小田原家庭裁判所 バイクと野人
テーマ:心琴光速大学一年の頃、平塚に1年間住んでいた。大秦野、鶴巻温泉に近かった。当時、バイクを3台持っていた。買い物用の原付カブ、年代物のホンダ250cc、ヤマハトレール75ccだ。ボロ原付は高校生の時に地元の屑鉄屋で学割にしてもらい2500円で買い、それで大分から一日かけて幾つも山を越えて宮崎の日向へ、フェリーで川崎まで行き、国道1号線を南下して平塚まで行った。トレールは卒業する先輩にもらった。中古のホンダは全財産持って上野まで行って5万で購入、国道一号線を走って平塚まで戻った。スーパーカブは皆が勝手に買い物に使いボロボロになるまで寿命をまっとうした。トレールは近くの無人神社の長い階段を一気に走り登ったのだが、途中でエンスト、野人は瞬時に飛び上がって脱出着地したのだが、バイクは階段を転がり落ちて大破、再起不能となった。しかし愛着のあるホンダはよく走った。大磯海岸の沖で潜り、コンブを満載して帰ったが、荷台だけでなく積みきれないコンブを服が見えないくらい体中に巻き付けて走る野人は異様に写っただろう。ウィンカーを出さないトラックの急な右折で、避けようとしてやむなく高速で馬入川に突っ込んだことがある。一気に川原まで落ちてそのまま水を突っ走り土手を駆け上がり対岸の土手道を走った。浅くて良かった。トラックの運ちゃんは呆然として見送っていた。たぶん、殺したと一瞬思っただろう。余裕で手を振ってやった。野人はその程度では怒らない。
ある日、この馬入川沿いの直線の国道を80キロで走っていたが、見渡す限り車も見えない。赤信号だったがそのまま走った。途端に白バイがサイレン鳴らして追って来たのだ。ありゃ~と思ったが、瞬間悪知恵が閃いた。トラックの時のように馬入川を横断して振り切ればさすがに追って来れやしない。是非また手を振ってやろう。心配後無用、ナンバーなど最初からないのだ。野人が適当にマジックで段ボールに書いて貼り付けておいた。「ムフ!」と微笑んで100キロにスピードをあげた・・・ら・・前からも白バイが走って来て挟み撃ち、そこからは川に飛び込めそうもないのであきらめた。二人がかりでか弱い少年を・・卑怯者~ヒマ人だ。警官が言った、「スピード違反、信号無視!」、もう一人が言った、「何だ~このプレートは、段ボールにマジック・・」と絶句。二人して野人の足元を見て、「裸足に下駄履きじゃ・・こいつ」。
今度はキツイ声で言った「免許証!」。余裕の野人が言った、「そのうちとるから待て・・」。今度は声を揃えて「何い~~!無免許かあ~!バカモン」。野人は免許証持たずバイク3台持っていたが、華やかなバイク人生は1年足らずで終わった。小田原家庭裁判所から呼び出しがあり、九州の母は来れないから大家さんが親代わりに同伴した。人の良い大家さんは大地主の百姓でアパート経営もやっていた。野人が昆布とってきて物干し竿に干すたびに野菜をどっさり持参して物々交換したがるのだ。その野菜を同じアパートの貧乏学生達にも分けてやっていた。どじょうやうなぎや蛇や鳥も捕って来て皆に食わせた。野人の芸は皆を養う。大家さんにとって海の食材は貴重だ。大家さんは帰り道、昆布が食えなくなるのを残念がっていた。大家さんは娘の一人を野人とくっつけたがっていたが、女性は面倒だとお断りした。それに・・娘をいただいても交換するものがない。










1 ■いつも
為になります
今日は ムーさんの記事 読み直しています