今回の稽古は「玉露」。久しぶりの玉露だった。出席者全員がそれぞれ3煎づつ淹れた。それぞれに味が明確に異なる。1煎目はまろやかで甘さを感じる。2煎目はまろやかさの中に渋みが感じられ美味しくなっていく。これが玉露の醍醐味である。

今回の稽古は、実に盛り上がりをみせた。理由は、写真のお軸の画から想像が膨らみすぎ、妄想へと広がり独自の解釈が生まれた。それにたどりつくまで笑いが止まらない。そのきっかけをつくったのが、稽古仲間の"うなぎ博士"といわれているおじさん。

いつものとおり、この画を観て、季節はいつごろ? 画に登場している人物はなにをしている? などと想像を膨らませていくわけだが、画を描く約束事を知らない者には想像すらできない。だから妄想へと走る。

宗匠が、我々の妄想を軌道修正しながら画の解釈を進める。解釈を進める中、おじさんたちは、まず "艶っぽいストリー?" という切り口から始まる。
それはさておき、季節を感じ取るものがなんであるかを見定める必要がある。この画からは、中央に描かれている「柳」が、そうである。柳の伸び具合と青々した柳に感じられるかがポイント。そして中国の古典からいうと柳は惜別を意味している。そのことを知って押さえていれば、登場人物がなにをしているのかが見えてくるはずなんだが、我々にはほど遠い。川があり橋がかかっているから老人が釣り楽しもうとしているイメージの画に見えるのである。

むかし若かりしころ、この橋を渡った向こう岸で、好きだった女性と別たときのことを思い起こし、その人はいまどうしているのだろう、というのがこの画の正当な解釈になる。
我々おじさんたちは、むかし話ではなく、いま老らくの恋を楽しんでいる姿だと切り返してみた。なら、そこで宗匠は、そうであるならば、「好詩向過橋」ではなく、いまの老らくの恋に変えていく賛を考えてみなさい、と。

そこで、"うなぎ博士" のおじさんが、見事な賛を生み出した。
「雨過青天到春風」とした。お見事!!
やはり艶っぽい話にしてしまった。


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