東京散歩道

「東京お散歩教室」主宰、小島信康が綴る身近な街の素敵発見探訪記。


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こんばんは(^_^)

 

今回は3月18日(土)に開催しました東京お散歩教室

雑色~産業道路散歩」(3/25まで開催)の様子を簡単にご紹介します。

 

出発は雑色駅から。

 

まずは、雑色商店街へ。

 

 

雑色商店街は、自称“大田区で最大の店舗数を誇る”商店街。

京急本線に直交する400m強のメインロードと、これと十字に交わるサブロード

さらに駅周辺の路地沿いに飲食店が集まり、店舗数は200店以上になります。

商店街の活動は、昭和23年(1948)10月の雑色商店街振興組合の設立からで

毎月第1火曜日と18日が安売り合戦の日となる他、セールやサマーフェスティバルなど

様々な催しが行われています。

 

雑色商店街の次は、西六郷公園へ。

 

 

西六郷公園は、大田区西六郷1丁目に所在する、廃タイヤを使った遊具が

設置されていることから「タイヤ公園」の名で親しまれている区立公園。

開園は昭和44年(1969)で、使われているタイヤの数は、なんと3,000本!

園内には、高さ8mのゴジラ(休眠中)をはじめ、ミニゴジラ、ロケット、ロボットなどの

モニュメントがあり、遊具も充実。

開設当初は、日本全国だけでなく、アメリカやオーストラリアなどでも紹介され

現在も変わった公園や珍スポットとして、インターネットを中心に幅広く紹介されています。

 

西六郷公園の次は、高橋商店へ。

 

 

高橋商店は、大田区仲六郷1丁目にある、菓子・ドーナツの製造販売店。

ミックス粉を使用せず、全てオリジナルで配合して作った、手作りドーナツが自慢のお店で

油で揚げていない焼きドーナツや、沖縄銘菓のサーターアンダギー

オリジナルのケーキドーナツや卵ドーナツ、かりんとうとドーナツを足して2で割った

「カリンドー」などの他、昔、学校給食で食べた揚げパンも作っています。

 

高橋商店の次は、七辻へ。

 

 

七辻は、大田区南蒲田2丁目、萩中1丁目、東六郷1丁目、南六郷1丁目の

境界にある多叉路。

名前の由来は、7本の道路が交差した地点という意味で、大正6年(1917)から

10年の歳月をかけて行われた耕地整理によって完成しました。

完成当時、当地は荏原郡六郷村子之神と呼ばれ、桃・梨・ぶどうなどの果樹を植えた

畑が広がる、人家もまばらなところで、昭和初期までは、農家の大八車が通るだけでした。

その後、住宅街の生活道路へと変貌を遂げますが、現在も信号機はありません。

しかし、譲り合いの精神が働くためか、不思議と事故は起きず、交差点の片隅には

「日本一ゆずり合いモデル交差点」の看板が立っています。

 

七辻の次は、萩中神社へ。

 

 

萩中神社は、大田区萩中1丁目に鎮座する、天照皇大神と豊受姫大神を

ご祭神として祀る羽田神社の兼務社。

創建年代は不詳ですが、古くは神明社と称し、江戸時代後期には既に鎮座していました。

そして、明治維新後は村社に列格し、大正6年(1917)の高潮災害後、再建の折に

東官守稲荷神社を境内に迎えました。

 

参拝後、続いて東官守稲荷神社へ。

 

 

東官守稲荷神社は、萩中神社の境内社。

元々は萩中町7番地(旧番地)辺りにあって、海に向かって建てられ、敷地も広く

当時この地で半農半漁生活をしていた村人たちから、海での仕事の安全を祈る

守護神として崇敬を集めていました。

しかし、大正6年(1917)の高潮災害で、社は被害を受け、萩中神社再建時に

萩中神社の境内に移転。

さらに、昭和20年(1945)4月の空襲で焼失しましたが、町民の努力によって再建されました。

現在は、「羽田七福いなりめぐり」の一社に数えられ

身体安全の神様として信仰されています。

 

萩中神社の次は、糀谷商店街へ。

 

 

糀谷商店街は、京急空港線糀谷駅前から萩中通りまで続く、90店舗ほどの商店街。

糀谷商店街振興組合が様々なイベントを行っており、毎月第4週の金曜・土曜には

「糀谷市」が開かれる他、8月には「糀谷阿波おどり」が開催されます。

 

 

糀谷商店街の中にある「肉の太田屋」でメンチやコロッケを買って、近くの広場で試食タイム。

 

小休止した後は、萩中通り商店会へ。

 

 

萩中通り商店会は、萩中通りに軒を連ねる約70店舗からなる商店街。

商店会の始まりは、昭和39年(1964)頃、地主が商店を誘致後

環状八号線沿いの商店が都市計画によって移転し、成立したといわれています。

 

萩中通り商店会の次は、萩中公園へ。

 

 

萩中公園は、大田区萩中3丁目に所在する、面積約64,000㎡を有する区立の総合公園。

園内には、蒸気機関車や都電、トラック、ボートなどが置かれている「ガラクタ公園」

信号機のあるコース内で自転車の練習をしながら交通ルールが学べる「児童交通公園」

木々や流れる川に囲まれた「芝生広場」などがある他

運動施設として、屋内プール、屋外プール、少年野球場、野球場があります。

 

 

萩中公園の前にあるマンガハウス。

マンガハウスは、駄菓子と玩具と古本を売っている「お菓子な?店」。

ここは、買い方が変わっていて、注文カードを窓口へ持って行き、商品と交換するシステム。

店内には新旧様々な駄菓子がずらっと並んでいて、まるで駄菓子ミュージアムみたいです。

 

萩中公園の次は、羽田神社へ。

 

 

羽田神社は、大田区本羽田3丁目に鎮座する、須佐之男命と稲田姫命を

ご祭神として祀る神社。

羽田の氏神様として羽田全域から羽田空港まで広く氏子を有し、航空各社の崇敬も篤く

年間を通じて運行安全・航空安全祈願の参詣があります。

由緒は、約800年前の鎌倉時代に領主・行方与次郎が牛頭天王を祀ったのが起源とされ

江戸時代は、徳川家、島津家、藤堂家などから篤く信仰されました。

そして、明治元年(1968)の神仏分離令により、自性院の境内に祀られていた

牛頭天王社が八雲神社として独立。

明治40年(1907)に羽田神社と改められ、現在に至ります。

社殿は、昭和63年(1988)5月に竣工したもので、境内には、複数の境内社が鎮座する他

区の文化財に指定されている富士塚「羽田富士」があります。

 

羽田神社の次は、羽田の渡し跡へ。

 

 

羽田の渡しは、かつて羽田と川崎を結んでいた川崎大師参詣の要路。

稲荷新田を開拓した名主・小島六郎左衛門にちなんで

「六郎左衛門の渡し」とも呼ばれていました。

使われた渡し舟は、20~30人乗りの大きさのもので、この船を利用して魚介類

農産物、衣料品など、生活に必要な品々が羽田と川崎の間を行き来しました。

人々の生活や文化の交流などに貢献してきた羽田の渡しですが

昭和14年(1939)の大師橋の開通に伴い廃止。

跡地には、裏面に羽田の渡しの歴史を記した碑が立っています。

 

羽田の渡し跡の次は、大師橋へ。

 

 

大師橋を渡る前に、橋をバックに記念写真。

皆さん、撮影ご協力有難うございました!

 

 

大師橋は、多摩川にかかる橋長555mの斜張橋。

東京都道・神奈川県道6号東京大師横浜線(産業道路)を通しています。

橋名の由来は川崎大師で、橋は川崎市が管理。

昭和14年(1939)に完成した旧橋は、ゲルバー式トラス橋でしたが、老朽化が進んだため

平成3年から架け替え工事が始まり、平成18年に現在の新橋が完成しました。

 

大師橋を渡った後は、産業道路駅へ。

 

 

産業道路駅前にある京急大師線の踏切。

こちらの踏切は、道幅が広い産業道路(片側3車線ずつ、計6車線)を横断する

長大踏切として知られ、「タモリ倶楽部」の踏切特集でも紹介されました。

しかし、「京浜急行大師線連続立体交差事業」によって鉄道が地下化されるため

こうした光景も近々見納めとなります。

 

こんなふうにあちこちご案内をして、産業道路駅でお散歩は終了。

 

 

そして、電車で京急川崎駅まで移動し、ご希望されたメンバーさんたちと

居酒屋で打ち上げをして、解散となりました。

 

ご参加くださいました皆様、長時間お付き合いいただき、誠に有難うございました。

 

それでは、次回の「東小金井~武蔵小金井散歩」もよろしくお願い致します。

 

東京お散歩教室

http://tokyo-osampo.com

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