2010-12-29 04:08:40

本日、追悼上映。

テーマ:ブログ

 15歳から17歳の少女たちがなぜかゾンビ化する世界で、再殺依頼された中年男と少女のほのかな純愛を描いた大槻ケンジ原作の「STACY」で、ゾンビ化した娘を殺せずに違法再殺団に電話してしまう気の弱い父親を演じてもらったり、野上さん以外にも久保新二さん湊雄一さん愛染恭子さんなど歴々が登場する川村真一監督の新東宝ピンク「生涯現役」(シナリオタイトル)を書いたり、新里猛作監督のVシネマ「覗かれた人妻」などプロデュース作も含めると、俺が野上さんとした仕事はまだあるのだが、そろそろ記憶に新しいこの三作品について語ろう。
「わいせつ性楽園 おじ様と私」と「老人とラブドール 私が初潮になった時…」、その続編「最後のラブドール 私大人のオモチャやめました」だ。
 野上さんが脳梗塞で入院との報を受けたのは、しばらくご一緒する機会のないまま一年ほどご無沙汰していた頃だ。
 俺にとっては「ミナミの帝王」のシリーズ中断やVシネマ自体の衰退と低予算化で仕事がなくなり、いきなり食えなくなった頃でもある。
 まさかこのままお別れなのかと慌てたが、しばらくして無事退院との噂が聞こえてきた。 前後して俺は古巣であるピンク界に復帰していた。いやVシネマで食い詰めて出戻りよろしく逃げ帰ったとも言える。
 加藤義一監督の認識では、友松は「コギャル喰い大阪テレクラ篇」で血みどろ内臓まみれをやらかしてピンク界から10年干された、というのが定説らしいが、実のところはVシネマで食えているうちはわざわざピンクを撮る必要などなかった、というのが正しい。まあどっちでもいいのだが。おそらくホラー好きの加藤監督は自作で血を出さないよう自戒を込めて前記のように思い込む必要があるのだろう。
 とにかくピンク映画である。どんな企画も通る自由さに改めて感動した。どうせ食えないなら好きなことやらなきゃな。
 そこで企画したのが退院復帰した野上さんを主役に迎えての「メイドロイド」こと「老人とラブドール」だった。機械仕掛けの少女人形を愛し続けて生涯童貞を貫く男の純愛物語だ。OPプロデューサーの要望で人間女とのセックス場面を加えたり、主人公が死ぬラスト場面を消えることに変更したり、微調整はあったが基本線は変わらない。ヒロインにはザ・ビューティ吉沢明歩をキャスティングし、CGや特殊造形のためにVシネメーカーTMCに渡りをつけて追加予算を引っ張ってきた。
 ところが撮影直前に問題発生。多忙な吉沢明歩のスケジュールが大蔵の設定する社内稟議のタイミングとズレてしまったのだ。制作費だけのことなら、借金なり何なりどうにかなるのだが、大蔵としては、社内会議で正式に承認を受ける前の作品をクランクインすることはまかりならん、ということだった。融通のきかないこと甚だしい。自由さに感動した矢先にこれかよ。走り出したら止まらないのが企画というものだ。仕切り直してよかったことなど一度もないからな。
 そんなわけで「老人とラブドール」は急遽OPをやめてエクセスに持ち込み、そちらで製作することになった。野上さんの青年時代を如春、少年時代を中学生になり演劇部で部長をやっていた俺の息子正義が演じた。暴走バター犬ロボットAIBUにレイプされる女を里見瑶子、青年時代の主人公の婚約者を山口真里が演じた。
 そんな「老人とラブドール」はともかく、大蔵としては友松組のために用意していた枠というものがあり、どうするんだ? と問われたので、あ、じゃあ別の企画でやります、とばかりに五日で書き起こしたのが「わいせつ性楽園 おじ様と私」だった。こちらも野上さんを主役にすえて、不良老人が若い娘をコマす話にした。同時に演じるならまったく違う役のほうが楽しかろう。もちろん作り手だってそこは同じである。里見瑶子と山口真里は、こちらでは野上さんの娘を演じている。
 そのように急場のでっち上げシナリオだったので、野上さんとは事前の打ち合わせも何もしていない。それどころか手渡したのは「老人とラブドール」の撮影現場で、「おじ様と私」のクランクイン前日だったのではなかったか。ざっと一読しての感想は、「おいおい、脇だろうと思っていたのに、ドン主役じゃないか。これをいきなり明日からかよ」
 というものだった。確かに失礼な話ではある。
 急場で書き殴っただけあって、俺のこう老いたい願望というか、理想の老人像や死生観がそのまま出ている。野上さん自身も入院しようが医者に止められようが煙草をやめないなど、作中人物と近い部分もあり、そこは共感とともに演じていただけたのではないか。
 ヒロインは現役のAV女優で、ピンクも演技自体がほとんどはじめての水無月レイラ。もう引退して消えてしまったらしいので、多少の悪口は許されるだろうが、とにかく演技以前に台詞がまったく覚えられない。これには困った。実はカメラの脇で助監督安達くんがずっと台詞を読み上げており、彼女はそれを復唱しているだけだ。
 だが女優としてはともかく心根の優しい子ではあったようで、カメラの外でも野上さんにくっついており、肩をもんだり、移動の際の階段で肩を貸したりといったことを率先してやっていたようだ。今にして思えば、確かに彼女の素直さや優しさは画面を通しても感じられる気もする。
 そう、このときすでに野上さんは階段の上り下りに支障があった。脳梗塞の後遺症だとか病気で老け込んだとか、そういうことだったのだろうか。俺などはそのあたりにまったく留意しておらず、入院の疲れが残っているのだろうなどと、呑気に考えていた。それよりもこのド下手娘をどう演出すればいいんだと、そっちにばかり気を取られていた。
 はっきりと野上さんの衰えに気づいたのは、現場ではなくアフレコのときだった。驚いたことに、野上さんがうまく口パクに合わせられないのだ。「あ、ごめん。もう一回やらせてくれるか」と、リテイクは繰り返され、台詞の多い役だけに、アフレコは深夜に及んだ。
「おかしいなあ、こんなはずじゃないんだけどなあ」「あ、ちくしょう。なんでうまく言えないんだ」と、ご本人もイラついていた。
 終電の時間は近づき、別日に仕切り直すかレンタカーで送ることにして継続するか判断しなければならず、これは野上さんの体力を考えて別日にするべきかとも思ったのだが、「大丈夫だって。やっちまおう」と言う野上さんをむげにもできず、そのまま敢行した。
 ああ、俺、メイドもオジワタもいつもの調子で徹夜現場やっちまったよ。もしかしてあれ、野上さんにはけっこう過酷だったんじゃないか? そのときはじめてそう思い当たったのだから、俺もひどいものだ。
 ありがたいことに完成した作品は評価され、その年のピンクグランプリで俺は監督賞、野上さんは主演男優賞を受賞した。これはもう間違いなく野上さんの功績であった。「老人とラブドール」にしても「おじ様と私」にしても、作中に描かれる老境の哀しさと楽しさは、あのときの野上さんだからこそ出せた説得力と魅力だったろう。
 その後、野上さんの衰えは加速的に進んだ。
 ほぼ一年後にメイドロイドで続編というか姉妹編を製作することになったが、その頃になると野上さんはすでに普通に歩くことさえつらそうに見えた。台詞も呂律があやしく、アフレコは無理と判断して現場で同録した。
 内容は、完結している物語を無理矢理続けたのではなく、キャラクターだけを使った別の物語。アクション女優の顔を持つ亜紗美と、シナリオに石川二郎を迎えたこともあり、お馬鹿アクションコメディといった趣だ。あまり負担のかかる役にならないように、野上さんに演じていただいたのは、メイドロイドを開発する博士で、物語前半で悪の手先に殺され、のちヒロインの股間から投影されるホログラムとして再登場、主人公の青年に使命を伝える。野上さんの最後の演技は、くしくも死後の伝言場面だったわけだ。現場は入念に段取りして、野上さんに無理のないように気を遣った。
 すでにその頃の野上さんにとっては出かけるのも一苦労だったと想像するが、それでも積極的にいろいろな集まりに参加していたようだ。PGの授賞式や上野オークラのOP祭りや、久保さんの生前祭はもちろん、その他イベントやちょっとした飲み会にさえ呼ばれれば必ず顔を出していたと伝え聞く。リハビリをかねていたのだろうか。それとも単に付き合いのよさか。あるいはピンク映画関係者の前に姿を見せ続けることに自己の存在理由を見出していたのかもしれない。
 調布にある東映ラボテックで行われる初号試写とその後の打ち上げの日程は、野上さんにも伝えてあった。そして俺はラボテックに向かう道の途中で川沿いの柵につかまって立ちつくしている野上さんに遭遇する。
「かまわずに先に行ってくれ。ずいぶん早めに家を出てきたんだけど、ちょっともう歩けなくなっちまった。休みながら行くつもりだけど、初号、見られなかったごめんな」
 初号なんかどうでもいいが、そのまま野上さんを置いて行けるわけがない。「背負って行きますよ」俺はラボッテックに続く河川敷を野上さんをおんぶして歩いた。
 脳梗塞の後遺症がどういうものか、俺は知らない。それとも単に老化ということなのか。ともかく野上さんは言語や歩行能力や平衡感覚や神経伝達がすでに正常に機能しなくなっているようだった。野上さんは俺の背中で失禁した。
 俺はいつも迷彩服を着ているのだが、これはもともと野戦服であり戦場で砂塵だらけ硝煙まみれになってこその野良着だ。我々であれば、スタジオのハウスダストやら撮影用の血糊やらといったことになるが、とにかくもとのデザインが染みだらけなのだから、そこに小便の染みがひとつ追加されようがどうということはない。
 薬局でもコンビニでも簡単に買える成人用おむつを野上さんが使わないということは、失禁する自分を認めないということなのだろう。だったら我々はその矜持を重んじて知らぬ顔をするべきだろう。だから俺はそうした。
 老いはきれいごとではない。そもそも人間の存在自体がそうではないか。キレイキレイなコマーシャリズムだけで人間は語れない。我々は愛すべきチンポとマンコの液汁まみれの摩擦結合と快楽の末に結実し、マンコを引き裂いて糞尿にまみれてこの世に這い出して、そして消えてゆく存在なのだ。

 野上さんも死んでしまった。その死体は焼かれて灰になり、もうどこにもいない。この凶悪な現実世界には魂も草葉の陰もあの世もない。メイドロイドもヤリマン星人も、いつでも優しく男を受け入れてヤラせてくれるヒロインがピンク映画の中にしか存在しないように、もう野上さんの姿もピンク映画の中にしか存在していない。


 本日、追悼上映。

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3 ■野上さんの文章

先日、何年かぶりにT監督から役者の仕事の出演依頼があり、4日間という短い撮影であったが、楽しく過ごさせてもらった。
 久しぶりと言うこともあって、お昼時などはどちらからともなく近くに陣取り、昔話や 何人かの監督さんや、役者さん等の消息を尋ねあったり、まあ言って見れば他愛のない世間話が話題の中心だったのだが、若い監督のKくんの事に話が及んで私はギクリとした。

 Kくんは、昔私の監督した映画の現場の手伝いに来てくれたり、ご自分の撮る映画に呼んでくれたり、映画好きの好青年で私の好きな若手監督の一人でもあった。
~中略~
 T監督も実は離婚をしており一人息子を引き取って男手一つで子育てをしている真っ最中だという。

 かくいう私も、離婚経験者であり彼らの大先輩。

 幼子二人を連れて家を出たものの、掃除洗濯朝晩の食事、幼稚園に通う下の子の弁当作り送迎の後の食器洗い等々それこそ目の回るような忙しさで、仕事量も当然制約される。あげくには「クレイマー・クレイマー」などと囃したてられ、日に日に悪さを覚えていく子供達を叱りながら、それこそ蟻地獄のような生活に落ち込んでいく。

 T監督は今、付き合っている彼女が居るらしいが「息子との仲が極めて悪い」と聞いた。

  「息子のことで」二人はしばしば喧嘩になると言う・・・。やがて、息子の自我が目覚めて来たときのことを想像すると、老婆心ながら背筋の凍り付く思いがする。

後略

これって、友松っさんのことですね

2 ■同じく

ヂョーさんと同じく、です。
なんか、お互いが父、子と思っていたような、そんな気がしてなりません。『メイドロイド』のメイキングの野上さん、本当に幸せそうでした。友松監督に呼ばれて、嬉しかったんですね、きっと。
今夜は、阿佐ヶ谷ロフト行けませんが、監督の想いが野上さんに届きますように。

1 ■(涙)

監督の著書を読んだ時以来の感動が…。乱暴に書いているようで実に愛に溢れているんだよなぁ監督の文章は。野上さんのプライド、優しさ、全て伝わってきます。

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