弁護士 小田典靖
平成24年2月10日の中日新聞の朝刊記事に私のコメントが掲載されました。
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から。
記事は、賃貸住宅における原状回復トラブルに関するものです。賃貸住宅を返すときには、現状に回復することを求められます。この原状回復に関しては、その範囲や金額を巡ってトラブルになることが多いです。
そこで、国土交通省は、平成10年3月に「原状回復を巡るトラブルとガイドライン」をとりまとめ、一般的な基準を発表しました。その後、平成16年2月と平成23年8月に改訂が行われて、現在に至っています。
平成23年8月改訂のポイントの1つに、事前予防が重視されたということが挙げられます。
どういうことかと言いますと、原状回復トラブルは賃貸住宅を明け渡すときに表面化します。しかも、予め差し入れてあった敷金から原状回復に必要な費用を差し引くという形で精算が行われます。そのため、賃借人の側から、もっと敷金を返してもらえるはずだと求めなければならないケースが多いです。しかし、差し入れてある敷金は家賃の数ヶ月分で、この程度のお金を取り返すというのが一番悩ましいのです。泣き寝入りするわけにはいかない金額であるが、かと言って、弁護士費用や裁判費用などをかけたら意味がなくなってしまいます。それに、そもそも時間や手間も惜しい、要するに、コストが見合わないのです。
しかも、遠方に転居した場合は、元の賃貸人と交渉するのが著しく難しくなってしまいます。
従って、原状回復トラブルを事後的に解決しようとしても、難しいのです。そこで、平成23年8月の改訂では、事後的な解決よりも、契約時に予め明確に合意しておくことが望ましいという観点から、そのための書式が用意されたのです。このような方針は、間違ってはいないと思います。
しかし、事前予防が望ましいのは明らかですが、本当に事前予防が可能なのでしょうか。皆さんも、自分が賃貸住宅を借りるときのことを考えてみて下さい。たいがいは部屋を借りると決めたら、不動産業者が用意した契約書にサインして押印するだけです。その時点で、原状回復について交渉などする余地はあるのでしょうか。
契約時点で原状回復の範囲や金額について交渉するためには、賃借人に賃貸人側と対等に交渉できる能力が備わっていることが必要です。しかし、現状では、部屋を探す期間が限られていること、賃貸人側は不動産業者という専門家を依頼しているのに対して賃借人側はそのような専門家を依頼していないことなどからして、対等な交渉力はありません。だからと言って、対等な交渉力を確保するために、賃貸住宅をどんどん増やして賃借人優位の市場を作り出せば良いかというと、それは社会全体に与える影響が大きすぎます。
結局、対等な交渉力がない以上、事前予防が望ましいと言っても、絵に描いた餅なのです。
このように当事者間での是正・調整が困難な以上、当事者以外の者が是正・調整を図るしかありません。そういう意味では、国土交通省が、平成24年2月10日に賃貸住宅標準契約書を改訂して原状回復費用の明確化を試みたことは評価できますが、それだけでは足りないでしょう。業界団体などに対して、積極的に契約時の原状回復費用の明確化を働きかけていくことが肝要だと思われます。
また、国土交通省という、実は産業育成官庁に期待するには当然に限界があります。民間の消費者団体などが賃借人側の立場から不断に是正を求めていくことが必要です。適格消費者団体による差止請求権は、そういう観点からは高く評価できると思います。
いずれにしろ、この問題の本当の意味での解決は容易ではないだろうと思います。