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2017-04-11 15:29:39

Is This Love? / Musu Bore

テーマ:ブログ

"Love Will Tear Us Apart"
愛が僕らを引き裂くのだ。

そんな真実を知る事は、残酷なことでしかないよね。

或いは、自分が他人にとって、都合のいい人になんかなれないくせに
自分は、他人に、自分にとって都合のいい人である事を求めてる。

ね?こんな曲の中にあるような、単なる一方通行の想い。

そんなものを、君は「愛」って言うのかい?
そんな事を、君は知りたかったのかい?
 

無限大のショックからの衝撃吸収装置
言うべき事が何もないような空っぽの残酷な音なんて、
無意味なものでしかないよね
 

僕らは、いずれ無くすようなものを手に入れては
片やで、他の何かを無くしてる
君はショックを制御しようとして、むしろ自分の心を壊してる
そいつは、一番、残酷すぎる光景だよ
 

愛するためのオブジェクト(からっぽを埋めるための)
或いは、ただの信じるオブジェクト
同じ風に感じるのも、いつものことだね
やり過ぎなまでに精密な感じ
 

狂ったチューニングのサウンド
調子っぱずれに鳴ってるビート
僕らは誰かを求めてる、自分に正にしっくりくる相手
でも、君は、他人に対してそんな「都合よい人」になれる?
 

これが君が感じたかった「愛」ってやつなのかな?
こんなチープで安っぽい曲の中にあるような
真実を知ってしまうのなんか、残酷なんだよね
「一体、何が、僕らを引き裂くのか」っていう
スクラップになった車の後部座席に
僕らは壊れた夢を、幾つも置き去りにしてきた
今や、僕らは絶対的普及率を担う、その他大勢の一人でしかない
そいつを信じてる振りをするだけでね
 

頭を、暫くの間だけ休めるんだ
この痛みを感じられるようになるために
僕らは、多くのモノを持ちすぎる(まだ足らないけど)
そいつをなくす事が怖いから
 

忘れちゃえ、知るためにも (ばかげた事ばっかでしかないけど)
「言うべき事」なんか、無くなっちまえ
君はショックを制御しようとして、むしろ自分の心を壊してる
そいつは、一番、残酷すぎる光景だよ


生きるための言い訳(からっぽを埋めるための)
死ぬための理由
同じ風に感じるのも、いつものことだね
やり過ぎなまでに精密な感じ
 

狂ったチューニングのサウンド
調子っぱずれに鳴ってるビート
僕らは誰かを求めてる、自分に正にしっくりくる相手
でも、君は他人に対して、そんな「都合よい人」になれるの?


これが君が知りたかった「愛」ってやつなのかな?
こんなチープで安っぽい曲の中にあるような
真実を知ってしまうのなんか、残酷なんだよね
「一体、何が、僕らを引き裂くのか」っていう
僕らは、バックミラーを覗き込んだ時の
あの一番悲しかった光景を忘れている
もし、僕らのシェアできるものが、
安っぽくて、安易なものだろうが、
そいつを信じるだけでしかなくてさ


そして、この一方通行の手紙の上に残ってた
君の涙のあとを、僕は指でなぞるんだろう
僕らは分かってる、単に信じているふりをしてるだけで
本当は、永遠に続くものなんて何一つないって事を


スクラップになった車の後部座席に
僕らは壊れた夢を、幾つも置き去りにした
今や、僕らは絶対的普及率を担う、その他大勢の一人でしかない
そいつを信じてる振りをするだけでね


幾つもの途切れてしまったリンクを通り抜けて
僕は、君の元へと忍び寄るだろう
そして、枯れてしまった本当の涙の代わりに
目薬刺して涙をいくつも流して、ほほ笑むんだろうね


多分、僕らがシェアできるものなんて、
安っぽいものか、安易なモノでしかないんだよ
残り物の愛でいいから、僕にそいつを金でレンタルしておくれ
僕らは、忘れたくないだけなんだよ
この夢の瞬間を


ただ、この夢の瞬間にいる事を信じてるだけ
ただ、この夢の瞬間にいる事を信じてるだけ

 

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2017-04-10 12:13:49

Hip Hop / Musu Bore

テーマ:ブログ

君が死ぬ間際に「最後に会いたい」と 涙するほどに心に願う人は、

一体誰なんだろう。

 

そんな人に出会えた人生は、無上の幸せに満ちてるだろう。

死の瞬間に、そんな人の顔が誰一人として浮かばなかった人生は、

切ないものだろうね。

 




「永遠に続くものなんか無いよ」僕らは分かってるよ、それが真実 だって
「永遠に続くものなんか無いよ」最期の呼吸の中
「永遠に続くものなんか無いよ」あの瞬間のフラッシュ・バック
「永遠に続くものなんか無いよ」一瞬の感情
 

「永遠に続くものなんか無いよ」昨日の夜の夢も
「永遠に続くものなんか無いよ」子供の頃の毛布の上で見た
「永遠に続くものなんか無いよ」ある種の感情も
「永遠に続くものなんか無いよ」感情的な雨の中の


「永遠に続くものなんか無いよ」僕らは分かってるよ、それが真実 だって
「永遠に続くものなんか無いよ」君の人生における哲学てのも
「永遠に続くものなんか無いよ」幾つかの「言い訳」も
「永遠に続くものなんか無いよ」それってまあまあ?まあまあ?


「永遠に続くものなんか無いよ」指で辿った
「永遠に続くものなんか無いよ」僕の唇は、冷たく青ざめてた
「永遠に続くものなんか無いよ」君の作り笑い
「永遠に続くものなんか無いよ」僕らは忘れてたんだ・・・それが真実 だって


君の流れ星が与えてくれたもの
それは、玩具のような移動式住宅と一夜限りの恋人
国境線は、その意味 を喪っている
火と涙の無い経済戦争の後で


「永遠に続くものなんか無いよ」僕らは分かってるよ、それが真実だって
「永遠に続くものなんか無いよ」見えざる壁、神の御業
「永遠に続くものなんか無いよ」誤解
「永遠に続くものなんか無いよ」そして、全ての嘘っぱちも


「永遠に続くものなんか無いよ」光の作り出した影
「永遠に続くものなんか無いよ」希望と叶わぬ願いの間にある
「永遠に続くものなんか無いよ」電話越しの貴方の声も
「永遠に続くものなんか無いよ」ずっと二人きりだった僕らも


「永遠に続くものなんか無いよ」僕らは分かってるよ、それが真実 だって
「永遠に続くものなんか無いよ」悲観的な物語の数々は
「永遠に続くものなんか無いよ」ある種の複雑さを伴う・・・
「永遠に続くものなんか無いよ」それが「僕らの人生」だってこと

 

「永遠に続くものなんか無いよ」記憶容量を越えたメモリーの中で

「永遠に続くものなんか無いよ」思い出すだろう、私達はお互いの事を
「永遠に続くものなんか無いよ」いつかの、どこかの、誰かの
「永遠に続くものなんか無いよ」多分、多分


君の流れ星が与えてくれたもの
それは、玩具のような移動式住宅と一夜限りの恋人
国境線は、その意味 を喪っている
それ自身が、この「約束されない大地」の上では
一層 、無意味な事なんだけど


君の流れ星が与えてくれたもの
それは、玩具のような移動式住宅と一夜限りの恋人
国境線は、その意味 を喪っている
君が死ぬ間際に、最後に思い浮かべるのは誰なんだろうね?


「永遠に続くものなんか無いよ」例え、映画をリプレイした処で
「永遠に続くものなんか無いよ」過ぎ去った時間は戻らなかった
「永遠に続くものなんか無いよ」電話越しの貴方の声も
「永遠に続くものなんか無いよ」・・・そして、この曲も多分


「永遠に続くものなんか無いよ」
「永遠に続くものなんか無いよ」
「永遠に続くものなんか無いよ」
「永遠に続くものなんか無いよ」

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2017-01-11 14:44:11

何度も、何度も、何度も、何度も。

テーマ:徒然なるままに

心のマグマだまりを現実生活で昇華できない呪詛は確かにある。
それは様々な表現活動の源泉の一つかもしれない。

報われない現実への復讐といった形で
様々な形で行われている表現活動を見るにつけ、
亡くなった師匠が言っていた

「芸術は貧困の中から生ずる。だが、貧困の中では育たない。」という

言葉を想い出してしまう。

今、考えてみるに、何と一つの言葉の中に

複数の意味を持つ言葉だったんだろうかと思う。


とはいえ、呪詛を吐くという表現活動で昇華できて、
そのマグマだまりがある程度は解消できてしまう程度の人も確かにいる。
よほど、救われない何かの感情、或いはテーマに向かうのでもない限り、
表現活動も続かないものだと思うのだ。

そして、ある意味、それほどの強い感情表現は、
あらかじめ「水に流す」という概念を回路に組み込まれた日本人には
最も、苦手とする事なのかもしれない。

変な話、人と人が本当に一つの媒体、
例えば、言葉だけで本当に深く分かりあえてしまうのだとしたら、
そのほかの媒体に頼ろうとはしないのじゃないかと思う。

結局、言葉もその用を為さない時に、
他の媒体の優れた側面を利用してでも
何かを伝えようとする補助を求めるようなもので、
どれもこれも媒体としては完璧ではない。
 


テレパシーでもない限り、そんな事は難しい。

そんな時に一番、どんな感覚なのかを伝えるに、
音楽は一番有効なはずなのだが。
ぎくしゃくする違和感とかいった具合に。

で、想像するという事は、ある程度の時間の余裕を必要とする。
とはいえ、どんなに時間をかけ、精密に分析したところで
それも決して正確な結果に至るという訳ではない。

送信側の能力だけでもなく、
受信側のスペックに依存する部分でもある。

で、そうした想像の手間を惜しむ人は、
アートの持っている抽象性や漠然とした部分を
元から厭い、嫌っているのだ。

そこに、既に埋め難い断絶が存在している。

こうした余裕の無い生活の中で、
何かもの思うほどのほんの僅かな思考の余地もないほどに、
情報が埋め尽くされている中に、
更に別な情報を新たに追加して、
悩みの種を増やす気になれないって人も中には居よう。

それほど神経を使い、情報も過多になればね。
情報を遮断したくなる気持ちも分かるのだ。

感覚としての安らぎを、
同時に情報として与えるというのは、かように難しい。
必要以上の情報を与えずに感覚を満足させるというのは、
返って難しいんだよな。

例えば音数を増やし、音量を上げるという事は
「情報量を増やす」という事に他ならない。

それ自体が、もはや矛盾の極みなのだ。
表現として情報を減らしても満足させるという命題を背負う事は。
 
「過度の情報を与えない」で「感覚的に満足させる」ということは
情報を与えるという表現行動における一つの極なのかもしれない。
まあ、それが手口として流布されてしまえば
数年後には、人はそれにさえも飽きてしまうものだとして。

持続的な怒りや哀しみが延々と繰り返される事にも
人は飽きてしまうのだ。

だからこそ、人はそこで打破のための行動に出てしまう。

いずれは、静寂や沈黙にも、人は飽きるのだろう。
故に「永遠に続くものなどない」のだが。
 
全ては、例えば、音も、
ブラフマーと、ヴィシュヌと、シヴァを繰り返す。
全ては、アタックと、ホールドと、サスティンの支配下にある。
開始と、持続と、消滅の繰り返しの中にある。
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