京都の左京区の岡崎という場所に須賀神社はあります。
京都にたくさんある神社の中では、とても小さいですが中坊進二には思い出があるところです。
ここは、中坊進二が生まれた場所の近くにあります。
現在は、引っ越しをして他府県に住んでいますが小学生のときはここでよく遊んでいました。
それは、須賀神社の宮司さんの息子と同級生だったからです。
須賀神社の隣には中坊進二達が通学した小学校が今もあります。
京都にいるときに、一度本殿の後ろに入らせてもらいました。
とても広く子ども心に何か神聖な雰囲気があったことを覚えています。
懐かしくて、昔に戻ったような感覚がします。
その同級生も今は、立派な宮司になっています。
ここは、交通の神様がいて交通安全のお守りを買いにきました。
今回、ここに来るので調べてみたら縁結びの神様でした。縁結びのお守りも買いました。
岡崎は、近くに平安神宮や真如堂など有名な観光スポットがあるので歩くながら観光ができます。
その散策の中に、ここも含まれます。
今回、30年振りに訪れましたが昔と変わることがない境内でした。
同級生には、会うことはできませんでした。変わらずに、存在しているというのは今の時代には大変難しいことです。
しかし、変わらないからこそ思い出になるということもあります。
今回は、京都に来た中で一番のうれしいことでした。
次回は、いつになるかわかりませんが何年後かにまた、ここに来ることができるといいなと思っています。

 

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日本を代表する観光スポット、京都。そこにある金戒光明寺は通称くろ谷さんと呼ばれています。知恩院と並ぶ浄土宗の七大本山であり格式高いお寺です。金戒光明寺は新撰組にまつわる場所でもあります。昨今新撰組ファンが急増し、京都めぐりをする若い方も増えてきました。中坊進二が訪れたときも新撰組ファンらしき人が観光に訪れていました。ここは紅葉が有名で秋の風物詩である紅葉を鑑賞しながら静かに散策できる場所でもあります。京都観光のコースに入らないのでそれほど混雑することなく静かに過ごせる場所として中坊進二自身重宝しているスポットです。訪れる人といえば地元の方や新撰組ファンの方がほとんどではないでしょうか。山門近くには駐車場も完備されているので車でのアクセスしやすくなっています。紅葉だけでなく桜の時期もおすすめです。境内を散策しながら古都・京都をぞんぶんに味わうことができ、墓所にあるアフロ地蔵は必見です。一般的なお地蔵さんとは異なる、独特のヘアスタイルはまさにアフロです。さらに会津藩殉難者、会津藩士300名以上の墓所もあり手を合わせる方もいました。墓所という場所がら少し気が引けますがアフロ地蔵のインパクトの大きさに思わず中坊進二も写真を撮ってしまいました。金戒光明寺では11月になると紅葉のライトアップも行われ、昼間とは違った幻想的な雰囲気に包まれています。立派な佇まいの山門も見応えがあり、高台からの眺めも素晴らしいものがあります。天気が良ければあべのハルカスを見通すこともできます。
 

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中坊進二の京都ひとり旅で、春の時期に若王子神社を訪問したことがあります。桜が満開の時期に、哲学の道を散策した際に立ち寄ってみました。
神社は哲学の道のすぐ近くにあります。多くの外国人観光客が、神社の入口にある古い桜の木が満開に花を咲かせた姿を写真に収めていました。
熊野若王子神社は熊野神社、新熊野(いまくまの)神社と並び、京都三熊野と呼ばれている神社のひとつです。この神社は平安末期に熊野権現への信仰の篤い後白河法皇によって創建されました。後白河法皇が京都から往復一ヶ月以上かけて熊野(今の和歌山県)に熊野参りに出発する際に、この場所に立ち寄って身を清めたと伝えられています。この神社では縁結び・厄除け・開運・学業上達に御利益があるとされ、今でも多くの人の信仰を集めています。時々、神社で結婚式が執り行われることもあるそうです。
若王子神社の魅力は、境内に植えられている木々です。毎年春になると、入口や境内に植えられた大きな桜が満開に花を咲かせます。晩秋の時期になるとカエデやモミジが紅色に染まり、美しい秋の風景が楽しめます。境内には御神木として、樹齢400年のナギが祀られています。
境内の奥にある滝も魅力のひとつです。この滝は和歌山にある「那智の滝」を見立てたものです。
これまで中坊進二の京都旅で京都にある多くのお寺や神社を訪問してきましたが、この神社の桜は本当に美しかったです。
中坊進二のひとり旅で、次の目的地に向かって歩いて行きました。
 

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京都への旅で訪れるところの代表格は、清水寺や知恩院、そして二条城、金閣寺と銀閣寺といったところでしょうか。
修学旅行でもおなじみで、中坊進二も昔々で中学生のころにそれらを見学した記憶があります。
中でも、金閣寺と銀閣寺は対のような感じがあり、また対比的ということもあって鮮明な記憶として残っています。
その後、京都はご縁があって何度か訪問しているのですが、行く度に異なる印象となっているのは、歳を重ねてきているからでしょうか。
修学旅行のときは、金閣寺のきらびやかさが強烈で、歴史に登場する人物の栄華や豪放磊落さといったものをすぐ想像できました。まさに金色がその象徴でした。実は、そのときの中坊進二は、金銀という対のイメージからすると、銀閣寺も金と銀の違いこそあれ、きらびやかさはどちらも引けを足らないだろうと想像していたので、実際に目の当たりにしたとき、期待が裏切られたようで、がっかりした気持ちになりました。銀という感じは全くなく、むしろ灰色と茶色の建物という感じです。
ところが、それ以降、何度か京都を訪れるにつれて、銀閣の方が中坊進二の好みに合っているような気がしています。中坊進二の好みが銀閣にあってきたということなのでしょう。
質素、静寂であり、自己主張を抑え気味にしている、わびやさびの世界がそこにある、ということで、年配者になると、金閣よりも銀閣が自分のことのように思えるというような点もあるのではないでしょうか。
もちろん、人それぞれですから、一概には言い切れませんが、そんな感じがします。
 

京都大原の里にある寂光院は、平家物語ゆかりの尼寺です。 中坊進二が家族と訪れたのは数年前になりますが、大原の里は本当にのどかなで、「日本昔ばなし」に出てくる狐や狸に出会えるのではないかと思えるような所でした。その風景に溶け込んでひっそりとたたずむこのお寺は、三千院と並ぶ紅葉の名所です。秋の紅葉だけでなく、春には平家物語にも出てくる「汀の桜」が有名です。 歴史ファンの中坊進二にはとても興味深く、又ロマンを感じさせるお寺なのです。 秋に訪れると山門の石段脇の紅葉に魅了されますが、中坊進二はこの大原の何とも言えない静けさが好きです。 京都でありながらまるで「不思議の国のアリス」が兎を追いかけて迷い込んだワンダーランドのように思えるのでした。 平清盛の娘である建礼門院が菩提を弔うために尼僧となり、終生を寂光院で過ごしたという悲しい物語が、余計に女性達を惹きつけるような気がします。 又聖徳太子創建のお寺であるということも、魅力の一つになっているのかもしれません。 女性が一人たたずむ情景は三千院にも寂光院にも似合います。 外国人に人気の観光地でもある京都には、有名な名所や神社仏閣がたくさんあります。 そして何故か女性に纏わる悲しくも美しい歴史があり、誰もが心奪われるのです。 外国人が日本の歴史や文化に触れた時、日本人が想像する以上に感動してくれるのは喜ぶべきことではないでしょうか。 京都は、日本人にとっても外国人にとっても癒される古き都なのです。
世界遺産でもある下鴨神社は中坊進二が京都で女性が一人旅をするにはおすすめしたいスポットの1つです。中坊進二が下鴨神社に訪れたとき、まず最初に素敵だなと思ったのが朱塗りの鳥居です。白いさらさらとした敷地の砂に鳥居の朱色が映えていてとても素敵だなと思いました。楼門の近くには相生神社という縁結びで有名な神社があり、縁結びのお守りを買っていく女性が多くいました。他にも縁結びの絵馬もたくさん奉納してあったので、多くの人がここで縁を祈っていったのかと思うと、何だかそれだけでパワーが宿っている気がしました。 特に中坊進二が下鴨神社で楽しみにしていたのが糺の森です。道の左右にたくさんの木々が生い茂り、野鳥が多く生息する神聖な場所だということが伝わってきました。中坊進二は夏にこの場所を訪れたのですが、他の場所よりも涼しく感じられました。静かで厳かな雰囲気があるため、騒いでいる観光客など誰もいませんでした。京都の中でも特に慎み深い気持ちになるスポットだと感じました。 他にも奈良の小川という場所があり、この場所も訪れてみたかったところの1つでした。ここに来たかった理由は、中坊進二の趣味が百人一首であり、その和歌にこの場所が詠まれていたため、一度来てみたいと思っていたからです。この場所で平安時代には夏に禊が行われていたのかと思うと、時代を超えて禊の神聖で涼しげな景色が見えるような気がしました。 京都でも自然を感じられる神社であり、心を静めるのには最適な場所でした。
京都市左京区の岩倉に「実相院」という大変有名で人気のある寺院があります。1229年に藤原兼元の子供である静基僧正が、京都市北区の紫野に建立した天台宗寺門派の問責寺院です。その後に今出川付近に移転しましたが、応仁の乱を避けるために、岩倉に移転となりました。 実相院は、「床みどり」と「床もみじ」が大変有名で、中坊進二は紅葉シーズンに「床もみじ」を見に行きました。中坊進二は有名な京都の紅葉な観光地は網羅しましたが、実相院は友人に誘われて初めて知りました。 陽が降り注ぐ時間帯がお勧めと聞いたので、時間を見計らって11時半頃に行きました。見どころは、池泉遊式庭園と枯山水石庭、そして客殿内から見るもみじです。黒光りの板の間に庭の紅葉の赤い景色が映るのですが、それがまた大変美しい情景で、幻想的で癒されます。落葉したもみじのもみじじゅうたんになっている情景も大変美して息をのみます。 実相院の紅葉は、ライトアップもしていますので、中坊進二は昼も夜も行ってみたかったですが、今回は断念して必ずまた行こうと思っています。また、床みどりは写真撮影OKですが、床もみじは、観光客のマナーが悪くて撮影禁止となってしまい、写真が撮れなくて残念でした。 京都駅からバスが出ていたり、京阪電車で出町柳駅から市バスに乗るなど、アクセスは少々悪いですが、一度は行く価値のあるお勧めの寺院です。拝観料は500円でリーズナブルでした。 狩野派の画家が描いた襖絵があることでも有名なので、足を運ばれる際は、事前に調べて、ゆっくりと堪能しましょう。
京都の出町柳から叡山電鉄で一乗寺で下車し、住宅街を抜けた所に中坊進二の大好きな詩仙堂があります。この寺院は風雅な文化人であった石川丈山によって造営されたものです。 石川丈山は元々は家康に仕えた武将でしたが、33歳で隠遁し、朱子学と禅を収め、老年期に日々詩や書や作庭を楽しんだのが、この寺院です。 詩仙堂と言われるゆえんは、中国の漢晋唐宋の詩家三十六人の肖像を狩野探幽に描かせ、各詩人の頭上に詩を丈山自らが書き込み、それを部屋の四方の壁に掲げた詩仙の間を中心としているところから来ています。 詩仙堂の魅力は、何といっても庵のような詩仙の間や書院から眺める庭園でしょう。部屋の柱がまるで額縁のようで、そこに庭園の四季折々の美しさが切り取られ、まるで絵画の様に素晴らしい風景を眺められる事です。秋の紅葉は磨き上げられた縁側に、まるで鏡に映るように紅く染まる感じは、まさに目を見張る美しさです。 中坊進二は観光化されすぎた京都の有名な大寺院にはない、鄙びた感じと風雅な感じを楽しめるこのお寺が大好きで、四季折々、何度も通ったものです。 先の紅葉の季節の美しさは、感嘆の声を上げる美しさですが、中坊進二がこの詩仙堂で最高の感動を受けたのは冬の雪化粧をした庭の光景です。観光客も少なく、墨絵のような世界が、詩仙の間とマッチし、静寂の中に何とも言えぬ禅的な気分と感動を受け、華やかな美しさとは違った心和む気分を楽しむ事ができました。 京都観光のリピーターなら、大寺院にはない心和む雰囲気を楽しまれる事をお勧めします。
中坊進二は、京都が好きです。ひとりでも旅が出来るところというと、京都になります。交通アクセスも、よくわかっているので、訪ねやすいお寺がいくつかあります。 その中で、気に入っているのは、慈照寺銀閣です。京都旅行では、金閣寺と銀閣寺は、多くの人達が訪れます。きらびやかな金閣寺と比較をすると、慈照寺銀閣は、わびさびの世界に浸ることが出来ます。中坊進二は、そういった世界が好きなため、慈照寺は、折に触れて訪ねるようにしています。 中坊進二は、まずここで、代表する建物である、銀閣をじっくりと眺めます。茶人であった足利義政の好みが理解できるような気持がしてきます。ここでわびさびの世界に浸っていた、室町時代の武将に思いを寄せるようにしています。 さらに、向月台と呼ばれる、砂で固めた円錐形のオブジェも魅力があります。いつ訪れても、崩れたりしていないことが不思議です。どのように作られているのか、聞いてみたいことですが、いつも、定規をひいてきちんと製作されたような、砂で出来た建造物が存在しています。 そのまわりは、きれいに砂が掃き清められたような跡がついていて、これもいつも不思議だと思っています。よくこうきれいに跡が残ると感心しながら、じっくりと観賞をしています。 小高い丘になっている銀閣寺庭園から、京都の街を見下ろすことも出来ます。京都へ来たという感覚を味わえるのは、このあたりから街を見下ろしたときです。慈照寺はまた、訪れたいと思わせるような中坊進二のお気に入りのお寺です。
昨年の9月に近くを通りかかった折に、清水寺と地主神社を訪問してみました。中坊進二が愛媛県の中学校に通っていた頃、修学旅行で京都に来た際に清水寺を訪れたのは20年も前です。久々に訪れた清水寺は「奥の院」が改修工事中でしたが、本堂や地主神社は昔と同じ姿でした。ひとつだけ昔と違う点は外国人観光客で混雑していたことです。レンタル着物を利用して着物姿で寺を訪れるアジア系の外国人女性の姿を多く目にしました。 清水寺の舞台を見た後に地主神社も訪れてみました。久々に訪れてみたら、修学旅行生や若い人が多く参拝していました。若い人にとっては清水寺の舞台や千手観音像よりも神社に祀られている縁結びの神様の方に関心があるのかもしれません。狭い境内に多くの外国人観光客が押し寄せるため、縄文時代の遺構である「恋占いの石」をゆっくり眺めることもできませんでした。 中坊進二は外国語を話す観光客で混み合う本殿とは少し離れた所で、数人の着物姿の若い女性が奥の方にある「栗光稲荷」を参拝している姿を目にしました。慣れない歩き方から察するに観光客と思われる着物姿の若い女性が4~5人、1列に並んで1人ずつ順番に参拝をしていたのです。京都の神社仏閣を訪れる観光客の主な目的は参拝ではなく庭園や建物の見物です。ところが、地主神社については今でも信仰の対象とみなされていたのです。 中坊進二はこれまで京都の観光名所を訪れてきましたが、このように若い女性が列をつくって参拝をする姿を見たことがありません。神社を参拝していた人たちはアジア系の外国人観光客のように大声で話をすることなく、静かに自分の順番が来るのを待っていました。この姿を見た中坊進二は、外国人観光客で大混雑する清水寺の境内で本当の“日本”を感じました。