植木先生死すっ!!!

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  植木さんが亡くなった。呼吸不全だそうだ。80歳。植木さんを失礼だが師と仰ぐあたいは臨時ニュースの訃報を聞いて目を疑った。が、臨時ニュース扱いである。植木さんも嬉しいだろう。

 もうあれだけの無責任スターは出てこないだろう。「無責任」として許可してあげたいのは高田純次くらいだが、彼ももうおじいちゃんである。何度も書いているけど80年代に「二代目無責任」なんていわれた「所ジョージ」は、顔の輪郭が似ているだけで「笑いのセンスがない」「歌唱力がない」「品がない」といった点で二代目無責任ではない。間違えてはいけない。志村けんもドリフターズではない。

  植木さん、僕は悲しいです。人は知らぬ間に年をとってしまうものですし、人は死んでしまうものですが、植木さんをこの世で見ることが出来ないのは本当に残念です。昨年テレビで見かけた植木さんは、青島幸男さんの葬式で鼻から管を装着していた姿でした。それはあまりにも悲しくて・・・目をそむけたくなるような姿でしたが、同時に「まだ生きておられた」と嬉しくもありました。  

植木さん・・・天国に行かれたら、先に逝かれたクレイジーの方々を死ぬまで(笑)・・・笑わせてあげてくださいな。なんて書くのもなんか偽善的だなあ・・・。


 合掌・・・

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26日と27日の日記

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 昨日(26日)は司馬遼太郎の「花神」上、中、下の3冊を購入。あっという間に上を読了。村田蔵六(大村益次郎)は長州藩の人ですが、なかなかの才能を持った方だったようです。司馬遼太郎の悪いところは実在の人物にもフィクション的な個性を持たせて書いてしまうので「悪人 でも人殺しでも個性ある物語の主人公」にしてしまうことです。

 

 だから単純なばか者が「竜馬がゆく」を読んで“竜馬フリーク”になってしまって、歴史を湾曲して捉えてしまう可能性が高いのです。金八先生なんかがその悪い例です。漫画の原作までやっていますが、それは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を下敷きにしたものでしかないのです。


 ま、いいでしょう。僕の父親は会津出身(でも猪苗代町です。藩主の墓がこの町にあります)なので、ついつい会津ものばかり読んで、狭いものの見方しかできなくなってしまうのです。だからたまには敵国長州(偽官軍)と軽蔑している国の大村益次郎でも・・・一応は読んでおく必要があるのです。なーんて言ってても遠い昔のこと。歴史なんて生き残った人間が自分達の都合よく脚色して残した嘘の物語なんですからね・・・。会津だ長州だ官軍だ賊軍だなんてまったく意味のないことなんですよ。結局「負けたものが悪人 」となって、勝ったものが都合のいい歴史を創造していくだけです。

 

 花神はやはり面白いです。それは司馬さんが人物に個性を与えたフィクションだからです。残り2冊を読めることが幸福ですな。

  

 今日(27日)はDVD「カポーティ&冷血」を買いました。昨年上映された「カポーティ」と彼の名作「冷血」を映画 化した「冷血 Cold Blood」(67年制作)をパックしたデラックス版です。今週末に見ようと思っています。楽しみでやんす。


 ではまた・・・。

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久々にナベ家の墓参りをする

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船橋東武デパートに出来た韓国料理店「チェゴヤ」のマッコリ
 

同じく石焼ビビンパ
 

トッポギ(右)と春雨とごはんが入った名前忘却(左)美味しかった


 昨日の昨日のイエスタディは久しぶりに横浜のナベ家墓にお参りしたのであった。船橋→(総武快速線)→横浜→(相鉄線)→鶴ヶ峰・・・という行程。


 総武快速線に乗ったが、休日なのに品川まで座れなかったので少し不機嫌。そんなに混んでいないのに、座席は1個ずつ空いていて、ナマコと二人で座れるW席がないのだ。誰も気使ってくれないし・・・ま、横浜まで座れなくてっても疲れないけど、がらがらの中で二人並んで座れないのはちと腹が立つ。

 

 ま、そんなこんなで横浜のナベ家墓に到着。一足先に母親と妹が来ていて、自分達は墓参りすんだけど、あたいたちを待ってくれていたのだ。相鉄線鶴ヶ峰駅前の花屋で花を買い、急いでバス停へ。今はPASMOがあるのでとっても便利。でも運転手さんがいちいち何かを切り替えている。多分、PASMO解禁になったばかりで従来の定期とかバスカードとか現金とかいろいろあっから、いちいち切り替えなければならようだ。

 

 墓参りして待合所に戻って「墓に薔薇を供えた」って言ったら母親と妹が激怒。「棘がある花は供えちゃダメなんだよ!」って言うの。「心の問題なんだから供えるのは薔薇でもアザミでもウンコでもいいじゃんかよ・・・ブツブツ・・・」って小学生みたいな憎まれ口をたたきながら墓に戻って薔薇の棘を抜く。妹もやってきて棘抜きを手伝うのであった。


 墓参りの後、バスで鶴ヶ峰に戻ったら、妹が俺の頭を見て「兄ちゃん、髪の毛が長すぎるよ!切れよ!」って近くの床屋に引っ張っていこうとする。ま、ちょうど行こうと思ってたとこだからその床屋に入って髪の毛切ってもらう。凄く丁寧で上手な割には混んでいない。なんじゃ?ット思って会計したら、ひげも剃ってないのに・・・「3500円です」って言われ、がーーーーーーーーん!おいらってあたいって俺って1000円床屋しか行かないの・・・よ。散在である。

 

 で、家族揃って久々に南林間の実家へ戻る。南林間の駅前は10年前の風景と結構違ってる。でも・・・駅前のごちゃごちゃ感がなくなってすっきりした代わりに「妙な寂寥感」ってのがあるのだ。建物の類や細かなとこは凄く変わっているのだが、南林間的な寂寥感は変化なし。日産工場がなくなったからだろうな。考えたら俺って・・・生まれた福島県やそのほかの東北の街に住んでいた時間よりも神奈川に引っ越してからの方が10年も長いのである。

 

 南林間では駅下の相鉄ローゼンで買い物してから、実家近くの韓国料理店(え、またかよ)でプルコギ焼きそば、トントロ炒飯、トッポギ、ビビンパ、チヂミなどを食べた。韓国人の店主は留守中のようで、代わりに同じ韓国人の痩せた奥さんと若いんだか年取ってんだかわからない女性のふたりで上記料理を作ったようだ。

 

南林間韓国料理店のお通し

 

同じくトントロ炒飯 

  

 

同じくプルコギ焼きそば

 

味は・・・大久保や船橋の韓国料理屋さんで食べたものとはえらく違って、まったくうまみのない辛さばかりが目立つ料理であった。


 で、実家で線香をあげて・・・しばらくうだうだしてから、南林間→(小田急線)→中央林間(田園都市線&新玉川線&半蔵門線)→錦糸町→(総武線快速線)→船橋・・・という行程で帰還。ほんとは帰還してから「蟲師」を見ようと思っていたが疲れたタイアードでバッタンキューでグッド・スリーピングしたのであった。

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