• 24 Aug
    • 文人生活に欠かせない「書斎」とは!?

      先週の日曜日のテレビ番組、情熱大陸は元総理大臣「細川護煕」さんだった。政治家をきっぱりやめ芸術家に転身。それで未だに注目を集める。画家、書家として、そして陶芸家として大作を世に出しているからだ。世間の声には耳を傾けず、世俗を離れて我が路をいく平成の文人として生きておられる。 その日の午後に、京大名誉教授の西垣安比古先生の講演テーマ「18ー19世紀の朝鮮における文人の書斎とその世界」を聴いたばかりだ。そしてその夜に、細川護煕さんの文人生活をテレビを通してだけどほんの少しかいま見たが、非常に共通する暮らしスタイルが見えた。その共通項といえるのが「書斎」である。朝鮮時代の文人の書斎は「書堂」といわれていた。その書堂には、中国でも日本でも女性は立ち入りできなかったようだ。その反面、男性は、女性の職域である台所には入らなかった。細川さんは、日頃家族から離れ湯河原の別荘で暮らしておられるようだ。広大な敷地内に工房と住まいがある。その一室が寝室兼書斎。本を読んでいる時間が何よりも楽しいという。テレビからその感性のようなものが伝わってきた。 そういう世俗から離れた文人生活には小さくても書斎という空間があって、そこには本があり、書を嗜む道具一式が揃っている。そんな空間での生活に、むかしから「煎茶」は欠かせないものだった。喉を潤すこと以上に心の渇きを癒すものとして必須のものだった。その書斎に人を招き入れおもてなしするなんて考えられないのである。独りの世界に浸る、それが書斎なのである。 いまの時代に、そんな暮らしはなかなか出来そうにもない。自分の生き方がない限り落ち着く世界ではない。周りを気にせずに、経済的にも余裕があって、自身の生き方に揺るぎない考えをもってないと出来ない暮らしなのだろう。妄想の中でもそんな暮らしを描くと日頃も楽しくなるのではないだろうか。 

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  • 20 Aug
    • 「アンダーハンドパス」が銀メダル獲得の原動力。

        今朝、日本時間10時半すぎ、日本を揺るがすほどの大激震がはしった。陸上競技男子400mリレー決勝で見事銀メダルを獲得した。その瞬間をテレビで見ていた。北京オリンピックの銅メダルに続いてのメダル獲得となった。今回のリオ銀メダルは、ジャマイカに次いで2位。誰もが想像できなかった銀メダルだ。絶大なる結果には間違いないが、私の中では、アメリカに勝ったということの方が重大事だった。いままでの世界陸上短距離界で考えても想像してもあり得ないことをやってのけた。それがこの男子400mリレーである。日本の歴史に刻まれる大きな出来事になるのだろう。 この快挙の立役者として外せないことが「バトンパス」。誰しもそう思っていることだろう。「バトンパス」が、この快挙を成し遂げた一番の大きな要因ではないだろうか。そう思えてならない。 このバトンパスには、「オーバーハンドパス」と「アンダーハンドパス」の2つがある。オーバーハンドパスが普通に使われるなか、アンダーハンドパスを使っていたのは、このリオではフランスと日本のみだったようだ。日本が勝負できるのはチーム力。いわゆる走力とバトン渡し技術がかみ合ってこその結果だった。日本がこのアンダーハンドパスをするようになったのは2001年からのようだ。それは、オーバーハンドパスに比べてアンダーハンドパスは、渡し手、受け手の利得距離は稼ぎにくい。できるだけ距離をとりながら渡す練習を何度も何度も繰り返したという。さらにバトンを渡すときにモタモタしないことやバトンを落としたり渡し損ねることの危険性が極めて低くということらしい。そして受け手の走力が落ちないでバトンを受け取ることがでくるのが最大の特徴のようだ。 0.01秒を縮めるためにこだわったアンダーハンドバトンがスムースにいった結果だと関係者は評価している。この0.01秒を縮めるためにわれわれには見えない科学的な工夫や努力がなされている。そしてもう一つが走者の走順も結果に大きく影響するといわれている。このリオでの第1走者はスタートが得意の山県亮太選手、第2走者は、直線距離なので飯塚翔太選手、第3走者の桐生祥秀選手はコーナー走りが得意。そして第4走者は競り合いに強いケンブリッジ飛鳥選手。この4人の適材適所が銀メダルに繋がったことも大きいと言われている。 ひとり一人の力は、まだまだ世界には及ばないが、それをカバーしたのがチーム力。戦略的にも戦術的にも緻密に考え抜かれた技術が個々の走力をさらに高めたことは間違いないだろう。0.01秒を縮めるために、アンダーハンドパスが欠かせない武器になっていくはずである。 ※写真は、朝日新聞デジタルより転載

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  • 19 Aug
    • 「タカマツペア」とかけがえのない時間を過ごす。

       昨夜も遅くまでテレビにかじりついていた。バトミントン女子ダブルスの決勝戦に釘付けになった。ドキドキ、ドキドキしながら、3セット目の終盤では、タカマツペアが1点とるたびに一人でテレビの前でガッツポーズ。16-19。3点リードされ断崖絶壁崖っぷちに立たされ、あ~、銀メダルかぁ~、と落胆のため息が、私の口から漏れた。あと2点で終わりだ、と。負ける瞬間をみたくない、と思いながら寝る準備を始めた。 ところがである。相手のミスで17点目が入った。歯ブラシをくわえたままでガッツポーズ。しかし、相手が20点になるとそこからの逆転はほぼあり得ない。そう心で呟きながら、あきらめ半分で歯磨きを続けた。タカマツペアのスマッシュで18点目をとり連取。祈るおもいで次のゲームをみた。同点になった。歯ブラシは口に入ったままで両手を高々と振り上げ再びガッツポーズ。午前2時くらいなので声を抑えながら私も独りで闘った。ここまでくると、もし負けたらなんて、という不安は吹っ飛んだ。ゲンキンなものである。タカマツペアの死闘にあおられ、おっさんも声を抑え張り上げての応援に口の中の歯ブラシと口の中の歯磨き粉が吹っ飛んだ。続いて、松友がシャトルを押し込んで逆転。そのときも両手を高々とあげた。テレビから相手チームの表情が伝えられた。相手選手の一人が微笑んでみせたが、明らかに動揺がみてとれた。このままイケ~、と心の中で叫んだ。ラリーの末、相手がシャトルをネットにかけ。タカマツペアの奇跡の大逆転劇で見事金メダルを奪い取った。髙橋が床に転がり込んだのと同じように、私も大の字に。だれも見ていないからいいようなもの、口は白い歯磨き粉で泡だらけ状態になっていた。 今朝起きてテレビをつけるとタカマツペアの試合結果を各局とも流していた。そして彼女たちの過去を振り返りドキュメタリータッチにして功績を讃えていた。私もそれに刺激され彼女たちの過去の戦績を少し調べてみた。2008年に2人はペアを組んで全国高校選抜大会で初優勝飾っている。そして3年後の2011年は全日本総合選手権で初優勝、翌年の同大会で連覇、そして全日本社会人大会でも優勝している。前回のロンドンオリンピック出場はならず涙をのんだ。その悔しさをバネにリオオリンピック出場に照準をあわせた。そしてふたりして4年間の死闘がそのときから始まった。その後、日本ではダブルス無敵の存在へと昇りつめた。国際大会では、2009年の大阪インターナショナルで初優勝を果たし、それ以来、各国際大会でも優勝、準優勝というつねにトップに君臨する力を世界に示していった。2014年の、世界的にも権威ある全英オープンでは見事3位を獲得、その年の秋のランキングで初めて「世界1位」の称号をつかみ取った。それは、日本人としてバトミントン全5種目を通して初の快挙となった。 世界が認める実力をもつ女子ダブルス「タカマツペア」が誕生、その証をみせたのが今回のリオ。名実共に世界チャンピオンになった。その戦いにテレビを通してであるが、精神誠意、無心で応援できたのは私にとってもかけがえの時間だった。髙橋さん、松友さん、ほんとうにありがとう。そして金メダル、おめでとう!   

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  • 18 Aug
    • 菊は、日の出ずる国家の象徴の原型 !?

      一年の最後に咲く花は「菊」である。菊は、私にとっても馴染みの深い花である。子どものときに、父親がいつも庭で菊の手入れをしていたのをよく覚えている。年一度の尾道千光寺公園での菊人形大会の大輪菊などの展覧会に父親が出品していたせいもあって日常の中に菊があった。大人になり、仕事関係では1990年の「花の万博」が大阪で開催されたときに、某国営放送の仕事で「花コンテスト」のアナウンス原稿を書く仕事をさせていただいたときに花への関心がさらに高まっていった。そのせいか、いまでも多少、花を見ると心が高鳴る。 一昨年、上京したおりに靖国神社に参拝した。そのとき、門扉に菊花紋の装飾がほどこされているのに驚いた。それは、靖国神社が昔でいう別格官弊社のひとつとして天皇家と深い係わりがあるからという理由らしい。門扉をくぐるときに初めて菊の紋章をじっくり拝覧することができた。そのときに初めて菊花の紋章に興味を抱き、菊と皇室とのかかわり合い。なぜ、菊が国を象徴する花になったのか、などが気になっていた。 先日、鶴の話を書いたとき、写真の2羽の鶴の上に実は「菊花の御紋」が描かれている。それを見たときに、靖国神社に行ったときに思った「菊花紋」の、私の中での謎を2年越しになるが調べてみた。菊花紋は、延命長寿の効用がある延命草とも呼ばれる菊を原型に、花弁が放射状に並んでいることから日の光にも例えられているので、日の出ずる国家の象徴として適している花になったようだ。国家の象徴である天皇家のシンボルとして創作されたという。この菊花紋が正式に皇室の紋章となったのは、鎌倉時代の後鳥羽上皇のとき。さらにそのあと、明治22年に菊花中心の円の直径と菊花全体の大きさの割合などが定義され、その後、大正15年に発布された皇室儀制令により菊の花は16葉、その花弁は八重菊の複弁。そして弁の端の弧は32と定められた、と書かれてあった。(ウィキペディア参照)正式には少々かた苦しいが「十六弁八重表菊紋」というらしい。ちなみにパスポートの表紙にある御紋は、八重ではなくて「十六弁一重表菊紋」という。 もうすぐ9月。旧暦の9月は「菊月」と呼ばれていた。9月9日を重陽の節句というが、別名「菊の節句」ともいう。菊花の宴をで邪気を払い長命を祈った。「吉祥の鳥」である鶴と一緒に描かれている菊花紋も「吉祥文様」といわれている。写真にある図柄をみて、鶴や菊への愛着が一層深くなっていく。 

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  • 16 Aug
    • 力を感じた落語寄席。

      落語はたまに見にいく。 関西だからほとんど大阪の天満繁昌亭か、神戸の恋雅亭のどちらかである。 昨日は、天満繁昌亭に行ってきた。遠方からのお客様の、落語を聴いてみたいというご希望に応えお連れした。 昨日の出番の落語家さんをチェックしてみると、過去に一度も落語を聴いたことのないかたばかり。なおかつ名前すら聞いたことのない落語家さんがほとんどだった。一般にいう知名度の低い方たちということになる。みにいくのなら、TVなどによく出ている方たちをというのが普通である。 昼席に入場したのだが大入りの満員。観光客がほとんどかなと思いきや、見るからに地元のお兄ちゃんおっちゃん落語ファンの方たちで埋め尽くされていた。いうなら落語通のお客さんたちだ。 昼席で10人の演者で、若手から師匠クラスまでの方たち。どの方たちもおもしろかった。その中でも際だったのが、トリをつとめた「桂文三」さん。うまさに加え魅せる落語を披ろう。お客さんを釘付けにしてしまうほどの熱演だった。 上方の落語家さんの一部は、TVなどによく出演され知名度の高い方もたくさんいるが、そうでない落語家さんの方が多い。しかし、われわれの目にふれる機会はすくないが、それぞれの落語会で力をつけ精進されているのだろう。昨日は、その力を改めて感じた落語寄席だった。

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  • 13 Aug
    • 福原愛、卓球メジャーの大立役者。

      卓球はもうメジャーだ。10年前まではマイナー競技の代表格のようにいわれていた。そんな卓球をメジャー競技に押し上げたのが、いろんな選手や関係者の力もあるだろうが、なにをおいても「福原愛」だ。私はそう思っている。 今回のリオでの活躍の中で、新たな「福原愛」を見たような気がする。温泉卓球レベルの私には技術や戦略・戦術的なことは分からないが、ただ、数年前に見た福原愛の卓球技術より今回のリオ個人戦で見た試合の方がレベルが高くなっているような気がする。 彼女は、いまはもう27歳。私にとってみれば、え、と思うほどの年齢に思えるが、20数年前、テレビでみた福原愛は、可愛らしい「愛ちゃん」だった。今もその頃の「愛ちゃん」でしかない。卓球台からやっと顔が見えるくらいの年齢で必死にラケットを振っていた。ときよりお母さんに怒られ泣きながら玉を打ち返していた「愛ちゃん」。床に伏せて泣きじゃくる愛ちゃんを見ていると、おっさんごころに、そこまで追い込まんでもええやろ! とひとり呟いていたのを思い出す。 そんな過酷な練習があれ以来20年も続いている。どんな修行よりも辛いだろう。そうしないと世界の「福原愛」には到達しなかったのかも知れない。なんの世界も同じなんだろう。世界を制するためには・・・。 そしてこのリオに臨む前には、いままでやったことのない程のさらに過酷な練習をしたという。門外漢の私でもその成果が一試合一試合に見て取れた。テクニックはもちろんだけど、戦略・戦術に、相手をよむ力、リズムや流れ等々、それはそれは見事なものだったように思う。 それ以上に感じたのが、福原愛の「優しさ」である。卓球女子のキャプテンとしてこのリオでは大きな役割をもっている。 人をまとめる力も備わっている。一番のお姉さんとして気遣いや思いやりがテレビの画面を通して伝わってきた。試合中の福原愛の顔ではなく、妹たちを思いやる「愛姉ちゃん」の顔になっていた。見ていた人たちは誰しもそう思ったはずである。 写真は、Yahooの「福原愛」画像から転載

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  • 12 Aug
    • 知識人は、漁師に憧れる!?

      先日の稽古は、煎茶を氷水で「掌(たなごころ)」と「包茶法(ほうちゃほう}」という淹れ方で楽しんだ。盛夏の夜に煎茶のまろやかさと苦みが喉を潤してくれた。 さて、その夜の勉強のお題は、柳宗元の「漁翁(ぎょおう」。 水墨画で、大河の川岸に舟が浮かんでいる景色をよく見かける。中国では、黄河や長江のような大河とか、深い山渓を描いた水墨画が多いのはいうまでもない。とくに、古来から文人や知識人たちは、よく川岸に浮かぶ舟を描くことが多い。ストレスや不安を抱えた知識人たちは、のんびりと自然の中で漁を楽しんでいる漁師に憧れを持っていたようだ。官僚がへき地に左遷され、これからの人生をどう生きていくか思い悩む中で、漁師となってのんびり過ごす人生を妄想し画にしていく場合が結構あるという。 その情感を詠んだ代表的な詩が、中唐を代表する詩人、柳宗元の「漁翁」。柳宗元は、中唐代の文学者で王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。唐の韓愈、柳宗元、宋の欧陽脩、蘇洵、蘇軾、蘇轍、曾鞏、王安石の八人を指す。 その「漁翁」。 漁翁夜傍西巌宿 暁汲清湘然楚竹 煙銷日出不見人 欸乃一声山水緑 廻看天際下中流 巌上無心雲相逐 漁翁、夜、西巌に傍(そ)うて宿し、暁(あかつき)に清湘を汲(く)みて 楚竹を然(た)く。煙銷(き)え、日出づれば人見えず。欸乃(あいだい)一声、山水緑なり。天際を廻看して中流を下れば、巌上、無心雲相い逐(お)う。 漁師の老翁がひとり。西岸の岩のもとに舟を停めて夜をすごし、暁のころには、清らかな湘江の水を汲み、楚の竹を焚いて朝餉のしたくをする。朝もやが晴れて日が昇ってくると、もはや漁翁の姿は見えない。「えいおう」と舟漕ぎの一声だけが響くその景色は、山も水も青々と輝いている。はるか彼方を巡り見て、川の中ほどを漕ぎ下っていけば、昨夜舟を停めた岩の上空には、無心の雲が流れていく。 作者の柳宗元は、21歳の若さで科挙の最高試験である進士に及第。皇帝・順宗の信任を得て官人としてのエリートコースを歩んでいく。積極的な政治改革を目指したが、病弱だった順宗の退位によって失脚。その後は、地方官の任を転々としたまま長安へ復帰することなく柳州(江西省)で没した。上記の詩は、同じく左遷されていた永州(湖南省)での作である。 この詩をさらに噛みくだくと、名もない漁師の翁と、それを包みこむ大自然がこの叙景詩の全てである。岸辺の岩に停めた舟で、静かな一夜を休む。明け方、川の水を汲んで飲み、また楚竹を焚いて炊事をする漁翁。政界や官界の濁り水とは正反対に、この湘江の水はなんと清らかであることか。このような田舎の漁翁の暮らしぶりに、左遷された柳宗元は、ほとんど憧れにも近いものをもち、この上ない魅力を感じたのである。出世や栄達とも無縁で、財も地位ももたないが、清らかな自然とともにあるその日常の、なんと豊かであることか。 人間の「幸福」はなにをもってはかられるのかを考えさせる自然詩である。改めて詠み直すと心に迫るものがある。

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  • 10 Aug
    • 高貴な鳥の所以。

      いただいた住所録の表紙の、漆塗りで仕上げられている2羽の鶴を見ながら、一度は、わが目で鶴を見てみたいと思う気持ちが湧いてくる。 日本では、「鶴」と呼ばれるようになったのは平安時代だといわれている。 その鶴が “吉祥の鳥” といわれている所以がいくつかある。 それは、ご承知の通り、古来から鶴は千年も長生きするといわれ「長寿の象徴」として尊ばれている。また、雄牝でいつも連れ添っていることから夫婦鶴といわれ「仲良きことの象徴」とされている。さらに鳴き声が共鳴して遠方まで届くことから天に届く声といわれ「天上界に通ずる鳥」とされ、めでたい鳥といわれてきた。 これらの理由から、いまでも高貴な鳥として尊ばれているのではないだろうか。 感慨を深くしている。

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  • 06 Aug
    • 英会話ブーム、再来!?。

      英語が、2020年度から小学5、6年生で正式な教科となる。むかしからの英語教育とは少し違うようである。「聞く、話す、読む、書く」の4技能を総合的に育成するというのが文科省の案のようである。 最近、いろんな人から「英会話」を習い始めた、という声を聞く。以前では考えられなかった世代や職業の方たちからである。先日、FB友の芸妓さんが英会話を始めましたとか、知人のジャズシンガーの方も習っていますよ、と報告されていた。そして若手芸人さんや落語家さんも英会話レッスンをしている人が多いようだ。おもしろい方では、70代のご夫婦が揃ってネイティブ先生から個人レッスンを受けておられる。 第二次か三次か分からないが英会話ブームを感じさせる。 皆さんのお話によると、ほとんどが必要にかられて、という答えのようだ。むかしのように海外旅行するときに会話が出来たら、という願望ではなく、実践英会話のようだ。 芸妓さんは、外国からのお客様が増えてきたのでお座敷でのコミュニケーションには英語を欠かせなくて、と。70代のご夫婦は、今秋から民泊施設経営を始めるので奥さんと揃って始めたという。 新たな国際化の波が来ているのは間違いない。海外からの旅行客が増えている。ちなみに2015年で2千万人弱の旅行者が来日している。2014年と比較すると47.1%も増えているようだ。それも最近の特徴は、東京や京都だけではなく日本全国津々浦々で外国人旅行者が増えている。 いずれにしても日本に関心をもっている世界の人たちが多くなっている。10年以上前は、"日本はモノが高い"、"言葉は通じない" というのが外国の人のニッポンイメージだった。その情報が払拭されたのか、海外からの旅行者数が5年前に比べると3倍以上増えている。 あと10年もすれば、子ども大人も日常英語が喋れるようになっているかも知れない。ヨーロッパではお隣の国の言葉は喋れるのが普通である。日本も本格的な国際化がはじまろうとしている。地球規模の生活になっていく。 写真は、国際化劇場になっている「浅草浅草寺」

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  • 04 Aug
    • 一茶庵の不思議な魅力。

      一茶庵宗家で煎茶の稽古をするようになって8年になるだろうか。 道を極めようなどという大それた意気込みで稽古をしているわけではない。 ただ、茶論場で煎茶を愉しみ、文人画や漢詩を学び談笑談義することに喜びを感じている。 一茶庵のHPがリニュアルされていた。 http://www.human-n.co.jp/issa-an/

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  • 02 Aug
    • 感謝の言葉は、やはり「ありがとう」。

      感謝を表現する言葉はいくつかある。 例えば、荷物を両手に抱えて屋内に入ろうとしたとき、前の人が親切にドアを開け通してもらった経験は誰にもあるのではないだろうか。 その時の感謝の言葉に「すいません」もあれば「申し訳ありません」もある。こんな時はどんな言葉でも通じるが、やはり一番は「ありがとうございます」と思う。 この「ありがとうございます」は、どの言葉よりも相手への感謝の念が強いし、お互いの敬いが感じられる。 今日の研修会で、もっとも心に響いた言葉だった。

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  • 01 Aug
    • どんな「新生 日本」になるのだろう。

      4日後に開幕するリオオリンピック。テレビにかじりついて寝れない日々が続くのだろうか。 2020年の東京五輪の盛り上げにつなげてもらうために、このリオでの日本選手のメダル獲得がひとつの大きなファクターになってくる。 52年前の東京五輪では金メダル16個、銀が5個、銅が8個、計29を獲得しアメリカ、ソビエト(当時)に次ぐ3位だった。 この2年後、ビートルズ来日。戦後の暮らしが 落ちつき始め経済大国への足がかりをつかんでいった。 現在、アベノミクスが成功したか、そうではないかは、それぞれの判断は異なるが、これからの日本の将来は誰しもが気になるところだ。 50年前の高度成長の草創期を支えたいくつかのファクターのように、2020年の東京五輪が56年前よりももっと大きなエネルギーになり新生 日本の第二草創期になってくれることを願ってやまない。

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  • 24 Jul
    • なにしてんの?

      娘たちの誕生日会の夜。可愛い天使は興奮が冷めやらず寝れないようだ。 ママと横になってたのだが、隣が気になったのか襖を開け顔を覗かせてきた。 ”寝れないよ〜” だって。

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  • 22 Jul
    • 今年から新参者が加わる。

      一昨夜、娘2人の誕生日会をまとめてした。 2人とも7月下旬なので大人になってからはまとめてする習慣になっている。 ともに30歳を超えた。次女が笑いながら大人の女性になったよ、と。 一般にはそうかもしれんが、親にしてみれば、むかしのまんま。 今年から新たに娘二世が加わった。

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  • 16 Jul
    • 王維の自然詩、「詩中に画あり」。

      "竹"や"月"を題材にした俳諧は多い。先日の稽古のお軸もそれだった。 俳句などで竹林や月を題材にするようになったのは、中国 唐の時代に画家であり詩人であり政治家であった“王維(おうい)”の自然詩の影響が大きいといっても過言ではない。詩の中でも「竹里館(ちくりかん)」は、日本の国語の教科書に紹介されているくらい有名な五言絶句の詩である。 その「竹里館」を紐解いていくと自然詩の情感や情景が見えてくるようだ。 獨坐幽篁裏 彈琴復長嘯 深林人不知 明月來相照 和訳すると、 独り坐す幽篁(ゆうこう)の裏(うち) 琴を弾じて復(また)長嘯(ちょうしょう)す 深林人知らず 明月来たりて相照らす さらにかいつまんでいうと ただ一人で奥深い竹やぶの中に坐って、 琴を弾いたり、声を長くひいて詩を吟じたりしている。 この竹林の中の趣は、世間の人は誰も知らないけれども、 天上の明月だけはやって来て、私を照らしてくれる。 宗匠から、この詩を知っていますか、という問いに誰一人として声が上がらない。我々の当時の国語の教科書にも紹介されていたほどの有名な漢詩なんですよ。と言われても反応がイマイチだったのか、それなら、いまからでも遅くないので、覚えましょう、と。宗匠の後についてなんどもなんども唱和した。 王維の自然詩は “詩中に画あり”といわれるほどの作風が多い。一般的には、独り竹林で琴を奏でるイメージは暗さが先行する。しかしながら、この自然詩にはその暗さや寂しさは微塵も感じられない。自然に同化し俗の世界から超越したイメージが伝わってくる。自分の世界観を表現し、後世に残る詩となっている。この情感が素直に理解できるのはいつのことや。 上の写真は、yahooの王維の画像から転載

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  • 15 Jul
    • 王維の自然詩の影響は絶大。

      "竹"や"月"を題材にした俳諧は多い。先日の稽古のお軸もそれだった。俳句などで竹林や月を題材にするようになったのは、中国は唐の時代を象徴する自然詩人の王維の自然詩の影響が大きいといっても過言ではない。中でも「竹里館(ちくりかん)」は、日本の国語の教科書に表記されるくらい有名な五言絶句の詩である。その「竹里館」を紐解いていくと自然詩としての情感が見えてくる。 獨坐幽篁裏 彈琴復長嘯 深林人不知 明月來相照 独り坐す幽篁(ゆうこう)の裏(うち) 琴を弾じて復(また)長嘯(ちょうしょう)す 深林人知らず 明月来たりて相照ら さらに分かりやすく訳すと下記のようになる。 ただ一人で奥深い竹やぶの中に坐って、 琴を弾いたり、声を長くひいて詩を吟じたりしている。 この竹林の中の趣は、世間の人は誰も知らないけれども、 天上の明月だけはやって来て、私を照らしてくれる。 宗匠から、この詩を知っていますか、という問いに誰一人として声が上がらない。我々の当時の国語の教科書にも表記されていたほどの有名な漢詩なんですよ。と言われても反応がイマイチだったのか、それなら、いまからでも遅くないので、覚えましょう、と。 宗匠の後についてなんどもなんども唱和した。

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  • 13 Jul
    • ひと捻りで、がらりと情景が変わる。

      「屋根ぬきし 今年の竹に 夏の月」。 昨夜の煎茶稽古で掛かっていたお軸に書かれていた句である。 この句は、写実的な情景は浮かぶが煎茶席には何かしらモノ足らなさを感じる。 この句をひと捻りするとまた違った想像が膨れる。 宗匠からお題がでた。この句を連句と考え、はじめの五言を変えてみると粋な対句になるはずだ、と。 弟子たちから、「夜白み 今年の竹に 夏の月」とか、「残り香や 今年の竹に 夏の月」とかが発せられた。こうなると情景ががらりと変わる。艶っぽい男と女の話になってくる。 まさに書巻の気、文化の匂いが立ち上がってくるから不思議だ。 熱い夜に冷水で淹れた煎茶を楽しみながら、ことば遊びをするのもオツなものである。

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  • 29 Jun
  • 26 Jun
    • 色模様に変化。

      50年ぶりに京都の花街復活をめざす島原に「太夫」が誕生した。 その名は「葵太夫」。 2014年11月26日、禿(かむろ・太夫の身の回りを世話する おつきの童女)、振袖太夫(ふりそでたゆう・太夫の見習い、芸妓に対する舞妓のようなもの)の修行を経て誕生、現在、島原で活動する太夫として6人目である。 そもそも太夫というのは、豊臣秀吉が、都を活性化するためにつくった始まりとされている。とくに島原は江戸時代に栄えた花街で、いまでいうテーマパークのような存在だったようだ。町人商人はもちろんだが、武家や公家さんたちも散在したようだ。 そこの最大の人気キャラクターで高見の華的存在が、歌舞、茶道、華道、俳諧などの多彩な芸と豊かな教養を持つ芸妓の最高位が太夫である。 短い袖の豪華な打ち掛けに島原結びの帯といういでたちで、内八文字と呼ばれる独特の歩き方もさることながら、若々しい妖艶あふれる葵太夫独特の艶深さに惹かれる老若男女は多いようである。 ある方の写真に目がとまり、それ以来、小生の色模様にも変化が生じてきた。 写真は、小財郁男さん他

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  • 08 Jun
    • 文人茶のおあそび「闘茶」を楽しむ。

      5月中頃から1ヶ月間行われている大阪・東横堀川周辺のまち巡り「e-よこ逍遥」のイベントの一環として、一茶庵易社の稽古 “文人茶を愉しもう” 体験会が2週連続で行われた。 昨夜は、佃宗匠の計らいで茶歌舞伎といわれる「闘茶」を楽しんだ。闘茶というのはいくつかの異なる種類お茶を飲み、最後に飲んだお茶が、最初にいくつか飲んだお茶の中から同じものを当てる「利き茶」的な遊びである。 稽古場に行くと、宗匠からお点前は小生がするように言い渡され、急遽お点前席に座った。そこで初めて「闘茶」をするということ告げられた。飾り棚の上に小さな茶心壷(茶葉入れ)が4つ並べてあった。最初の3つの茶心壷には種類の異なる茶葉が入っている。残りの1つには、3つの中の1つと同じ茶葉か、または全く違うものが入っている、という内容の説明が宗匠からあった。 ようは「お茶当てクイズ」のようなものある。そうなると、淹れるのが難しい。4煎とも一定の淹れ方が要求されるわけだ。でないと、同じ茶葉でも淹れ方によって味が変わるくらいだから、異なる茶葉ならなおのことである。 宗匠からは「湯気の上がり具合をみて自分で判断してください」と指示があった。初めての方たちに淹れるので緊張感を持ちながらも、そこは年の功である。 10人中半数近くの方たちが見事当てられた。それも見事だけど、お点前した小生の淹れ方が安定していたのかも、と自画自賛。 小生の隣の席に宗匠の奥様(先生)が座り、小声でサポートしていただいたお陰なのである。実は。

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