憩室

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 憩室...?けいしつって読むのです。腸に小さな出っ張りができて文字通り“憩いの室(部屋)”を作るのです。誰が憩うか?.........................うんこです♫ この出っ張りにうんこが入って、便通が悪くなると...ここが炎症を起こすそうです。それが腹痛の原因になるのだそうです。この間の注腸検査の結果がこれです。異常あり...ってのはこういうことなんです。おどかしやがって...。注腸検査終了後に「異常があるんですが...ま、先生に聞いて下さい」っておどかしやがって...。だから、こないだまで“がん”かと思っていたんですよ。
 
 かみさんだけ病気になって、自分がなんともないのはなんか嫌です。天罰はオレに当たるべきなのに...大事な身内が不幸になることで間接的に天罰を与えているのでしょうか?だとしたら...オレは神様なんか嫌いです。ま、昔から嫌いなのですがね。
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 吉村昭の短編小説に「幻」という作品がある。ある男が飲み屋で友達と飲んでいて、そこで思い出話に花が咲いた。男が言うには「終戦の翌年に秋葉原駅で降りて歩いていると...まだ復興に手もつけられていない瓦礫の町中で平安朝の衣服を着た男が馬に乗った祭礼の列を見た」と言うのだ。ところが終戦の翌年にそんなところで祭礼の列を見るはずがないと友達は言う。
 
 秋葉原駅近くで祭礼を行うと言えば、神田明神だが(湯島天神も鳥越神社も近いが神輿は出ないのか?)、終戦後に神田明神で正式に祭礼が行われたのは昭和27年からだと言うのだ。諦めきれない男は、自分の記憶の隙間を埋めるために探偵のように調査を始める。ところが彼が調べれば調べるほど、自分の記憶が怪しくなってくる。反面、幻であったという証拠は増えてくる。終戦直後には進駐軍の命令によって神道の祭礼はいっさい禁じられていたことも知る。そして・・・彼が見た祭礼の列はやはり幻でしかないことを思いしらされるのである。
 
 
 ところが・・・神田に、ある人間を訪ねたとき、男が見た幻のような祭礼の列は、東京都が行った復興祭であろうと言われる。神田には東京大空襲でも焼けなかった神輿が残っていて、終戦の翌年に、その神輿を少年たちが担いだ記録があると言うのだ。しかし、男が見た祭礼の列は、子供が神輿をかつぐ祭礼でなく、平安朝の衣服を身にまとった大人たちばかりの祭礼の列だったのだ。明らかにその復興祭とは違っていたのだ。それでは男が見たモノはなんだったのか?
 
 以上が、この小説のあらすじだ。小説の内容はいかにもオレの好きそうなモノだ。ところが...不思議な事があるのだ。実は...最近までオレは、この“小説の主人公の記憶”をオレ自身の記憶として受け止めてしまっていたのだ。オレはいつの間にか小説の主人公の記憶を受け継いでしまって...秋葉原や神田の街を放浪して...その記憶を確認する行動をしていたのだ。そして、それはつい最近まで続いていたのだ。
 
 オレは吉村昭の小説を読んで、自分の記憶と重ねてしまっていたのだ。それが、最近、この文庫本を押し入れの奥から発見して読んだ...ことで、“秋葉原の祭礼の列”の記憶が、吉村昭の小説であることを思い出したのだった。
 
 映画や小説のストーリーを自分の記憶と重ねて記憶を入れ替えてしまうということはあまりないだろう。オレの脳みそ(あるのか?)は...もうかなりおかしくなっているのかもしれない。

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もち代400万円!

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 凄いねえ...。あほばっかしだね。こんなに不公平なのに誰も文句を言わないの。ポン人は駄目だね。もち代400万って、あんたね、強盗の皆さん...強盗に入るなら政治家もどきのこいつらんとこにいきゃいいじゃん。罪もない貧乏な弱い人間から3万円欲しさに強盗に押し入って人殺しまですることないんじゃない?不公平に儲けてる奴らんとこに行きなさい!
 
 年末に明日の生活をどうすっかって困ってる家庭は、この世にいっぱいあるんだよ。だいたいこの世はおかしいんだよ。趣味の延長でしかないスポーツしてるだけで年間に億以上の金貰う野球選手とか、芸を見せることを忘れて司会業とかにせいをだして大もうけしたりしてる芸人とか、成金で、にわか金もちになったIT馬鹿をおだてあげたりとかさ...。
 
 でも一番嫌いなのは政治家だな。ちくしょう!おいらも絶対政治家になったる。あ...供託金?とかって金がないから駄目か...。結局...。
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