らない人に呼び止められては

血を綺麗にしてもらった。

二日連続で血を綺麗にしてもらったこともあった。


「昨日も綺麗にしてもらったんで」


って断ろうとすると


「もっと綺麗になります」


と言われ、断る理由もなかったので

血を綺麗にしてもらった。


しかしそれと少林寺拳法部の勧誘とは違う。

断らないとその後の人生が大きく変わってしまう。

少林寺拳法部や日本拳法部が悪いわけじゃない。

入ったら入ったで、

別の形の充実した4年間を過ごせただろう。

それこそ幼い頃に自分の大切な人が

桃白白みたいなおっさんに殺された経緯でもあれば、

進んで入ったろう。

でも僕の想像していたECL(エンジョイカレッジライフ)

とは明らかに違う。

青い鳥を探す旅を、渡航二日目で

機械の体をもらう旅に変更するわけにはいかない。


放課後部室に来てくれって言われてたけど、

僕は勇気ある敵前逃亡を図ることに決めた。

後で考えたら勧誘なんて僕だけじゃなくて、

大勢に声かけてるはずだし、

そんなに気にすることなんてなかったんだけど、

何か見つかると連れていかれそうだし

(そんなことないですよ。
ただ当時何も知らない新入生の僕には
何もかもがネガティブに見えただけで)、

クラブ棟(紫朋館って建物)を歩く時は

僕を勧誘した男がいないか警戒しながら歩いた。
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10学部受験って結構体力を使う。

全てが終わった頃にはへろへろになってた。

で、すぐ最初の方に受けた大学から結果が出る。


不合格

次も不合格。

次も不合格。


かなり不安になってきた。

そこで龍大の合格発表を京都まで見にいくことにした。

次の日に通知が郵送されてくるにもかかわらず、

僕はその一日を待ってられなかった。


既に5学部不合格で、

残り5つのうち4つが龍大。

文、経営、経済(地方)の順に合格発表を見て回ったが、

自分の番号はなかった。


本気でやばかった。


何処も通らなかったら、就職しろって親に言われてた。

予備校通う金もなかったし、

通う気もなかったといえばなかったんだけど、

高校の授業の知識だけで一般入試合格を目指す。

気の小さい僕には十分すぎるプレッシャーだった。


恐る恐る最後の経済学部の合格者リストに目をやると、

そこでようやく自分の番号を見つけることができた。

何度も確かめた。


もう、要らないってこんなドラマみたいな演出。。

ドラマだと安っぽいけど、

リアルだと、まあハラハラする。


周りでも合格した人達は歓声を上げているなか、

ひとりで見に行った僕は、

誰にもその感動を伝えることができなかったが、

心の中で何度もガッツポーズを決めた。

本命の大学に入ることができたわけだから。

そのときの感動は今でも忘れられないし、

生涯嬉しかった日ベスト10に間違いなく入るだろう。
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文化祭とかそういうのが好きだった。

高校三年になって、

何処の大学に行きたいか全く志望が決まってないときに、

たまたま龍谷大学のオープンキャンパスが

学園祭(龍祭)の最中に行われてて、

吹奏楽部の名物出し物である牛丼を食べながら

「今から春まで頑張ってこの大学に入ろう」

と心に誓った。不純な動機だ。


龍大の指定校推薦枠があることを知る。

条件は、評定平均3.5以上。

僕はその当時4.1あった。

で、応募してみるが、担任の先生に


「残念だけど他の人に決まった」


って言われた。後で知ったが、

その枠を勝ち取ったのは評定平均4.7くらいの人だった。

そんな人には是非一般入試で決めてほしかった。



で、やむなく一般入試に賭けることに。

経済、経営、文、地方試験の経済と

龍大だけで4つ。

その他の大学合わせて合計10学部。

沢山受けたのには理由があった。

ホントはその前に滑り止めに

下のランクの大学の一般推薦入試を受けたかったのだけど、

当時は一般入試を受ける前に

一般推薦合格校の入学金締切日が来た。

払った入学金は戻らない。

親は「下のレベルの大学なんて行く必要ないし、

一般入試いきなり一般入試を受けろ」と言うし。

そんなわけで

「だったら10学部受けさせてほしい」

ってお願いした。

僕にしてみればそれでも保険が少ないくらいだったんだけど、

今思えば親に申し訳ない限りだ。
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文化祭とかそういうのが好きだった。


高校の文化祭で当時のクラスの出し物が

「その後の桃太郎」という芝居で

僕はおじいさん役をやった。

老けてたからお爺さん役に速攻決められた。

たぶんそれが一番最初に携わった芝居。



教室で劇を作っている最中、

少しイライラしている自分に気づいた。

クラスの中でも面白い人が

演出家に選ばれて、

芝居を作っていたんだけど、

どうにも形になっていかない。

その人は人望があって

クラスはうまく結束してった。

けど何せ誰も芝居作りなんてしたことないし、

演目自体が、面白くならなかった。


「自分ならこうするのに」


なんて気持ちが凄くあって、

でも口に出して言う勇気もなくて。

劇の演出に興味を持ったのはそれが最初。
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