シャイなもんで

京都を拠点に芝居をしている中野劇団主宰 中野 守の演劇に関する雑文やら、日記やら、映画の感想やらを綴ります。


テーマ:
2007年アメリカ
トム=ハンクス、ジュリア=ロバーツ主演









ネタバレあり















実話に基づいて作られた映画らしいが。。


これはアメリカ人が見ると、また違った風に見えるのだろうか。




冷戦を終わらせるために活躍した下院議員の話


アフガニスタンのレジスタンスを武器支援してソ連を叩く、

その政治活動が実を結ぶところで物語が終わる。

武器支援のためにどんどん予算をとりつけていく。

ただし、ソ連撤退後、アフガニスタンに学校を作って教育(アフターフォロー)をしようという

提案は鼻で笑うかのように、予算委員会的な場所で一蹴される。

それが911に繋がるということを仄めかせて終わり。


リアルってこういうものなのかもしれないけど、

あんまり面白くないんだなあ。

アンビリーバボーみたいな番組で紹介するとかなら、面白かったかもしれないけど、

映画にする必要あったのかな。

どうしてトムハンクスとジュリアロバーツはこの映画に出たんだろう。


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ライラの冒険をまだ見てなかったので、見たいなあと思ってレンタル行って

まあ、「ライラにお手あげ」を借りてしまったと。。

仕方がないことです。

ファレリー兄弟大好きなんで。

しかもベン・スティラーとだし。

メリーに首ったけ以来なのかな?


ネタバレあり









ファレリー兄弟の映画は笑う。

今回は大満足ってほどじゃなかったけど、

やっぱり笑う。

しかしこの作品は何だろう。

酷い!

作品がじゃなくて。下衆だという意味で。

いい大人が、真剣にこんな映画を撮っているのかと思うと素敵すぎる。


かなり設定が極端な感じなんだけど、

ベースはよくある人間関係の話なんだなあ。

誇張しすぎているだけで。

ベースに見る人が共感できるような普通さ、

常識の所在、そういうものがある作品とない作品では面白さに差が出る。

映画作った全員が南国の日差しにやられてたんじゃないかと思うような

陽気でゆるくてばかばかしいコメディ。

けど、「ふたりにクギづけ」の方が見た後の満足度は高かったな。

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東野圭吾原作

福山雅治、柴崎コウ主演







ネタバレしまくりんぐ




















『手紙』と同じ東野圭吾原作ながら、こうも違うものかと驚かされる。


ミステリとヒューマンドラマというジャンルの違いのこともそうだけど、そのことではなくて、


映画化された作品が原作の良さを反映しているかどうかという点を言っている。



ドラマ『ガリレオ』は全く見てない。



けど、この映画はドラマを見てなくても楽しめる内容になっていると思う。



悲しい結末だ。


原作を読んだ時は衝撃を受け、涙を流した。

映画の方は、筋を知っていたから、衝撃こそなかったが、

涙が流れた。

おそらく小説を読まずにこの映画を観たら、

小説を読んだ時の衝撃に近いものを味わうことができただろう。

緻密さが美しい作品というのは、伏線の張り方とともに、

余計なものをいかに省略するかが重要だと僕は思う。

数少ない登場人物、小道具で、読者、視聴者にどんでん返しを魅せる。

映画が小説と異なることの良しとされる理由は、

文字で読むのと映像で見せるときの媒体の特性の差をどうするか、

その処理に尽きるべきだと考える。

素晴らしい原作には、それだけ作者の考え(意図)が張り巡らされている。

どれひとつとっても崩れてしまうジェンガのようなものだ。

けれども、活字を忠実に映像化できない事情というのがどうしても存在する。

それでも小説を読んだときのような体験をできるだけ味わわせたいという作り手の配慮、

それが『手紙』からはあまり感じ取れず、『容疑者Xの献身』からは伺えた。

小説ではさりげない描写で読み流してしまう伏線、

そのさりげなさが、伏線回収の時により大きな効果を生む。

字面のさりげなさを映像でどう表現するか、こういう部分にこそ映像化のセンスが問われる。

あともう少しという部分はあったけど、でもかなり配慮があったと思う。それが嬉しかった。

この映画は、「原作のうち、削ってはいけないいう部分を、削らずに、残した」

この、「すべきことをしない現代」において、「ちゃんとしてた」ことを

褒め称えるいうのも変な話なんだけど、良かった。

ちゃんと話を理解している人がこの映画を作っていた、いい仕事をしていた、と思う。

勿論、見る側の設定するハードルの高さによっては、そうは思わない人もいるだろう。

あくまで、自分基準の話。

ちゃんと仕事ができる人には、名作が、仕事ができない人に映像化される前に映像化する使命がある!

と、言いたい。

もしドラマ『ガリレオ』のシリーズものという位置づけではなく、この映画が単体のものであったなら、

最後はやはり原作と同じシーンで終わってくれたら好みだったが、

それはまあ、仕方のないことだろう。


因みにこの話は数学者の話なので、

『容疑者エッキスの献身』と脳内変換して僕は読んでいる。

実にどうでもいい。
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最近TSUTAYA行ってもアニメばかり借りてたんだけど、
今日100円で借りられる日だったので
久しぶりに実写映画を借りてみた。
そのうち二本が東野圭吾原作。

『手紙』と『容疑者xの献身』

これどっちも先に原作読んでます。

さて、まず『手紙』を見たわけですが。




ネタバレあり。核心に思いっきりふれてますので、まだ見てないかたは読まないでね。

先に小説読んでから映画観て、僕と同じ感情を体験してみてくださいなんちゃって。












山田孝之、沢尻エリカ主演。


うーん。


ツッコミどころ満載だった。。。実際にツッコミながら観てた。




原作読んでるのと読んでないのとでは、かなり感想に差がありそう。


沢尻エリカの関西弁が少し気になる。
関西弁喋られる人を使ってほしかったなあ。まあ、我慢しよう。
原作では決して美人ではないタイプだったと思うんよね。
そっちの方が良さが出るというか。
沢尻エリカは凄い美人だと思うので。
眼鏡の時からしてすでに。美人すぎて、ちょっと違ってるかなと思った。


まず、小説を読んだ感想は、

泣きました。いい小説でした。
考えさせられる、重いテーマなのに、読んでてそこまで苦痛じゃない。痛々しく書かれてない。そんな配慮がある。


強盗殺人を犯した主人公の兄は僕の中ではプリズンブレイクの兄貴の映像で再現されてました。

玉山鉄二、かっこいいなあ。賢そう。もう少し賢くなさそうな方がよかったなあ。
特に最初の方はそうしてほしかった。手紙の声とかも。

で、犯罪のシーンだけど、ちょっと短いな。説明不足だと思う。
小説でもそんなに長くは描写していないけど。
栗のシーンが、どうして栗を持って行こうと思ったのかが、あの、がばっと、奪い取るような勢いある演技では、
あまり伝わってこないし。自分が無性に食べたいとかならああいう激しさが出るかもしれないけど、人のためだと、ああはならないんじゃないかな。

そうなんだよなあ。そういう人の行動心理とか行動の必然性とかが、凄く適当なんだよなあ。

原作は主人公の直貴がバンドのボーカルをやってたのが、映画では漫才師を目指すという設定に変わっている。原作は自分に歌唱力があることに気づかず、あくまでバンド仲間に誘われて歌うことを始めるという、受身な立場だったけど、映画では自分の意志で漫才師になろうとしている。そこがちょっと微妙だった。テレビに出てるし。テレビに出てからネットに殺人犯の弟と噂されて、って。ネットの風評を過小評価していると思う。

漫才をしているシーンで、観客が、変なところで笑ってるんよな。普通そこでそんなに笑わないっていう場所で。それが凄く嘘くさかった。「ここで笑う」とト書きに書いてるから笑ってるんだ、そんな感じ。たとえそれが映画だったとしても、ちゃんと笑わせて、笑いをとってほしかった。それができないなら口パクでBGM流して観客がウケている絵でも挟んでおけばいいんじゃないのかな。よくある手法だけど。
山田君は漫才師の役はできると思う。それこそちゃんとした台本でなら面白いと思う。

大検受ける云々が映画では省略されていた。原作では田中要次役のおじさんが先に引っ越すんだけど、おそらく意図的に参考書を置いてってくれるってシーンがあるのに。

あと、電気店で働いてて、空き巣の事件があって殺人犯の弟って会社にばれてから、販売から工場に異動になった後、会長が来て、差別の話を直貴にするところで、直貴が質問もしてないのに、ひとり会長喋りすぎていると思った。「すでに始めてるじゃないか」みたいな台詞があったけど、それは直貴にたとえば「絆を作るってどうやって?」みたいなことを訊かれたら答えることであって、自分からぺらぺら喋るもんじゃないだろうと感じた。よくさえずるおっさんだなって印象だった。あと、原作では会長の所に沢尻エリカが嘆願の手紙を出して直貴の人柄のよさについて説明してたってくだりがあって、その後結婚して、夫婦になってから、彼女が直貴に黙って直貴を装って兄に手紙を出してたことに直貴が気づくって展開になるんだけど、それが、会長に嘆願した直後に沢尻エリカの部屋に行って、そこで気づいたってことになっちゃってたんで、かなり違和感があった。折角会長に訴えてくれてる=味方であるって気づいたというフラグが立ってるんだから、原作みたいにその後、結婚生活送ってるシーンにすればいいのに「何で勝手に手紙送ってるんだよ」みたいな口論しちゃってるし。
細かいことを言えば
山田君「これ」
沢尻エリカ「筆跡ばれるでしょ」
みたいなやりとりがあったけど、「これ」って台詞から「どうして活字で?」みたいな質問だって読みとれるんだよって。まあ、わかるけど。わかるけど、何か足りないなあと。

で、最後の慰問ライブも。もう。歌ならよかったのになあ。漫才にして、やたら「今でも兄貴だ」を押してるし。泣かせにかかってるという意味では、ごり押しはまあ、なくもないと思うけど、ちょっと視聴者をばかにしてるっぽいのと、絶縁したって流れなんだから、それじゃ直貴の最後の手紙の意味が弱くなっちゃうよ、っていうのとで、もう何とも。で最後に「言葉にできない」流れてるし。歌流すんなら、歌うたう設定でいいじゃんって思った。

全体的な展開は原作っぽいけど、はしょり方が雑というか、映画のオリジナル部分を出したいがために、原作の大事なところをはしょってるというか。

遺族の所にも手紙を送ってたっていうのが、原作読んだときにはミステリーでいうところのどんでん返しな感じで、あそこは凄い鳥肌たったのに、山田君は手紙が出てきてもさして驚いた感じでもなかったし、あそこはそれこそ「がーん」ってきてるって効果音なりBGMなり入れたらよかったのに。

役者は良かったんだけどなあ。

役者って脚本に「笑え」って書かれてたら笑う。何故そこで笑うのか、そういった必然性を用意するのは、別の人の仕事だ。少なくとも東野圭吾はしっかり書いてたと思う。
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