3分で読める物語
「スピリチュアル・ガードマン」


ランキングに参加しています



ワンクリックに感謝です♪

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2012年02月08日

わからないけどやるしかない。

テーマ:ブログ

中村建彦の「日常是生活禅」



お元気様です。中村建彦です。


ご訪問いただきまして誠にありがとうございます。


また素敵なコメントも残していただき、感謝しています。(^-^)



ここしばらく、新潟は大雪が続いています。


この週末は特にひどく、電車が止まってしまい、夜中に交代する人が

急に来れなくなったり、駐車場で動けなくなる車が出るたびに、

スコップを持って救出に出動したり・・とイレギュラー続きでした。


普段運動していない人間が、いきなり全力で車を持ち上げる行為は、

準備運動なしに、200Kgの重量挙げにチャレンジするようなもので・・

おかげさまで今、体中が筋肉痛状態です。



こういうイレギュラーなことが起きると、「げげっ」と想うことと裏腹に、

なぜか不思議とワクワクする自分もいたりします。


これは、「このピンチを解決できるのは俺様しかいない」
「どうだ、すごいだろ~」みたいな、エゴの自己満足だけでなく、


「なんとか助けなくちゃ」という、純粋な想いもあったり、


「いつもと違う体験が味わえる♪ここから何が学べるんだろう」


という、停電の時、ローソクをつけて凌いでいる時のような、

非日常の新鮮な高揚感に似た感じも混じっていたりします。



「げげっ」の割合よりも、この「ワクワク」の割合が高い時は、

大抵なんとでもなるものです。


反対に、「げげっ」の割合が上回ると、

テンションダダ下がりで不平不満が増え、あがけばあがくほど、

ドツボにはまってしまいます。


また、「腹をくくった状態」で、正面から向き合った時と、

「腰が引けた状態」で、中途半端に関わった時とでは、

その後に展開していく世界は、まるで大違いです。


まぁ、痛い目にあうのもベクトルを見直す軌道修正過程と見れば、

すべて正解ではあるんですけどね。



結局、起きてきた出来事が、幸か不幸かではなく、


「どういう意識(姿勢)で向き合ったか」


という、

そこにどんな「意識の種」を蒔くかで、後に実る現実が変わってくる

(創造されていく)ので、やっぱり「在り方」って大切だと想います・・。



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



今日は、それについて感じたことをシェアしたいと想います。


以前、ガードマンをしていた時は、


大きなイベントを受注するたびに、現場を下見したうえで、

想定できるトラブルに対しての対処法をマニュアル化し、

段取りを組み、事前に隊員へ周知するのが仕事でした。


でも、イベントの現場では想定外のことが起こります。


その度に「そんな話、聞いてないよ」と、隊員から文句を言われ、

それが(傷ついて)嫌だったのと、依頼主の期待に応えるために、

さらに完璧を目指して準備をするのですが、


それでも想定外のことは起こり続けます。


「ダメだ・・どうやってもそこまで予想できるはずはない・・」


と、すべてを予測するのは不可能ということに行き着き、



「わからないけどやるしかないと腹をくくって下さい」


「だって、そういう仕事なんですから」


「とにかく今までの知識、経験を活かし、ベストを尽くして下さい」


最終的には、それしか言いようがなくなりました。



自分に出来ることはすべてやったなら、あとはお任せし、

「起きたら起きた時さ」と、ある意味完全に開き直ってしまった時、

精神的には、かなり楽になったのを覚えています。



この予想や準備を、自分の人生に当てはめて見てみると、

この先起こる未来のことなんて、想定外だらけで、

「わからないけどやるしかない」 の連続です。


自分の人生は、自分で責任をとっていくしかないので、

誰かの声や、集めた価値観に当てはめてジャッジするよりも、


「私はこうしたい」


という自分の声を大事にした方が後で悔いは残りません。



そのため、今までは、自分の行動を肯定するために、
何か起きる度に、現象や行動の正解を求め、


「これにはどんな意味があるんだろう・・」


なんて考えては、その場その場で、

自分にとって都合のいい意味付けをすることをよくやっていました。



でも、後になって俯瞰してみると、物事の意味って現象だけではなく、

現象にどう向き合ったかの方が重要で、その本当の意味は、

「それが反映された後」の方が、より的を得ているように想います。


とすると、

とりあえず今、目の前のことに、どういう意識で臨むのか、

どういう「在り方」で進むのか、大切なのは結局「そこ」になります。


やはり・・・「日常是生活禅」ですね。


「げげっ」より、自然に「ワクワク」が感じられる方向へ・・・

これからも、精進したいと想います。(^-^)





PS

「わからないけどやるしかない」

これ、私の大好きな、踏ん張りのきく「まほうのじゅもん」です。(^-^)


「腰の引けた前進よりも、腹をくくった前進」
「腰の引けた前進よりも、腹をくくった後退」


どちらにしても、返ってくるレスポンスは大きくなりますよ。





誕生数秘学カウンセラー 中村建彦blog

「猫にギャバン」という有名な「ことわざ」がありますが、(注 : ありません)


自分が面白いと想ったり、役に立つと想ったことでも、
相手にとって価値があるとは限らないので、
何らかのリアクションがあると、私のエゴちゃんがとても喜びます。


ギャバンよりシャリバンが好きという方も、
ぜひポチッと押していただけると嬉しいです。(おい)





2012年01月29日

可能性を制限しているもの。

テーマ:ブログ

中村建彦の「日常是生活禅」



お元気様です。中村建彦です。


ご訪問いただきまして誠にありがとうございます。


また前回の記事にコメントもいただき感謝しています。(^-^)



先週、TREというワークショップに参加してきました。


TREとは、革新的なPTSD(心的外傷後ストレス障害)治療法で、

開発者のバーセリ博士は、世界中の戦地や災害地に赴き、

100万人を超える人を癒してきたそうです。


日本では、今年紹介されたばかりの未知の治療法ですが、

案内を見た時に心がザワついて、どうしても行きたくなってしまい、

ダメもとで申し込んで、運よく参加することができました。


紹介者であり、プラクティショナーである、nana&joeさんは、

「神との対話」のニール・ドナルド・ウォルシュさんの著書翻訳や、

日本でニールさんの公式ホームページを運営されている方です。


nana&joeさんは、以前、お会いしてお人柄は知っていたので、

二人が強く薦めるならきっと間違いないだろう・・・

と感じての参加でしたが、その効果は予想以上でした。


ワークショップに参加してから数日が経ちますが、

身体が明らかに軽く、疲れにくくなっていたり、

背骨のズレも修正されていて、その即効性には驚くばかりです。


これは、治療法というツールだけでなく、

先生達が創り出した「場」の効果も大きかったと想います。


また、この治療法の優れているところは、

数回のセッションを受けた後は、過去に受けたトラウマやストレスを、

簡単なエクササイズで、自ら解放(セルフケア)出来ることです。


まだ数日しか経っていないので、現時点でのことしか書けませんが、

これからセルフケアを続けてみて、自分がどう変化していくのか、

時期をみてシェアしていきたいと想います。


もしご興味のある方は、下記HP、メルマガをチェックしてみて下さい。

http://www.tre-japan.com/


Nana&Joeアファメーション (ワークショップの情報が載っています)

http://archive.mag2.com/0000230132/index.html



一ヶ月間、ひたすら大掃除をし続けたのは、

これを受け取るスペースを空けるためだったのかもしれませんね。(^-^)



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



「あらゆる可能性を制限しないこと」


これは、数年前にメンターから教わった私の大好きな言葉です。



当時は、この言葉の意味を、


「自分の才能を卑下しないこと」


「諦めなければ道は開ける」


「ワクワクする未来を描くこと」


のような、ポジティブに偏った捉え方をしていました。



でも、可能性を制限している原因って、もともと自分の思いグセであり、

「執着」であって、可能性を阻んでいるその障害物を外すことこそが、

自分の能力が大きく開花するきっかけになるのではないか・・


今は、そう想うようになりました。


今日は、そのことについて感じたことをシェアしたいと想います。



私が、社会に出て最初に出会った職場は、税理士事務所です。


ここを退職するまで、経理一筋15年の生活を送っていたので、

これ以外の仕事はしたことがありませんし、自信も全くありません。


当然、再就職するときも、15年のキャリアにしがみつき、

「経理」希望で探す訳ですが、ただでさえ求人が少ないので、

書類選考を通って、面接まで辿り着くだけでも一苦労です。


数か月かかって、やっと医療関係の会社の面接を通り、

実際に働き始めたのですが、初日から不眠で体調を崩してしまい、

情けないことに、3日で退職を申し出ることになりました。


今思えば、「経理」の仕事は経験上、出来るけれども、

「好き」ではなかったので、「やりたいのは、これじゃないよ~」と、

魂や身体が拒絶反応を示したのだと想います。


この苦い経験がきっかけで、いつまでも経理にこだわるのを諦め、

ホームヘルパーの資格をとるために、介護の学校に通いながら、

生活のためにアルバイトを始めました。


でも面白いことに、そのアルバイト先の警備会社での仕事が、

経理以外の、眠っていた私の個性や才能、

表現する楽しさなどを目覚めさせてくれたんですね。


それから波乱万丈があり、今に至る訳なんですが・・・


もしあのままずっと好きではない仕事に「執着」して、

実際に体験してきた「外の世界」を知らなかった人生だったとしたら・・

なんて、考えただけでもゾッとします。


その点では、自分の歩いてきた道は、まったく後悔していません。

(経理の経験も、その後就いたすべての職種で役に立っています)


つまり、今ある道具(ツール)で、どうしても何かをしようとするだけでなく、

そのツールへの執着を手放した後に、入ってくる新しいツールが、

自分の可能性を開いてくれることもあるということです。


これはアタマでいくら計算したり、考えても分かりません。

執着を手放した後にしか、入ってこないからです。


自分の特技へのこだわり・・何年の実績やキャリアがあるからとか、

お金をかけたからとか、時間をかけたからとか、資格があるからとか、

そこに注いできたエネルギーが大きいほど、強く掴んでしまいます。


しかし、そこにしがみついている「執着」が、

アタマで想像できる範囲の、限定された視野しか見えなくしてしまい、

時には、自分の可能性を制限する障害物になる場合もあります。


もちろん、特技や才能やキャリアはとても大切な財産ではありますが、

最も大切なのは、


「ハートが喜んでいるかどうか」であり、

「自分に嘘をついていないかどうか」だと想います。


周りは、世間一般の価値観を当てはめ、「逃げ」だとか「弱さ」だとか、

いろんな見方をするかもしれませんが、

自分が「どう感じているか」は、あくまでも本人しか分からないことです。


あの当時、自分のあまりの不甲斐無さに葛藤しつつも、

「辞める」という選択肢を選んだ時、ホッとして胸が軽くなったのは、

それが本音の声だったからでしょう。



「あらゆる可能性を制限しないこと」


「でも可能性を制限しているのは、もしかしたら自分の執着かもしれない」



そんな視点で見て、心のままに動いてみると、

また違った選択肢が、どんどん広がっていくかもしれませんよ。(^-^)





PS

「虎の穴に入らなければ、タイガーマスクにはなれない」

という、有名な「ことわざ」がありますが、(注 : ありません)


過去の肩書きやプライド、先入観を手放して、

今回のように興味を惹かれるものには、心のままにパッと飛びこんでみる、

そんなお気楽な今のポジション・・・とても心地よかったりします。





誕生数秘学カウンセラー 中村建彦blog


心のままにポチッと押していただけると嬉しいです。(おい)






2012年01月16日

宇宙の基本法。

テーマ:ブログ

中村建彦の「日常是生活禅」


きみは愛だ。


だから、どんなことでも愛に反したおこないは、

きみじしんに反したおこないになり、

愛である神に反したことにもなるんだよ。


だからこそ、宇宙の基本法は愛であり、

愛が人間の最高位のもので神の名を"愛"と言うんだ。


宇宙の宗教とはまさに、愛を感じることであり、

愛をさざけること。これにつきるんだよ。


これがぼくの宗教なんだよ。



by エンリケ・バリオス

「アミ 小さな宇宙人」(徳間書店)より出典



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



お元気様です。中村建彦です。


ご訪問いただきまして誠にありがとうございます。


前回から随分間が空いてしまいましたが、

その間も、コメントや、たくさんのペタもいただき感謝しています。



年末から、いろいろと書こうとしていたことはありましたが、

「未完了のこと」の整理つかないうちは、何も手をつける気になれず、

ブログの更新も、ずっと後回しになっていました。


その「未完了のこと」とは、「大掃除」です。


それも、今回は「これでもか」という位、そぎ落としていまして、


・・・実は、まだ全然終わっていません。(おい)


去年のうちに、動かなくなったラジカセやパソコン、

家電品などの不要になった「モノ系」は結構処分できました。


しかし、過去の仕事の書類や、収集した資料、思い出の品や、

本などの「思考系」にぶつかると、一気にペースダウンしてしまいます。


「捨てる時は、いちいち中を見ないで捨てること」って、

いろんなお掃除本にも書かれていますが、

こればっかりは、なんか気になって見てしまうんですよね。


ま・・それも、楽しいことや役に立つことばかりならいいんですが、

歴代の思い出したくない資料や、読むと切なくなるような手紙、

辞表の下書きみたいのも出てきたりなんかして・・(笑)


忘れていた方が幸せだったのに、それを読む度、

当時を追体験してズドーンと、気分が重たくなります。


「軽くなるために掃除をしているのに、重くなってどーすんねん!!」


だったら読まなきゃいいのに・・と、自分へのツッコミが止まらない、

「ミイラ取りがミイラになる」ような今年のお正月でした。(おい)



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



そんな開けなければよかった「パンドラの箱」を、ひたすら開け続け、

出てきたネガティブ波動を浴び続けたせいなのか、先週の仕事中、

立っていられない位に具合が悪くなってしまいました。


特に「揚げ物」を注文され、油の匂いを吸い込んでしまう度に、

リバースしそうになってしまい、(おい) 

仕事にならないため、今回は我慢せず助けを呼んで早退しました。


帰宅して倒れるように床につくと、

苦痛にうなされながら、そのまま16時間の爆睡です。


目が覚めると、なんとか動ける位にまでは回復していましたが、

幸いにも非番だったので、一日おとなしくしていることにしました。


本でも読もうかな・・とその日、

正月に整理したばかりの未読の本棚を見ていて、

なんとなく手に取った本のタイトルは、「アミ 小さな宇宙人」 です。


さくらももこさんが挿絵を書かれている、可愛い表紙が特徴の、

10年以上も前に発刊された、結構有名な本ですが、

なぜか買ったまま、読まずに数年間本棚に眠っていました。


これが読み始めたら、あまりに面白くて、

続編の「もどってきたアミ」「アミ3度目の約束」の三部作を、

一気に二日で読破してしまいました。


この本には、

さまざまな本で書かれている重要なメッセーシの数々が、

小学生にも理解できる分かりやすい言葉で網羅されています。


冒頭に抜粋した言葉のように、

また読み返してみたいフレーズに付箋を付けていったら、

3冊で付いた付箋の数は、なんと120箇所以上・・


なんとも素晴らしい本でした。



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



この本を読んで、個人的にとても腑に落ちたことは


ハートの声=愛 ということです。


ハートの声を無視して、アタマの声(エゴ)を優先させたときに、

なんでこんなにモヤモヤするんだろうということも、

宇宙の基本法である愛に反したからとみれば納得できます。


これなら、もし自分のハートの声を聞こうとする時に迷ったとしても、

「愛があるかどうか」で、アタマの声との判別がつけられます。


とすれば、


「それは愛なのか?それともエゴなのか?」


この選択さえ間違えなければ、宇宙の基本法に沿っているので、

必ず調和の方向へ向かうことでしょう。


今、地球や経済がおかしくなってしまった原因も、その解決法も

すべてこの問いに答えが含まれているように感じます。


そういえば、先日読んでとても感動した、

「国の理想と憲法」 野村昇平 著 (七つ森書館 刊)
にも、根底にはアミと全く同じメッセージが流れていました。


自分の周囲を変えるにしても、世の中を変えるにしても、

絶対的な「正しい形」がある訳ではなく、その場その場で、

各自が、シンプルに「宇宙の基本法」に沿っているかどうか?


大切なのは、そこかな~と想います。


今までは、学びながら身につけてきた、

様々な方の「価値観」をもとに判断することが多かったのですが、


この基本法さえ忘れなければ、誰かに頼らなくても、

自分の内側に聞くことが、自分にとって一番ベストな選択になる・・


その大事なことをあらためて確認することが出来た、

変化の年に相応しい、年明け一連の出来事でした。(^-^)





誕生数秘学カウンセラー 中村建彦blog


「このボタンをクリックしないことは愛?それともエゴ?」


というわけで、

お立ち寄りの際や、記事がお役に立った時は、

愛あるワンクリック、是非お願いします。(おい)





2011年12月21日

あなたが世界を変える方法。

テーマ:ブログ

中村建彦の「日常是生活禅」



君の願いはちゃんと叶うよ 怖くても よく見て欲しい


これから失くす宝物が くれたものが今 宝物


by BUMP OF CHICKEN 「魔法の料理~君から君へ~」 の歌詞より



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



お元気様です。中村建彦です。


ご訪問いただきまして誠にありがとうございます。



今年も残すところあと僅かになってきましたが、

日を追うごとに、「大掃除をしなきゃ」という衝動が強くなっています。


何かに備えて、軽くなりたいというか・・シンプルにしたいというか・・


同じような記事は、過去に何度も書いていますが、

大掃除をした後か、「大きな何か」を手放した後、

必ず、その空いたスペースに「新しい何か」がやってきています。


それが何だか今はよく分からなくても、

この衝動には、素直に従った方がいい気がするので、

しばらくは、大掃除と、身辺整理?をしようと想ってます。



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



今年は、結構な数の「心の地雷」を撤去出来た年でした。

そのおかげで、随分軽く、随分いい加減になってきています。(おい)


自分の中では、自分の感情は、誰かのせいというよりも、

その要因を抱えている自分の責任であり、何が起こっても、

何が変化したとしても、すべて起きるべくして起きたこと。


長い目で見れば、

「よい方への変化しか起こらない」という確信と「安心」があるので、

感情に飲み込まれっぱなしになることは少なくなりました。


とはいっても、最近は特に、

撤去しても撤去しても、「モヤモヤ」が次から次へと上がってきます。


まるで「未完了の感情」と書かれた、ハミガキ粉のチューブが押されて、

中身が押し出されるかのように・・です。


その出てきた「中身」をしっかりと使い切って(浄化)してしまえば、

同じものは出てきませんが、無視したり、スルーしたりすると、

「中身」は、チューブに再度充填されて何回も何回も出てきます。


なんだか日を追うごとに、そのチューブを押す「何者かの圧力」が、

強くなっているような気がします・・。


今日は、そんな先週の出来事と、

それについて感じたことをシェアしたいと想います。



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



一週間前、なんとなく衝動買いしたCD、

BUMP OF CHICKEN のアルバム『COSMONAUT』を、

仕事から帰宅する際、車で聴いていました。


その七曲目に「魔法の料理~君から君へ~」

という曲があるのですが、突然、この曲が、

子供時代に封印していた感情の蓋を開けてしまったんですね・・


まったく予想外な「鍵」の出現です。


運転しながら涙がとまらなくなり、(外から見ると相当変な奴です)

危ないので車を停めて、しばらく感情を出るにまかせていました。


「そういえばあの時、全然泣けてなかったんだな・・」


ずっと耳を塞いでいた「子供時代の自分」が発するその悲鳴に、

やっと気がつき、今回は思いっ切り泣かせてあげることができました。


いくら「我慢」しても、封じ込めた感情は消えませんが、

それをしっかりと自覚し、意識の光を向け続ければ消えていくもの・・


軽くなっていく心を感じながら、

「こりゃやっぱり逃げずに向き合った方が浄化が早いな・・」

と、あらためて強く想いました。



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



自分がひとつ癒されると、集合意識もひとつ癒されます。


みんな意識の底ではつながっているので、その癒しが、

他の人の意識も同時に癒す可能性もあります。


それがきっかけで、

百匹目の猿現象が起きれば、なお大勢の人が癒されます。


集合意識が癒されていけば、その投影でもある世界も変化します。


とすると、


たとえ何も外に働きかけなかったとしても、

自分の内面を癒し続けるだけで、

世界を変えることに繋がるのではないか・・?


つまり、世界を変えるための方法は、


外側に向けて、何か実際に行動を起こすという「外面へのアプローチ」

だけでなく、自分自身の「心の地雷」を撤去し続ける(浄化していく)という

「内面へのアプローチ」の二種類があるのではないかと想います。



今まではずっと、

何かを「する」人が上で、「しない」人は下であり、

行動しないと何も変えられないという価値観でいましたから、


「何か人の役に立つことをしなくては」


「あの人に比べたら、俺はなんて未熟なんだ」


「こんなんじゃダメだ。もっともっと・・」


と、立派な「何か」を成し遂げること(外面へのアプローチ)に心を奪われ、

比較や競争を繰り返しては、出来ない自分を否定していました。


でも、自分を否定しながら幸せになんてなれないんですよね・・。



どんなに立派な、「人助け」をしていたとしても、

もし自分を犠牲にしていたり、無理をしていたり、ダメ出しをしていたら、

(その要因を抱えたままでいたら)「未完了の感情」は増え続けていきます。


集合意識側からすれば、

ゴミをバラまきながら、掃除機をかけられているようなものです。


その反面、

自分の内側を「お掃除」し続ければ、同時に集合意識も「お掃除」されますし、

新たなマイナスを増やす要因そのものが消えて、楽になっていくので、

こちらの方が、かえって効果が大きいかもしれません。


何が言いたいかというと、

たとえ立派な何かが出来なくても、「自分を癒すこと」さえ出来れば、

それだけで、十分世界に貢献出来るということです。


決して実績や名前は残らない貢献ですけど・・(おい)


でも、今の時代には、それこそが求められていることだと想います。



私は、こう考えられるようになってから、かなり肩の力が抜けました。


「役に立たなきゃ」から、「役に立ちつつある」になったからです。


もう無理に「何かをしよう」としなくなりました。



こうやってアウトプットするような「外面へのアプローチ」は好きですし、

大事なことだと想いますが、私の中の優先順位は逆転しています。


もちろん、これは単なる私個人の選択に過ぎませんから、

どっちにウェイトを置くのかも、両方大事にするのかも、

すべて各自の自由なのですが・・。


さて、あなたの「優先順位」は、どうでしょうか・・?


もし「役に立たなきゃ」の衝動に疑問を感じたことがあるなら、

一度立ち止まって、そこを見つめてみるのもいいと想います。(^-^)





誕生数秘学カウンセラー 中村建彦blog

BUMP OF CHICKEN 『魔法の料理~君から君へ~』

の歌詞の中に、「君の願いはちゃんと叶うよ」という言葉が何度も

出てくるのですが、そういえば子供の頃の願いって・・


「犬を飼いたい」でした。


ちゃんと叶ってますね。(^-^)


とても素敵な曲ですので、

ご興味のある方は上記文字リンクをクリックしてみて下さい。


↑ついでに、気まぐれな更新で赤丸急降下しているランキングにも

 「人助け」に是非クリックお願いします(おい)





2011年12月10日

神様の願いの叶え方。

テーマ:ブログ


中村建彦の「日常是生活禅」



お元気様です。中村建彦です。


ご訪問いただきまして誠にありがとうございます。



先週土曜日、聞いてみたい講演があって東京へ行ってきました。


翌日は、東京にいる家族に会いに行ったり、産土神社へ行ったり、

その他にも、思いがけない嬉しい再会もありました。


数年が経過して、

ようやく本音を言えるようになった自分の変化が妙に嬉しかったです。


何者に対してかよく分からないけど、帰り道「ありがとうございます」と、

思わず何度も口に出してしまったような・・


そんな「幸せ感」をたくさん味わった、

なんとも不思議な今回の旅でした。(^-^)



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



日曜日の午後は、産土神社へ参拝してきました。


ここは、私にとって転機ごとに大事なメッセージをもらえる場所です。


その時は、受け取ったメッセージが「なんのこっちゃ?」という感じでも、

数か月後に読み返すと、「あぁ、このことを言ってたのか~」

と、その内容の深さにいつも驚かされます。


神社は、

「願い事」をしにいくのではなく、感謝と宣言をしに行く場所ですが、

その宣言の内容も、来るたびに変わっていっています。


実は、以前放ったエゴ的な宣言(願望実現するコミット)が、

どうなったかというと、ことごとく叶っていません。


それを受け入れたくなくて無駄な抵抗をさんざん繰り返し、

疲れ果てて、諦めたり、現実を受け入れたり、執着を手放した後に、

結果的には、最初の願いとは別方向のギフトがやってきています。


「こりゃ最初から、ただ起きることを信頼した方が楽だな・・」


今はやっと、そう思えるようになってきました。


ここには書きませんが、

今回の宣言には、そんな心境の変化が大きく反映されています。


そのうえで、

今回受け取ったメッセージ(おみくじの天の声の部分)は、


「あいたたた・・」


怠惰になりがちなところを諫めつつ、かといってエゴに走らないように、

事前に釘を刺されたような感じです。(心当たりありあり)


さすが産土様・・恐るべしです。(笑)



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



そういえば、「神様の願いの叶え方」について、
最近観た「エバン・オールマィティ」という映画に、

こんな素晴らしい台詞がありました。


「忍耐を」と祈れば、神は忍耐をくれるか?

それとも忍耐の「チャンス」をくれるか?


「勇気を」と祈れば勇気を?

それとも勇気の「チャンス」を?


もし「家族の絆を」と祈れば、神はあったかい温もりをくれるか?

それとも愛し合う「チャンス」を?


この台詞が、とても心に響いたんですが・・


もともと「体験」することが目的で来ているのですから、

本当にこの通りかもしれないな~と想いました。


とすると、もし「癒されたい」「楽になりたい」的な願いをかけた

(言葉にはしなくても、潜在的にそう願っていた)としたら・・


自分の周りには、

きっと「心の地雷」を踏みまくる人ばかりが配置されることでしょう。


実際、願いが叶うどころか、「何で俺がこんな目に・・ひで~よ」なんて、

文句を言いたくなることは、数限りなくありましたから。(笑)


もし「癒して下さい」と祈れば、神は癒しを与えてくれるか?

それとも癒しの「チャンス」をくれるか?


という神様視点で見れば、


「だってあなたがそう望んだんでしょ?」


「気付くチャンスをあげたんだから、あなたの想い通りじゃない」


・・・そう言われたら、文句の言いようがありません。



とはいえ、本当の原因に気付いた後は、同じ反応をしなくなったので、

確かに癒されましたし、楽になったことはたくさんあります。


気付く前と後では雲泥の差です。


神は、きっとたくさんの機会(サイン)は与えてくれてはいるけど、
受け取る側が、その出来事と、どう向き合うかによって、

クリアして終了するか、何度も繰り返されるかは変わってくることでしょう。


「外側の現象を変えるには、まず内側をクリアにすることから」


今の私は、いただいたメッセージもふまえて、

このブログタイトル「日常是生活禅」のように、

継続してその方向で進んで行った方がよさそうです・・。(^-^)





誕生数秘学カウンセラー 中村建彦blog


「ランキングを」と祈れば、神はランキングをくれるか?

それともこのボタンを押す「チャンス」をくれるか?


というわけで、

お立ち寄りの際や、記事がお役に立った時は、

ワンクリックしていただけたら嬉しいです♪




Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト