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1.はじめに
『法律のひろば』2016年5月号に、精神障害と生命保険会社の保険金支払いに関する自殺免責条項について争われた裁判例(仙台地裁平成25年4月17日判決)が掲載されていました。



2.事案の概要
(1)保険契約の内容

Xは電器機器の販売を業とする株式会社であり、AはXの代表取締役社長であるBの長男である。ⅩはY生命保険会社との間で、平成18年8月1日に被保険者をAとし、死亡保険金合計が5000万円とする生命保険契約を締結した。

本件の保険約款には、「責任開始期からその日を含めて3年以内の被保険者の自殺の場合には、死亡保険金を支払わない」という趣旨の自殺免責条項が置かれていた。

(2)Aの自殺の経緯
Aは大学卒業後の平成13年、Bの仕事を手伝うため帰郷し、Ⅹに入社した。Aは入社後も明るく仕事に邁進し、無職で困窮している友人をXに入社させるなど、社交的に仕事を行っていた。

しかし、平成20年3月25日未明、BC(CはBの妻)宅に電話をかけ、「お母さん苦しいよ、僕バンビになっちゃった、助けて」などと訴えたため、BがA宅に駆け付けたところ、Aは「たばこの吸い方を忘れた」といい、たばこを吸うことすらできない状況であった。

Aは同日、DクリニックのE医師を受診し、「適用障害による抑うつ状態」と診断された。Aは受診時、取引先担当者との間のやり取りでストレスを感じていたこと、飲酒量が増え、体重が1年で10kg減少し、消えてしまいたい気持ち(希死念慮)になることを訴えていた。E医師はAに対して自宅療養と服薬、週1回の通院を指示した。

AはDクリニックに通院し、消えてしまいたい気持ちを訴え、平成20年7月からはXを休職した。

Aは平成20年9月29日、F病院を受診し、自律神経失調症、アルコール依存症、適応障害と診断され、同年10月から同年12月まで入院した。

平成21年5月25日ごろ、AはBらに「眠れない。症状がひどくなった。入院したい。」と話すようになったので、Bは再びDクリニックを受診させた。

そしてDクリニックのE医師の診察の際はAは「うつがひどくなった。平成21年4月から別の仕事についたがうつがひどくなり1週間でやめた。ここ1か月ほど不眠が続いている。」と訴えた。E医師はF病院への入院を勧めたがAは同意しなかったので、Dクリニックでの投薬と通院の治療を行うこととした。

平成21年6月15日、Aは自宅の洗面台の洗濯バーにネクタイを2本架け、縊死した。Aの遺書はなく、Aの居間リビング・寝室などの電気はついたままであり、読みかけの単行本もそのままであった。浴槽にも湯がはってある状態だった。

Xは、本件Aの自殺は、Aが自由な意思決定をすることができない精神障害中の自殺であり、保険約款の自殺免責条項の定める自殺には該当しないとして保険金の請求をY保険会社に求める訴訟を提起したのが本件である。

3.判旨(仙台地裁平成25年4月17日判決)
『一般に自殺の多くがうつ病等何らかの精神障害に起因しているといわれていることに照らすと、抑うつ状態という精神障害に起因した自殺のすべてが本件自殺免責規定にいう自殺に該当しないと解するのは相当でなく、精神障害の程度といった医学的判断に加え、①うつ病罹患前の本人の本来の性格・人格、②自殺行為に至るまでの本人の言動および精神状態、③自殺行為の態様、④他の動機の可能性等の事情を総合的に考量し、うつ病が本人の自由な意思決定を喪失ないし著しく減弱させた結果、自殺におよんだものと認められることが必要である。』

『Aは中等程度のうつ状態であったものと認める余地がある。』

『本件自殺の態様は、浴室内のバーにネクタイを架けて縊死するという殊更に事前の計画や準備が必要でない態様であり、(略)日常生活の営みのなかで突然に自殺におよんでいることが疑われ、突発的・発作的な自殺であった可能性が否定できないこと、本件自殺に関してAの遺書は残されておらず、(略)自殺のきっかけとなるような他の動機の存否が不明であること』から、裁判所は本件自殺にAの精神障害が相当程度影響していると認定しています。

一方、判決は、『Aは自ら入院を希望するほど自覚症状が重いと認識している状況下にあっても、入院させてほしい等と家族に連絡をとるといった合理的な行動をとり、最終受診時も落ち着いて会話に応じるなどコミュニケーションはとれており、態度や行動も普通であり、幻覚や幻聴等は認められない

『Aが精神障害のため自由な意思決定能力が喪失または著しく減退した結果、本件自殺におよんだものと認めることはできない』として、結論としてXの請求を棄却しました。

4.判決の検討・解説
(1)保険法上の自殺

保険法は保険会社が保険金支払いを免責される事項をいくつか規定していますが、同51条1号は、被保険者が自殺をした場合を規定しています。(旧・商法680条1項1号)

この趣旨は、保険契約が射幸契約であるところ、その性質上要請される信義誠実の原則に反することや、被保険者が保険金受取人に保険金を取得させるために生命保険が不正な目的に利用されることを防止することのほか、生命保険が自殺を促進するという社会的非難を回避することにあるとされています(大森忠夫『保険法[補訂版]』291頁)。

保険法

(保険者の免責)
第五十一条  死亡保険契約の保険者は、次に掲げる場合には、保険給付を行う責任を負わない。ただし、第三号に掲げる場合には、被保険者を故意に死亡させた保険金受取人以外の保険金受取人に対する責任については、この限りでない。
 被保険者が自殺をしたとき。
(後略)


そして、各保険会社の普通保険約款は、保険契約締結後2年または3年を免責期間とし、それ以降の自殺に対しては保険金を支払うとしています。

たとえば、第一生命の5年ごと配当付終身保険普通保険約款の第2条は、つぎのように「支払事由に該当しても保険金を支払わない場合(免責事由)」の一つとして、「(1)責任開始期の属する日からその日を含めて3年以内の自殺」を規定しています。


(第一生命サイトより)

これは、2年、3年後の自殺を意図して生命保険に加入する者は少なく、その意思を2年、3年と持続する者はもっと少なく、生命保険の不正利用の危険は少ないであろうと考えられるからです。(山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法[第3版補訂版]』298頁)

そして、「自殺」とは、被保険者が故意に自己の生命を絶ち死亡の結果を生じさせることとされています。そのため、精神障害中に死亡した場合は、自殺免責規定にいう自殺にあたらないとされています。それは被保険者が自由な意思決定に基づきなされた行為による自殺とはいえないからです。
(判例・通説。大判大正5年2月12日、大阪高裁昭和54年12月20日など。山下友信『保険法』468頁、大森・前掲291頁、西島梅治『保険法[第3版]』360頁、遠山聡「自殺の意義」『保険法判例百選』164頁)

(2)精神障害中の自殺の判断基準
ここで、精神障害中の自殺とそうでない自殺とを判別する基準が問題となります。この点、死亡の現場の状況(ガス栓の全開、入り口ドアのロック。ピストルなどの使用状況等)、死亡の手段・方法、遺書の存在、身辺の整理など覚悟のうえの自殺であることを示す典型的な証拠があれば自殺と推定されるとされています(西島・前掲361頁)。

また、本判決が取っているような、精神障害中の自殺の判断枠組みについては、平成13年7月30日判決の示したつぎのような基準を、その後の多くの裁判例が参考にしているとされています。
(長谷川仁彦「精神障害(うつ病)による自殺と保険者免責」『保険学雑誌』616号、勝野義人「精神障害中の自殺とは認められないとして保険者の免責が認められた事例」『法律のひろば』2016年5月号64頁)

(1)医学的知見
  ①精神障害の程度
(2)法律的判断事項
  ②うつ病罹患前の被保険者の本来の性格・人格
  ③自殺行為に至るまでの被保険者の言動および精神状態
  ④自殺行為の態様
  ⑤他の動機の可能性
(長谷川仁彦「精神障害(うつ病)による自殺と保険者免責」『保険学雑誌』616号より)


これによると、まず、「(1)①」精神障害の程度、については、本判決は「Aは中等程度のうつ状態であった」と認定しています。この点、大分地裁平成17年9月8日判決(判例時報1935号158頁)は躁鬱病の患者のうつ状態が中程度であった事例において、精神障害中の自殺と認定したものがあります。つまり「中等程度のうつ状態」とは一般人が文言から受ける感覚よりも重篤な状態です。

また、「(2)②」についてみると、Aは平成13年のX入社前および入社当初は明るく社交的な性格であったところ、平成20年には適応障害、自律神経失調症などと病院から診断され、「消えてしまいたい気持ち」(希死念慮)を周囲に訴える状態であり、これは大きな変化であり、精神障害の大きさがうかがわれます。

「(2)③」については、本判決は本件被保険者が家族や医師と正常なコミュニケーションをとっていることを認定しています。

その一方で、本件では遺書が用意されておらず、A宅のリビングなどの状況も日常生活のまま発作的・突発的に自殺が行われたことが判決で認定されています。

適応障害、そしてそれが悪化したうつ状態・うつ病においては、悪化時あるいは回復時に発作的に自殺が発生することはよく知られています。この点、東京地裁昭和28年11月27日判決(鴻常夫「発作的精神障害中の動作に起因する死亡」『生命保険判例百選(増補版)』148頁)のように、発作的・突発的な自殺を精神障害中の自殺と認定した裁判例も存在します。

「(2)④」については、自殺に対して事前準備をしていたか否かがポイントになるとされています。つまり、例えば練炭による一酸化炭素中毒による自殺など、準備をした自殺は本人の自由な意思決定が推測できるとします。(西島・前掲361頁)

一方、飛び降り、飛び込みなどは準備が不要なので、自由な意思決定が推測されないとされています。本件はネクタイ2つを浴室のバーにくくったとのことで、準備をしていない類型にあたると思われます。

なお、これは「(1)①」の「精神障害の程度」に関する部分だと思われますが、本判決は、「幻覚や幻聴等は認められない」としてAは精神障害中でなかったと判断しています。

ところで、本件のAの病歴をみると、適応障害と診断され、その後、自律神経失調症、アルコール依存症、適応障害の3つに診断されているようです。また本判決ではAのうつ状態は中程度と認定されています。

適応障害は職場環境などに不適応を生じ抑うつを感じるもので、うつ病ほど深刻な状態でないとされています。(『ホーム・メディカ 新版 家庭医学大事典』1023頁)

また、自律神経失調症は原因が不明ながら身体のさまざまな個所に症状が現れる疾患であり、精神面の疾患が身体に現れているものとされます。

そのため、Aの疾病は、適応障害が中程度のうつ状態にまで悪化した状態(いわゆるうつ病)とアルコール依存症の合併症でなかったかと思われます。

この点、「幻覚・幻聴」は適応障害やうつ病などではなく、統合失調症に典型的にあらわれる病状です。(『ホーム・メディカ 新版 家庭医学大事典』1007頁)

世界保健機関 (WHO)が、死因や疾病の国際的な統計基準として作成・公表している、「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」(ICD)の最新版である、ICD-10という分類があります。保険会社の保険金・給付金支払査定の担当者も業務においてしばしば利用しているものです。

そのICD-10においては、統合失調症は、F20-F29に分類され、うつ病の属する気分障害は、F30-F39に分類されており、両者は別の疾病とされています。

したがって、本判決が、「幻覚や幻聴等は認められない」からAは精神障害中でなかったと判示したことは、起きる可能性のほとんどない症状が起きていないことをもってAが精神障害中でなかったと言うに等しく、問題があると思われます。

5.まとめ
本判決は、うえでみたように、精神障害中の自殺か、そうでないかが微妙な事例であると思われます。裁判の審理の経緯は不明ですが、もし保険金受取人のX側が法廷に参考人として精神科医を招致して参考意見を述べてもらったり、あるいは意見書などを書いてもらい証拠として法廷に提出したら、判決の結論は変わっていたのではないかと思いました。

■参考文献
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法[第3版補訂版]』298頁
・山下友信『保険法』468頁
・大森忠夫『保険法[増補版]』291頁
・西島梅治『保険法[第3版]』360頁
・長谷川仁彦「精神障害(うつ病)による自殺と保険者免責」『保険学雑誌』616号(平成24年3月号)
・遠山聡「自殺の意義」『保険法判例百選』164頁
・鴻常夫「発作的精神障害中の動作に起因する死亡」『生命保険判例百選(増補版)』148頁
・勝野義人「精神障害中の自殺とは認められないとして保険者の免責が認められた事例」『法律のひろば』2016年5月号64頁
・『ホーム・メディカ 新版 家庭医学大事典』1007頁、1023頁

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