ゆ~ったりの〜んびり、

自分の夢に人生をフィットさせる

FREE LIFEを生きよう!
 

家族を大切にしながら

自分の人生を生きる

4歳の女の子のママで写真家で

フリーライフデザイナーの

鶴賀奈穂乃(つるがなほの)ですラブラブ

 

 

 

記憶とこころの探検で、宝ものがザクザクみつかる!
『理想の人生』を探す旅がやめられない!

 

わたしは射手座よろしく、

とにかくいつも前しか見ていない!

進むことしか考えていない!

くよくよする暇があったら前進する!

 

 

そんな感じで40年近くを生きてきました。

 

 

 

 

過去を振り返ったり、

心の傷をじっくりと味わってみたり、

 

 

そういうことは

ネガティブなひとがすること、

みたいに思っているところがあって、

わたしには性に合わないと思ってきました。

 

 

そんな暇があったら、

手に入れたいもの、

達成したいものを手に入れるために

どうしたらいいのか考えるほうが

ずっと人生に有益だと思ってきたから。

 

 

 

 

誰しも、

中学時代や高校時代、学生時代、

20代、30代、40代…と、

それぞれの時代を代表するような

すごく大きな出来事って

あるんじゃないかしら?

 

 

そういうことって、

ふとした時に思い出されて、

赤面したりチュー

古傷が傷んだりショボーン

夢見心地になったりラブ

 

 

そんなことありませんか?

 

 

 

 

わたしは今回『理想の人生』を探す旅で、

その大きな記憶そのものというよりも、

あえてそういう大きな記憶の周りを飛んでいる

小惑星のような記憶を、

丹念に調べて、感じてみることにしたら、

 

 

おもしろいくらいに

これまで気が付かなかった

(または気がつかないふりをしていたか!)

わたしが意識せずに

自分の中に取り込んでしまったマインド

に気がつけるようになりました。

 

 

 

 

この『理想の人生』を探す旅の連載を書きながら、

 

 

時々自分を抱きしめて、

ずっと癒やされたがっていた自分を

やさしくなでながら、

もう大丈夫だからね…と言葉をかけると、

 

 

ものすごく心が軽くなって、

心のオリがデトックスされていくのを感じます。

 

 

 

 

わたしとの『理想の人生』を探す旅の体験が、

あなた自身の『理想の人生』を探す旅の

きっかけや参考になったらうれしいなと、

 

 

今日も第3夜、書いてみます!

 

 

 

 

さてさてどんな宝ものがみつかるのかラブ

 

 

今日はわたしの人生の中でもとても大きなできごと、

フランスでの生活について

探検してきたいと思います!

 

 

写真:日本の実家を飛び出す直前のわたし。家でも着物を普通に着る、チョ〜日本人の父(笑)。

 

 

 

 

 

フランスで出会った
愛すべきわたしのマダム・ボヘミアン

 

わたしのフランス滞在は、

大学1年生の夏に短期留学をさせてもらったときが

初めてでした。 

 

 

大学のフランス人の先生の引率で、

先生の故郷Annecy(アヌシー)の近く、

Chambery(シャンベリー)という

アルプスのすぐ近くサヴォワ地方の町に

3週間のホームステイと語学留学をして、

その後1週間のパリ旅行をしたんです!

 

 

書きながら思い出したけれど、

ホームステイ先には2つか3つくらい年上の

早稲田大学の男の子もステイしていて

(ここでも早稲田〜!!!

 理由が気になる方は第2夜を読んでみて!!!)

 

 

ホームマザーとタカ(彼はこう呼ばれてた!)と

みんなでAnnecy湖畔にランチに行ったな〜おねがい

 

 

 

 

このホームマザー、Louise(ルイーズ)が、

エキセントリックなひとで、

 

 

mûres sauvages(野生のブラックベリー)の

ジャムを作ろう!と誘われたので、

憧れのフランスで野生のベリーを摘んで

ジャム作りなんてすてき〜ラブ

と思っていたら、

 

 

おもむろにわたしを乗せて車で走り始め、

なんと高速道路に車を路肩駐車びっくり

 

 

勢い良く車を降りると

ルイーズはおもむろに真っ黒い傘を広げ、

 

 

「なほのは背が高いから、

 この樹の枝を揺らしてちょうだい!

 わたしがベリーを傘で受け止めるわ!」

 

 

と叫びました…。

 

 

びっくり びっくり びっくり びっくり びっくり びっくり びっくり びっくり びっくり びっくり びっくり

 

 

え〜と、ここ高速道路で、

日本に比べると問題にならないくらい

車の数も少ないけど、

通り掛かる車のフランス人たちも

さすがに笑ってますけど…。

 

 

でもここまで来たら腹をくくって…と、

背伸びをして野生のベリーを揺すっていると、

やっぱり警察がやってきた笑い泣き

 

 

高速道路脇に生えるベリーは

公共のものだから採っちゃダメとのこと。

 

 

え、そこですか?

という気もしたけれど、

その時は注意だけで終わって帰ることに…。

 

 

 

 

と思ったら、

ルイーズは片手で古いルノーを運転して、

タバコをスパスパ吸いながら、

まだまだ探すわよ!と、

助手席のわたしにウィンクする…えー

 

 

そして住宅街に差し掛かると

周りをキョロキョロしながら運転するルイーズキョロキョロ

 

 

おもむろに車を停めると、

塀の外に出ている民家のベリーをみつけて

ウホウホしてる。

 

 

もしや…と思っていると、

やっぱり出てきた黒い傘…ガーン

 

 

もうまたみつかるんじゃないかと

ヒヤヒヤしながら

樹を揺する背の高いわたし…。

 

 

(たしかにね、

 わたしはいつもルイーズから愛情をこめて

 "Ma Grande(わたしの大きな子)”

 と呼ばれていましたウインク

 

 

 

 

たくさん採れて大興奮で帰宅したルイーズと

一緒に作った生まれて初めての

野生のブラックベリーのジャムの味は、

 

 

この記事を書きながら

やっぱりわたしの記憶の奥底から

ふんわりと浮かび上がってきますチュー

 

 

 

 

他にも、

ある日キッチンにいるルイーズに声をかけたら、

何か丸くて大きいものを丸かじりしているから

なにかと思ったら、

 

 

うさぎのシチュー(!!)を作っていたルイーズが、

うさぎの頭を丸かじりしていてびっくり

 

 

みつかった!という顔を一瞬したあと、

この目の周りが一番おいしいのよ〜ウインク

とかぶりつく!

 

 

もう

その光景はさながら魔女のよう…ガーン

 

 

 

 

本当に書き出すと止まらないくらい、

ルイーズとの奇天烈な思い出はたくさん!

 

 

 

 

フランス人は10着しか服を持たない

の中で作者ジェニファーの彼がホームステイした

マダム・ボヘミアンがどんなだったか

あまり詳しくは知らないのですが、

 

 

ルイーズの家の周りにも

実際にジプシーたちが住んでいて、

 

 

常識にとらわれず、

自由気ままに生きていたルイーズは、

まさにわたしのマダム・ボヘミアン。

 

 

 

 

 

信仰心が強く、愛情深くて、

お料理がとても上手だったルイーズ。

 

 

彼女が手のひらの上で

器用ににんにくを刻む姿は

今でもよく覚えています。

 

 

 

 

大家族皆がとても仲が良くて、

毎週末、山の上にある娘の家にみんなが集まり、

お庭で夕方の気持ちいい風に吹かれながら

シンプルだけどおいしい手料理を食べて笑って。

 

 

 

 

わたしが憧れていたフランスのイメージとは

だいぶ違っていたものの、

 

 

わたしが恋い焦がれていた

「自由」と「家族」のカタチを見た

18歳の夏でした。

 

 

 

 

 

夢叶った、パリでのひとり暮らし。
パリで出会ったマダム・シックたち…

 

中学1年生のときから始まった

夜な夜な繰り広げられる家族会議。

 

 

そしてとうとうわたしは、

両親の説得に成功し、

大学の卒業式の10日後に

憧れのパリへと旅立つことになりましたラブ

 

 

 

 

両親とは1年の留学という約束だったけれど、

わたしは一生パリに住むつもりだったので

お部屋中の荷物を事前にパリに送っていました(笑)。

 

 

 

 

パリでのステイ先は、

大学のお友だちが1年間滞在していたことのある

パリ16区という高級住宅街の

老夫婦のアパルトマン。

 

 

3月下旬のパリはまだものすごく寒かったけれど、

シャルル・ド・ゴール空港から電車を乗り継ぎ、

Passy(パッシー)というメトロの駅の

ほとんど目の前にある、

とても大きな扉のアパルトマンの前に立つと、

興奮してカラダがほてってくるのがわかりました。

 

 

 

 

お部屋に通されると、

何世紀もの時代を感じさせる壁のレリーフや、

大きなグランドピアノ。

 

 

高い天井の上まである

白い木枠のフレンチ・ウィンドウの外には

石造りの建物やパリの石畳の風景。

 

 

すべてがまさに“パリ”!!!

 

 

 

 

このお部屋から語学学校に通いながら

パリの有名な通訳学校に入学するべく

準備をするつもりで、

憧れのパリ生活が始まる…

 

 

かと思いきや、

このご夫婦のいろいろなルール

(例えばお水を節約するために、

 トイレは流したらすぐお水を止めるとか…)

に耐えきれず、

 

 

わたしは1ヶ月でこの家を出て、

5区の小さな、

でもかわいいアパートで

とうとう生まれて初めての

ひとり暮らしを始めました!

 

 

 

 

パリには誰も知り合いのいなかったわたしですが、

唯一ひとりだけ、

大学時代に日本で

フランス語の家庭教師をしてもらっていた

3つ年上の男の子Paul(ポール)を知っていました。

 

 

ただ彼はその時ロンドンに住んでいたので、

パリには実質知り合いが0。

 

 

 

 

でも春の復活祭のお休みに

ポールがフランスの実家に戻るから

よかったら遊びに来ないかと誘ってくれて、

 

 

Le Havre(ル・アーブル)という

フランス北西部でセーヌ川の河口にあたる街に

お友だちを誘って泊まりに行きました。

 

 

 

 

ポールのご実家は

パリ16区の老夫婦のアパルトマンほど

荘厳な感じはしないものの、

 

 

シャワールームだけで意味なく30畳ほどあり(!)、

大きなお庭がある大きなおうち。

 

 

 

 

ポールの兄妹や親戚たちが集まって、

みんなで復活際のお祝いのお食事をするのですが、

 

 

大きなテーブルにクロスがかけられ、

銀のスプーンにフォーク、白い布のナプキンに、

お母様の手作りのフルコースが

次々とサーブされていただくお食事。

 

 

 

 

夜はみんなで復活祭のごミサに与り、

一夜明けた翌日、

 

 

ランチの来客用のタルトを

お母様が朝からキッチンで焼いているので、

わたしもお手伝いしますと言って

タルトの作り方を教わっていると、

 

 

「ポールの髪は美しい栗色で、

 目は本当にきれいな青でしょう。

 わたしはそれを大切にしたいの」

 

 

おもむろにお母様にそう言われて、

思わず手にしていたりんごを落としそうになるくらい

びっくりしたんですよね!

 

 

 

 

正直ポールの目が青いとかって

全然気にしていなかったので、

そうだったっけ?という感じ(失礼!)。

↑ ↑ ↑

あとで確認したら、

身長184センチ、栗毛、青い目でした(笑)。
 

 

あとから聞くと

ポールのお母様は貴族の出身で、

その血筋をすごく誇りに思っていたようなんですね。

 

 

 

 

実際フランス人ってもともとラテン系なので、

背はあまり高くなく、

髪の色も濃い茶色で青い目のひとも

少ないんですよね。

 

 

でも昔のフランスの王族たちは

イギリスなどアングロ・サクソン系との

婚姻を進めたので、

 

 

まだ階級社会的な風土が根強いフランスでは、

いまでも貴族階級やエリート階級には

背が高く色白で青い目のひとが多いんです。

 

 

 

 

その後わたしはポールと4年間付き合うのですが、

その間中わたしを苦しめたのが、

マダム・シックとでも言うべき

このママンの影…ガーン

 

 

今思うと、

ママンは何かを感じ取って、

最初に私に牽制球を投げていたのかも

知れないですね(苦笑)。

 

 

実際、お付き合いしていた4年間、

ポールはこのママンの影響で

黄色人種で日本人のわたしとの交際を

親に認めてもらえないことに

ずっと苦しんでいました…ショボーン

 

 

 

 

背の高いママン貴族出身でしたが、

ポール自身、フランスの御三家とも言える、

ビジネス・スクールで有名な

HECの出身だったので、

 

 

彼とのお付き合いをきっかけに、

わたしはヨーロッパのエリート階級の人たちと

たくさん知り合うことになりました。

 

 

 

 

例えば

ポールの大親友でThibauld(ティボー)という

貴族出身のお友だち。

 

 

 

 

おうちには素敵なお城の絵が飾ってあるのですが、

それがご実家爆  笑

 

 

ある日ポールはロンドンでしたが、

ティボーがホームパーティーに誘ってくれました。

 

 

彼のお部屋は、

パリでもおしゃれで歴史の感じられる6区の

パパが持っているおうちの最上階にある

Chambre de Bonnes(シャンブル・ド・ボンヌ)

という昔の女中部屋。

 

 

昔は暖房設備が地下にあったので、

女中部屋は暖房から一番離れた

最上階にあったんですよね。

 

 

 

 

彼のお部屋も

最上階なので天井が斜めになっていて、

かわいらしい天窓があり、

そこからパリのアパルトマンの屋根が

キラキラと光っているのが見えて

まるで映画のワンシーンのよう…。

 

 

ティボーとはポールがパリにいるときに

一度会っただけだったけれど、

右と左の頬に1回ずつキスをする

Bisous(ビズ)で迎えてくれて、

 

 

数人のお友だちが集まると、

ティボーがサーベルとシャンパンを

おもむろに持ち出しました。

 

 

そしてシャンパンボトルを天窓の方に向け、

ティボーがシャンパンの首の部分を

何回かサーベルでこすったあと、

一気にシャンパンボトルの口を

サーベルで一気に切り落としますびっくり

 

 

見事にボトルの口は天窓から外に飛んでいき、

シャンパンが振る舞われました。

 

 

 

 

そしてお皿に山盛りのフォアグラが

出てきましたラブ

 

 

あまりにおいしくて感動していると、

パパが実家で作っているというフォアグラを

ティボーがいくらでもおかわりあるからと

次々出してくれるので、

お腹いっぱいフォアグラを食べたのもあの夜でしたてへぺろ

 

 

 

 

ティボーは他にもパリの隠れ家的な

シガーバーに連れて行ってくれたり、

(あの夜のわたしが、知らない間に写真集に出ていた!)

 

 

ポールにもパリのタイユヴァンでの

ディナーをプレゼントしてもらったり、

 

 

オーストリアのお城で開かれた舞踏会に

連れて行ってもらったり、

 

 

フランスやヨーロッパの上流階級の暮らしを

見せてもらったパリ生活。

 

 

 

 

フランスで出会った

マダム・シックやムッシュー・シックたちは

日本ではなかなか体験できない世界を

わたしに見せてくれました。

 

 

 

 

それは20代前半の若いわたしを

虜にする魅力が十分でしたが、

 

 

同時に彼らの多くが

「家族」からの束縛を強く受けていて、

 

 

ルイーズのような

心からの「自由」を謳歌しているのとは

ちょっと違う感じ

感じずにはいられませんでした。

 

 

 

 

 

「自由」は勝ち取るものなの?

 

「自由」を象徴する

憧れのフランスでの生活は、

当時のわたしにとって、

まさに両親から勝ち取ったものでした。

 

 

だからわたしの頭の中では、

フランス革命で自由を獲得した民衆のように(!)

 

 

「自由」=「勝ち取るもの」

 

 

という図式ができあがってきたと思います。

 

 

 

 

でもそれは違う視点から解釈すると、

 

 

「現在」=「不自由」

 

 

と、

わたしが認識していることにもなりますよね。

 

 

そのせいか

わたしが強く「自由」を求めるほど、

大きな「不自由」が目の前に現れる

んですよね。

 

 

 

 

フランスにいた当時、

わたしの人生を思うようにしてくれない

この「不自由」は、

 

 

ひとつはポールのお母様であり、

もうひとつは日本の両親だと

感じていたんだと思います。

 

 

 

 

今日の『理想の人生』探しの旅を続けながら、

わたしの中にずっと大きくあったと思う

 

 

「わたしの人生は不自由だ」

 

 

というマインドを、

 

 

「わたしは自由だ」

 

 

書き換えてみようと思いました。

 

 

 

 

「わたしは自由だ」

 

 

 

 

そんな新しいマインドをセットしたわたしの毎日が、

今日からどんな風に変わっていくのか、

今からとてもワクワクですラブ

 

 

 

 

さて、明日は4年間のパリ・ロンドン滞在を終え、

日本に帰国してからの両親との関係を

深掘りしていきたいと思います!

 

 

 

 

まだまだ出てくる

パリやロンドンでのハッチャケ体験談は

聞きたい!という方がいらっしゃれば

今度ゆっくり書きたいと思います(笑)。

 

 

 

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