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2018-01-01 09:47:04

それのどこがロックやねん。

テーマ:徒然なるままに
えー、年始早々から、平常運転宣言w

てのは、別に酒飲む訳でもなく、年始早々、仕事やってる友人も多いので
正月が来たとかいう気分になれるものが、周りに一切ないというね。

なので、普段より、実は、誰にも邪魔されずに音楽に向かえる唯一の時間である。

さて、昔話でもしてみようか。

昔々、私も大学生とやらをやってたことはあって、
僅か半年くらいは、そうした音楽系のサークルに在籍してた事はあるんだけどさ。

そもそも、夏合宿で、どこぞのバンド系のスタジオ常設のリゾートホテルがあって、
そこでロックやってる国なんてのは、日本の一番変な光景なのかもしれないけど。

まあ、そこで、The Cureをやった奴も、私と当時の友人くらいなんだろうが。

そんな私は実は、その頃、ドラマーだったというねw
ええ、こんな曲叩いたりしましたよw


こんなんとかな。これくらいは、普通に叩けます。



どうも、そのバンドの10代目ドラマーだったらしいけどw
その当時は、今以上に「ドラム日照り」でしたから、ドラマーのかけ持ちどころの話じゃねぇ・・・

今?やる気ねぇよ。もう、オッサンなので。

閑話休題。

まあ、皆でグダグダになって朝、目を覚ました訳です。

その当時の私のいたサークルって、割とリベラルなとこあって、
気さくなセンパイ達が多く、高圧的な人とか誰もいなかったので、
えらく、居心地は良かった。

私が、先輩だの後輩だのこだわらないのは、その時の事もあるんだけどね。

ホテルの大食堂の一角で朝飯食ってる所に、
「おはよございまーす」
「うぃーす」
とかって、えらくお互いフレンドリーで気さくな雰囲気のまま、
それでも穏やかで丁寧な人間関係があるような感じ。

そこに突如、学校の違う、どこぞの大学のやや大きな軽音部の連中が飯食いに来たんよね。

最初に、まだ1年生の俺と同じくらいの奴らが二十人ばかり、先に食堂にやってきて、
食堂のドアを開けて、ドアの左右に十人ずつくらい一列に並ぶから、
うちらのサークルの連中、上も下も「なんじゃ?」とあっけに取られた訳ですよ。

そこに、その部の先輩たちが、入ってきた途端。

「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」

その一年生部員、先輩方が全員通り過ぎるまで挨拶。

しかもその中を、先輩方が

「おう。」

みたいな感じで、天○皇陛下か、
王様でも通るかのような感じで抜けてって
食事の席につく訳だ。

ウチのサークルの連中、唖然というか
「バカかこいつら」という感じで、その光景を見ている訳ですよ。

本人たちは、えらくそれを真面目にやってるのがまた・・・

ウチのサークルの中で、先輩の誰かがポツリと。
「これだから、いやなんだよなぁ。分かって無い奴は・・・。」

全員、うんうん。

「あいつらみたいのが、日本のロックをダメにする。」

いや、マジ、それを分かってる人達が、あの頃も確かにいたんだよ。
でも、何故か、何も考えずに、あの↑の変な構図を信奉してる人たちってのが、
余りにも、絶対多数過ぎたんだよ。

だから、数の暴力で押し切られてたし、
そもそも、そういう連中が、それをおかしいと一つも思って無かったわけだ。

それで「自由がどうの」「体制がどうの」とかいう英語の曲を、
歌詞の内容もよく知らんと、真似てるだけなんてね。

あんたらの行動が、一番その曲と真逆な事やってないか?ってのを
分かって無いってのは、恐ろしいもんなんだよ。

それのどこが、ロックやねん。

まあ、僕も、そこで疑問には思った訳だ。
そもそも、こんな何もかも揃いまくった場所で、こんな形で音楽やってたって、
それは僕のやりたかった事とは全く違うし、何の意味もないんだろうなぁ、と。

温室栽培の中で、予定調和やってるだけなんだし。

で、僕は、その合宿が終わってから、
そのサークルにも行かなくなったんだけど。
外でメン募をはじめて、っていう、
普通にバンド君がやるような第一歩を踏み出した訳だな。

でも、そこに至るまでが、およそ半年も無い程度の話なんですよね。
だって、僕は10月には、そのサークルさえも辞めてた訳でさ。

義理で、一回だけ、世話になった先輩の追い出しライブに出た時には、
もうそのThe Cureカバーから始まったバンド、オリジナル曲だけでやったからね。

その時の曲は、僕が書いた曲ではなかったから、
今はやる事は無いけど、今でも、僕の奥底深くに重要な形で眠ってる。

でね、何が言いたいかって言うと。

そこまでやってたはずの↑のどこぞの大学の軽音部から、
名のある音楽人がでたなんてのは、ついぞ聞いた事もないし、
どうせ、今頃その連中も、自分がそんな事をやってたなんてのは
ろくに覚えてもいないんだよ、きっと。

けど、おそらく、その大学では、まだ似たような軽音部があって、
その異常な光景を、代々、先輩と後輩の関係やってる時間の間だけ
何も考えないで「それが正しい事」みたいに受け継いでるんだよ、きっと。

俺は、そういう、何も考えなしの行為で、
トンデモ無い音楽上の勘違いを無責任に増やしまくってる事が
多分、一番嫌いなんだと思う。

頭の悪い奴、ってのは、多分、そういうことなんだよ。
忠実な番犬みたいではあっても、本当にそれが何を意味してるかなんて考えもせず
意味も分からないまま、おかしなことを代々繰り返してるだけで、
それを「我が部の伝統」とか言ってるような、おかしな人たちが。
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2017-11-19 02:51:33

東京幻想の崩壊と、古き良き東京の街並みの破壊について

テーマ:徒然なるままに
ちょっと、いろいろ考え中なので、いちいち気にしないでくれ。
音楽にも関係あるんだけどさ、
別に色々まとめておかないといけない事もあるんでね。



滅びゆく「幻想の東京」について

1995年のWindows 95の販売以来、急激にインターネットが拡大するにつれ、
日本がそれまで得意としていた、
大企業とメディアによる市場占有と、コマーシャルによる拡散力を利用した
いわゆる「広告代理店的な手法」というものが無効化され、
「ビッグヒット」と呼ばれるモノが生まれにくい構図を作り出されたことで
旧来の手法が一切通用しない状況の中で、「幻想の東京」そのもが崩壊して来た。

「幻想の東京」というものは、メディアによって作り出された
「幻想都市」「仮想空間」としての東京だ。

それらは、東京以外のエリアに住む人によって、
より肥大化の一途を辿っていた時期がある。

秋葉原といえば、電気店街が軒をつらね、
六本木のアマンドの前で待ち合わせをするのが
東京の人達のやり方だとばら撒かれ、
原宿のタレントショップに行けば、
実は東京に普通に住まう人達が行きもしないのに、
そこに派手に着飾った地方の人が訪れては、
東京と言う都市の空気に酔い、金を使っていく場所として
ずうっと機能していたものの総称である。

渋谷で、アメリカのハード・ゲイのファッションと知らずに、
ただ何となくカッコいいというだけで
あの革ジャンに、Tシャツと、ジーンズという
「渋カジ」という奇妙なファッションが流行し、
洋楽と、歌謡曲が奇妙な融合を遂げた音楽が、
J-POPという名で、町に流行した。

そのうち、それらは東京という
素朴なはずだった東京在住の人達がかつて作り上げていた街並を覆うように
もう一つの「別な東京」というものを、徐々に浸食していった。

そのうち、それに飽き足らず、「幻想の東京」は
京都、大阪、札幌、福岡、仙台、名古屋という大都市や、
地方の街並みにまで、徐々に浸食して行った。

TVコマーシャル、雑誌の広告、プロパガンダの力の前に
素朴だったはずの日本は、徐々に浸食を受けて行った。

バブル崩壊後も、その流れは、暫く止まらなかった。
景気低迷の打破もあってか、そのプロパガンダの力をさらに利用し、
本来の日本の素朴さや、純真さを欺き、裏切るような形で、
地方の街並みの多くを「幻想東京化」してしまったのだ。

だが、ネットの力は、それらの「東京幻想」を片端から破壊して行った。

人々が、自分たちの生活の中から、
かつてあったはずの商店街や、収入や、
隣に住んでいた人たちの健やかな生活を見喪った時、
その蜃気楼の様な「幻想の東京」に騙されていた事を知った人達は
メディアに対する強烈な不信感と、「東京」に対する不信感を隠さなくなった。

巨大なスーパーによって、地元企業を壊滅させておきながら
いざ、売り上げが上がらないとなると、あっという間に撤退し、
生活そのものを維持するための便利まで破壊した、
「東京」というものの幻想に対しての怒りは、
いつしか、それを推進した国や政治への根深い不信となって
この国を分断してしまった。

そのことを看破していたのは、石原都知事一人だったという皮肉な構図。
「巨大な法人税を一手に集める東京」が、それを海外に投資として垂れ流す。
企業もその流れに追従し、中国や韓国までも「東京」化を進めていく。

だが、その東京幻想の拡大は、
ついに、東京の素朴で小さな街並みからも、次々に商店を奪い出している。

新宿、池袋、渋谷などのターミナル駅はともかく、
それ以外の街並に、一つは存在していたはずの喫茶店が消え、
個人の商店が次々に力尽きて消えていく時、
東京にあった経済の源も、人々の姿も、活気も、徐々に喪われて行く。

私が青春時代に愛した街角の珈琲屋は、今や殆ど残っていない。
蕎麦屋は息も絶え絶えに営業しながら、申し訳なさそうに値を釣り上げ、
今や、私が住んでいる街並にまで、次々とシャッター街を作り出している。

幻想の東京が断末魔をあげて、ネットにまで浸食し、
ネットに広告の一つも出す力を喪った商店を根こそぎ淘汰していく。

そこから喪われていくものの大きさを知らぬまま、
現実の東京に住んでいる人々の生活からも、文化と活力を奪いつつある。

だからこそ、もう一度、立ち止まって、考えるべきなのだ。
我々は、このままでいいのか、どうか。

幻想の東京の断末魔が、
本当の戦後を支えてきた、素朴な東京の街並みまで破壊してしまった時、
そこに残るのは、1945年を上回る、東京の喪失に等しい。

世界は、今さら、そんな廃墟に見向きもしないだろう。

武士たちの台頭を横目に見ながら、
我が世の過ぎた事を嘆きながら、句を読むしかできず、
「なぜ、こうなったのか分からない」と嘆きながら、
栄華の日々を思い出す程度の人達を置いて、
時代は、残虐に歩を進めていくのだから。

歴史は何度も繰り返している。その所と、時を変えながら。

東京に昔から住んでいる人たちが、東京の土地を売り、
東京を捨てて、新天地に向かいだしている今、
いくら、東京の企業が裕福になった所で、
東京は死にゆく廃墟としての歴史を歩み出しているに過ぎない。

もう一度、東京は、自らの姿がどんなだったかを想い出すべきなのだ。
幻想の東京に頼らない街並を取り戻すための一歩を踏み出すしかない。

そのための一歩を踏み出すための方向性を、
東京に住むアーティストたちの動きから始めなければいけないのだ。

幻想の東京を越えるほどの「超幻想」を描き、
それを街並の活力として注ぎこめるだけの力を持った世界に通用する人達が
一歩先へ踏み出すことから始めなければならない。

それが一つの意思として結集する事で、
死にかけていた現実が動き出すと言う事は歴史に何度か実例がある。

ダ・ビンチの絵が、ルネサンスを象徴するように
ルソーの思想から、フランス革命が始まったように。

今後の日本は、明晰な理性と鮮烈な美観を備えたアートが
時代を動かした戦国時代に倣うべきだと考える。
今度こそ、正しく、西洋を見直し、日本を見直し、東京を見直し、
より美しき形の「和洋折衷」を果たす時間に突入しているのだ。

まだ、日本の起死回生の一撃は残っていると思われる。
廃墟となる前に手を打つための最後の時間帯に入っただろう。

九回裏の最後の攻撃で、
時代を先駆け、地を駆ける疾風たちの足を、先ずは一塁に送り出すべきだ。
そこから、好打を繋ぐことで、本塁を落とす事は十分期待できると思う。

そんな力を持った現代のアーティストの人達の活動を参考に、
全ての人達が、新たなやり方を模索していく事を提案したいと思うのだ。
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2017-11-18 10:34:14

騎馬鉄砲隊とか、鉄砲持って馬に乗ってる訳じゃないのよ。

テーマ:徒然なるままに

今の歴史の最新研究って、

下手すれば、私らが子供のころに聞いて知ってるアレだのコレってのは、

殆どがありえねぇっていうクラスの話がいろいろ出て来て、やたらと面白かったりする。


まあ、そういうのをひっくるめでまとめてたりするのが

「センゴク」ってマンガだったりするんだが。


あれが人気になったのは、

作者の方が、最新の大学の研究とか、古書とかを同時に当たりながら、

時には自分が実地で試した見解なども踏まえながら書いてるので、

通り一遍のチャンチャンバラバラを書いた訳ではないから、かなり面白い。


ただ、青年誌にありがちな「青春モノ」めいた商業誌の要素を入れ過ぎてる初期は、

そうした部分よりも「今の若者の姿」に近い書かれ方をしてるために、

読む層を選んでしまってるのがもったいないが、

確かにあれは、研究結果の一つの形として見ると、中々面白い事が書いてある。


鉄砲3段うちなんてのは、実は素人が出来る訳がないのである。

てのは、そもそも当時の鉄砲は、銃口にらせんの切りこみが入って無いので

「まっすぐ飛ばない」から、的に当てるなんて、それだけでも一代難事業なんだから、

素人に持たせたって、まともに当たる訳が無い。


使い方を工夫するより他なかったのだ。


ついでに言えば、馬に乗った、

刀や槍を持って戦う武者などもおるわけがないのよ。

当時の馬は、今のサラブレッドよりも小さくて、

あんなクソ重い甲冑武者乗せて走れる訳ないのは、

今の競馬見てても分かるはずでしてね。


競馬の騎手って、もの凄く小柄でかわいらしい人が多いのですな。

その人の体重もハンデに計算する事になるから、

ハンデ戦の時は鬼のような減量せねばならないとかあるくらいだからねぇ。


そんな人が、あの馬に乗るのもへーこらしてて、

かつ、クソ重い銃身の鉄砲持って、

どっかーんと馬の上で、鉄砲撃ったら、どういうことになりましょうね。


反動で馬から、転げ落ちるわい。


だから、バイクに乗った感じで馬でぱーっと移動して、

相手の弱い所に、さっと移動したりして、そこで「鉄砲隊」に化けるのである。
騎馬隊なんてのは、そういう使われ方をしてたのであって、

馬に乗って、ちゃんちゃんばらばらなんて誰もやっとらんのです。

ナポレオンの戦い方見てても分かるのよ。まるで同じだから。

騎兵はサーベル。持っていても小型のピストル。それだって連射などできようもない。

騎兵ってのは、混乱した敵部隊を追い散らすためのものだからね。

ナポレオン時代では、あれを先頭に立てて騎兵突撃から始めるとかやってない。


それをやらかしたのは、命令間違いで突っ込んだネイ元帥の

ワーテルローの騎兵突撃くらいであるのよ。


実はそれ以外にも、教科書から、聖徳太子だの、

大化の改新だのってのがどんどん削られていこうとしてる。

だから、私は、そういうのをちょこまか仕入れては、

面白いなぁと読むのが好きだったりするのだが、

それをやらないでいる人は、

未だに30年前に習った歴史のまんまを覚えているだけで、

最新の研究なんかを知らないまま、

未だに自分が全てを知ってる子供の頃の

秀才か神童だったつもりの気分でいるのかもしれない。


音楽ってのも似たようなもので、

最新の研究までキチンとやってる人って意外に少ないんだよね。


30年前の知識だけで音楽が作れるほど甘くもないってのは、

デジタルテクノロジーの進化がもたらした功罪を見落としてしまうからだが・・・


それを使いこなす人達の前に、

そうでない人達は、長篠で鉄砲に敗れた武田軍のような愚を

犯してしまいそうになってることがある。


ヤバい、さっさと逃げろとお年寄りがさっさと言ってるにも関わらず

もしかしたら勝てるんじゃないかと思って突っ込んだ勝頼は、やはり若かった。


ただし、鉄砲しか使えない人は、

鉄砲固有の落とし穴というものに中々気付きませんでね。


で、それは百戦錬磨の騎馬隊を経験して、

その時の経験と、鉄砲を学び、使った経験と、

双方を十分理解してる人でないと気づかない事なのだ。


もし、鉄砲でかかって行っても、騎馬隊でかかって行っても、

勝てない不敗の軍隊がいるとすれば、

それは百戦錬磨の戦闘巧者が率いてる部隊なのであって、

ましてや、それが全員となったら、

そりゃ、話が早くて仕方ないだろうなぁと思うのだ。


若者よ、学べ、カッカッカ。

私は、センゴクの「不死身の鬼美濃」が大好きでしてなw

40年戦って傷一つ負わなかった名将なんだけど、

実は、一国の大名を上回る程の力量の持ち主と言われてた。


ま、そのバンドで言うなら

バンマスみたいな奴だけで、4人も5人も集まってるとかいうのが

武田家というものの正体だった訳で、

そりゃ、バーサーカーレベルの大名クラス4人に一斉攻撃された家康が

2時間でコテンパンにやられて、ウ○コもらして逃げかえるのも

そりゃ、無理もないわって話で。


で、そんな鬼みたいなメンバー揃えたバンドが、

関西に2つほどあるのに、

それで、ツアーに向かっていかなきゃならない、私の身にもなってくれ。

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