ブログの悪夢

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ブログは個人的な日記を見知らぬ不特定多数の人間に読んでもらおうという所謂「露出狂」の行為なのですが、小説家や評論家や芸能人になれない寂しい人間が「憂さを晴らす」ための悲しい行為でもあったのです。

ブログ人口が少ない時にはいかに日記とはいえ「良心的で参考になる」ものが多かったのですが、今はめちゃくちゃでデジタル弊害とも言える妙なものが多いのです。実際は知りもしないくせにあちこちからの引用にとどまり、まるで「その道のプロ」たるかのように音楽や映画を語る偽者の多いこと。

僕なんかもその一人でしょうが、勉強研究の為にはお金なんか惜しみません。貧乏でも高価なものも実際に購入しニコンD200で撮影しブログ化してきました。

しかし、前述したように本当にけちで貧乏な輩は偽ものの役に立たない情報で客寄せし、しかも、その目的が不明という異常性を露呈しています。それでも結ランキングは上位に入っているという奇妙さ・・・。僕には理解できません。

芸能人や小説家やその道のプロであれば、個人ブログを持ち、宣伝に励む・・・というのであれば納得できます。だが、偽者たちの目的がわかりません。単なる人集めでコミュニケーションをはかりたいだけでしょうか? それとも「物売り」なのでしょうか? 

それが目的というのならば、僕には理解できない利己資本主義的な異常行為でしかありません。ん? それは人としてまともな行為だって? それならば僕のほうが「無目的」なのですから一般的には僕の方が「異常」になってしまいます。

困りました。それではブログを継続する意味がありませんな。そろそろ飽きてきましたね。ブログなんかやめて自費(慈悲)出版した方がいいですな。
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下山事件 Shimoyama Murder Case は、松本清張にはまった(といっても全部読んだわけではない。わたしは常に半端なのだ)昭和50年代・・・郡山女子高の近くに小さな書店があり、そこにはマニアックな探偵小説やら時代伝奇小説やらがゴロゴロと転がって・・・うんにゃ、陳列販売されておりました。

わたしはそこで夢野久作、小栗虫太郎、甲賀三郎、大下宇陀児(おおしたうだる)、香山滋(ゴジラの原作者、ちなみにきのこの化け物マタンゴの原作者のひとりは星新一です)、久生十蘭、国枝史郎、海野十三(うんのじゅうざ)などの作品を買い集め、眺めることと(私は読書家ではなく積ん読家なのだ)なるのだった。

そいつらは戦前の探偵小説や伝奇小説、SF小説であって、わたしはホモ同時に斎藤栄(勝海舟の殺人、Nの悲劇、日本のイエスキリストの謎、方丈記殺人事件、徒然草殺人事件、日本SL殺人案内等々・・・)、西村京太郎(十津川警部シリーズは糞・・・以下の名作あり。ポアロ、クイーン、メグレ、明智などの名探偵が出演する「名探偵なんか怖くない」、「名探偵が多すぎる」、「名探偵も楽じゃない」などの名探偵シリーズ、「伊豆七島殺人事件」、「殺人者はオーロラを見た」、「ハイビスカス殺人事件」、「四つの終止符」、「殺しの双曲線(山登りマニア向け?)」、「天使の傷痕」等々・・・)、高木彬光(「刺青殺人事件」、「成吉思汗の秘密」、「邪馬台国の秘密」、「人形はなぜ殺される」等々・・・)、大谷羊太郎(「殺人航路」・・・鷹見緋紗子名義で「死体は二度消えた」、「我が師はサタン」等がある)、天藤真(「大誘拐」、「遠きに目ありて」、「殺しへの招待」、「皆殺しパーティー」、上記大谷羊太郎との共用ペンネーム鷹見緋紗子名義で「覆面レクイエム」あり)、のちに社会派になる馬鹿作家 森村誠一(それでも「高層の死角」「密閉山脈(山登りマニア向け?)」「新幹線殺人事件」「超高層ホテル殺人事件」「東京空港殺人事件」等々名作あり)などを好んで読んだ。

松本清張はそいつらとは違って現代的な・・・といっても昭和30~40年代が舞台の推理小説であり、しかも・・・いわゆる社会派と呼ばれるもので、わたしは虫唾が走るほど嫌いな推理小説の分野でした。

その松本清張でも「点と線」、「時間の習俗」、「死の配送」とか「黒い画集」とか「砂の器」とかアリバイ工作、凶器の隠蔽に奇抜な凶器・・・などのトリックが主体の本格推理ものはみな傑作でやんした。

下山事件は松本清張の「日本の黒い霧」によって初めて知りました。下山はGHQによる労組解体命令を遂行しようとする直前に何者かによって誘拐殺害された。松本は戦後まもない迷宮事件はすべてGHQが共産主義者排除のためやダイヤモンド強奪のために起こしたのだと自論を展開します。三鷹事件、松川事件、下山事件(共産主義者排除)、もくせい号墜落事件(ダイヤ強奪)、帝銀事件(アメリカの対ソ戦に使用する日本軍731部隊の毒薬開発実験?)・・・。

なかでも下山事件は「早朝に三越に呼び出して拉致し、銀座線で上野行き、田端の染料工場にて下山を殺害し(工場の染料が轢断された下山の衣服に付着していた)、同時に別働隊が東武伊勢崎線五反野付近で下山らしい人物を装って芝居し自殺を演出(休憩したとされる旅館などすべて目撃者は共謀)、そこに下山の死体を運び、線路に放置プレイしたうえに電車に轢断させる・・・死後轢断。私語禁止とは異なる」といった本格推理ぶりが面白く・・・熟読したわたしであった。

ま、社会派といっても謎ときは本格推理っぽくて好きだったということです。
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 やっと引っ越しが終了間近です。今月初めに出版した書籍の営業および編集作業に追われながら引っ越し作業というのは辛い...正式な引っ越し日はとっくに過ぎているのですよ。新居に運び込んだ荷物がまだまだ整理されていないのです。

 随分前から自家用軽で少しずつ大事な本やCDを運んでいたのですが、なにしろ凄い荷物です。CDは買っては売るので(この楽しみを無駄と称して理解できない大馬鹿もいるようですが...貧乏なんだろうなそういう奴って...いや、音楽自体の楽しみ方を総合的に楽しめない偽物なのよね...けけけ)そう、CDやレコードなんかは思ったよりは数が少ないんですわ。多いのは「本」です。探偵小説、怪奇幻想小説、写真、芸術...に幕末オタクですから関連書籍は運んでも運んでも終わらない...最終的には引っ越し屋さんが「っく...重い... 」とか呻きながら4人で運んでくれました。

 僕が馬鹿だから段ボール箱にぎっしりと本を詰めちゃったので引っ越し屋さんたちの白い目をかわしながら運んでもらった本を分類し、新しい書棚に詰め込んでいきます。

 引っ越し屋さんが帰った後の惨状...いやいやそれほど酷くはないのです。なにしろ新しい家の容量が違います。2部屋を満杯にしてもまだリビングと和室が残っており、そこで生活しながら徐々に荷物をほどいて片付けているのです。もう引っ越しはこりごりです。

 さらに昨日はジュンク堂から自由価格本というのを購入してしまいました。馬鹿の神髄ですな。この自由価格本というのが凄いのです。欲しくてしかたがなかった探偵小説本が半額以上になっているのです。

 何を買ったのか? 浜尾四郎全集...といっても知らない人ばかりでしょうが、昭和初頭に活躍した探偵小説作家なのです。本業は検事から弁護士となった変わり種です。

 全集は2冊組で、1巻目には彼の長編「殺人鬼(ハヤカワミステリでも刊行されています)」「鉄鎖殺人事件(僕は春陽堂文庫も持っています)」「博士邸の怪事件」に...著者死去によって中絶した「平家殺人事件」が収録されています。2巻目は短編集と随筆集で構成されています。1冊6800円×2=13600円が4725円でした。小栗虫太郎全集もあるのですがこちらは安いと言っても高価(63000円が25200円)なので買えませんでした。

 引っ越したら音楽への興味が薄くなりました。7年前に宅録した自分のCDばかり聴いてます。ナルシストもいいところですが、自分で作った音楽というのは自分好みに作っているので、しかたがないのですな。へたくそなアマチュアだけど自分の楽しみのために手間かけて宅録していくというのは素晴らしい趣味だと思いますよ。ま、他人には聴かせられませんがね。

 当分は自分の音楽聴いて本を片付けましょうか。
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