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2016-10-11 08:35:33

Quiet Life / Japan

テーマ:徒然なるままに

まあ、つくづく、こういう気分だな。
しかし、この人たち何べん見ても頭がおかしい。

19歳20歳でどうやったら、ここに向かおうという気になったのか。
しかも、これを現実に音にしてしまう20歳ってのは、
やっぱりずば抜けて頭がおかしい。(賛辞)
 


それまでの彼らの人生の中で何があったのかとか、むしろ興味深いわ。
今見ると確かに20歳が作る青さっていうのもあるんだが、
この言いようのない重さと、それでもどこかポップの軽さを共存させて、
奇妙なバランスで成立してるのが面白いんだけど。

軽すぎでも重過ぎでもない、少し重い感覚の奇妙さ。
 

で、20歳の時にこれやれって言われて、実際作れねぇよな、と(経験談)

この見本を見た後で、これに似せて作るのは、
技術だけの話だから20歳でもできなくはなかろうが、
自分の引きだしの中から、これを自力でネタから考えついちゃって、
ここまでの形にするなんて、
一体、今の時代に何人の人ができるんだって話。

 
てのは、若手の早熟な才能って言われてる人間の影に、
絶対、周りの大人が指図したな、って影を感じるんだよね。

教育とかの現場で、周りの大人が、
自分の趣味をこいつに仕込んだな、っていう
「作為的な色付け」をしてることが多い。

作った若者自らの人生の中で、
それを自ら選択する動機が無いのに、突然それがある不自然ね。

兄貴が聞いてて、
自分も聞いてるうちに好きになったとかってのは
確かに自分のチョイスなんだが。

そういうことじゃなくて、
教育の現場で、これは素晴らしいものだと、
教育者の趣味で色付けや仕込みをつけられてやらされたものは、
そいつ自身の心底からの選択じゃないぜ、ってことの
境目が見えるかどうかって話だけど。
 
それで教えた気になっちゃってるんだよな。教育者の側も。
そして、それが伝授されたことで、何か満足しちゃってる。

JAPANの凄かったのは、先生なんかいなかったせいで
当時はQueenとか聞いてたようなマニアな連中には
「どヘタクソ」と罵られたりしながら、
契約もろくに結んでもらえないまま、これを貫き通しちゃって
未だに、これをどうやって作ったのか分からない、と言われるほどの
オリジナリティに育て上げちゃったことだったんだよな。

後にも先にも、彼らのような存在はいない。
後を追いかける人間すら、どうやって作ったのか分からないとなるほど。
彼らに似せれば、単なるモノマネだと言われかねず。

まあ、作曲の仕方聞いて、
実はプリンスと同じことを自然とやってたってのを
最近知って、はああああ、となっちゃったんだけど。
別に彼らは、当時のプリンス知らなかっただろうから、
そこに自然に行っちゃったんだろうな。

それこそ、真のオリジナリティだと思う。
 
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2016-10-11 07:40:21

そろそろ「ドラマティック」がうざったくなりだす頃。

テーマ:徒然なるままに

今の時代の気分というか、ニーズってのは
「頑張ってます!」が前に出て来てるものに
疲れた感を感じ出してるというのか、
落っことした消しゴムをさりげなく拾って
手渡してくれるような
親切くらいであってほしい、ってところなんじゃないかと思ってる。

大げさでドラマチックなものに疲れた、みたいなね。

 
最近のアニメ声優の喋り口調の「見栄を切る」っていうのか、
アレが日常の会話にまで持ち込まれてるような違和感っていうのか。
まあ、宮崎駿氏が、素人の声優を使いたがるのって、
実はそういう事なんじゃないかと思っても見たり。

だって、見栄ばっかり切ってる喋り方って、
普通の人生の中におけるシーンを
切り取ったものじゃなくなるんだもん。
 
演技過剰と言うか、演出過剰と言うか、オーバーだという事。
見ていると、違和感を感じるものなのだ。

で、たまにそういうドラマティックが織り込まれるのは
非日常の演出だからいいとして、
何から何まで非日常のドラマティックが置かれると
どえらく居心地が悪くなるってことでもある。

この何年か、そうした「無理やり変化をつけよう」として
やみくもに日常にドラマティックが持ち込まれることが、
ブームだった気がしてるんだよな。

悪手だなと思ってはいた。

別に大げさにやってること自体は悪くないんだろうけどね。
分かりやすいから。

でも、その分かりやすさが、作為的でうざってぇ、とか
重たい、みたいなことを感じだしてる人が、
どんどん増えてる気はする。

そういう意味で、大げさなロック的分かりやすさってのは、
全体的にしっくりきてないんじゃないかと思うけど。
今のニーズって、変化は求めてるけど、
ドラマティックで革命的なものでなくて
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2016-10-11 07:26:08

本来は説明不能な事を、敢えて言葉にしてみるという話。

テーマ:徒然なるままに
ここをこうするのがカッコいいだのおしゃれだのって、
言語化しようのない部分で、
何回目のフレーズが意図的に変えられてる事とか、
どうしてそうしたのとか、説明し出すと、
もはやきりがないうえに、
それが結局「マニュアル」になってしまう気はしてる。

つまんなくなっちゃう。
 
もちろん自分の中では、
何か、その考えのもとになった「美観」の原点は、
確かにあるんだけどね。

けど、そんなところまで掘り下げ出すと、きりがない。
技法や回数の問題とかだけじゃなくて、
全体のフォルムとか、一つの旋律の時間の流れの中で、
そうするのが一番自然としか思えなかった、って単純選択。

それが歌詞に連動して擬音ぽく弾いたとか、
そんなことまでちまちま説明できる段階まで
3分なり4分を埋めてる訳でもない。

時には、それが今の自分に説明できない
未来の現象や感情に対する予感だったりするんだもの。
作った時に分からなくて、
1年後に演奏して行くうちに明確さを増す事もあったりする。
 
むしろ、言語で説明できるものだけで固められたサウンドって、
ある意味、最初の展開が分かると、
きちんと勉強した人間なら後の展開まで殆ど読めちゃうから、
それ以上、聞くだけ意味が無いと思ってしまうものなんだよ。

言葉で説明可能な事を今さら音楽でやる理由なんか無い。
だいたい、そんな事は、初心でやる事どころか、
音楽いじった人間なら、最初に誰でもやる話で、今さらも今さらだ。

だから作曲巧者な人間ほど、
読まれがちな流れや意図を如何に外すか、必死に考える。

展開を読まれながらも、
あえて「やっぱこれっきゃない!」と言わせられるだけのものってのは、
実は、その部分に魅力がある訳ではない。

王道展開を使ったって、
魅力的に聞かせてしまうだけの他の要素があるからこそ
王道展開だろうと、引き立つ話なんだよな。
王道展開を使ったから必ず良くなるってものでもない。

単一の要素だけで物事を組み立ててる訳でもないんだし。
総合的な美観だってことを、言葉で説明しようがないんだけどね。

近いのは、デニムの色落ちした古着をカッコいい、って
選んでるような気分だったりする。
色落ちがカッコ良くても、全体のラインが気に食わなきゃ嫌だし、
ポケットの位置がダセェとか、なんだよこの裾は、みたいな
集合的美観の産物だもの。

で、そういうのを「この色落ちにこだわった」とか
「このひげがどうの云々」と単一要素だけで見てる訳じゃないだろって話は
音楽では間違いなくある。

私が、ああ、あかん、と思ってるものは、
色落ちにはこだわったけど、
全体の中で見ると、
何だよ、魅力が生きてないじゃない、ってバランスの悪いもの。
 
或いは、プラモの汚しのテクに近いんだよなぁ・・・。

例えば、真新しい塗料を塗ったばかりの新品のモビルスーツではなくて、
歴戦の勇者感を出してるような塗料の禿げやサビとか汚しを作って、
説得力のあるシーンのジオラマの中で
如何にカッコよく置くか、みたいな話に近いのかもしれない。

作った人間は、プラモの汚しとかこりこりにこだわって
本体の単一の出来にこだわってしまうかもしれないけど、
それをジオラマの中に置いた時に置き方がダセェとか、
ジオラマそのものの出来がひでぇ、ってことも、
総合的に見られてるんだってことを分かってるかどうかなんだろうな。

とかく職人が見落とす部分。
 
音楽でも、そういうことはままある。
音楽を作るってのは、最終的には「光景」を作れるかどうか、
ストーリー展開を作れるかであって、
一つの映画を作ってるようなものだ。

しかも、それを音でやるわけだから。

まさか音にも汚しのテクとかあるとは初心者は思っちゃいない。
或いはジオラマでの配置とかね。
 
だから、自分が一生懸命演奏したって、
そのシーンの中で生きてなきゃ、
何の意味も無い行動だっていうのを見切れるまでに、
さまざまなバランス感覚を身に付けなきゃいけないようなもの。

演奏うまくなるってのは、
そういうのを総合的に自力で考え、
どんなシーンも自在に制御できるってことなんだろうね。
 
真新しい衣装に身を固めて出てくるよりも、
ボロいガタガタの古着を着てくる方が、説得力が出てくるとか、
若者が演ずるよりも、
老人が演ずるほうが説得力がある、みたいな感覚は、
間違いなく音楽にもあるってことを
分かっているかどうかって話でもあるんだよな。

全部、同じバランス感覚が根底にある話。

結局は、そうしたものがどえらく沢山の要素で総合的に判断され
それが「カッコいいけど、ここがダサい」ってなるのか
「ここがダサいけど、何でこんなにカッコいいんだ!」って話になるのか
説明がつかないものに化ける。

まあ、アラって気になるものなんだけどさ。
アラが気にならないほどの魅力があると、いちいち細かい事はどうでもよくなる。

要は、それほどの魅力あるものが輝いてないから
アラが気になって仕方ない、ってことなのかもしれないよ。
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