先週の木曜日、「フリーター・ニートになる前に受けたい授業」の全国キャラバン隊隊長の鳥居徹也さんに同行して、千葉県の柏陵高校に行ってきました。

新一年生への授業が終わった後、校長先生、学年主任の先生たちとお話する機会がありました。

そこで知ったのは、「高校生のアルバイト問題」の根の深さでした。

そこにフリーターの芽があったのです。

高校生になるとみな当然のように携帯電話を持ちます。

携帯電話を持たない生徒は友人関係がつくれません。

携帯電話は、買うとその後、毎月の使用料が発生します。

多くの高校生は、まず携帯電話を買うためにアルバイト始め、使用料金を支払うためにアルバイトを続けるそうです。

アルバイト先は、ファーストフードやコンビニエンスストアなどで、クラブ活動には参加しないで、授業が終わると17時から21時くらいまで働くそうです。

ここまではきっかけです。

その後が蟻地獄です。

家でも褒められたことのない子どもたち、学校でも褒められたことのない生徒たちは、店長のお褒めの言葉でメロメロ状態です。

「君が来てくれるから助かるよ!」「なかなか筋がいいよ!」と、とにかく安い労働力を確保するため店長さんは褒め倒します。

親は親で、勉強しないのなら家でゴロゴロしているより働いたほうがいいと完全肯定してしまいます。

アルバイトは労働の切り売りです。

将来の目標が見つからないまま続けても、アルバイトの報酬は時給だけで、正社員にならなければ店長の道もありません。

純真な高校生は、携帯電話につられ、店長にそそのかされ、はじめての職業選択の前の貴重な3年間を疎かに過ごしてしまいます。

勉強しましょう。多くの大人が後悔してます。携帯ごときで人生を疎かにしてはいけません。




AD
さっきまで銀座一丁目で業界の連中と5人で飲んでいました。
「とりあえずビール!」という第一声で始まり、とりとめもない話をしながらワインと豚トロでお腹を満たしていきました。時計を見るともうこんな時間。誰からともなくお決まりの締めの言葉が発っせられる。「今日はおとなしく帰るか!」いつもは暴れているの!? いや、そんなことはない。男はいつもおとなしいのです。
AD

学生時代、9回フラれました。いつも彼女の最後の言葉は、「動機が不純」。
彼女の部屋へ遊びに行くと、書棚の本(漫画も含めて)、レコード(当時はCDではない)など彼女が読んだり聴いたりしているものすべて記憶して帰り、次回のデートまでにすべて予習していました。
高校時代までは、女性関係は文通(メールがなかった)のみだった田舎の真面目な受験生は、大学に入り、予習という言葉は日々の生活の中から必要なくなりました。そして、行き場を失った学習能力は恋愛へと向かったのでした。
オフコースやチューリップ、さだまさしに上田正樹など女性が代わるたびにすべてを聴いて詳しくなりました(ちなみに現在でもカラオケの十八番は「悲しい色やねん」)。「ベルサイユのバラ」、「愛と誠」など漫画も全巻読みました(今の妻のときは萩尾望都の漫画を全巻読みました)。
漫画は子供の頃から買って読んだことが無かった私でしたが、恋愛のために努力しました。その異常さを彼女らは、「動機が不純」といったのでした。
動機は純粋です。好きだから知りたい。好きな人の好きなものはすべて知りたいというきわめてピュアな気持ちです。
行動が不純だったのでしょう。異なる道を歩いて来た2人が出会い、お互い興味を持ったとき、一緒に歩いていたはずの彼氏が突然目の前からいなくなったと思ったら、彼女の歩いて来た道へタイムトラベルして背後から追ってくるわけですから。まあ、今の時代だったらストーカーと言われてもしかたがありません。本やレコードの話をすれば共通の話題で盛り上かるとでも思ったのでしょう。
愛は私を未知の世界へと誘い、そこで知らなかった世界を知り成長(?)させてくれました。今は、行き場を失った学習能力は仕事に生きています。

AD

創業社長に会社を立ち上げた頃のお話を伺うと、ナポレンどころか1時間くらいしか睡眠時間がとれない日々が続いたという。

当時、私は単純にそんなにやること(仕事量)があるのかと思っていました。お得意様も少なく仕事もないのでは? という素朴な疑問がありました。

いざ、自分が会社を立ち上げてみると経理、総務、人事関係の業務が会社をまわしていく仕事がお金を儲ける仕事のほかにあり、日々の仕事にプラスされて確かに毎日終電近くまで働くことになりました。

しかし、それでも5時間くらいは眠ることができました。ところが、それからしばらくして睡眠時間がなくなる理由がわかりました。

それは、仕事の量ではなくスピードでした。サラリーマン時代は、会議が終わると、「明日の朝、企画書を仕上げて提出してくれ」という上司は少ないと思います。上司も人の子、寝る時間を配慮してせいぜい3日後の午前中に提出くらいの締切りをつくってくれます。それでも約束が守れず、上司から「企画書はまだか・・・」と催促をもらう部下は多いのではないでしょうか。

しかし、小さな会社は、自分が締切りを設定しなくてはいけないのです。それも、「今日の打ち合わせで要望があった案件の締切りは明日」これをやっていると寝る時間が無くなる。この繰り返しが創業企業や小さな会社になければ、会社は消えていきます。

営業に行くと、断るために「一度、企画書にまとめて送ってください。検討します」とよくいわれます。「一度」は「いつか」ではなく「明日」です。企画書を翌日届けて、相手をどんどん追い込んでいくのです。この姿は情熱です。

人を好きになるのと同じだ。彼女との会話の中で、読んでみたい本があるといえば、すぐに探しに書店へ走る。曲の名前はわからないけど、彼女がその曲のCDを聴いてみたいといえば、鼻歌交じりのフレーズを頼りにCD屋さんのレジで歌って探す。普段見せない機敏な行動や、恥ずかしいことまで可能にする勇気は、彼女への愛から生まれてくるのです。

いつかはやらなければいけない仕事なら速さが勝負です。「あなたの一番になりたい!」この気持ちが大切です。新入社員がこの気持ちを1年間持ち続けることが出きれば道は必ず拓けます!

デジタルデバイドとは、簡単に言えばパソコンやインターネットなどの情報技術(IT)を使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる、待遇や貧富、機会の格差。個人間の格差の他に、国家間、地域間の格差を指す場合もある。

出版業界は、何度かデジタル化の荒波に洗われている。

第一の波は、私が出版業界に入ってすぐにあの「オアシス」という名を思い出すワープロ革命だ。原稿用紙に縦に書かれた手書きの文章が、マス無しの横書き活字文章へと変わった。なんとか90%近くの関係者が乗り切った。その後、ビジネス書の作家を中心に手書き原稿がなくなった。

そして、「一太郎」の登場により、ワープロからパソコンへの移行が第2の波。ここでは、中高年のフリーのライターさんが私のまわりでも何人か店じまいした。60%ぐらいが乗り切った。その後は、正方形の薄い板の真ん中に丸い穴の開いたフロッピーディスクから親指くらいの大きさなのに大容量のものまで進化し、現在ではWebでテキストデータのやり取りをするようになっている。

そして、いままた第3の波が押し寄せて来ている。テレビのニュースなので政治家のコメントをとるために群がる記者たちが差し出す手の中にあるICレコーダーをあなたは使いこなせるだろうか。記者や編集者はみんなが使っているから、いまさら小型カセットテープレコーダーなんか差し出せない。

先日、大手出版社の編集長に、ICレコーダーで収録したデジタル音声データをパソコンで音声ファイルにして送信できる編集者の人数を聞いた。7人の部下のうち2人だけだそうだ。もちろん40歳の編集長は使えない。

まさかと思ったが、テープおこしの最大手であるメディアミックス&ソソフトノミックスの佐藤正明社長に電話で確認した。ICレコーダをそのままクッションのついた封筒で送ってくる編集者っていますか? なんと、何人かいるそうだ。ICレコーダーは、カセットがなくなったカセットテープレコーダーではないのだ。

弊社では、ICレコーダーによるデジタル音声の扱いやポッドキャスティング用の音声データの編集方法について、業界向けに6月からセミナーを開催しようと企画中。

昨日、関西のAMラジオ局の東京支社長と営業の方とお話をする機会を得ました。業界の外の人間に業界の問題点を突かれると中にいる業界人は嫌なものです。会談はなんとなくイマイチの雰囲気でお話が進んでいきました。私がこれまでに番組スポンサーを獲得してきたお話をしたとき、険悪さは頂点に達しました。

「私はこれまで4つのラジオ番組のスポンサーを直接連れて来ましたが、一度も、聴取率で落としたことはありません。すべて、番組コンテンツの2次利用というスポンサー側の最大限のメリットを保証してご納得いただいたのです」

「聴取率に重きを置いていないから、正直言って東京とか大阪とか関係ありません。地方のラジオ局、いやいやコミュニティーFMでもいいのです。番組制作が出来る十分な環境があればいいのです」

「近い将来、ラジオ放送の収益モデルは、番組のポッドキャスティング版のようなかたちで、確実に聴取者が数値化され、そこに新しい収益構造が生まれるでしょう」

現在ある放送局、出版社などは権威付け(ブランド)のためだけに価値がある認定機関のような存在になるのです。

いまの時代は、誰でも本を出版することができます。つまり作家であるという定義は、みんなが知っている出版社で本を出した人ということになる。出版社や放送局は自らの存在意義を強く打ち出さなければ、コンテンツ制作能力のない大手プロダクションになってしまうでしょう。

ラジオ局が動いている。番組を制作するプロダクションが悲鳴を上げている。先週から今週まで、ラジオ局3社と番組制作プロダクション、スポンサーに精力的にお会いして6月からの新番組を2本決めた。

そこで気付いた。ラジオ放送の業界では、放送と通信の融合はかなり進んでいる。ポットキャスティングが登場して以来、完全に流れは変わった。

プロダクションは、今までの制作料金でポットキャスティング版のコンテンツ制作の仕事をやらされている。

「ながらの友」であったラジオが、iPodなどの端末機器の登場で、「しっかり聞く」という聞き方に変わってきた。

聞き逃してもオンデマンドでいつでもどこでも聞ける。

在京のAM、FMラジオはすべてポットキャスティングに対応している。

おそらく年末までには、Webラジオ局の雨後の竹の子のような開局ラッシュとWeb関連企業の積極的な放送業界への進出で業界地図は確実に塗り替えられる。

なぜそこまで言える。実は私も、WebラジオとAMの番組を6月からスタートします。もちろんポットキャスティング版の放送も同時にスタート。もう地域のラジオではなくワールドワイドで、いつでもどこでも聞けるラジオの新時代到来である。

XMLの功罪!

テーマ:

最近はスカスカの本が売れている。作家は書籍の原稿執筆を頼まれるとまず、内容以外のことでは原稿枚数を必ずイメージする。224ページの本であれば400字詰め原稿用紙250枚が必要である。このため書きたいことを中心に無理やり250枚に仕上げる。本当は100枚でいいのかもしれない。しかし、出版社と作家の間でこのハードのイメージは固まっている。

最近の売れている本の文章から「段落」が消えた。文章の塊がないのである。一行ごとの強制改行によるレイアウトなのである。すごぐ読みやすく、1冊を1時間で読めてしまう。全体の文字数もこれまでの半分に近い。本を読み慣れない若者には、文字を目で追うスピード感と一冊を読破する満足感が得られるようだ。しかし、一方では、文章とは何か、段落とは何か、文とは何かを教えなれば、このままでは日本語が滅びやがて日本が滅ぶのではないかという危機感さえ抱く人たちもいる。文が結合され段落に、段落が結合され文章に。文章の方から言えば、文章の中に段落があり段落の中に文がある。確かにそうであるが、現実は厳しい。

高校生の息子は、私のメールやブログを見て、「読み辛い、読んでもらう人に失礼だよ」とまでいう。メールでのコミュニケーションに慣れた若い世代は、スカスカの一行ごとの強制改行によるレイアウトに慣れてしまっている。出版社としては、読まれてなんぼ、買ってもらってなんぼということを考えれば、このようなレイアウトも無視できない。最近の新書を見ると確かに売れているのはスカスカの本である。

「君の声が聞きたかったんや・・・」この言葉は、松下幸之助が、私の会社の社長が若かった頃の深夜にかかってきた電話での有名な一節である。松下さんにこんな言葉を直接いわれたら、私なんかすべてを犠牲にしても松下さんのために生きてしまいそうだ。

この言葉を25年まえに入社したときに私は知った。新人の頃、深夜、会社の寮で同僚とお酒を飲んで酔った勢いで同期の女の子へ電話することになった。ジャンケンに負けた私は、ダイヤル(当時は)を回した。そのときの私の第一声が「君の声が聞きたかったんや・・・」であった。電話に出たのは彼女の父親で、酔って深夜に電話をかけてきたことを怒鳴られた。結局、土曜日は合コンどころか、彼女の実家へ謝りに行くことになった。その彼女は、現在の妻である。このフレーズは私にとって忘れられない言葉となった。

昨日、早朝のプレゼンに臨んだデザイナーのK君は、デザイン3案を持参し、目を真っ赤にしていた。徹夜でデザインを仕上げたのだ。一昨日の夕方、K君と打ち合わせをしたとき、彼が用意していたデザインがいまひとつであった。いろいろと話し合って明日のプレゼンには2案用意するようにお願いした。彼が他にも大きな仕事を抱えていることは知っていたが、プロは常に最高のパフォーマンスを求められる。

私はその夜、床に付くまえに携帯のアラームを午前3時にセットした。そして、アラームで3時に起きてメールを打った。「頑張ってる!? 今回の仕事が成功すれば必ず道は開けます。あともう少し頑張ろう!」深夜、誰もいないオフィスで一人液晶画面に向かいながら仕事をしていたら、励ましメールが届き、こんな時間に心配してメールをくれた私に対してK君は感激したという。私の気持ちは複雑であった。メールを打つとトイレに行って、そのまま寝てしまったのだ。

昨日、ラジオ関西の東京支社(銀座)のスタジオで、「さやま裕美のハニーボイス」という深夜番組の収録に立ち会いました。ゲストにお呼びしたのは、日本カジノスクール校長の大岩根成悦さんでした。知人の結婚式のテーブルが同じであったことが私と大岩根さんとの出会いでした。カジノといえば、イ・ビョンフォン主演のドラマ「オールイン」の世界です。トークの中で、カジノの建物の構造について興味深いお話がありました。カジノは、窓がなく、外が見えないようになっているそうです。24時間OKで、時間を意識(感じ)させないためだそうです。確かに、学生時代にマージャンで2泊3日やったときは、部屋のカーテンを閉め切って時を忘れて体力の限界まで打ち込んだものです。また、東京拘置所で一ヶ月間拘留生活を送った知人は、部屋の窓が狭くて細長く、曇りガラスでできていたため、光が届かず時間の感覚がつかめなくて気が狂いそうだったといっていました。時間の意識がなくなることは、どちらにしても危険ということです。最後の一人になったホリエモンは、時間の感覚で苦しんでいる最中かもしれない。