2005-05-03 22:32:10

老人1

テーマ:老人

東へ行け。神のお告げはそう言った。山手千尋はすぐに東へ向かった。上

京して、ちょうど一年。今、千尋の全ての行動は神の声が決めていた。


神のお告げさえ守っていれば何時か幸せがやってくる。彼を忘れられる。

田舎暮らしからの付き合いだった恋人がいた。未だに忘れられない元彼。


秋風が二人の間に吹いたのは三ヶ月程前。俺ら別れよっか。電話のその言

葉が、そのまま別れの言葉となった。二十歳の千尋の心は荒れた。確かに

原因は自分にあった。ろくに連絡もしてなかった。だからって…。心が制

御できなくなった。占いに頼り始めたのはそれからだ。声。神のお告げに

徒っていれば、神に責任転換できる。だから自分は苦しまないで済む。下

町を出て歩き続けた。歌手になる夢も一向に芽が出ない。母の顔が浮かび

上がる。母さん、ごめんね。毎月仕送りしてもらってるのに。私このまま

野垂れ死ぬのかしら……。それでも神のお告げ通り、千尋は東に歩いた。



鶯色のスニーカーはすっかり破れていた。幸せはいつ訪れるのか。希望の

谷間を求めて、ひたすら歩いた。やがて公園に着いた。ベンチに座る。今

日も何も起きないのか。落胆した。こんな生活いつまで続くのだろう。夕

暮れの景色が千尋の心を表している。諦めの気持ちもあるが、一方で、一

里の希望も捨てていない。私には神の声が聞こえる。それを心の支えに。


西の空に日が落ちようとしている。朝から歩いていたので疲れていた。今

日は帰ろう。その時、ふと一人の老人に目が留まった。テントにて一人で

暮らしているようだ。そのテントに、一枚の紙が貼ってあった。『老騏千

里を思う』そう書いてあった。老人と目があった。寂しそうな目だ。

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2005-05-02 19:09:03

老人2

テーマ:老人

田舎に住んでいた頃を思い出した。その寂しげな老人の目が、ふと記憶の

端にいた祖父を思い出させた。祖父とはよく話したものだ。何かを将棋の

駒に例えるのが大好きな人だった。人生、諦めてはだめだ。最後まで追い

込まれても、一つの歩で大逆転することもある。懐かしい言葉だ。お前が

巣立つ時、この歩の精神を忘れるなと最後まで言っていた。祖父の人生は

鴨の水掻きのようなもの。若い頃から苦労していたようだ。そんな祖父が

大好きだった。やがて千尋の頭の中に様々な考えが交錯していた。私は狐

塚にでも来たのだろうか。この老人の透き通る目の奥の青々しさが、心の

池に沁み込んでくるようだった。これは現実なのか。混乱していた。何か

袋小路にでも迷い込んだかのように。それでも、どこか心地良い。老人の

目は、千尋に安らぎを与えてくれた。何故かは解らない。どこか頭の中が

白くなるような感覚だ。やがて我に返った時、老人は歩いていた。




高齢なのだろう。老人はゆっくりと、それでも千尋から目を逸らさぬまま

田植えをするような姿勢で近づいてくる。千尋は慌ててベンチを立った。

馬鹿たれ! 老人の一喝が飛ぶ。千尋は腰を抜かした。「お前は今、この

場を逃げようとしただろう?」誤解だった。「わしみたいなホームレスが

新鮮に映ったか?」「違います。私は貴方と話がしたくてベンチを譲…」

大口を叩くな! 千尋の言葉が終わらぬ間に、また一喝が飛ぶ。「今日は

久々にいい目をした若者と出会えたのに。がっかりじゃ」千尋は冷静さを

保てなかった。何故、自分が怒られているのかわからなかった。それでも

新奇を好む千尋の胸は踊っている。老人にとりあえず謝ってみた。すると

宿泊していくかね、と聞かれた。身の危険。少し考えた。それでも一世一

代の機会かも知れない。神のお告げがここへ向かわせたと考えるなら。色

々と不安も考えていると老人が言い放つ。「安心せぇ。わしだって昔は植

木職人で、小さな孫だっていたんだ。お主にそっくりな孫が。交通事故が

原因で死んでしまったが、お主と同じいい目をしていた。だから安心して

宿泊しなさい。襲ったりはせん。話がしたいだけじゃ」千尋は頷いた。

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2005-05-01 20:08:05

老人3

テーマ:老人

渋そうな柿を美味しそうに食べている。テントに案内されはしたが、中は

谷底にいるような寒さだった。毎日ここで生活しているらしい。お主らは

恵まれているんだよ。最初に言った言葉だった。家も金も無いワシらとは

比べものにならないほどにな。千尋の胸の内を察しているようだ。今は長

寿することだけが人生の目標じゃ。老人の世を捨てたような言葉と裏腹に

目だけは強い光のようなものを放っているのを千尋は見逃さなかった。色

黒の柿を見つめながら、千尋は語った。今の自分に置かれた境遇の全て。

五年前に恋人がいたこと。その恋人に突然捨てられたこと。田舎の両親の

反対を押し切り上京したこと。目標に手が届かないこと。希望を失いかけ

田草の如き生活を送る自分に、今頼れるのは神のお告げだけということ。


大声で老人は笑い出した。千尋はむっとした。そんな千尋を見て今度は長

崎に住んでいた頃の自分の話をしだした。「この柿はな、死んだ孫娘の遺

品でな」その孫娘は柿が大好きで、自分の家に遊びに来る度に柿を持って

川の畔にて一緒に食べたそうだ。だから、この柿を食べていると、孫娘と

田平町という故郷を思い出すらしい。この老人は何を言いたいのだろう。

町に住んでいた頃の話も終わりに近づき最後に老人は言った。「男はな、

浜辺に打ち寄せる波の如く何度も何度も挑戦する気概を忘れちゃいかん。

松明の日のような炎を、常に胸の内に秘めておくことをな。若い頃わしは

町で何度も挫折した。失敗するたびに師匠がそれを教えてくれた。これは

新古問わず、男女問わず、全ての人間に言える事だと思うよ。だからな、

橋が無ければ渡られぬようなお主にそれを教えたかったんじゃよ。希望が

有るうち、少しでも有るうちは何度でも挑戦しなさい。自分の力でだぞ。

楽になりたいからって神だ何だと言ってるうちは、まだまだなんだよ」

町でこの老人が得たこと。それを女である千尋が受け取れるのだろうか。


東風が吹き荒れている。いつの間にか老人は眠っていた。自分の力。東

京生活を考え直した。神はもうやめる。そして呟いた。老騏千里を思う。
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