(郵政見直し)約束を軽んじては、国民の信を失う
テーマ:志士の目麻生総理の昨日の国会答弁での「4分社化の見直し」「私は郵政民営化に賛成じゃなかった」「反対だったので(担当)を外されていた。濡れ衣を着せられると、おれもはなはだおもしろくない」との発言が、与野党で波紋を呼んでいるが、問題は、国民がこの発言を聞いてどう思ったのかである。(下記記事参照)
05年の郵政総選挙で、国民は小泉総理(当時)の「民営化に賛成か反対かを国民に問いたい」との「命を捨てる覚悟」に共感して、民営化に賛成として、与党に3分の2以上の議席を与えたのである。「郵政民営化を入口にした小さな政府路線」を完遂するためにである。この国民との約束を4年間守る歴史的責務を負った首相のみが2005年に与えられた議席のうえに、解散なしに政権運営をすることができる。
国民との約束を命を捨てる覚悟で守ることによってのみ、国民との信が立つのであり、約束を軽んじては、国民の信を失う。私はそう思う。(2月7日記)
(参照記事)毎日新聞社説「郵政見直し」「首相発言のあまりの軽さよ」
「麻生太郎首相が国会答弁で、日本郵政グループの4分社化体制について『4つに分断した形が本当に効率がいいのか。もう1回見直すべき時に来ているのではないか』と経営形態の再編に言及した。郵政民営化関連法は、政府の郵政民営化委員会に対して3年ごとに民営化の進ちょく状況や経営形態を総合的に見直すよう求めており、今年3月がその期限に当たる。
過疎地で簡易郵便局の閉鎖が相次ぐなどサービス低下が指摘されている。小泉内閣当時、説明されていたように、民営化で『すべてがバラ色』になったわけではないのは事実であり、何らかの見直しを進めていくのは当然だろう。
だが、看過できない問題がある。同法が閣議決定された05年春当時、麻生首相は小泉内閣の総務相だった。ところが衆院予算委でこの点をただされた首相は『私は郵政民営化に賛成じゃなかった』とあっけらかんと答弁。民営化担当ではなかったかとの指摘には『反対だったので(担当を)外されていた。ぬれぎぬを着せられると、おれもはなはだ面白くない』とまで語ったのだ。
そこまで言うのなら、なぜ、当時、総務相を辞任するなどして体を張って反対しなかったのか。『私は反対だった』で済むと思っているとすれば、首相としてという以前に、政治家としてあまりに無責任だ。
思い起こしてみよう。確かに自民党には民営化反対の議員が多数いた。関連法はいったん参院本会議で否決。そこで当時の小泉純一郎首相は『民営化に賛成か反対かを国民に問いたい』と衆院を解散し、造反議員の自民党公認を認めず、『刺客候補』まで立てた。その結果、自民党は大勝し、公明党と合わせ3分の2を超える圧倒的多数の与党勢力を得た。麻生政権は今、その基盤に助けられてかろうじて維持されているのだ。まさか、それを忘れているのではなかろう。
首相は国営に戻すつもりはないようだ。だが、4社体制を見直すというのは、従来方針の根幹にかかわる話だ。ならば、早急に衆院を解散し、民意を問い直すのが筋である。支持率低下に苦しむ中、首相や自民党の一部には民営化で離反した全国郵便局長会をはじめ関係団体との関係修復を図るねらいもあるようだ。民営化に反対し自民党を離れた国民新党などとの連携も期待しているのかもしれない。だとすればなおさら総選挙で路線変更を問い直すべきだ。
首相にそんな覚悟があるとは思えない。国会答弁後、首相は記者団に対し、今度は「(見直し)内容には私がこうしろああしろという立場にない」と述べた。答弁は単なる一個人の感想とでもいうのだろうか。発言の重さをまるで理解していないと見るほかない」
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