生と剋を明らかにする 1of3

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「鄭子太極拳十三編」の明生剋第十二に

八門五歩と八卦五行の関連性の記述があります。

以下訳文です。長いので3回に分けます。

 

五歩には、相生相剋(増強と削減)の両方の理論が含まれています。

「進」は強烈な性質を持ち「火」に対応します。

「定」は中央の安定の力を持ち「土」に相当します。

安定して前進するときは混乱はなく、勝ちを収めるのは簡単です。

これは火が土を育むということです。

「顧」は左顧のことであり、強く硬い性質で「金」に対応します。

右の拳が安定している間、左に踏み込むことを指します。

これは土が金属を生むということです。

 「退」は柔軟性の性質があり、「水」に対応します。 

「顧」は硬度であり、しなやかさを支えています。

これは金属が水を掘り当てるということです。

「眄」は右眄のことです。性質は強く、「木」に対応します。

「退」は柔らかさですが、どこまでもさがることはできません。

したがって、それは力につながれなければなりません。

これは水が木を育てるということです。

「進」は「火」で激しい性質を持っています。

木は燃えることで火を育てます。

これが五歩と呼ばれ、五行の相生の働きです。

相剋の働きの代表は、水が火を滅ぼすことです。

火は激しく前へ進みます。水は柔らかく後ろへ退きます。

火は熱を発しますが、水はこれを打ち消し冷やします。

これは物理における火と水の関係です。

 

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陰陽五行

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東洋思想の根底には陰陽五行論というものがあります。

 

これは易経で説かれている陰陽論がもとにあり、

そこに五行論が結合したものです。

 

易では万象を陰陽の二気に分けますが

五行では万物を木火土金水の五つに分けます。

 

五行を知らない人でも土用丑には鰻を食べるでしょうし、

青春という言葉を聞いたことがない人はいないでしょう。

 

この土用や青春という言葉の出展も五行です。

季節を五行に配当すると春・夏・土用・秋・冬、

色を五行に配当すると青・朱・黄・白・玄です。

人生を四季に割り振って10代を人生の春、青春としました。

因みに玄冬という言葉や、作家の北原白秋の名もここからつけています。

 

五行には5つのエレメントが

それぞれ相性の良い相手を助け勢いを増す相生の法則と、

相性の悪い相手を打ち負かそうとする相剋の法則があります。

 

太極拳の八門五歩とは易の八卦と五行です。

この陰陽五行論は太極拳の套路と推手に応用されています。

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梅雨

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今週は天気が保ちそうですが

日曜以降、本格的に梅雨模様のようです。

 

【天火会】は「同人、野においてす」の精神なので活動場所は公園です。

したがって、この季節は必然的にお休みが多くなります。

 

最近の天気予報は結構当たりますが

一週間後の天気となると変動しやすく精度がよくないので

悪天候による練習中止のお知らせは2〜3日前にします。

 

6月25日(日曜日)の練習は雨天のため中止します。

よろしくお願いします。

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十二消息卦

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十二消息卦とは1年の各月に易の卦を配したもので

十二消長卦ともいいます。

 

全陰に陽が発しだんだんと長じて全陽になると

今度は陰が発し長じていきます。

この様に陰陽が循環していく様子を表したもので

卦象で見た方が理解しやすいでしょう。

 

 

は爻といい陰陽のマークです。

易経は6本の爻の組み合わせで64種類の卦を構成します。

 

十二消息卦にある陰陽消長の循環は太極推手の動作とも合致します。

 

攻撃が防御に繋がり、そして攻撃に転じていきます。

 

十二消息卦で大切なことは未来を知る兆しを観ることです。

夏至は昼が最も長いので全陽ではないのかと考えがちですが

実はその瞬間に既に陰が生じているのです。

 

そして陽が最も盛んな時期なのに

実際に気温が高くなるのは数週間後のことです。

 

夏の暑い時期に極寒の冬を想像する人はいません。

しかし兆しとして陰は着実に長じています。

 

推手では聴勁により兆しを感じなければいけません。

そして攻撃できる時を兆しとして感じとり

形として攻撃をした時は既に攻撃を終えている時なのです。

 

 

天風姤

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今日、6月21日は夏至です。

 

夏至とは1年で昼間(陽)の長さが最も長い日、

つまりこの日を境に夜(陰)が長くなっていきます。

 

十二消息卦では夏至は天風姤です。

 

易経天風姤は女難の卦です。

女だと思い、なめてかかっていると

いつの間にか牛耳られてしまうという

男の立場からみた戒めです。

 

これを太極拳の教えとして読むと

強い相手を弱い自分がどのようにして陥落するかという見方になります。

 

以下、天風姤の本文です。

 

姤、女壯。勿用取女。

彖曰、姤、遇也。柔遇剛也。勿用取女、不可與長也。

天地相遇、品物咸章也。剛遇中正、天下大行也。姤之時義、大矣哉。

象曰、天下有風姤。后以施命誥四方。

 

初六。繋于金柅。貞吉。有攸往、見凶。羸豕孚蹢躅。

象曰、繋于金柅、柔道牽也。

九二。包有魚。无咎。不利賓。

象曰、包有魚、義不及賓也。

九三。臀无膚。其行次且。厲无大咎。

象曰、其行次且、行未牽也。

九四。包无魚。起凶。

象曰、无魚之凶、遠民也。

九五。以杞包瓜。含章、有隕自天。

象曰、九五含章、中正也。有隕自天、志不舍命也。

上九。姤其角。吝无咎。

象曰、姤其角、上窮吝也。

 

天風姤は男の立場からみた卦なので

「危ない」「気をつけろ」「やってはいけない」「凶」と

書かれていることを実行すればいいのです。

 

太極拳は柔として剛に遇うことでその真価が発揮される。

相手に粘りついて離れてはいけない。

動きに随うことで様々な技が生まれる。

四正の技をもって風の様に攻める。

 

初六。力で押さえ込もうとしてきても柔らかく対処する。

さらに攻めてくれば化勁で崩すことができる。

九二。相手が力を使わずに包み込む様に対応する。

こちらは暴れることなく従うしかない。

九三。相手が攻めあぐねている状態。

出てくれば崩すチャンスがある。

九四。押さえ込もうとしてきても柔軟に逃げることができる。

九五。中正を持って対応されるが

力を過信して攻めて来た時を見逃してはいけない。

上九。思い通りに攻めさせない。

負けることは無いが、勝つことも難しい。

 

太極拳は風の様に強弱をつけて攻め続けます。

嵐の様な激しい風ではありません。

草原を吹き渡り草を揺らす様な優しい風です。

相手は常に攻められていることに気づきません。

だから相手の隙に入り込み一気に崩すことができるのです。

 

站椿=柱を立てる

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站椿による立ち方は軸を作る練習でもあります。

 

体に軸ができていると安定し

スムーズに回転することができます。

 

軸ができていないのは建て付けの悪い建物のようなものです。

基礎が悪かったり柱が傾いた建物はちょっとした力で倒壊してしまいます。

 

建物も体も基礎(足腰)と柱(体軸)が大切です。

体が前傾したり両足に体重が掛かっては軸が作れません。

 

虚実でいえば実の足が軸の土台になります。

虚歩では後ろの足、弓歩では前の足です。

 

そして足裏から頭の先まで天地を貫く柱を意識します。

 

站椿の姿勢が体に染み付かなければその流派の動きができません。

套路や推手をいくら練習しても基本の姿勢ができていなければ

体がふらつき全てが無駄になってしまいます。

 

站椿=接地之力

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站椿によって立ち方ができるようになると

多少押されてもビクともしなくなります。

 

足に根が生えるというか、大地の力と繋がる感じです。

曰く“接地之力”です。

 

“居つくこと”と“接地之力”とは別物です。

 

硬と柔、固と緩、浮と沈の違いです。

 

“居つき”は重力に抗います。

“接地之力”は重力を味方につけます。

 

緩み続けなければ“居つき”になってしまいます。

 

これは見た目でわかるものではありません。

感覚で理解しなければできないことです。

 

緩みは中国語では放鬆と言います。

鬆とはスポンジのことです。

スポンジは力の例えです。

 

100%力が入った状態から力を抜いていき

余分な力が抜けたスポンジのような状態が鬆です。

 

管理人の感覚では、この方法は緩みを意識しずらく

浮の感覚が入るので好きではありません。

 

感覚とは自分だけのものなので他人に伝えることが難しく

誤解を受けやすいものです。

 

結局、自分で感覚を見つけ、それを磨くしかありません。

太極拳がわかりにくいのは感覚を鍛える武術だからです。

站椿功

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太極拳の練習に站椿というものがあります。

 

制定拳の教室でも站椿を行っているところは少なくありません。

站椿功は武術だけではなく気功やヨガ教室でも行うようです。

 

站椿功とは一定の姿勢のまま長時間動かない功法です。

大抵は両足をベタッと地面につけた馬歩の站椿です。

鄭子太極拳は片足で立つ(陰陽を踏み替える)ことが基本なので

両足で立つ馬歩站椿はしません。

虚歩(套路でいえば提手と手揮琵琶)と弓歩(單鞭)で行います。

 

站椿をネットで調べると、

足腰を鍛えるトレーニングだとか、

気の流通を求める養生法だとか、

禅や瞑想法の一種だとか、

正しい站椿の姿勢はこれで他は間違っているとか、

情報が氾濫して初心者には何を信じて良いのか分からない状態です。

 

武術に限って言うと、站椿とはその流派の基本になる身法(立ち方)です。

太極拳だけでも陳式、楊式、鄭子の立ち方は全て違います。

 

我流で站椿をしても得るものは何もありません。

いろんな情報に惑わされず、

必ず流派の身法に則したやり方で行ってください。

まともな教室ならば適当に站椿を教えることは無いはずです。

 

四書五経の「大学」にも書かれています。

“物に本末あり、事に終始あり。先後するところを知れば、則ち道に近し”

 

站椿は地味ですが疎かにできない大事な練習です。

 

中国の気功

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昨日、少林寺の気功は本物ではないと書いたので

誤解を招くかもしれないと思い補足説明をします。

 

本物ではないと言ったのはその時一緒にいた中国人であって

管理人ではありません。

管理人はそんなこと恐ろしくて言えません。

 

もともと気功は道教の導引術がもとで

中国に仏教が伝わる遥か以前(少林寺は仏教寺院)から行われていました。

 

道教の教えは道(タオ)と同化することが目的です。

道(タオ)とはこの世の根源であり、世の中の法則です。

 

易経繋辞伝に書かれている「形より上のもの」です。

 

人間の短い寿命のうちに道(タオ)と同化することは

限りなく困難と考えられました。

そこで仙人のように寿命を延ばす、もしくは不死を求めたのが

気功の始まりです。

 

原初の気功は体操のようなただの健康法でしたが

永い年月を経て人体を巡るエネルギーのコントロール法を確立し

独自の発展をしていきました。

 

仙人や不老不死にはなれないにしても

病気を予防したり、怪我の治癒力を高めたり

体を強靭にしたりという目に見える効果が現れるようになりました。

 

このことに着目した武術家が積極的に気功を取り入れ

また、易筋経やヨガなどの中国以外の功法とも融合させたものが

少林寺などの武術気功です。

 

気功の本来の目的は不老不死です。

そのため宗教とも結びつきやすいのです。

 

武術的に強くなるための気功は

その方法も目的も全く違います。

 

以上のことから武術気功は本物の気功ではないという見方です。

決して管理人が少林寺はインチキと言っている訳ではないので

誤解無き様お願いします。

北京中医薬大学

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管理人が中医学に興味をもっていた2010年、

鍼灸医や漢方医の先生方に混じって北京中医薬大学の短期研修に行きました。

 

以下その時の写真です。

倒福の赤紙が逆さまになっていません。まさか知らないのでしょうか。

 

この時は北京オリンピックの2年後で反日運動が起こる前だったので街もトイレも綺麗で良かったです。

 

ここからは観光写真です。

紫禁城

門の鋲が陽の数、9×9ですね。

 

ラストエンペラーが座っていたところです。

 

屋根には龍の子供達が並んでいます。

 

万里の長城

 

明の十三陵

 

天壇公園

今みたいなPM2.5スモッグもそんなに問題視されていなく晴天続きでした。

「天の蒼々たるはそれ正色か、其れ遠くにして至極ならざるからか」という

荘子の一文が思い浮かびます。

 

公園では推手をする人もいました。

 

証明証と記念のボールペンです。

 

この時に聞いた話では中国の気功は

大学等の政府機関で研究されているもの以外は存在しないようです。

 

少林寺など見世物として披露するものと

公園などで行われている気功ダンスは本物の気功ではありません。

 

原因は天安門事件で、この事件の首謀者が法輪功という気功集団であったことから

他の気功団体、新興宗教団体も徹底的に弾圧され姿を消したそうです。

中国での法輪功は、日本のオウム真理教のような扱いです。

 

気功=中国というイメージがありますが、最早それは幻想なのかもしれません。