今回の旅では、ソウル市内の地下鉄を多く利用した。1年前と比べて地下鉄駅のホーム柵の設置駅が増えていた。東京の南北線と同じ透明でホームの天井までスッポリ覆うようなホーム柵。しかし、その設置までの考え方は違った。自殺を防止するという目的は、東京とソウルは一緒。誰がホーム柵をつくるという点が異なる。韓国は、企業がお金を出している。その代わりにホーム柵に広告を出してよいことになっているのだ。これこそわかりやすい企業の社会貢献だ。その後、どんどん民間企業のお金でホーム柵がつくられている。

私はこの様子を見て、メーカーが市場環境の整備にお金を出す時代になったことを実感した。


私の愛するラジオが、凋落のメディアといわれて久しい。私は埼玉県の浦和から東京の市ヶ谷までJRと地下鉄を利用して通勤している。ラジオは、家を出てから池袋までの30分間しか聞くことができない。有楽町線の池袋から市ヶ谷までの20分間は携帯メールで暇をつぶしている。確かに都営新宿線や三田線はAMラジオが聴けるようになっているが、他の地下路線はまったく聴けない。

ソウルの地下鉄では、車内でワンセグ携帯電話でテレビがノイズやゴーストなしでハッキリ鮮明な画像で観ることが出来る。電話は地上と同様アンテナはどこまで行っても3本立ち。この違いは何だろう。ラジオをつくるメーカーや放送局がお金を出して環境整備すれば潜在的なリスナーはラジオに飛びつくはずだ。交通局や営団地下鉄にこの環境整備を期待するのは酷である。

どの業界も流通や小売のシステムを既にあるものを使わせてもらって発展して来た。しかし、これからはもっと業界を俯瞰した経営が求められる。本だけ出版して本が売れないと嘆いているような社長はもうダメだということである。

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みんなで

昨日、MBC(韓国文化放送)へ行ってきました。

19時30分にMBC地下にある喫茶室で「韓タメ!」(フジテレビ)でお馴染みのハ・ジウン( http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/041015.html  )さんと待ち合わせしました。

その後、MBCから歩いて5分程のところにある洒落たイタリアンレストランで、食事をしながら2時間近く、韓国の放送業界のお話を伺いました。

MBCでは、テレビで放送したドラマをMBCの関連会社のiMBCがインターネットで有料サービスしていました。MBCだけではありません。他局もそれぞれが自前で始めています。ラジオ局がポッドキャスティングを始めたなんて言っている場合ではなかったのです。

そういえば、日本でも民放各局が出資して、ブロードバンド回線を使ってテレビ番組を配信するサービス「広帯域的電脳娯楽大帝ザ・ブロードバンド・エンタメキング・トレソーラ」をつくったはずなのですが・・・。

やっぱりみんなで一緒に仲良くやるというやり方はビジネスの世界では成功しないのではないでしょうか。なんか頭に浮かんだのは、幼稚園や小学校の運動会で一等、二等、三等とかいう順位をつけなくなった最近の教育現場のイメージが重なりました。
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黙祷!

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本年6月にPHP研究所より出版されました『大地の咆哮――元上海総領事が見た中国』の著者、杉本信行氏(日本国際問題研究所主任研究員)が8月3日、肺がんによりご逝去されました。享年57歳。
 遺作となりました『大地の咆哮』は、杉本氏の上海総領事在任中(2004年5月)に、部下が外交機密に関する情報提供を強要されたという遺書を残して自殺するという悲劇が起き、氏が同年健康上の理由で上海総領事の職を辞したのち、上司として館員を守れなかった無念さから書き上げられたものでした。杉本氏は、末期の肺がんに侵された身体に鞭打ち、抗がん剤の副作用で頭が朦朧とするなか薬で痛みを抑えながら、自ら命を絶った同僚の冥福を祈るため必死で執筆されたといいます。心よりご冥福をお祈り申しあげます。なお、通夜(8月8日)告別式(9日)とも聖イグナチオ教会(千代田区麹町)で執り行われます。


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今回の問題は、亀田自身の問題だろうか、TBSの問題だろうか、それとも。

確かに亀田はダウンしながらも最後まで闘った。判定結果は、彼がどうこうできるものではないと思う。

TBSが批判にさらされているのは、テレビ局として度を超えてはしゃぎ過ぎたためだと思う。9時前に始まる試合は、その直前からの放送ではなく7時半から特番を組んで引っ張るなど“異常な肩入れ”と視聴者の眼に映ってもしかたがない。

今回の問題は象徴的な問題として議論を呼んだが、以前からTBSに限らず各社には前兆はあった。ドラマの新番組がスタートするときには、出演者を映画のキャンペーンのように一日中チャンネル挨拶(?)させる。朝一番のワイドショーから深夜のニュース番組まで、ゲストを呼ぶことが可能な番組をハシゴさせてドラマのPRをやっている。雑誌でいえば自社広告みたいなものである。売り物であるCM枠や番組を自社で消費してはまずいだろう。

ここ数年、番組宣伝がスポット広告の枠を奪っているのが目に付く。最近、『テレビCM崩壊マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0』という単行本が出版されるようにテレビ局はCMで年々追い込まれている。

「レコ大」の大晦日から30日への変更など、いま起こっている様々な動きは、すべて“視聴率”という数字に縛られてのことである。一歩間違うと、視聴率を得ても支持率を失ってしまう。

テレビが故障して1週間、我が家ではテレビを見られない。私はラジオ、息子はiPod、妻はCDと耳だけで快適に過ごしている。専業主婦の妻は、テレビを見なくなって元気になった。民放は、朝からワイドショーを1日に5回は放送するという。凶悪事件や芸能情報は刷り込みが行なわれる。ニュースは、一日でいえば、朝一番ワイドショーから始まり深夜の報道番組までにヒートアップする。一週間でも週末の報道番組でさらにヒートアップする。

毎日、毎日、心を痛めるニュースを聞かされれば人の心は確実に病んでくる、と思う。ワイドショーは、新聞ネタ、週刊誌ネタを元に局アナと数人のコメンテーターがうだうだ自論を展開する。番組制作費は、安上がりで視聴率もそこそこ取れる。

テレビを観ないと逆に見えてくるものもあるような気がする。