光と禿(MOOSIC LAB 2016)

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光と禿(MOOSIC LAB 2016)


「あヴぁんだんドキュ」の併映作ということで拝見。
病気の進行によって「光しか感じない」(明暗しか感じないという意味であろう)白い杖をついた少女と、禿げた売れない中年ミュージシャンの偶然の出会いと恋を描いた作品である。なおタイトルは「光と影」に引っ掛けていると思われるが案外気づかない人がいるのかな。
中年ミュージシャンを演じるクリトリック・リスは役者としての明らかな資質を示す。彼の演技には小劇場出身者や映像中心に活動する役者に共通する弱点があるのだが、時間とともに解決することを期待するに十分なものが、この映画においてすでに示されている。
少女を演じた岸井ゆきのは、出会いからまもなくミュージシャンとベンチで語り合うシーンではまばたきするところを見せるためまるで視覚障害がない少女のように感じられる瞬間さえあるのだが、映画後半では終始寄り目にしてみせることで視覚障害者であることをはっきりと示しているように思えるので、これは演技上の計算なのかもしれない。病気によって視覚障害が進行したことを示しているのか、それとも、映画の最初のところではこの少女が視覚障害はあるけれどもあくまで普通の少女であることを観客に示そうとしたのかなどと、いろいろなことを考えさせられた。
視覚障害者の方たちの関連する施設に赴き取材したことの成果はそこここに認められるが、飲食店で座席に座るときに杖を分解する仕草には驚かされた、こういうことを視覚障害の方がされるのを筆者は知らなかったからである。
「シラノ・ド・ベルジュラック」やチャップリンの「街の灯」を思わせるところのあるストーリーだが、さらに本編は、視力障害があるがゆえにこそさまざまなものが見えてしまう、意地悪に思えるほどに純粋な、容赦ない少女が大人の嘘を許し、自ら大人になってゆくのを描く映画でもあるのだ。
とくに名を挙げないが、脇役にいたるまでのほかの役者たちもみなそろって好演である。役者一人ひとりの演技力はもちろんのことながら、すみずみまで気を配った脚本の力であり、また、キャスティング担当者の功績であろう。

なお、この文章はじめの、クリトリック・リスの演技に関しての記述に関して、なにが彼の演技の弱点なのかわからない観客には、この映画を1000回みることをお勧めする。それを実行されるなら、こんな嫌味な文章を打ち捨てて、役者の演技に対して観客みずからなりの評価が出来るようになるというものである。そういった観客のためにも、筆者は、この小傑作があらゆる場所で繰り返し上映されることを、祈って止まない。
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あヴぁんだんドキュ(MOOSIC LAB 2016)


タイトルと出演者の顔ぶれから錯覚してしまうが、この映画はアイドルグループ「あヴぁんだんど」のドキュメンタリーとしてではなく、あくまで監督その人のドキュメンタリーとして受け止められるべき作品である。すなわち、この映画が「あヴぁんだんど」のドキュメンタリーとして十全に機能していないことを指摘するのは見当違いである。この映画の監督は、他者を対象とするドキュメンタリー作家たるにはあまりに純情かつグループに対する立場の弱い人間であったようだ。

さておき、あヴぁんだんどに関して見ていくと、ごく短い期間のうちにヲタクの顔ぶれが変わっていったことを捉えているのを別にするなら、この映画の最大の功績は、新宿ピットインでのコラボ・ライブにおけるメンバーの絶叫を観客に見せてくれたことだろう。「お前のせいでこうなった!ふざけんなよ!」、監督が出来なかったことを、映画においては登場人物に過ぎないメンバーが行ったのだと筆者は感じた。

なお、エンディングの音楽の扱いには不満をおぼえる。あヴぁんだんどは自らを助くるグループであり、けっして音楽の神様、デウス・エクス・マキナによって救われるべきグループではないからだ。誤解に備えて述べておくなら、この曲「ヴぁんでぃっつ!!!」そのものやこの曲の作曲者に向けてではなく、あくまで曲の扱いに対しての不満であることを強調しておく。

不満をもうひとつ述べるなら、新メンバーが参加した後のライブで、渋谷ミルキーウェイにおいて開催されたメンバー生誕の模様が映像に映し出されている、そのときに生誕を祝われる立場のメンバーが身にまとっている衣装の作者の名前がクレジットに記されていないのは納得できない。ヴぁヲタへの感謝を示すクレジットで代えたつもりかもしれないが、ならば監督自身も名を名乗るべきではない、みずからのクレジットを「監督: ヴぁヲタその一」とでもしておくべきだ。ものを作るひとへの尊敬を示さない人間は、みずからが作品を創作・発表するにあたって他人から尊敬されなくてもなんの文句も唱えることは出来ないと筆者は考える。

ともあれ、音源すら発表されていない新宿ピットインでの凄惨なコラボ・ライブの記録を残したことは、この映画「あヴぁんだんドキュ」の最高の成果である。この点に関しては、筆者はこの映画を絶賛するものである。
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あヴぁんだんど 2016.08.21 @ BASEMENT MONSTER 王子(ラストクエスチョン主催「ホントは夏フェス焼けしたかった!」)



セットリスト:
1. Feedback Friday
2. あヴぁんだんど
3. さいごのクリスマス
4. 点滅ばいばい
5. オンナノコヤマイ
6. 文鳥
7. ヴぁんでぃっつ!!!


BASEMENT MONSTER 王子ははじめての会場です。近くには小劇場演劇の世界では有名な「王子小劇場」がありますね。
さて、地下二階に下りると、場内はかなり広いです。イメージとしては新高円寺のUFOクラブを数倍広く、ずっと明るくした感じといえばいいか。ステージも間口三間、奥行き二間と広く、ステージ前に幅一間、長さ二間ほどの、のちにメンバ-が「花道」と称するところのエプロンステージが伸びています。天井は円蓋になっていて、大きめのミラーボールが下がっています。

SEが大きくなり、静寂が。ピチカートのSE、「ヴぁー!」メンバー登場。おもえばあヴぁんだんどのライブは二週間ぶりです。白のポロシャツにヒモタイ、ジャンパースカートの高校制服風の衣装は相変わらず、バッジをつけてアレンジしています。「こんにちは!」と出てきたべにさんはお下げツインテール、ゴムで留めています。夏季さんは右側にヒマワリのパッチン留めとリボン、黒髪。こたおさんは何もつけていないようにいっけん見えましたが左側にごく小さな三つ編み、メンバーカラーの緑の小さなチャームを根元に付けています。
べにさん「おーい!」、夏季さん「花道があるよー!」

べにさん「一曲目はこの曲です!、始まった一曲目は「Feedback Friday」、こたおさん「い・く・よー!」、ヲタク氏がタイミングよく差し上げるMIXを記したカンペを差し上げ、それに同調するかのようにイントロで客前に出る夏季さん。
メンバー、なんとなく日焼けしたように感じますが、関西の日差しが強かったのかな、と思いながらも、日焼けしたのではなくて遠征がメンバーの結びつきを強め、三人がグループとして確たるものになったので、大人っぽくなったからそう見えるのだと結論いたしました。
マイクはワイヤレス。花道に出て歌うべにさん。こたおさんがべにさんを踏みつけにするシーンも花道で。ラスト前「みんなで、一緒に!行くよー!」とべにさん。

すぐに始まる二曲目は「あヴぁんだんど」、イントロで「ラストまで盛り上がっていくぞー!」と叫ぶべにさん。
べにさん、花道に突進します。その花道が邪魔になってこの曲ならではのサークルモッシュは出来ず、観客はそれぞれの立ち位置でクルクルと回ります。

「うさべにです!」「夏季です!」「こたおです!」「わたしたち、見捨てられたアイドル、あヴぁんだんど、です!」
夏フェス出たかったとこたおさん、トーキョーなんとかフェスにも出たかったとべにさん。
こたおさんが8月31日に出るCDの紹介を始めると「花道で!」とべにさん、花道に出たこたおさんはランウェイを歩むモデルのように堂々と振舞い、観客を圧倒します。
こたおさんに続いて、なんと夏季さんがみずから花道に。当日が初日である映画「あヴぁんだんドキュ」の説明をしっかりと行います。最近の彼女はとても積極的になりました。以前の消極的な様子からすると見違えるよう。

べにさん「次の曲は、この季節には真逆の曲です…聞いてください」
三曲目「さいごのクリスマス」、神楽坂トラッシュ・アップが懐かしくなりますね。花道でソロを取るこたおさん。引き続いてステージでソロを取る夏季さん、ところがマイクがオフになってしまっていたのをすばやく見てとって自分のマイクを渡すべにさん、いぜんの同様の状況での東雲好さんの振る舞いを思い出しますがマイクを渡される側だったべにさんがマイクを渡す側になったことに感慨を覚えます。引き続いてべにさんのソロ、夏季さんから自分のマイクを受け取って。さらなる夏季さんのソロはふたたびべにさんのマイクで。
曲中のしゃべり「パンはパンでも食べられないパンは?」と夏季さん、客席フロアから夏季さんに代わりのマイクを差し出すスタッフ、ステージから見えるようにと高く掲げられたマイクがサイリウムに紛れるのがおかしい。
べにさん「みんなも一緒に!」、ベイビベイビ、の、手をひらひらする振りあたり。汗だくのべにさん。

ギターのイントロ、べにさん「次の聞いてください、点滅ばいばい」、四曲目は「点滅ばいばい」。
今日のあヴぁんだんどのステージは遠征前とどこかが違っています。遠征を経て、グループが一つになったいま、新たなあヴぁんだんどが始まるのだ、という感触があります。そんな彼女たちにとっては以前のあヴぁんだんどを扱ったドキュメンタリーはもはや過去のものなのかもしれません。べにさんが「見捨てられて」を笑顔で歌うのも、そんな過去を笑って眺められるようになったことからくる表現なのかもしれません。
こたおさんが歌う「見捨てられて」、彼女はこの曲が発表された当時には在籍していなかったのですが、オリジナルメンバーではない彼女がこの一節を感情移入して歌う表情の切実さに、はっとさせられます。どんな素晴らしいカバーもオリジナルの迫力にはかなわないといわれますが、この曲のパフォーマンスにおいて、こたおさんはわれわれ以前からの観客に対しても、新たなるオリジナルを提示してくれているとさえ言えるのかもしれません。
夏季さんのソロを拍手で支える観客、今日はヴぁヲタの数が極端に少なく不安に思っていたところ、他グループのファンが自主的に参加して支えてくれた模様です。拍手の不ぞろいなことが彼らの自発性そして誠実さを証立てているかのよう、そんな反応を引き出した夏季さんも素晴らしい。
なお、当日のヴぁヲタの少なさは、他のグループの重要なライブ、そしてなにより「あヴぁんだんドキュ」の第一回上映そのものと被ったのが原因と思われますが、映画のプレミアと被るというあり得ないブッキングはライブを新運営が入れたところへ旧運営のブッキングした映画のスケジュールが放り込まれてきたことによるのだそうです。なんと言ってよいか。

べにさん「ありがとうございます!」
夏季さん「そして続いての曲は…」、ミスりながらも立派にアナウンスする夏季さん、身体を揺らしながらの余裕を見せつつ。「…では聞いてください、オンナノコヤマイ」
五曲目「オンナノコヤマイ」、花道でヴァースを歌う夏季さんの積極性が嬉しい。イントロでアナウンスするこたおさん。

今日のあヴぁんだんどに遠征まえと異なる印象を受けるのは、すべての曲を担当する宇佐蔵べに嬢の振り付けが大きな会場を前提としていることを、観客に対して明らかにしているのが一因と思いました。
アンダーグラウンドにとどまらず上を目指す彼女たちの真摯さが、地下アイドル(あえてこの語を用いますが)にありがちな観客と演者の馴れ合いは大きな会場においては通用しない、という冷厳な事実と呼応あるいは共鳴するのでしょうね。振り付けの意図がこちらに伝わってくるのには、会場の広さが助けになっている部分もたしかに有るのですが。

イントロ、べにさん「次の曲、聞いてください、文鳥」
6曲目「文鳥」、エアギターのべにさんと夏季さんの背後で一瞬エアドラムスを演じるこたおさん。ガチ恋MIXは唱えられなくなったようですが古参の方がいらっしゃらなかったのが原因でしょうね。喜怒哀楽の振り。

べにさん「最後の曲です!今日はありがとうございました!」、こたおさん「ヴぁんでぃっつ!!!」
7曲目「ヴぁんでぃっつ!!!」は「オンナノコヤマイ」と同じくつるうちはなさんの曲。あヴぁんだんどにとっての最新曲であるこの曲でも、振り付けにあたって大きな空間を前提としていることが明示されます。
べにさん、夏季さん、こたおさん、三人が次々と花道でソロをとります。
ステージに戻ったべにさん、ホリゾントに向かって上履きを足を振って投げ脱ぎ。

ライブ終了、「上履き、最後のへんで、ポッと」と先ほど脱いだ上履きを探すべにさん、片方がホリゾントぎりぎりにあったため探すのに手間取ったようすでした。
ふたたび映画の紹介、「以上わたしたち、見捨てられたアイドル、あヴぁんだんどでした!ありがとうございました!」、数少ないヲタクさんが協調して「やっぱ、あヴぁんだんど、だなー!」「だなー!」

ヴぁヲタの数はごく少数でしたが、他アイドルのヲタク諸氏からも共感を引き出した、関西遠征帰りのあヴぁんだんどのライブの模様でした。

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