【ありがとうございました】

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2月28日になりました。

今日で会社を去る事となりました。

 

入社し、5年と少しになります。

年少さんだった娘が、今年で小4に。

30歳台だった私が40歳台に・・・。

本当にアッと言う間の歳月です。

 

毎月発行している月刊【邁豊夢】(ニュースレター)では

漫画(エコダさんシリーズ)を担当させて戴きました。

OBのお客さまより、叱咤激励を戴きました。励みと気

づきになりました。

メールマガジン・ブログ更新【WEB邁豊夢】では、

お顔も存じ上げないお客様とも繋がれた様な錯覚を

抱きました。

ホームページの更新では、統一感を出せない雑な性格

の自分に苦しみました。

その他、庶務業務では奥さんをはじめ、社員の皆さんに

沢山教えて戴きました。

ご迷惑も沢山お掛けしたかと思います。

そして何より、不甲斐ない私を、温かい目で見守って下

さったお客様、本当にありがとうございました。

 

非常に残念です。

 

とても働き易い職場でした。

 

新しい仕事を探して働く事よりも、信頼関係をまた1から

築かなければならないプレッシャーが非常に大きいです。

 

マイホームセンターは、主婦で働く私に対してとても理解の

ある会社でした。

ひと月前に社長より「頑張ってられたと思うよ」と言って戴き、

家庭との両立に対して深く理解して下さっていた事と、自分

は【娘の母】というカテゴリーの中でしか存在しておらず、

このまま自分と言う人間は誰からも認められる事なく生きて

いくのだろう・・・と絶望していたので、【確かに私と言う人間

は存在していたのだ・・・】と実感が湧きました。

頑張っている・・・そんな言葉をかけてもらったのはいつ以来

だろう・・・。本当にジーンときました。

 

マイホームセンターと言う会社は、社長の奥様を筆頭に、気

遣いを通りこして、心遣い・・・いや違う。

【心配り】の出来る方が大勢いらっしゃる会社です。

表現するならば、誤字脱字を問うて責めるよりも、その筆跡

から心模様を察し、接して下さる様な・・・そんな温かい方々

の集まりでした。

 

特に奥さんの存在には非常に癒され、その温かい人柄に接

し、こちらも心が豊かになっていく様な、浄化されていく様な

気分でした。最近では奥さんとお仕事出来る日がレアだった

ので、少し残念でした。

5年間、色々お話をしました。

一番心に残っているのは、私の夢でみた話を真剣に聞いて

下さり、涙を浮かべて、「その夢はお母さんに話された?」と

真剣に言って下さった事です。

私の立場になって、一緒の気持ちになって下さって嬉しかっ

たです。

 

奥さんもお忙しいのに、小学校に上がった娘を気遣って下さ

り、自宅の備品や食品についているベルマークを継続して

下さいました。私自身でも集めてはいるのですが、結構・・・

かなり面倒な作業です。でもそれが誰かのお役に立つので

あれば・・・と、私は惰性気味でやっていました。

それを、善意でさりげなくして下さるのです。奥さんと仕事を

する日々は、そんな優しい心遣いの連続でした。

奥さんが入れて下さった、温かいお茶をもう飲めないのは

寂しいです。いつも一定の温度で、いつも優しい変わらない味。

母以外に尊敬できるもう一人の女性です。

奥さんが頑張っておられるから、自分も頑張ろう!と自分への

戒めになっていました。

本当にありがとうございました。

 

別れを経験するとき、いつも心の中で流れる歌があります。

ベタですけど・・・【The Beatles】の【Hello Goodbye】です。

この曲は、恋愛の歌ですけど、私にとっては解釈が違います。

恋愛とはかけ離れた、ヒューマンな触れ合いの歌です。

人の”別れ”と”スタート”を選択する時の両者のタイミングの

ずれ、感情の温度差を感じるのです。

 

せっかく良い事も、悪い事も、楽しい事も、悲しい事も沢山の

りこえて絆が強くなったのに、ふと別れがくると、え?今から

が本当のスタートでしょ?理解が深まった今だからスタート

なはずなのに・・・と、そう感じてしまうのです。

 

相手はグッバイ。自分はハロー。

その温度差は埋めようがありません。

 

今の自分もそんな気分です。

でも、新しい場所、新しい事を始めるきっかけになる事に

対しては前向きに思っていますし、少しのワクワク感が

無きにしもあらずです。

でも冒頭でも書かせて戴いた通り、信頼関係はすぐに築

けるものではなく時間を要するものです。時間を要しても

信頼関係を築けるものではありません。

それを強く感じてしまうのは、きっと信頼関係をマイホーム

センターでは築く事が出来ていたからだと感じています。

 

感謝しています。

本当にありがとうございました。

栗波

 

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久しぶりのブログの更新になります。

色々と、優先順位があり、2月28日を最後にブログ更新

はしようと考えていました。が、やめました。

 

先日、娘の3学期最後の授業参観がありました。

毎年、工夫がこらされており、1学期から3学期にかけて

学んできた事の成果や、合奏など先生方の特徴や工夫

魅せ方があるな・・・と毎年感心させられています。

 

何より娘たちの成長をヒシヒシと感じる会となりました。

3年生の目標は【TRY】なんでもやってみる!!

その公約の通り、最初【シー】しか吹けなかったリコーダー

も、【エーデルワイス】を美しい音色で、クラス全員乱れる

ことなく吹いて発表してくれました。

この学年も、とてもまとまりのある良い学級であったな・・・

と音色からもヒシヒシ感じ、しみじみしてしまいました。

 

その後も1年間学び、体験してきた福祉についての発表があり

大人も一緒に考えさせられました。

子供たちから教えてもらい、改めてバリアフリーの大切さを感

じました。お年寄りから子供、身体の不自由な方全員が安全に

暮らせる街づくりも大切ですが、やはり一番は心のバリアフリー

だと強く感じます。

駅構内で視覚障害のある方が、介助犬を伴いホームから転落

し、亡くなる痛ましい事実を耳にすると、少しの勇気ある声掛け

で、大きく違っただろうに・・・と感じずにはいられません。

普段、行動範囲がまだまだ狭い子供たち。

授業の一環とはいえ、福祉について学び体験した事は、これか

らの高齢化社会と言う現実で実践として役立つでしょうし、家庭

や学校での困っている人への手助けなどの良いきっかけ、心の

栄養につながったのではないのかな。と感じました。

 

1年生の初めての授業参観で席がお隣だったお友達のお母様と

お話し、お互いに心も身体も成長したね。と喜びあいました。

 

同じクラスのお母様でゴスペルシンガーの方が、ボランティアで

学校に出向き3年生全員にゴスペルを教えて下さいました。

その発表もありました。

曲目は【This little Light of mine(私の小さな光)】でした。

私も大学の講義でこの曲を習った事があったので、知っていまし

た。英語の歌を大人は活字で覚えるけれども、子供たちは耳で

覚えます。耳で覚えるせいか、とても発音がネイティブな感じで

素晴らしく、面白かったです。

短時間で覚え、身ぶり手ぶりにステップ、手拍子を加え、本当

に楽しみながら天真爛漫に唄うその姿に、この子たちは自然と、

すごい事をやってのけるな・・・と子供たちの大いなる可能性を

感じました。神々しかったです(笑)

 

参観後、ゴスペルに興味があったので、その教えて下さったお

母様にお声がけしました。

とても良い方で、「一緒にやりましょう」と熱心に言って下さいま

した。

そんなお誘いに、私はまた言い訳をしてしまいました。

「家庭の事情と、仕事で忙しいので・・・いつか初めてみたい・・・

と・・・・」

何かを始める事ができないのは自分だ。

娘はこの一年で沢山の事にトライしてきたというのに・・・。

情けなくなりました。

そのお母様は、プロのミュージシャンであり、母であり、妻であり

沢山の教室を教える先生でもあります。コンサートも開催されて

います。その上、地域にも貢献されています。

本当に頑張っている方を目の前にし、自分は本当にダメなヤツ

だ・・・・と感じました。最近色々あって本当にダメダメだと。

 

ゴスペルの歌の通り、自分の小さな小さな光を、輝かさなけれ

ば・・・と思いました。

 

ゆかり☆ゴスペル▼

http://yukarigospel.com

 

 

 

 

 

 

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【POIRE】

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先日、実家に帰る際に土産を持って行きました。

久しぶりに懐かしのお店に立ち寄りケーキを買いました。

その懐かしのお店の名前は【POIRE】

 

あべのハルカスにも店舗を構えるそのお店は、私にとっ

てとても思い出深い、懐かしい、胸が熱くなるお店です。

 

40年も生きていたら、誰しもそんな思い出深いお店が

あるのではないでしょうか。

 

25歳になるまで、そのケーキ屋さんの近隣に住まいがあり

ケーキと言ったら、ポアールでした。

誕生日ケーキも、人に振る舞うデザートも、お土産も、母の

日のプレゼントも。

そして父がよくお土産に自宅に持って帰ってきたのも鯖寿司

か、ポアールのケーキでした。

 

私は子供の頃、夜遅くに土産で買ってきたケーキや鯖のお

寿司は、大人の夜の食べ物だと思っていました。

うなぎパイ感覚です。

夕食を食べ終えて尚、食べるお土産の夜食は、なんとなく

子供心に大人の仲間入りをした様な、高揚感を味わえる

ものでした。とても美味しかった記憶と父と母、醜い程の

食べ物の争いを繰り広げた弟の顔が浮かびます(笑)

ほぼ私の一人勝ちでしたが・・・(苦笑))

 

私は、のめり込む方なので、ポアールではチーズケーキば

かり注文していました。誕生日ケーキもチーズケーキでお願い

していた程です。

その懐かしいケーキを、母と娘と私。たまたま居合わせた弟と

共に4人で食べました。弟は今でもよく食べている様で、何とも

ない感じでしたが、変わらないその懐かしい味に胸が熱くなり

ました。

 

こうして3世代でポアールのケーキを食べるなんて思いもしな

かった・・・。娘も喜んで食べていました。

最近では、美味しいケーキ屋さんも、高級なケーキ屋さんも

沢山あるので、月日が美味しい物慣れしてしまったのか、口

の中には懐かしさが強烈に残りました。

昔はただ美味しいだけでしたが、舌と感情で味わうそのケーキ

はとても不思議な感覚でした。

その感覚を味わいたいが為に、また食べたいな・・・と思ってい

ます。ある意味私のソウルフードです。

 

エピソードはまだまだあります。

私が小学1年生の時に、大好きだった祖母が亡くなりました。

祖母は胃がんでした。

もともと細く小柄だった祖母は、「●●●ちゃん(私)の方が大

きいし、よく食べるね」といつも私に言っていました。

食べたら喜んで褒めてくれるので、口いやしい私は、本当に

よく食べました。

祖母は自宅療養している時もカロリーメイトを1かけら位しか

食べられなくなっていました。

とうとう入院する事になり、母がお見舞いに行った時のエピソ

ードです。

何も食べられなくなっていた祖母は、母に「ポアールのシャー

ベットが食べたい・・・」と伝えたそうです。

母は急いで買いに行き、祖母の唇にシャーベットを塗ってあ

げたそうです。

祖母は「美味しい、美味しい」と喜んで食べたそうです。

それが最期の食事となってしまいました。

 

私が高校生の頃のお話です。

中学校の担任の先生に想いを寄せていました。

本当に大好きでした。

今でも同窓会があるのですが、声を掛けてもらっても、参加

した事がありません。まだ先生と顔を合わせる事が出来ませ

ん。恥ずかしいのです。

片想いほど引きずり、心が残っている恋愛はありません。

 

その先生はとても熱心な先生で、正しい事は正しいと示して

くれる筋の通った人でした。変なギャグを言ったり、変なエメ

ラルドグリーンのジャージを着たりする先生で、何故好きだっ

たのか不思議なくらいです。

 

中学の時に担任だったその先生とは中学を卒業したら、1度

しか逢う事がありませんでした。高校も同じ敷地内だったのに

です。でもそのたった一度の再会が忘れられないのです。

「ニキビも無くなってキレイになったな。」

と声を掛けて下さりました。

少したわいも無い話が続きました。そして、

「●●は、先生の事好きやったやろ?」と急におっしゃったの

です。心臓が飛び出るくらい驚きました。

何も言えませんでした。今でもドキドキします。

その後「先生と、ポアールのケーキ食べに行かへん?」と言

って下さいました。

好きだったので、怖くなり「友達も一緒なら・・・」と答えました。

「二人やったら嫌か?」と聞かれ、黙りこんでしまい、先生が

困ってしまい「また今度・・・」と、別れました。

 

強烈な片想いの思い出です。今でもあの時、食べに行って

いたら真剣に向き合って戴けたのかな????!

と感じる事があります。

先生が卒業式に言って下さった言葉。

無知だった私は、その言葉の意味すら分かりませんでした。

「品行方正な●●さん。卒業してもがんばって!」

40歳の私は、ガサツだと言われ続け、生涯で品行方正だと

評価して下さったのは先生だけです。

 

街角にあるケーキ屋さん。沢山ある数々のお店。

商品だけを売っているのではなく、思い出を、懐かしさを、

優雅な気持ちを取り戻させてくれる、【帰る場所】として

存在し続けてほしいものです。

 

思い出話にお付き合いくださりありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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