2013-05-17 00:16:50
n-tomomatuの投稿
そう言えばそうでしたな。「レイプゾンビ」劇中にゾンビ映画は存在しない!
テーマ:ブログ
※劇中の呼称について。ト書きではレイプゾンビと表記するが、この呼び方は台詞では登場しない。「ゾンビ」はNGワードであり、アドリブ等で言ってしまわないように注意すること。
女たちは、レイプゾンビを「毒男」と呼び、アキバ帝国民のことを「オタク」と呼ぶ。自分たちのことは「女」もしくは「人間」と呼び、自分たちの籠城する小学校を「避難施設」と呼ぶ。
アキバ帝国民は、レイプゾンビを「リア獣」と呼び、自分たちのことは「帝国民」と呼ぶ。女たちの避難施設を「女村(アマゾン)」もしくは「密林屋」と呼び、女たちのことは「三次元女」もしくは「リアル静香」と呼ぶものとする。(レイプゾンビ2&3シナリオ冒頭の但し書きより)
kyo @wmagician
ふと思ったのですが、タイトルは「レイプゾンビ」なのに、台本の中で「ゾンビ」をNGワードにしているのは何故なのでしょうか?
友松直之 @ntomomatu
金子修介監督は「ガメラ」シリーズで「カメ」をNGワードにしました。劇中の裏設定として恐竜と一緒に亀は絶滅していると。でないと攻撃の場面で「このカメ野郎!」などと言ったりして緊張感が壊れると。でも予告編で思い切り「空飛ぶカメ!」と書かれてズッコケたのだとか(続
レイプゾンビはゾンビ映画ですが(たぶん・笑)、ロメロゾンビとは設定が違います。もし劇中世界にゾンビ映画が存在するならば、その比較対象を劇中人物がやってしまうことになります。そうなると雰囲気はメタフィクションに近付いてしまう。それを避けたかったんですね。(続
やはりこれも緊張感を阻害するなと。拙作「君はゾンビに恋してる」では、逆にそれをやっていますね。ロメロゾンビとハマーゾンビ、土俗宗教における本来的ゾンビにまで言及しました。ギャグだしコメディだし、ジェイソンまで登場するメタフィクション歓迎の展開だからですね(続
レイプゾンビはタイトルがまず一発ギャグ(笑)でも中身はシリアス。女への恨み節であり男の露悪的偽悪的自己破滅宣言でもある。また物語が深刻な程タイトルの一発ギャグが活きると。世界破滅の物語には緊張感が必要だと。劇中で他の映画の話をさせたくなかった、ということです
マヘンドラ @maeda_HNR
これ興味深いのでブログにまとめてほしいです。『STACY』なんかは「ハイチの言葉で」とか丁寧に説明してますよね(骨も折れててちゃんと歩けないとか女の子たちにロメロ式ゾンビの指導をしているメイキングを見た記憶があります←気のせいかもしれません)。
友松直之 @ntomomatu
あー。その演技指導は「ゾンビ自衛隊」ですね。あと、確かに「STACY」は「ゾンビのように」とナレーションにもあり、劇中にもゾンビ映画は存在することになってますね。原作からそうでしたが。(続
「STACY」は、可愛い少女がもうすぐ醜いゾンビになってしまう哀しさ切なさがテーマでしたので、劇中人物たちにも共通イメージとしてのいわゆるロメロゾンビが必要だったのですね。「私はもうすぐステーシーになるの」ってやつですね(続
「ショーンオブザデッド」や「バタリアン」の劇中にはロメロゾンビ映画が必要ですが、「REC」や「48時間後」にはあると邪魔になるというような。(続
科学特捜隊とMATには連続性があるのかないのか。あの大掛かりな組織ウルトラ警備隊はどこへ行った?でもバルタン星人ジュニアは復讐だって言ってたし、セブンもブレスレット届けに来たし。なんでみんなウルトラマンを知ってるんだ!と。(続
ティガの素晴らしさは、劇中世界にウルトラマンをなかったことにした点でしたよね?もちろん後のウルトラ兄弟復活も、あれはあれで燃えましたが。つまりなかったことにして新たに始めるか、共通認識を利用して逆手に取るか、という戦略の選択ではないでしょうか。
マヘンドラ @maeda_HNR
非常にわかりやすいです。ありがとうございました。言われてみると私も平成ライダー劇場版のあらすじでいちいちアギトに仮面ライダーは出てこない、龍騎と555はカードやベルトで変身する人が仮面ライダーと呼ばれる(555は呼称なし)とか書いてました。
当時、加藤夏希さんのラストはもうちょっと可愛い(生前の面影が残っている)方がいいんじゃないかと思ってましたが、同一人物なのはわかりきってるんだし、醜くなってしまうというのも重要なんですね。というのを踏まえてもう一度観てみたいと……ああ、再販祈願。
友松直之 @ntomomatu
渋川演じる尾美としのりさんが、ステーシー化した加藤夏希を前にして言葉に詰まるのですが、演技ではなくガチ半泣きだったのですね。「あの可愛い詠子がこうなったかと思うと哀しくて」と。まさに作品精神を役者が体現した瞬間でした。
「STACY」販促映像
「ゾンビ自衛隊」販促映像
女たちは、レイプゾンビを「毒男」と呼び、アキバ帝国民のことを「オタク」と呼ぶ。自分たちのことは「女」もしくは「人間」と呼び、自分たちの籠城する小学校を「避難施設」と呼ぶ。
アキバ帝国民は、レイプゾンビを「リア獣」と呼び、自分たちのことは「帝国民」と呼ぶ。女たちの避難施設を「女村(アマゾン)」もしくは「密林屋」と呼び、女たちのことは「三次元女」もしくは「リアル静香」と呼ぶものとする。(レイプゾンビ2&3シナリオ冒頭の但し書きより)
kyo @wmagician
ふと思ったのですが、タイトルは「レイプゾンビ」なのに、台本の中で「ゾンビ」をNGワードにしているのは何故なのでしょうか?
友松直之 @ntomomatu
金子修介監督は「ガメラ」シリーズで「カメ」をNGワードにしました。劇中の裏設定として恐竜と一緒に亀は絶滅していると。でないと攻撃の場面で「このカメ野郎!」などと言ったりして緊張感が壊れると。でも予告編で思い切り「空飛ぶカメ!」と書かれてズッコケたのだとか(続
レイプゾンビはゾンビ映画ですが(たぶん・笑)、ロメロゾンビとは設定が違います。もし劇中世界にゾンビ映画が存在するならば、その比較対象を劇中人物がやってしまうことになります。そうなると雰囲気はメタフィクションに近付いてしまう。それを避けたかったんですね。(続
やはりこれも緊張感を阻害するなと。拙作「君はゾンビに恋してる」では、逆にそれをやっていますね。ロメロゾンビとハマーゾンビ、土俗宗教における本来的ゾンビにまで言及しました。ギャグだしコメディだし、ジェイソンまで登場するメタフィクション歓迎の展開だからですね(続
レイプゾンビはタイトルがまず一発ギャグ(笑)でも中身はシリアス。女への恨み節であり男の露悪的偽悪的自己破滅宣言でもある。また物語が深刻な程タイトルの一発ギャグが活きると。世界破滅の物語には緊張感が必要だと。劇中で他の映画の話をさせたくなかった、ということです
マヘンドラ @maeda_HNR
これ興味深いのでブログにまとめてほしいです。『STACY』なんかは「ハイチの言葉で」とか丁寧に説明してますよね(骨も折れててちゃんと歩けないとか女の子たちにロメロ式ゾンビの指導をしているメイキングを見た記憶があります←気のせいかもしれません)。
友松直之 @ntomomatu
あー。その演技指導は「ゾンビ自衛隊」ですね。あと、確かに「STACY」は「ゾンビのように」とナレーションにもあり、劇中にもゾンビ映画は存在することになってますね。原作からそうでしたが。(続
「STACY」は、可愛い少女がもうすぐ醜いゾンビになってしまう哀しさ切なさがテーマでしたので、劇中人物たちにも共通イメージとしてのいわゆるロメロゾンビが必要だったのですね。「私はもうすぐステーシーになるの」ってやつですね(続
「ショーンオブザデッド」や「バタリアン」の劇中にはロメロゾンビ映画が必要ですが、「REC」や「48時間後」にはあると邪魔になるというような。(続
科学特捜隊とMATには連続性があるのかないのか。あの大掛かりな組織ウルトラ警備隊はどこへ行った?でもバルタン星人ジュニアは復讐だって言ってたし、セブンもブレスレット届けに来たし。なんでみんなウルトラマンを知ってるんだ!と。(続
ティガの素晴らしさは、劇中世界にウルトラマンをなかったことにした点でしたよね?もちろん後のウルトラ兄弟復活も、あれはあれで燃えましたが。つまりなかったことにして新たに始めるか、共通認識を利用して逆手に取るか、という戦略の選択ではないでしょうか。
マヘンドラ @maeda_HNR
非常にわかりやすいです。ありがとうございました。言われてみると私も平成ライダー劇場版のあらすじでいちいちアギトに仮面ライダーは出てこない、龍騎と555はカードやベルトで変身する人が仮面ライダーと呼ばれる(555は呼称なし)とか書いてました。
当時、加藤夏希さんのラストはもうちょっと可愛い(生前の面影が残っている)方がいいんじゃないかと思ってましたが、同一人物なのはわかりきってるんだし、醜くなってしまうというのも重要なんですね。というのを踏まえてもう一度観てみたいと……ああ、再販祈願。
友松直之 @ntomomatu
渋川演じる尾美としのりさんが、ステーシー化した加藤夏希を前にして言葉に詰まるのですが、演技ではなくガチ半泣きだったのですね。「あの可愛い詠子がこうなったかと思うと哀しくて」と。まさに作品精神を役者が体現した瞬間でした。
「STACY」販促映像
「ゾンビ自衛隊」販促映像












