壮絶なる母乳育児
テーマ:思い出ブログでしょっちゅうおじゃまする753ママさんの記事で、昔の思い出が・・・。
これも書いておこう・・・。
753ママさんは、北海道にて母乳育児支援サークルをされてるのですが、母乳育児に関する記事を見て、
どこにいるママさんたちも母乳育児で苦労をするんだなぁ、って感じました。
私が子供を産む前までに思ってた感覚では、
子供を産む→おっぱいが出る→赤ちゃんは飲む でした。
この図には間違いがあります、ママさんたちお分かりですよね?
子供を産む→赤ちゃんがおっぱいを吸う→おっぱいが出る ってのが常識。しかし私はそれすら知らなかった。
私が長男やーやーを産んだ2003年の頃は、韓国でもまだまだミルク派が大手を振っていた頃だと思います。
母乳推進委員会会員の先生がいる産婦人科で産んだけど、2泊3日のあいだおっぱいをくわえさせたのは1回だけ。しかも、授乳の体勢をおしえてあげます、ってもんだから30秒くらいで終わりました・・・。
韓国じゃ、出産後、自然分娩であったら2泊3日で退院です。
フニャフニャの赤ちゃんやーやーを連れて家に帰ってきたら・・・、泣くではありませんか!!(笑)
私とアッパ、あわてまくってミルクを作りました。しかもお湯を沸かすから始めるので10分以上かかった。
そこで登場シオモニ。
「何でおっぱいをあげないの?」
私がいまだあげたことない、って言うと教えてくれましたよ。私のおっぱいペロ~んと引っぱり出してね。
(ま、出産後って女ってよりもオンマとしての感覚だから女性の前でおっぱい出すとか別に恥ずかしくない)
やーやーはもちろん拒否・・・。ミルクに慣れてしまって、吸ってもでてこないおっぱいに怒りです。
そしてオンマはやーやーが泣くからミルク作って・・・。
シオモニに怒られました(笑)!
「始めからミルクに慣れさせたらいけないんだ」 (その通り~)
おっぱいは自然に出てくる人もいるでしょうが、私は乳首陥没気味&マッサージなんてしてなかったので、やーやーが加えにくい形だったようです。
そこでシオモニ何をされたか?
ご自分の乳首を吸わせました(爆)!
そして一言
「オンマの乳首は加えないのにハルモニの乳首は加えるね~~。スゴイ力で吸ってるよ、なのに何でオンマのおっぱいは出てこないのかね~?」
・・・・・・。
倒れる寸前でした。
このおっぱいが出ないって一言、母乳育児をしようと志す女性にとって一番ショックな言葉じゃないでしょうか?
泣きましたよ、目の前で。 「何で泣いてるんだ?」なんて聞かれたけど言葉ができないので言い返せなかった。
私のモミジョリ(産後のお世話)は、シオモニが1ヶ月びっちりと家に泊まりこみでされたので、1ヶ月間このおっぱいを通しての苦労が繰り返しでした。
私の乳首はすぐさま切れて、メチャ痛くなって・・・。シオモニに言っても「子供が吸うんだから当たり前だ」の一言で、そんなもんか・・・、と思いつつも、おっぱいあげるのってこんなに痛いならミルクの方がいいって思ったり。
(結局3週間後に産婦人科にやーやーの予防注射で行ったときに、乳首も見てもらったら切れてたので塗り薬と抗生物質をもらいすぐに治りました)
シオモニが帰られるまでの1ヶ月、私のおっぱいは・・・、シオモニの前での授乳することを強制され、アッパのご親戚達がお祝いに来られるたびに目の前であげることになり・・・。
私の人権はあったもんじゃなかったですね(笑)。
家ではミヨックク(ワカメスープ)食べろ攻撃&水は触るな(シャワーするな)&重たいもの持つな&オンドルでサウナ並みに暖かくで・・・。
私はすぐにウツ状態に入りました。
かわいいはずの初めての赤ちゃんやーやーが、私を否定する存在として憎たらしくも見えました。
そんなシオモニの干渉に我慢が出来なくなった頃・・・、シアボジも夏休みをとって我が家に来られました。
ダンナであるアッパに
「お願いだから帰ってもらって。私どうかしちゃうよ。この後は一人で頑張ってするから!」
とお願いするけど、アッパはチャッカンアドゥル(いい息子)だから、せっかく来てくれた親に帰れなんて言えない。の一点張りでした。
その時、私は初めて日本の母親に電話して泣きました。親には心配をかけたくないし、反対されて結婚したからそんな事言えないと思ってました。
母親はビックリして、ただただ「行ってあげれなくてゴメンね…。」の一言でした。
おっぱいのことやシオモニの干渉もすべて聞いてくれて、 「大変だね、つらいねそんなのは、一人でやったほうがいいかもね」って言ってくれて。
その言葉を毎日たよりに、2、3日に一回は母親に電話しましたね。
お母さんありがと~~~!
シオモニはもっといようと企んでたようですが、1ヶ月になった頃、シアボジがもうヒマヒマだったので帰っていかれました。
シブモが帰っていく瞬間・・・、今でも覚えてます。
「クトンアン カムサヘッスムニダ~。チョシメソ カセヨ~」と、アッパに別れ際に言う言葉を書いてもらったのを暗記して・・・。
感動でした~~~「あぁ、私お疲れ様、解放だ~~!!!」
我が家のアッパはやーやーが産まれた頃は新入社員。休みは週1、朝早くから夜遅くまでお仕事でほとんどいませんでした。
なので私が一人ですることになるのですが、その後はやーやーとのおっぱいライフ、母乳も飲みながらミルクも足してって生活が1ヶ月続き。
やーやーが2ヶ月になってすぐのときに福岡の実家に里帰りして1ヶ月滞在しましたが、
その間にやーやーはミルクを飲まないで母乳だけで過ごせるようになりました。
今思えば、用はオンマの精神状態が安定したからじゃないかと。
支えてくれる誰かがいると思うだけで私のおっぱいは出るようになってたようです。
母乳育児なんて子供を産んだらあったりまえにするもんじゃない?という浅はかな私の考えは、
壮絶なる母乳育児を通して、そんなに簡単じゃないと言う認識に。
今になっては産後の話は笑い話になるのですが、その当時は真剣に悩みました~。
そして、2人目のウンちゃんのときはと言うと・・・。
先手を打ちましたよ。
帝王切開で2日は母乳をあげれませんでしたが、その後は新生児室からウンちゃんを無理やり部屋に連れてきておっぱいをあげまくり。
4日目に、病院にムリを言って退院してきて、家でもおっぱいあげまくって。
って、今思い出しても大変だった私の母乳育児、753ママさんのような方がそばにいてくださったらなぁ~~、
なんて思ってしまいました。
長々とお付き合いくださってありがとうございます♪






1 ■無題
うわ~~なあらさん大変だったんですね。
シオモニの言葉傷つきますね。
読んでいてなあらさんが辛かったのが伝わってきました。
いまは幸せで、二人のお子さんの立派なママですからね。
尊敬ですよ~