食人国旅行記
マルキ・ド・サドによって書かれた作品。
四巻の小説からなる「アリーヌとヴァルクール」の第三巻目を抜粋して
文庫化された作品。
サンヴィルとレオノールは、結婚を親に反対されついに駆け落ちをします。
二人が行き着いた先は、ヴェニス。
しかし運命の悪戯か、何者かによってレオノールは誘拐されてしまいます。
サンヴィルは、町で集めた情報を頼りにレオノールを探す航海にでます。
行き着いた主な島は悪徳の島と美徳の島です。
悪徳の島(ビュテュア国)
風俗
○食人習慣
ある国の文化で人肉を食べる習慣があるとしても、他の文化圏の者は
非難することはできない。
普遍的な美徳というものは存在せず、その国々によって美徳とされるものは
異なる。
郷に入れば郷に従うのが当然。
ビュテュア国においては、食人は野蛮な行為や悪徳ではない。
人肉食の習慣は品性の堕落では決してない。
牛を食べるのと同じことである。
人肉を食べる習慣により、殺すものと殺されるものとにわかれる。
人間という種の破壊の原因というべく生存競争は悪ではない。
なぜなら、有為転変つねなき様相こそ自然の根本的法則であり
変化を生ぜしめる原因(人口増減や人間の性質の変化)ともいうべき
生存競争(悪徳)は、自然にとって必要なことである。
習慣
○男尊女卑
女をたくさん所有するのがこの国の贅沢である。
なるべく女を楽しませないのが当然である。
肉体労働も家庭内労働も女の仕事であり、妊娠し出産した女は嘲笑われ
馬鹿にされるも当然である。
なぜなら女は男より種が劣っているからだ。
○人種差別
黒人は白人に支配されるのは当然である。
白人が黒人を支配したように、黒人にも白人を支配する機会はあった。
しかし黒人が弱かったから支配されるに至ったにしか過ぎない。
自然界で考えたなら、動物は人間に支配されている。
その全自然的な視点では、支配するものとされるものがいるのは当然である。
教育
司祭が圧倒的な力で持って教育に携わる。
○女への教育
完全無欠な服従と女は男の隷属するための存在であることを認識させるための
教育
○男への教育
司祭、王、目上に対する服従とその者たちのためなら血を流す覚悟を認識させる
ための教育
そして13歳前後で司祭に男女ともども初物を捧げる。
法律
父親は、家庭内の殺生与奪権が認められており、家庭内のあらゆる放蕩が
認められ、自堕落は罰を受けない。
家庭外の犯罪なら、即刻死刑を言い渡される。
君主
最も残虐非道な男が君主に選ばれる。
数千人の女を囲い、放蕩の限りを尽くし、生贄として殺すのが当然である。
住民
生計を立てられないものは最大の軽蔑をされ、結果として金持の犠牲となり
殺されるのが常である。
他人に対して無感情で、たとえ家族が殺されようとも無関心である。
住民気質
淫蕩、残忍、復讐心、迷信深さ
道徳
暴虐行為も残忍行為も、淫乱も放蕩も敵意を含んだ行動も罪ではない。
○暴虐・残忍行為の正当性
自然は不平等な人間を作り出したのだから、ある一部の人間がある一部の人間に
服従するのは当然のことである。
男は女より種として勝っているのだから、男はあらゆる種類の権利を使い
女を迫害するのが当然である。
○放蕩・乱交の正当性
放蕩乱交し、一部の人間を不幸にさせても何の問題もない。
なぜなら服従するのは当然で、服従せしめられる人間は他の人間の
必要快楽を無差別で満足させてやるのは当然のことであるからだ。
美徳の国(タモエ)
習慣
肉を食べず、質素な生活をする。
自然がほかの食べ物を与えてくれているから、生ける動物を殺す必要はない。
そしてその生活は君主を含め、皆平等に行う。
タモエ国にとって最も重要なことは、この「平等」であることだ。
平等であるために、個人の財産というものを一切廃止し、あくまでも
すべての財産は国家に属しており存命中貸与されているという制度を
確立し運用している。
必要を満足させるものが十二分にあるとき、他のものを奪おう等の
欲望は生まれない。
欲望こそがすべての悪徳の根本的原因となる。
必要を満たしたならば、欲望は生まれず悪徳が減る。
また自給自足の生活をすることで、外部からの悪しき文化を断絶することが可能。
教育
○教育
2歳から親元を離れ、国家が教育をする。
国家が一元教育をすることで個人的利益は発生せず、また家族の気風はなくなる。
家族特有の気風は国家を脅かす存在となるため、はじめから国家の子として
教育することが美徳維持には求められる。
○結婚
15歳で教育をおえ、結婚をする。
結婚は男が女を選び、女が承諾をしたら認められる。
その後二人で住み始めるが、2年間は隣人の監督のもと生活をする。
法律
○離婚制度
離婚制度を確立し、一度だけ離婚を認めている。
一度だけ離婚を認めることで、家庭内虐待を未然に防ぐことが出来る。
また離婚したからといい迫害されることはない。
独身者が生活する区画で再び再婚相手を見つけることは、なんら問題ではない。
○犯罪に対する法律
犯罪を減らすには、二つのことが求められる。
一つ目は、罪悪を生ぜしめる原因を取り除くこと。
人間を堕落に導くものがなくなれば、犯罪が減少する。
二つ目は、美徳の魅力と必要を感じさせること。
決して美徳を説くのではなく、実例を目の当たりにさせることが求められる。
美徳の魅力と必要を感じとったならば、罪という悪徳を行うことがなくなる。
しかしながら、いかに犯罪が減少しようとも人間が人間である以上
犯罪を根本からなくすことは難しい。
社会の害となるわけでもない小さな犯罪には、面目を失わせる等
簡単に済むものにしなければならない。
死刑も牢屋も犯罪抑制の手助けになるばかりではなく、むしろ犯罪を
増加させるため、一切必要ない。
君主
同国民のために役立つこと、民衆に愛されること、善を行い悪を阻止すること
そべての人間を幸福にすること、それが君主に求められる資質である。
住民
非常に温和で慎み深いながら、友好的である。
隣人を手助けすることは常日頃から当然のように行われている。
住民気質
感じやすく、誇り高く、名誉を愛する
道徳
美徳を愛し尊敬し、美徳の帰依に奮い立ち、神を讃え、政府に感謝する。
それこそが幸福であり美徳であると信じている。
↑ ユートピア思想全開
ネタバレ感想
非常に両極端な思想が描かれています。
悪徳と美徳
しかし美徳も行き過ぎると美徳に見えません。
まず悪徳の国から。
これは猟奇的ですが、今までのサド文学で書かれている内容と似ているため、
あまり驚きを感じませんでした。
男尊女卑があまりにもひどく読んでいて辟易してしまいました。
きっとそれは私が女性であり、また現代が女性の社会進出を後押ししている背景が
あるから違和感とともに反吐が出たのでしょう。
女を軽んじるな。
といっても、筋違いですけどね。
確かにその昔は、この風潮がスタンダードでしたからね。
悪徳の国のほうが、人間がより人間らしく見えます。
どこまでも本能で生きています。
悪徳の国よりも、美徳の国に私は恐怖を感じました。
一種の洗脳のように思えます。
外界から遮断させ、君主から与えられた情報を絶対とし生きるなど。
個人の資産を廃止し、国の資産とする共産主義が徹底されていますね。
みな優雅に洗練されていると書かれていますが、それこそまさに
マインドコントロールされているようにしか思えません。
果たしてこれがユートピアなのでしょうか?
人間らしさを感じられません。
一見すると平和です。嫉妬も争いもなく、平和です。
しかし、生きていて楽しいのでしょうか?
頑張れば頑張るだけ得られる何かがあって、はじめて人は成長します。
この国では得られる何かは、名誉や評判です。
資産等形に見えるものではないです。
名誉や評判を集めて、何になるのでしょうか?
自尊心はくすぐられます。
自尊心がくすぐられたのなら、生活水準をその自尊心にまで引き上げようと
考えないのでしょうか?
資本主義国家に生まれた俗物的な私故の考えでしょうか?
人よりも優れたい、それを誇示したいと考えるのが人間ではないのでしょうか?
生まれながらの戦闘DNAが人間にはあるのではないでしょうか?
それらを一切排除し、画一的な平和なんて。
君主は神にあらず、単なる人間にしか過ぎないです。
神にはなれません。
私は美徳の国の君主が、最も人間らしい人間に見えて仕方ありません。
そして神になりたい人間に見えて仕方ありません。
この国は、一人の偏執狂が街を平和という名の下、
マインドコントロールした国です。
こんな世界で生きていて楽しいのでしょうか?
勿論比較対象である外界が遮断されている以上、きっと楽しいとかの感情は
ないのでしょうかね。
山奥にひきこもったとあるカルト団体を思い出しました。
彼らは最後集団自決しましたが。
総じて、悪徳の国より美徳の国のほうが怖いです。
こんなユートピア、糞喰らえ。
何故、サドはこの国をユートピアとしたのでしょうか?






