K市の憂鬱

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なべじろうの小屋  The hut of nabejiro
僕が夜遅く帰ってくると、その駅に降り立ったのは僕ひとりだった。周囲を見回しながら寂しさの奥に何とも言いようのない恐怖感があって、急いで踏み切りを渡った。

なべじろうの小屋  The hut of nabejiro
そのとき、また電車が来た。

なべじろうの小屋  The hut of nabejiro
無人のホーム到着する電車は・・・。

なべじろうの小屋  The hut of nabejiro
一体何を乗せて走り去るのだろう?

なべじろうの小屋  The hut of nabejiro
電車は失踪し始めて、目の前が天然色に変貌していった。
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日本語が死ぬ

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 テレビばかり見ている。見ていると不快で仕方がない。なら、見なければ良いではないか? その通りである。そうしよう。その前に何が不快なのかをお話しておくね。

 テレビを見ていると芸人が多い。これは不景気なので仕方がない。限りなく素人に近いが、最近では“飲み会”や“カラオケ大会”みたいに番組完成を計算しない番組が多く、またそれが受けているので、素人に近い方が出演料が安上がりな芸人を使うのである。それだけ景気は悪いのである。

 ただし、特に関西芸人による日本語の関西弁化が不快である。めっちゃ、~やん、まぁじでぇ!なんていう馬鹿な言葉づかいが一般に普及している・・・というか定着してしまった。さらにかなり前から「テンション」「リアクション」という妙な英語も日本語化してしまっている。「セレブ」なんかもそうだ。何を指してセレブと言うのだ。そういえばイケメンというのもそうだな。セレブではなくてイケメンではない僕が言うとやっかみに聞こえるだろうが、ま、それでもいい。

 それにIT関連起業が元になって一般ビジネスマンたちにも蔓延してしまった和製英語も嫌になる。「モチベーション」とか「スキル」とか「インフラ」とか「アプリケーション」とか「インパクト」とか「プロパー」とかうひひひひ・・・。

 ああやだやだ。

 それ以前にも「野菜が売ってる」とか・・・野菜を売っているが正しくて、野菜が売られているでもいいと思うが、なぜか「野菜が」になるのである。それでは野菜がなにかを売っているようではないか?

 ほかにも、“がっちり食う”と普通に言えばいいのにわざわざ「がっつり食う」などと妙な言い方をしている。さらに「このカツ丼いい香り」ときたもんだ。それを言うなら「このカツ丼いい匂い」だろうが。香りと匂いの使い分けもできていない。香りと言うのは花の香りとか芳香さを指すものであろうが。なんだかよくわからない

 既に人間は終わっているから、今更言うのもなんだが・・・日本語も既に終わっているのだ。偽ものの英単語の挿入によって、いつの間にか日本語は英語に変わるのか? それとも標準語は関西弁になってしまうのだろうか?
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 生まれたら死ぬに決まっている

 生きていたら良いことをするに決まっている
 生きていたら悪いことをするに決まっている
 善悪の基準なんてないんだよ

 国を治めれば滅ばされるに決まっている
 滅ぼされればまた国を治めるに決まっている
 
 夢が実現してもしかたないんだよ
 人の夢なんてなんてことないんだよ

 それより昼間寝ていい夢見ろよ
 くだらない世界なんて気にするな

 なんてことない人生や
 なんてことない運命に惑わされるな
 負けてもいいや
 勝とうとするな
 勝ち負けの基準なんてないんだよ

 死んだら生まれるに決まっている


 なんてことのない人生にさようならさ
 
 
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