何を食ったんだ!上海君!

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 本日のトゥディ、グローバル放浪者“上海君”が、マイ・カンパニーにケイム・ヒアってやって来た。ゴーイング・ユア・ウェイ。で・・・夕べ何食ったか突然突発偶発的に知りたくなって・・・「ゆうべ何食った?」って聞いたら・・・「え?」って言いやがる。「だから何食ったんだよ!」ってしつこく聞いたら・・・「なんでも・・い・・いでしょ・・う」って消え入りそうなアンスワー・・・。「あんだって? はっきり言いなよ。クリア・スピーキング!!」


 「なんだっていいでしょう!なんで個人情報を・・・他人に無闇に教えなきゃならないんですか?」「なああにい・・・こおのう・・・俺とおめえは一心太助じゃなくて一心童貞じゃないか!」「一心童貞って・・・僕はあなたと違って童貞じゃありませんよ!」「あんだと、この!俺だって結婚してるマリッジ・マンだから童貞のチェリー・ボムなわけねえじゃねえか!」「なんすか?さくらんぼ爆弾って?」


 「うるせえ!かまびすしいんだよ!」「あんたは結婚してから奥さんとしてないって噂ですよ」「噂?誰だ?そんな噂してるのは?フリートウッドマックか?」「だいじょうぶすか?」「あ、ご親切に・・・って違うだろうが!俺は生子とやってるよ!ってそんなこたあどうでもいいじゃないか!生子に失礼じゃないか!」「先に言ったのはそっちでしょうが!」「ぬわにいいい・・・てっめえ・・・チンコ引っこ抜いて首輪にしてやろうか?」「ふん、小さいくせに・・・ベリー・スモーリーなくせに・・・」「え? そんなイングリッシュあんの?」「・・・もういいですよ。帰りますから・・・」「なにてめえ、逃げるのか?」「はいはい・・・」「おい!おおおおーーーい!帰るのかよ」「か・・・え・・り・・ま・・しゅ・よおおお・・・・・・・・・・・・い・・・」「はあ・・・寂しいな。ロンリーだな・・・編集長、まだ2時ですけど寂しいから家に帰ってもいいですか?」

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 津田沼の鱗雲

  

 月曜日は会社を半休して御茶ノ水のN大病院へ「前立腺がん」の検査に行きました。秋葉原のM記念病院、飯田橋のK年金病院・・・と来て、今回は御茶ノ水だから総武線3駅の病院踏破!


 午前中は生子の病院へつきあっていたので午後から病院へ。初診なので紹介状がない場合は「3000円」初診料がかかります。ちと、高いけどしかたがない。さて、病院には午後1時20分に到着しました。初診記入票が所定の場所にないので、受付の事務員さんに「あのう・・受診票がないのですが・・・」と聞くと、ニコニコしながら「所定の時間になりましたら受診票をお出ししますので座ってお持ちください」って言う。うーん・・・なかなか感じが良い。ホスピタルもサービス業であるからして・・・当然のように、こうでなくちゃね。


 で、約束の時間「プロミス・タイム」がケイム・ヒア・・・。受診票が出た!ドピュ・・・って5~6人が群がる。ん? お前らどっから湧き出たの? お前ら精子かザーメン野郎たちめ! でも・・・ふん! 前立腺調べるのは俺くらいのモンだろう・・・えっへん!って受診票をさっきの事務員に渡して待つ。シット・ダウン・ウェイティング・ホスピタル・ソファ。しばらくすると・・・「渡部さん・・・これをお持ちになって、そこを奥にまっすぐ行って、突き当りを左に曲がってしばらく行くと泌尿器化です」ってわかったようなわからんような説明を受けてゴーイング・マイ・ウェイ。


 おお!奥にはヒューマンが沢山いる! びっくり! なによう・・・こんなに人がいっぱいなんてえ。でも・・・泌尿器は空いてるんだだよこれが・・・。年寄りでもなきゃこんな午後には患者なんか来ないだろうよ。年寄りは朝早く来るもんに決まってる。老い先短いから・・・いっつも我先なんだよね。なんでも。そんなに早くしたかったら早く死ねばいいのに。スピーディ・ダイやね。この病院は面白い。真ん中に患者達が座る場所で、その周りを円陣を組むように各科が囲んでいるんです。こんな配置始めてみた。


 で・・・泌尿器科は・・・しばらく呼ばれそうにないからおしっこへ・・・。前立腺だからチンポとか肛門とか見られるので臭いとやばいからトイレに入っておしっこの後に常時持ち歩いているウェットティッシュ(アルコール入り)でチンポと肛門を拭き拭き・・・。エチケットでしょ?すると・・・アルコール入りだから痛いの粘膜に染みるのよ・・・。「ううう・・・」ってゆがんだ顔して戻るとすぐに名前を呼ばれました。「はい」って小学生のように元気でヘルシーなアンスワーをして診察室に入りました。挿入!インサートね・・・。


 中には細面でちょび髭生やした軟弱そうな医師ひとり。デザイナーみたいな奴。僕はダサイナーです。診察室は広いのに看護婦もいない。なんじゃこりゃ? 「はあい・・・どうしましたあ・・・」「はい・・・1年以上前からおしっこの出が悪いんです。股間を押さないと出し切れないんですよ」って答える。最近はおしっこの出が悪いって言うか・・・尿管で停滞してる雰囲気で、もしかしたら炎症を起こしてるかもしれない・・・だって股間が熱っぽいんだもの。それに最近具合が悪いのもこれが原因ではないか? と素人っぽく思い悩んでいたのだ。


 「それはね加齢によるもので、おしっこが出なくなる前兆かもしれない」「おしっこが出なくなる?」「年取れば誰でもね・・・」「前立腺が肥大してるとか尿管が炎症を起こしているとか・・・前立腺がんの場合もあります」「前立腺がんってどうなるんですか?」「痛くもなんともないんです。でもあなたの年ならまだまだならないと思いますけどね」「ふううん」「とにかく今日は痛くない検査をしてもらいます」「痛くない?」「そう・・・肥大しているか診るのと血液検査と尿検査です。今日はおしっこ出しましたか?」「はい。出しちゃいました」「どのくらい前ですか?」「たった今です」「うひゃあ。そりゃ残念だった。ま、出るだけ出してくださいな」「はあ・・・」「それではあっちの検査室に移動してください」「はい」「おおい!●●さん。そちらまで案内して。検査の準備をお願いします」「はあい」おや? 看護婦だ。どこから沸いて出てきたんだ? この病院は人が湧き出すんだ。


 検査室に行くと看護婦が「はいでは、ズボンと下着を半分まで下ろしてくださいね」「半分ですか?」「はい」って言うと看護婦はぷいっと出て行ってしまった。しばらくするとさっきの医師がやってきて、うむを言わさずいきなりズボンとパンツをチンポ寸前まで下げていきなり冷たいジェリーを塗りやがった。「ぎゃ!冷たいん・・・ちょっと・・・大丈夫すか?」「まずエコー検査をしますね」って医師は小さなエコー機械? を下腹部に当てたのだった。「おお!凄い!おしっこが溜まっていませんね」だからたった今小便したって言っただろうが!


 医師は続いて・・・「はい、ズボンと下着を全部下ろしてください」「え!全部ですか?」「そうですよ。これからお尻の穴に指を入れて前立腺が肥大しているか触診してみます」「え!」「あ、前立腺検査では当たり前の検査ですよ」「はあ・・・僕も知っていますよ」「じゃ」と医師は僕のズボンと下着をするっと脱がす。脱がし方うまいなあ・・・抱いて・・・って違うか? 「じゃ、膝を折って抱えるように両手で持ってください」「はい・・・こ、こうですか?」「じゃ」・・・っていきなり肛門辺りに異物感が・・・。「ぎゃあ!・・・てててて・・・」「大丈夫ですよ。こうやって・・・みないと・・・」挿入された時は痛くなかったが・・・中でぐりぐりするので痛い・・・ウンコが出そうなのである。抜かれて・・・「そんなに大きくなっていませんね」って言う。インサート時間は10秒ぐらいかな?


 「ふう・・・」ってため息。「じゃ支度してさっきの診察室に来て下さい」「はい・・・」ってズボンと下着を戻して・・・診察室に戻る。「指と同じくらいの太さのケーブルを入れて機械で中の様子を診ることもできるけど・・・そこまでしなくてもいいかな? ま、今日は血液検査と尿検査をして帰ってください。前立腺の肥大を抑える薬も出しますから・・・」「はい」「今度は7月4日の午前9時にいらしてください」「はい」って退室。


 看護婦が入り口で待ってて「血液検査は階段で申し訳ないんですが、そちらを下に降りていただけますか?」「はいはい。そのくらい大丈夫ですよ」・・・なんかこの病院の人たちはみな親切。ベリー・カインドなので感情移入しちゃうべさ。で・・・尿採ろうとしたら・・・紙コップにやっぱ少ししか出ない。んん・・・凄く黄色い濃いおしっこだなあ」続いて血液を採ってもらって・・・会計へ・・・。合計5660円。薬が940円。まあた金使っちゃった・・・。

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写真は秋田時代の僕(真ん中で笑ってる美男子) 小学5~6年の頃? 

 

 最近・・・子供の犯罪ってのが増加しています。「意味なく人殺しをする」っていうのが流行らしいです。流行ってのも変だけどね・・・。「意味なく」ってのは、実は当事者にとっては「意味がある」のですが、その意味ってのが「人殺しをするほど重要な問題」ではないのです。当事者以外にはね・・・。当事者だって、あと10年も経てば「重要な問題」なんかじゃないことに気がつくんですが「やっちまった」後じゃね・・・。

 

 僕が十五歳の頃、自分の父親や母親や妹を殺したいという気持ちがありました。理由は「彼らに馬鹿にされた」からです。僕は小さな頃から甘やかされて育ってきて、父親は、僕が欲しいものはすぐに買ってくれたし・・・普通の人(人のことはわからんので・・・)が子供のときに食べないような珍しいものを食べさせてくれたりしました。それがいつの間にか習慣化して、父親にねだっても買ってくれないときは逆切れして「買ってくれないなら、お前を殺してやる。一生恨んでやる」なんて毒づいたものでした。


 僕を甘やかしていた父親を見て、母親や妹は「僕を憎々しく」思っていたのでしょう。特に母親は僕を嫌っていました。それでも僕が8歳くらいまでは、いつでも母親と一緒に買い物に行ったりしました。映画にも連れて行ってくれました。僕が映画を好きになったのは母親の影響だと思います。ところが僕が大きくなるにつれて、僕は力の弱い女性である母親を馬鹿にして父親の留守中に彼女の財布から金をくすめとり、金を勝手に使い始めるようになったんです。すると母親は父親が帰宅すると「僕が金を取って使った旨」を報告し、父親に僕が殴られるのを見て溜飲を下げるという次第でした・・・。

 

 反面、妹は小さな頃からしっかりしていて、勉強もできる「いいこ」でした。そんな妹から僕はいつも騙して金を(子供だからわずかですよ)まきあげて、言う事を聞かないといじめていました。おまけに父親が僕ばかり甘やかすので・・・彼女が大きくなるにつれて「自分は損をしている」ことに気がつき始めて、僕を憎むようになったのだと思います。妹がいくら勉強ができてもお金を溜め込んでも・・・彼女が得をするということはありませんでしたからね・・・。


 さてさて・・・父親は僕の言う事を聞いてくれなくなる、母親と妹は僕を憎むようになる・・・という状況から、おまけに僕が勉強できないうえに運動音痴という無能さ・・・もあいまって彼らは彼女らは僕を「馬鹿にする」ようになるのです。事あるごとに妹と比較し・・・僕の無能さをあげつらったのです。学校でも「勉強のできない運動音痴(本当は違うんだけどね)」な僕は、友達に馬鹿にされていました。「言葉いじめ」の対象としてはぴったりの子供でしたね。内弁慶な僕はそのイライラを家で爆発させたのです。


 中学くらいになると力も強くなってきて、父親を体力でねじ伏せることも可能になっていました。家で母親や妹に馬鹿にされると、まずモノを壊す・・・それが終わると、彼女達にモノをぶつける。それで終わらなければ彼女達を殴る蹴る・・・という悪行におよびました。父親が帰宅すると一応殴られるのですが、僕の方が身体も大きくなっていたので・・・そのうちに「これは反撃すれば勝てるのでは?」と思うようになって挙句の果てには父親にも僕の暴力が及んでいくのでした。恐ろしいことに「何かといえば邪魔をするウザイ家族を殺して自分だけになったら好き勝手に暮らせる」と思い始めてしまったことでした。


 しかし反面、ひとりぼっちになるのは嫌で・・・寝るときには家族の終生の無事を祈ったりするのでした。今になって考えれば、自分が何を考えて行動していたのかなんて理解できません。その頃の自分に帰ったとしても「理解できない」でしょう。でも原因はやはり「甘やかされて育った」ところにあると思っています。


 最近、子供の犯罪が増えていますが、彼らには彼女らには「あの頃の僕と同じ血」が流れているような気がしてなりません。時代性や環境は明らかに違うのですが・・・「彼らが甘やかされて育って」いることは明らかです。「ガキだから苦労を知らない」のは当然ですが、時代が進むにつれて、自分達の家族や周囲も実は「苦労を経験したことがない世代」で形成されつつあるからだと思うのです。つまり・・・「誰も苦しんでなんかいない」のです。誰も「人の痛みや苦しみを理解できない」のです。だから後継者たちに伝えられない・・・。「無責任で面白くて楽しければいい」・・・それ以外の経験なんかしたくない(誰でもそうだ)。経験は傷つきたくないからバーチャルなもので擬似経験する・・・だけで終了。稀に実経験したりすると・・・どうしていいかわからない。ま、とりあえず殺しちゃおう、不快なものはこの世から消して・・・それから考えりゃいいや・・・って感じです。

 

 甘えん坊・・・といえば、最近20代でコンサルやったり社長になったりするのがいますが、ああいう「苦労知らず」も所謂「甘えん坊」の類であると僕は思います。ああいう甘えん坊諸君がまたまた「甘えん坊ばっかりの社会」を「更なる甘えん坊社会」に変えていくのは明らかです。それが社会を駄目にするのかよくするのかは知りませんが・・・ね。僕は駄目にする方に1億円賭けてもいいです・・・よ。


 そんな社会はダメだって「軍隊的に統制しよう」って考えもあるけど・・・でも、それも言ってる人間こそ「きちんと統制されるべき最悪の甘えん坊」なんですよ。苦労ひとつせずに「チンポで障子破る」ような小説書いてきた甘えん坊のくせに人を統制できる資格があると思うのか!

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