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2010年02月09日(火)

映画「クローズ」を見て思い出したこと。

テーマ:日常
先日、「クローズ」という小栗旬主演の映画を今さらながらに見た。いまから2年ほど前の映画だけれど、自分から「見たい」という気持ちが全然なかったので、まったく見ないまま今日に至る。

で、テレビでたまたま放送したのを見てチラチラ画面に目をやっていたら、だんだん引き込まれて結局最後はテレビの前で正座して見ていた。

内容は、荒くれ高校を舞台とする青春映画、いやそうじゃないな、暴力映画? う~ん、これも違う。

ともかく、いわゆる「ワル」ばかり集まるそんな高校における、親分の座を巡る壮絶な争い映画である。

クローズの話はいずれまた別の機会にするとして、この映画を見て中学時代のことを思い出した、というのが今日の話である。

私が通っていたのは普通の公立中学で、クラスは10クラスあり、各クラスに40人くらいいた。

で、「不良」と呼ばれる子もクラスに一人ずつくらいいて、独特の学ランにヘアースタイルと異色を放っていたワケである。

私は別に不良ではなかったけれど、そのグループの何人かと結構仲が良かった。

一緒に遊ぶことはなく、ただ学校で話をする程度だったけれど、ともかく彼らの近くにいて感じたことがいくつかある。

それは、ある一分野について、かなりの能力があったということ。

不良というと一般に「成績が悪い」、「頭が悪い」というイメージがある。

しかし、当時中学生だった私の見方は違っていた。

たとえば、A君。

かれはグループの中でも「頭」のような存在で、見た目メチャクチャこわかったが、私は彼が小学生の頃、近所の公共図書館で何度か会っている。

あの時からすでに異様なオーラを放っていたけれど、ともかく熱心に本を読んでいた姿が印象的だった。彼は本が大好きなのだ。

次にB君。

彼とは中1の時同じクラスで、あの時からワルだったけれど、国語の時間になるとよく発言していた。

道徳の時間も、かなりユニークな意見を言っていたように思う。

そして、C君。

彼とは小学校で一緒のクラスで、中学になってから突然「グループ入り」した。

彼は小学校の時ものすごく頭が良く、学校内でトップ10に入るほどで、私は彼の頭の良さを陰で羨ましく感じていた。

さらにD君。

この彼とは直接の交流はないけれど、数学の能力が秀でていると人づてに聞いたことがある。

この他Eさんに至っては、家庭科の時にものすごい裁縫さばきを周囲に見せて、それ以来クラスメートはEさんのことをただの不良少女と思わなくなった。


このように、私は「ワル」と呼ばれる彼らを少し近くで見て、「誰でも一つはすごい能力を持っている」ということを強く感じたのである。


「あいつらはどうしようもない」。


先生や周囲は異口同音にそう言う。

でも私に言わせれば、本当の姿を見ていないのだ。

見ていないというより、きっと関心がないから見ようとも思わないのかもしれない。

全体的な成績は悪くても、キラリと光る分野を見極め、そこを伸ばしてくれる先生なり教育システムがあれば、彼らはきっと違う人生を歩んでいるはずである。


あのマザー・テレサの言葉に「愛情の反対は憎しみではなく無関心」というものがある。

愛情のある日本社会であってほしいし、自分もそうしたい。
2010年02月08日(月)

ワンダーフェスティバル2010に行ってきたゾ。

テーマ:ホビー
昨日の日曜日、幕張メッセで開催された「ワンダーフェスティバル2010」というイベントに仕事で行ってきた。

プロ・アマ問わず、自分の造形物を広く展示、販売できる場であるこのイベント。

主催はフィギュア業界では知らぬ者がいない会社、(株)海洋堂である。

私は今年はじめて参加したのだけど、会場内は見慣れないフィギュアや人形、映画に出て来そうな小道具があふれており、この日しか見られない、買えない作品も多かったことから、遠方からも数多く参加しているようであった。

カメラを手に目を輝かす外国人の姿も目立ったし。

3時間くらい会場内をウロウロして、私が一番しびれた作品は、次の作品。

35歳名古屋人の人生改造=起業日記(スカイプ編)-ハカイダー


そう、ハカイダーである。

これ、本当によくできていた。

私たちの年代であれば、まだかろうじて分かってくれる人もいると思われるが、20代の人たちになると、ハカイダーをきっと知らないだろうなぁ。

それはそうと、この日とばかり売り出されていた品は、飛ぶように売れていた。

まったく不況どこ吹く風?といったところである。

みんな、こと趣味にかかわるところでは出費を惜しまないんだなとあらためて実感。


ということで、日本の技術力の高さにつくづく感心するとともに、なんとかもっと彼らの作品を海外に知らしめたいなと、そんなことを思いながら帰途についた。
2010年02月04日(木)

突然の訃報と、生きる目的。

テーマ:日常
もう3年くらいお付き合いさせて頂いている仕入れ先がある。

今日、仕入れに行ったところ、いつもの担当者の方(以下Aさん)の姿がない。

というか、1月に入ってからというもの顔を見ないので不思議に思っていた。

そうしたところ、別の方から「突然亡くなったんですよ。。。」という言葉が。


「えっ!?」


私はそう言うのが精一杯で、しばらく言葉に詰まった。

まだ60代後半で、本当に突然のことだったらしい。

いつ行ってもお店の最前線に立ち、「いらっしゃいませ」と深々と頭を下げ、お客様の対応をされていたのが印象的である。

ただ、通常この歳であると、定年で余暇を楽しむという流れが一般的で、「よく働いてらっしゃるな」と私はAさんに会う度に思っていた。

一方、この数日前に、ある人のブログを読んだ。


「大切なのはどんな仕事をやりたいかではなく、どんな人間をやりたいかだ。」


人が生きる目的は仕事のためか、あるいはそれ以外か。

色々考えることの多かった、そんなエントリーである。

そして今回の訃報を聞いて、このエントリーのことをフト思い出した。

上記のエントリーに従うと、Aさんは「仕事に生きた」ということになるのかもしれない。


翻って、自分は何のために生きるのだろう?

いや、私の場合は既に答えは出ている。

いまは仕事に生きるのだ。

他のあらゆることを犠牲にしても、いまは仕事以外に何も考えられない。

でも将来は。。。

すべては最終目標のために。


 *


いつかのブログで、「突然姿を消す人」という話を書いたけれど、それまで当たり前のように接していた人が急に目の前からいなくなると、相当なショックがある。

人の死って、やってくるのは本当に突然。

だからこそ日頃から自分の生きる目的を明確にしておかなければ、死んでも死にきれない。

自分のイヤなことをやっている時間はないのだ。

好きなことだけしていたい。

自分の仕事を心から愛し、そして旅立たれたAさん。


毎日飲んでいるビールであるが、今日だけは飲まずにおこう。


Aさん、本当にお世話になりました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
2010年01月28日(木)

「昨日の自分」と比べる。

テーマ:仕事
自身を分析したとき、生来の性格だと自負していることの一つに、「他人と比べること」がある。

これはもうずっと前から、それこそ小学生の時からそうだったかもしれない。

今思うと、「負けず嫌い」であるがゆえに、つい周りと比較してしまうのかもしれないけれど、ともかく人と自分とを比べては凹むことをこれまで数限りなく繰り返してきた。


そんなところに、あるサイトでの文章を見て、言葉にならないほど感動したので、その話を少し紹介する。


「うまくいっているアイツ」に嫉妬しても疲れるだけで何も生み出しません



記事の書き手は、あの「ジャパネットたかた」の髙田社長。

悩める若者の質問に答えるというそんな企画のようだ。

で、その日の質問(悩み)というのはまさに「人と比べては自己嫌悪に陥る」というもの。

髙田社長の回答は2ページにわたって続くのだが、一言にまとめると次の通り。


【比べるなら他人ではなく、「昨日の自分」と比べるようにして、毎日「自分史上最高」を目指す】



髙田社長自身は性格もあって、同業他社や他人と比べるようなことはしないそうだ。

ただ、質問者のような悩みは自分も理解できるとした上で、上記のようなアドバイスをされていた。


そしてこういう言葉で文章が締めくくられている。


「ライバルを他人にしてしまうと、人は息苦しくなります。だから、今日からライバルは『昨日の自分』にしましょう。嫉妬は心が疲れるばかりで、何も生み出さないということは、くれぐれも肝に銘じてくださいね!」



あぁ、なんだか心の底から救われたような気持ちだ。

今日の自分より、明日の自分。

1ミリでもいいから前日を上回る。

そうなんだ、自分史上最高を目指せばそれでいいではないか!


簡単にまとめてしまったけれど、今回の髙田社長の全文は、私にとって数年に一度めぐりあえるかどうかの貴重な内容だった。

以前のブログで、「世の中のほとんどのアドバイスは役に立たないだろう」と私は書いたが、このように役に立つアドバイスも確かにある。

髙田社長自身は「人を羨む経験はない」とのことだけど、「でもそういう人の気持ちは分かる」というように、想像力、共感性を介在させた上でのアドバイスなので有効なのではないかと、そんな風に思う。
2010年01月27日(水)

人間の能力。

テーマ:仕事
自分の力って、自分で過小評価しがちだけれど(もちろんその反対の人もいるが)、案外自分でできることが他の人には難しかったり(時間がかかったり)、できないことがあるのだなとあらためて感じる。


「それって、すごくないですか!?」


「どうやってやってるの!?」


人からそう言われてはじめて、「自分のやっていることは結構価値があるんだな」と気づく。

別に自慢したいとかそういう話ではなくて、こういう経験はきっと皆さんもあるはずだ。

で、昨日、人と話しているときに私もそういう経験をした。

自分では全然大したことをしているつもりはなくても、相手にはそう見えないことがあるというのは、知っておくと良いと思う。

ただ、これは私の持論だけれど、人間の能力というのはそもそも大差があるとは思えず、要するに「知っているか、知らないか」の違いに過ぎない。


たとえばエクセルの達人、文章を書くのがうまい人。


これらは私が苦手とすることであり、上手な人を見ると素直に尊敬する一方、自分もその人が学んできた方法に従い、同じように時間をかければ、誰でも「そのスゴイと思っている人」のレベルまで到達できるはずと考えることで、劣等感を克服している。

そして、おそらくこれは真理ではあるまいか。

もっとも、才能のあるなしはもちろんあるだろうから、それ以上突き抜けるとなると話は違ってくるけれど。


もちろん日々の努力は大切だ。

「時間さえかければ自分だってできる」という開き直り(?)が悪い方向に働く場合もある。

ただ、スゴイ人を見た時に自分の能力のなさを過度に嘆くのは賢い方法ではないと、そう思っているので書いてみた。


こうして突き詰めて考えてみると、「知る」ということにどん欲な人は人生において有利な気がする。

だから、知るための道具(人脈、検索、読書など)を多く持たねばならない。
2010年01月26日(火)

『アバター』人気の背景にあるもの。

テーマ:日常
アバターという今話題の映画を観ようと映画館に何度か足を運んでみたものの、いつ行っても人がいっぱいで、席を確保できず断念。

公開からすでに日が経っているので、「さすがにもう空いているだろう」という読みはことごとく外れている。

数時間待てば座れるんだろうが、そもそも「待つ」ということが苦手な私は、そんな時サッサと諦めてしまうのだった。


「人気映画だからだよ」。


そういう声も聞こえて来そうだが、他の映画にも大挙して人が訪れているようで、あながちアバターに限った現象ではないようだ。


で、先日も座れなかったので、その足で久しぶりにゲーセンを覗いてみた。

ここもいっぱいである。

休日だったせいもあるだろうが、去年あたりと混みようが全然違う気がする。


そう、「混みようが違う」。


映画にしてもゲーセンにしても、遠出するのではなくて手軽に行ける娯楽にみんなの関心がシフトしているように思えてならない。

スーパーでもいま売れるのはとにかく安いモノだと、スーパー勤務の友人に以前聞いたことがある。

この話で思い出したが、地下鉄の駅構内で、広告スペースが真っ白のところが異常に増えている。


$35歳名古屋人の人生改造=起業日記(スカイプ編)-駅構内



ホームはもとより、階段踊り場スペースなど、そりゃもう見事に真っ白で、企業広告が入らない不景気さをこういうところでも感じる。


と、最近街で気付いたことを色々書いてみました。
2010年01月23日(土)

中国から戻った友人の話。

テーマ:仕事
昨晩、久しぶりに中国から戻った友人に会った。

いろいろ面白い話を聞いたのだけど、現在日本への観光で中国人に人気があるのは、北海道ツアーだそうだ。

相当数が北海道を観光先として選んでいるそうで、理由ははっきり聞かなかったけれど、多分「雪」(=スキー)だろう。

で、一通りお互いの近況報告が終わると、話はだんだんビジネス関係になる。

現在私はeBayでストアーを開いて欧米向けに売っている一方、中国向けにも何かしてみたいと情報を集めている。

以前にも書いたかもしれないが、中国向けは大変ハードルが高い。

彼女の話を聞けば聞くほどゲンナリしたのだが、まずeBayようなオークションサイトとして認知されているのは「タオバオ」というサイト。

B向けではなく主にC向けなので、参加層もeBayと似ている。

ところが、登録においては中国の銀行口座を持っていないといけないだとか、決済もPayPalは使えないので「支払宝」を使えるようにしなければならない。

ここまでで普通の日本人には相当ハードルが高いことが分かるが、仮に何らかの方法で登録できたとしても、もう一つ大きな問題がある。

中国のお客さんは何しろすぐチャットで質問してきて、即座に返事がないとすぐ次の店に行ってしまうとのこと。

というわけで、顧客対応をしてくれる中国人の協力者がどうしても必要になる。

一方、eBayはお客がチャットをしてくることはなくて、メールが基本なので楽だ。

次に、マシーンの問題がある。

どういう事かというと、タオバオに登録できたとして、それでも日本からはログインできない。

ログインには専用の認証が必要らしく、少なくとも日本語のOSでは不可能だ(たぶん中国語OSでも日本からはできない)。

実際に画面を見せてもらったが、確かにダメだった。


中国はネット環境も大いに規制されているようで、その辺の話も彼女はしてくれた。

まず、速度は2Mまでしか使えないらしい。

かなり前の日本のADSL回線並みだ。

で、youtubeも見れないし、検閲で引っかかるサイトは全部NG。

ただ、Skypeはできると言っていた。

そして、中国から日本のサイトを見る場合、通常の3倍(あるいはそれ以上)かかるようで、遅すぎてまったく話にならないとも。

中国人はチャットが好きだそうだが、Skypeではなくて、QQという専用のチャットサービスの独断場とのこと。

要するに、中国においてはすべてが中国国内で完結するようになっていて、タオバオでも中国人が中国で使うことしか想定していないということ。

まぁあれだけ人口が多ければ、わざわざ外を向く必要もないかもだ。



以上、

1.銀行口座の問題、2.人の問題(言語の問題)、3.PC(ネット)の問題


こうした問題を解決しない限り、中国向けの販売はできそうにない。
2010年01月20日(水)

想像力と経験が戦ったらどちらが勝つか?

テーマ:日常
ブログというのは人から強制されて書くものではないけれど、「もっとちゃんと更新しろっ!」という声や、「RSSという機能はおまえのようなブログのためにある」(友人A)という名言まで頂いたので、慌てて更新してみることにした。

さて何を書こうかと思ったときに、今日はちょっとアドバイスと経験の話をしてみようかと。


分からないときにこちらから尋ねて返ってくるアドバイス。

そして、こちらが何も言わなくても相手から好意で声をかけてくれる場合。

一口にアドバイスと言っても色んなケースがあるだろうが、特に後者について考えた場合、その多くはほとんど役に立たない(というか、身にならない)と私は思っている。

どういうことかと言うと、最近知り合った女性が(面識はないけれど)、ある日こんなことをつぶやいていた。


「前向きにいこうよ!とかいう励ましは無責任にできない。みんな心の中では言われなくてもそうなりたいと思っているはず。でもできないから苦しいんだよ」。




あーした方がいい、でもこんな場合はこーした方がいいよ。

友人、他人を問わず、このようにアドバイスされることは皆さんも多いと思うけれど、結局人間というのは自分で経験しないと腹の底から理解できない生き物だ。

上記の女性の言葉の場合だと、きっと「前向きにいこうよ!」と安易に声をかける側は、それまでどん底まで落ちた経験がない人ではないか。

たとえばスポーツ漫画や恋愛小説を書く人。

こういう人の多くは、実際に自分でそのスポーツをやったことがある人か、書かれている恋愛経験をしたことがある人のはず。

そうではないと、人の心をわしづかみにする物語はおそらく作れない。


ただ、経験がないからと言って、すべてがマイナスに作用するかと言えばそういうわけでもなく、ここで強力な要素が登場する。

そう、人間の持つ素晴らしい特質である「想像力」だ。

この想像力をフル活用すれば、他人と自分とを置き換えて、心から相手の身になって考えることができる。

想像力が豊かであれば、たとえ自分の身に直接降りかかっていることでなくとも、「自分が同じ立場ならこう感じるはず」というように相手にそれなりのアドバイスは可能と思われる。

先頃起こった海外での大地震でも、「もし自分の身に起こったら。。。」と共感して何かしら行動に移すこともできる。


だが、しかし。


だがしかしだ。


この想像力を自在に操る人は実に少ない。

悲しいかな、私を含め多くの人間は自分で経験しないと分からない。

自分で痛い目をみて、ようやく自分の身になるし、そこでやっと人の心の痛みを理解できる。

だから、この世の中にあふれるアドバイスというのは9割は役に立たないんじゃないかなぁと、そんなことを最近よく思う。
2010年01月03日(日)

人間の究極の姿。

テーマ:日常
この正月、実家に帰省したことで、弟と1年ぶりにゆっくり話をすることができた。

話したのはお互いの仕事のことが中心だったが、なかなか興味深い話だったので、忘れないうちに記録として残しておくことにする。

彼は私とは4歳違いで、配達の仕事をしている。

体を動かすことが好きなので、長年この仕事に就いている。

どの仕事にも「効率」が求められ、そして配達の仕事も例外ではない。

その日配達すべき荷物をどの順番でどのルートを使い、さらにいかに短時間で届けるか。

彼も毎日そのことを念頭に置いて配達しているのだと言う。

で、彼の同僚に一見効率など考えず、どんくさそうに見えるのだけれど、結果だけ見ると自分(弟)と成果が大して変わらない人間がいるらしい。

職場では先輩にあたる弟は、その同僚の手際の悪さに「もっと頭を使わないと」というように小言を言うのだけれど、彼は色々考える前に体を動かすそうで、アレコレ考える代わりに体の動きでカバーして、結果的に弟と同じくらいの結果を出しているようだ。

弟にはそれが腹立たしいと言うか、不思議でしょうがないというか、とにかく複雑な心境だとのこと。

その彼を間近で見ていて、「彼の姿こそ究極の姿ではないだろうか」と、弟は最近そう思うようになったらしい。

つまり弟も日々効率を上げるべく悩むし、どの世界のビジネスマンも自分の仕事においてアレコレ悩む。

私はあまり深く考えずに、「人間なんだから悩みがあるのが普通だし、そうやって考えて得たモノが大きいんじゃない?」と答えたところ、彼はこう切り返してきた。

すなわち、自己啓発書をはじめとしたビジネス本が売れているのは、要するに「悩み」を解決したいためであり、それを考えると、人間悩まないでいられることが究極の状態であると言えるのではないかと。

であるならば、同じ結果を出しているなら、日々悩みながら仕事をしている自分と悩まず本能のままに動いているその同僚を比べた場合、その同僚の方が人間的に優れているような気がする。

弟は、私にそう語った。


う~ん、深い。なにげに深い言葉だ。


ちなみに、外から悩んでないように見えて実は本人は悩んでいるかもしれない、という話は、そうではないようだ。

本人に聞いたら、本当に悩んでいないと言ったらしい。


「アイデアが出ない人間は、汗をかけ」。


よくこういう言葉を聞くけれど、その同僚もこのタイプだろうか。

自分に足りない分を、別の何か(この場合は機動性)でカバーしているのかな。

なみに、弟も何度か何も考えずに配達してみようと試したことがあって、でもやっぱりつい色々段取りを考えてしまったそうだ。


「考えないことは自分にはできない」。


私はそんな弟が大好きである(そんなオチかw)
2010年01月01日(金)

寅年の幕開け

テーマ:日常
あけましておめでとうございます。

このブログの更新は不定期もいいところだけれど、今年はとりあえず元日の更新はきちんとしておこうかなと思い、こうして書いている。

いま名古屋に来ているが、暮れから元日にかけて雪が降った。

東京との温度差がはっきり分かるほど、寒い。

私が一番苦手な食べ物である雑煮をやっぱり食わされるはめになり、でもこうして嫌いなモノを一年に一回食べると、何かこう「けじめ」のようなものがつくとも言える。


今年は一体どんな年になるのだろう?


きっと行動の一年になるだろうが、動きに無駄が多いので、今年こそは優先順位をしっかりつけて、コンパクトに効率よく動きたい。

 *

そういえば、nanapiというブログサイトで、「一年を気持ちよく終えるための方法」というものが紹介されていた。

見て頂くと分かるが、とにかくどんな小さな事でもいいので自分を褒めまくるという方法である。

私もここに書かれているとおりに、大晦日に棚卸しをしてみた。

詳細は割愛するけれど、確かに「アレをやった、コレもやった」というように達成したことを書き綴っていくのは精神的に良い気がする。

大きなことは成し遂げられずとも、でも細かく見れば結構自分もがんばったんだなと自信がチョッピリ持てる。

そして、合わせて2010年の目標を書くことが大事のようだ。

この「自分棚卸し作業」と言い、こうして元日にブログをアップしていることと言い、今年の私はひと味違う(笑)。

いろいろ決意を固めている、そんな寅年の幕開けだ。
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