2011-08-30 22:52:12

Vol.112 吾輩の猫である。番外編“バンコクで逢いましょう”その3

テーマ:ブログ
バンコクで逢いましょう 3

$吾輩の猫である-royal


バンコクのホテル住まいとセンチメンタリズム

 かなりの間、このブログの更新をさぼってしまった。あの大震災の後、なんだか文章を書くのが嫌になったこともあったが、Facebookの面白さにかまけてアメブロをさぼってしまったというのが本音かもしれない。Facebook、やばいです…
 さて、大震災後、僕はバンコクを4月と6月の2回にわたって訪れた。この時期のバンコクはかなり暑く、雨季でもあることから天候状態は極めてワイルドな様相となる。バケツというよりもバスタブをひっくり返したようなスコールが降り、大型の撮影用ストロボを1,000台同時に炊いたような稲妻が走り、だけどそんなショータイムはだいたいが30分ほどで終わる。そしてグラグラと煮立った太陽が再びひょっこりと顔を出す。
 僕は、バンコクという都市が、この南国特有のワイルドな自然をしっかりと感じさせてくれるところが好きだ。繁華街の人込みを歩いていても、タクシーに乗っていても、大きなショッピングモールの中にいても、そこが南国であることをバンコクは主張しているような気がする。この感覚は、もちろんホテルで過ごしている時も同じだ。僕はバンコク滞在中、ほとんどの場合をコンドミニアム(アパートメントハウス)に宿泊する。コンドミニアムは、機能も規模もホテルとあまり変わらないのだが、部屋のアメニティの種類が限定されていたり、最上階にバーラウンジがなかったりと、ホテルに比べてホスピタリティの“量”が少ない。そして、長期滞在に適した安価な料金設定が、ホテルとは大きく異なるところなのである。日本の都心のホテルでいうところの“スイートルーム”の広さと仕様で1泊6~7,000円は、コンドミニアムならではだろう。
 人にもよるだろうが、僕の場合、宿泊3日目くらいから、そこが自分の家のような感覚になってくる。着替えをクローゼットの決まった場所にしまい、歯ブラシの置き場所を決め、机の上のメモ用紙に走り書きが溜まっていく。部屋のバルコニーから見える景色にも慣れてきて、「アユタヤの方は雨だな」なんてのん気なことも頭に浮かんだりする。そして仕事の合間に要領よく時間を作り、部屋で昼寝をむさぼっていると、どんなPAシステムよりもすごい雷鳴に目を覚ますことがある。そんな場合は寝ぼけていることが多く、目を覚ました部屋が自分の家ではないことに少し不安を感じる。
 バンコクに出かけると、自分が生きているということ、そしていつかは死ぬということを、不思議に考えてしまう。それは多分、この国の人たちが信仰に厚いからだと思う。この感覚はローマに長く滞在した時も同じだった。僕の中に希薄な“信仰”という観念を、その国の何かがセンチメンタリズムに置き換えようとするのだ。バンコクでのホテル住まいは、僕を解放してくれる代わりに、ホテルの部屋で独りになった僕に様々なことをインストールする。灼熱の太陽も、ワイルドなスコールも、破壊的な雷鳴も、宝石やお金だって、この国のすべては人の生と死につながっているような気がする。

※次回はホテルで自炊編の予定です

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2011-03-25 00:23:32

Vol.111 吾輩の猫である。億ションの谷間で思ったこと

テーマ:ブログ
その揺れは、明らかに不気味だと感じるものだった

 あの地震の時、僕は東京・青山の事務所で仕事をしていた。某エアラインのタイムテーブルの校了が迫っていて、暇が続いていた最近には珍しく電話やメールのやり取りに追われていたのだ。最初の大きな揺れがあったのは、ちょうど入稿のための最終チェックが終わろうとしていた頃だった。振幅の大きな横揺れが、デスクの上に載っている写真立てやらペン立てを倒した。僕は直観的に、本当に直観的に「来たな!」と思った。都内で仕事をして横浜に住まいを持つという暮らしをしていると、地震は決して珍しいものではない。むしろ慣れっこになってしまっているのだが、この時の揺れにはとても悪意に満ちた強力な意思のようなもを感じた。
 僕のデスクの前は明りとりのガラス窓となっているのだが、そこから見える生垣も街灯も何もかもがゆらゆらと揺れていた。電線も縄跳びの縄のようにたわみ、ガラス窓も強い揺れに耐えるようにきしんでいた。ただ、事務所の中はそれほど揺れているような感じがなかった。だから、不思議なくらいに恐怖感を感じなかったが、事務所の外に見える光景には「ただ事ではない」ものを感じたのは確かだ。誰かが「外へ出ろ!」と叫んだ。事務所にいたスタッフはその声に従うようにしてビルの外へ出た。でも僕は、外へ出るのを躊躇した。外へ出ることによって、この気持ち悪い地震と対峙することが怖かった。一人で事務所の中で残っていると、次の揺れがやってきた。一瞬、ほんの一瞬だが照明が瞬くように消えて点いた。ラジオからは、早くも東北地方で震度8近い地震があったことがアナウンスされていた。僕は我に返って妻に電話してみるが、もちろんつながるわけがなかった。まだ余震は続いていたが、大きな揺れがなくなってきたので、僕は事務所の外へ出てみた。余震のたびに、駐車場に停めてある大きなベンツが、安っぽい遊園地のアトラクションみいたいに揺れていた。上空にはヘリコプターが飛び、少し離れた青山通りにはヒステリックなサイレンの音が行き交う。東京は震度5強。多分、生まれて初めて体感した規模の地震だった。


他の場所にいる人とつながることが、
大きな安心につながる。


 この地震では、事務所にいたこともあって、災害時におけるいろいろな通信手段を試すことができた。携帯電話と固定電話は不通。これは普段から言われていた通りでもある。しかし、試しにWi-Fi経由でインターネットにアクセスさせたiPhoneのSkypeをサインインしたままにしておいてみたところ、ほぼ通常通りに通信することができた。また、Viberも威力を発揮。相手が3G回線だとしてもかなり確実にアクセスすることができた。
 海外の取引先や海外に住む知人・友人からも、地震後、そう時間が経たないうちから頻繁にコンタクトがあった。このような時に、自分とは異なった境遇にいる人とつながることができると、とても大きな安心を得られることが分かった。どの人も、世界を駆け巡ったニュースを見たり聞いたりして、すぐに連絡してきてくれたわけだが、改めて情報のスピードの速さに感心させられた。誰かがどこかで操作しなければ、やはり情報は世界中を光のように駆け巡っているのである。(香港のクライアント)「東京は大丈夫なのか?」(僕)「僕は大丈夫だけど東京タワーが少し曲がったみたい」(香港のクライアント)「マジで?曲がる前に登っておけばよかった」みたいなゆるい会話をしていると、切迫していた気持ちも少し楽になる。いつも通り暮らしている人たちとつながっているんだ!と思えることで何かとモチベーションが上がる。
 そうこうしているうちに、また少し強い揺れが起こった。僕の事務所はちょうど億ション群の谷間に建つような小さなビルに入っているのだが、そんな周りの億ションの地震に対する免震性を目のあたりにした。それらの億ションは、まるで地震の揺れに同期するように、揺れるというよりも地面の上を滑らかに行ったり来たりしているような感じ。奢ったような表現をすれば、テンパっても優雅。
 さて、当然のように帰宅難民となった僕は、翌朝まで同じ境遇の知人たちと少しお酒を飲みながら過ごした。家には帰りたかったが、家人が無事だとわかれば無理をして帰る必要もない。これも他の場所にいる人とつながったことで、安心できたからかもしれない。
 今回の地震で被災された方々には、心からお見舞いを申し上げたい。
2011-03-07 03:54:29

Vol.110 吾輩の猫である。番外編“バンコクで逢いましょう”その2

テーマ:ブログ
吾輩の猫である-LEXAS


亜熱帯のカーライフ

 昨年末に国際運転免許を久々に取得した。海外に出かけた時には、仕事中はたいがい誰かがクルマを運転してくれるし、フリーの時間はたいがいお酒を飲んでいるので、あまり国際運転免許の必要を感じなかった。ただバンコクでは、最初に訪れた時からちょっと運転してみたいな、と思っていた。それは多分、日本や英国と同じようにクルマは左側通行。走っている車種も、日本でおなじみのトヨタやベンツやBMWといった定番ばかりだからかもしれない。そこで今回は、現地のコーディネーターにクルマを借りて、実際にバンコクの街や郊外を自分の運転で走ってみた。
 ご存知の方も多いと思うが、バンコクは重度の交通渋滞で有名だ。近年は少しましになってきたとはいえ、週末の中心地は片側3車線道路がほぼ“駐車場”のような状態になる。5~6kmの距離の移動に軽く1時間を費やすのもざら。その理由にはいくつかあると思うのだが、まず交通量がインフラのキャパシティを超えていることが一つ。さらに市中のメインの交差点に道路の合流個所や鉄道の踏切が集中していることが一つ。そして、バンコクの人たちはあまり歩きたがらないというのが一つ。タクシーの料金も安いが、日本円にして数十円の料金から利用できるバイクタクシーは、完全に庶民の足代わりになっている。だから歩かない。ほんとに…。そんなこんなでクルマやバイクがあふれる市中を運転してみた。
 とりあえずは午前中の道路が空いている時間帯を走ってみたが、第一印象としては、全体的に運転がのんびりしている。テンションが低いというのかなぁ。メリハリがないと言ったほうがいいのかなぁ。ビッと走ってキュッと止まるのではなくて、多くのクルマがだらだらと流しているような感じ。タイの人は運転が荒いと聞いていたが、僕はむしろ“ゆるい”と感じた。きっとこれも渋滞の原因の一つなのだと思う。とにかく日本の市中で運転することが多い人は、多分じれったいと感じるのではないだろうか。高速道路も走ったが、キックダウンして前の車を追い越して、さらに前を走る車に追いつきそうになったらエンジンブレーキを使う。そんな運転をしていると助手席に乗っているタイ人に「クルマが壊れちゃうよ」なんて言われてしまう。ステイタスを表現するためのクルマ文化はしっかりとそこにあるが、クルマを走らせることを楽しむ運転文化は希薄なのかもしれない。
 ステイタスといえば、タイでクルマを所有することは、日本と比べるとかなり大変なことである。それはクルマの値段が高いからだ。例えば日本で100数十万円のカローラクラスが、この国だと200万円を軽く超える。日本で400万円ほどのレクサスなど、なんだかんだで800万円近くになるという。しかもこれは日本円での価格表示。この価格をタイの通貨や物価基準・生活基準にマッチさせると、とんでもないプライスであることに気づくはずだ。というか一番小さいサイズのレクサスが800万円ですよ。日本でこの価格だったら、全く売れないと思う。でも、バンコクではけっこう走っているんですよ、レクサスが…。それにガソリンも思ったよりも高かったなぁ。
 空調にヒーターの設定がない、サイドとリアの窓ガラスはサングラスをかけたように黒いフィルム仕様、フロントの窓ガラスにも強力な紫外線カットフィルムを標準装備…。それでも亜熱帯のカーライフは、けっこう面白そうだ。クルマの中に収まることで、市中の暑さと喧噪からにわかに遮断されることの快感。そんなとても高価なクルマを所有したくなる気持ちが、何だかわかるような気がする。ちなみに写真のレクサスは、僕がバンコクで拝借しているもの。というのは嘘で、少しだけ高級なカローラをお借りしています。

※次回はホテルで自炊編の予定です

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