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  夕方・・・溜池のクライアントの写真を撮りに行った。会社に電話して・・・そのまま新橋方向に向かう。

 

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 逢魔ヶ時・・・の大都会にも妖怪が出没する。火災にあって多くの人が死んだホテル跡に建てられたビルに反射する逢魔の光がそれを証明している。 

  

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 そのまま虎ノ門の裏通りに入る。昔・・・僕が働いていたN民新聞のビルがあるのだ。

  

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 探偵犬である。「君には罪がないが・・・お前の飼い主はあほうだ」

  

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 虎ノ門交差点裏を通って、西新橋にやってきた・・・。

 

 おお!あった!わが古巣・・・。僕はここで2年間働いて・・・今の会社に入ったのだ。その後も紆余曲折はあるものの・・・今の会社は長期勤務ナンバーワンだ!


 僕はこの前で・・・仕事に挫折した父親と出遭った。父親は東北で会社を立ち上げたが2年で倒産・・・神奈川県に夜逃げしてきた。そのまま大和市にあった建設会社の重役におさまったが・・・昔の悪い仲間に誘惑されて・・・生き地獄に叩き落されてしまうのだった。それでも父親は僕たちを食わせるために仕事を転々と変えた。その頃、僕は都内で一人暮らしをしていて、N民新聞に通っていた。

 

 ある日、僕はN民新聞ビルの前で昼食を終えて休憩していた。その時、ヤクザ風の男女5~6人が僕の前を行過ぎた・・・。その中に僕は父親を見つけた。父親は僕を見て驚いていたようだった。そして声をかけてきた。「お前はここで働いているのか?」「そうだよ。オヤジなにしているの?」「・・・」一緒の男女が父親を見て笑っていた。彼らは悪い人間ではなさそうだったが・・・。父親は恥ずかしそうに「じゃあ気をつけてな」と言って立ち去った。あの時の父親の後姿は惨めだった。


 僕は当時を思い出して死んだ父親に頭を下げた。

    

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 ここには築地の有名なすし屋があったのに・・・。

 

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 御成門方向を見ると古い街を威嚇するように高層ビルが聳えていた。

 

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 N民新聞付近。右は家電のH製作所。左は従妹を乱暴しようとしたイラン人が働いていたA石油だ。この話はまた・・・。

 

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 再開発の波は・・・西新橋を襲っている。取り残された空き地では一匹の猫が日光浴をしている。

 

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 疲れた僕の影が汐留方向に長く伸びていく・・・。

  
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 僕は西新橋から新橋に向かった。

  

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 汐留の高層ビル群が古い街を襲っている。

  

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 僕と道路標識の影の記念撮影。 

 

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 逢魔の光は僕をどこまでも追ってくる。 

  

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 お!かっこいいねえちゃん!待ってえ!

 

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 お・・・この親父と不倫してるみたいな・・・いいねえ。

  

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 ああ、行っちゃったあ・・・。

   

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 ロマン劇場だって汐留に食われちゃう・・・。

 

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 こうやって雑踏に身をおくと・・・自分の惨めさが倍増するね。はははは。

 

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 ふう・・・気がつくと我が家はもうすぐじゃないか・・・。

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 金曜日は神保町に2回も営業に出かけた。クライアントの近くに新しくできた焼肉屋「もりちゃん」である。どっかで聞いたことのある店名・・・にキャラクターの絵・・・。うーん???店主は彼だろうか? 今度食べに来てみよう。

 

  

 約束の時間まで余裕があるのでモーニングセットを注文。午前中の喫茶店っていいねえ。大好き!

  

 

 翌日には埼玉の武里ってとこまで叔父の49日に出かけた。生子ちゃんも一緒。神奈川の実家からやってくる母と妹と武里駅で待ち合わせて、4人で駅前からタクシーで現地に向かった。 

  

 しかし・・・人の命は儚いものだ。3年前まであれほど元気だった叔父さんが亡くなるとは思っても見なかった・・・。父や義母や従妹の死を見てきたくせに・・・今回は油断していた。「人生とは死ぬことと見つけたり」だ。現地には越谷に住む叔父の家族のほか従兄と会津の甥など20名ほどが来ていた。

 

 しばらくして・・・49日法要が始まった。その後、建てたばかりの墓に叔父の遺骨を納骨した。しかし、いつもそうだが、誰かが死んで人が集まると・・・墓石の材質とかいくらかかったとか・・・の話になる。故人の話ばかりだと気が滅入るからだろうか。

  

 

 納骨が終わると食事をしながら故人の話をした。叔父に先立たれた叔母は「一人で眠るのが怖い」と言う。これが僕の場合だったらどうだろうか? などと馬鹿なことまで考えてしまった。僕はともかく・・・生子を死なせるわけにはいかない。キレイごとでなく、くだらない僕の余命など・・・生子に全部あげてもいい。


 叔母やいとこが集まると、いつでも僕の父親の話になる。「頭がよかった」「優しかった」「絵がうまかった」「バイクが好きだった」「釣りが好きだった」・・・といった父親に対する褒め言葉ばかり。父親とは逆に馬鹿な半生を歩んでしまった僕に対する当てつけなのだろうか? 


 つまらなくなったので一人で表に出て周囲を散歩する。といっても、古いお墓を見に行っただけだが・・・。江戸時代からの古いお墓がたくさんあって、僕の興味を誘う。驚いたのは無縁になってしまった「墓石の墓?」だ。この無縁仏たちはどんな人生を歩んだのだろうか? などと考えてしまう。合掌。

 

  

 寺には庚申塚もあった。僕が済んでいるK市にも数多くの庚申塚が残っている。昔は栄えた街道筋には結構残っているものだ。こういうものはいつまでも残してほしいものだ。

 

 

 突然・・・それまで曇っていた空が明るくなってきた。

  

 

  

 食事を終えて法要が終わると、僕たち4人は叔父の家族にせんげん台駅まで送ってもらった。生子が「頭が痛い」と言うので駅で水を買って薬を飲ませた。それから僕たちは「中央林間行き」の電車に乗った。中央林間は僕たちの実家がある町だ。そういえば叔父は亡くなる前に「今度、越谷から中央林間まで直通の電車が走るようになるから、便利になるぞ」と言っていたのを思い出した。


 僕と生子は母と妹と新越谷駅で別れた。僕たちは南越谷から武蔵野線で新八柱駅を経由してK市に向かう。南越谷は昔、女の子に頼まれて写真を撮りに来たことがある。美容院のイベントで「セットしたあなたの写真をプロのカメラマンが撮ります」という企画だったが、あいにく僕はプロのカメラマンではない。だから、元々インチキな企画だったのだ。それにしても、ここら辺は可愛い子が多いな。駅で誰かを待つ女の子たちは皆可愛かった。

  

 

 武蔵野線に乗るといつも気になることがある。三郷あたりに広大な空き地があって・・・車窓から見るこの空き地はまるで安達が原のようだ。空き地の中央に建つ巨大なマンションには・・・多分鬼婆が住んでいるのだろうな。

  

 

 新八柱駅に着くと新しくできた洋菓子屋でシュークリーム含めてケーキを6個買った。これが僕たちの本日の夕食になるのだ。

   

 ようやく自宅にたどり着いた僕たち2人は、写真のような「デブの素」を食らって・・・そのまま眠りに落ちたのであった。 

  

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 今日は朝から荻窪に営業。ところが西荻窪で人身事故・・・?原民喜? 総武線大幅遅れ。仕方がないので東京駅で丸の内線に乗り換えて荻窪へ・・・。努力しましたが・・・5分の遅れ。電話してお詫び。待ち合わせた高井力にもお詫び。しーません。丸福の上のクライアントへGO!ん? 丸福は? シャッター閉まってる。どしたの? クライアントに聞いたら丸福は・・・借金でつぶれた・・・らしい。


 20年前くらい前?に従妹と食ったラーメンを思い出した。従妹がスープを残したら丸福の主人が「金はいらねえ!」ってパフォーマンス(笑)。「うわ!ラッキー♪」って・・・そしたら奥さんが黙って手を出して金受け取ったっけなあ・・・。金の切れ目が円の切れ目??♪♪

  

 

 帰りに丸福のあった場所を見たら・・・古着だかなんだかを売っている。ふう・・・しょうがねえなあ。丸福のやや隣にある中華料理屋で昼食。豚レバ定食・・・うまいよ!

  

 

 夕方も高井竹内力と一緒。蒲田のクライアント詣で。終了後、蒲田駅ガード下にできたばっかの飲み屋で一杯。創作料理?? これは生湯葉で何かを包んだやつ。結構うまい。


 またまた船橋で生子ちゃんと待ち合わせ。僕たち仲いいねえ・・・。

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