王理恵さん 朝青龍の精神科医と結婚
テーマ:音楽・映画・芸能ソフトバンクの王貞治監督(67)の二女でスポーツキャスターの王理恵さん(37)が、大相撲の横綱朝青龍の担当医師で精神科医の本田昌毅氏(37)と結婚することが8日、分かった。来年1月27日に挙式、披露宴を行う。
すでにスポーツ界や芸能界の友人らに招待状を送っており、同日中に婚姻届を提出するとみられる。理恵さんは9日、レギュラー出演するJ-WAVEの「LOHAS SUNDAY」(日曜前6・00)の番組内で報告する。
関係者によると、王監督は2人の結婚について認めているという。
本田医師は今夏、故障治療中に故郷モンゴルでサッカーをしていた問題でバッシングを受けた朝青龍の精神面の治療を担当。「うつ病の一歩手前」などと診断したほか、たびたびメディアに登場し脚光を浴びた。朝青龍が療養中のモンゴルにも足を運ぶなど多忙だったが、11月30日に朝青龍が来日したことで問題も一段落、年明けの結婚になったようだ。
理恵さんは、95年に大手広告代理店「博報堂」勤務中に同僚の男性と結婚したが、約2年半で破局。01年11月にはテレビ制作会社勤務の男性と再婚したが、3年後に離婚した。
(2007/12/9 スポーツニッポン)
王理恵さんが朝青龍主治医の本田昌毅氏と結婚
プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督(67)の二女・理恵さん(37)が大相撲の横綱・朝青龍(27)=高砂=の精神面での主治医を務める本田昌毅医師(37)と結婚することが8日、分かった。2人を知る関係者によると理恵さんと本田医師は今年春に出会い交際に発展し秋に結婚を決意。08年元日に入籍し1月19日に都内で親族だけの披露宴を開く。
37歳同士 王監督の二女・理恵さんと一連の朝青龍問題で注目を集めた精神科医の本田医師が結婚する。かなり意外な組み合わせのカップルが誕生したきっかけは、あまりにも偶然な出会いから始まった。
関係者によると今年春、理恵さんと本田医師は、別のグループで同じレストランで食事をしていたという。偶然、理恵さんのグループに本田医師の知人がいたことから、食事を共にしたのが出会いだったという。
本田医師は将来、理想の土地に患者が心から安らげる病院を建てることを目標にしている。一方の理恵さんは、野菜ソムリエなどの資格を持ち食生活で多くの人々が幸せになることを願う活動を行っている。そんな2人は共通の夢を語り合ううちに思いが重なっていったようだ。関係者によると今秋には本田医師が結婚を前提とした交際を申し込んだという。出会いから半年でごく自然な流れでお互いが結婚する意思を固めた。
すでに本田医師は王監督にもあいさつを済ませており、今月、互いの親族が同席し結納代わりの食事会を行ったという。本田医師の関係者によると朝青龍にも理恵さんとの入籍を報告。11月30日に再来日した横綱も驚きとともに祝福の言葉を贈った。本田医師は朝青龍が今夏に解離性障害となった時、親身になって治療しモンゴル帰国時には同行するほど朝青龍が信頼を寄せている。それだけに横綱の喜びも大きかったようだ。
今後は、元日に都内の区役所に婚姻届を提出。1月19日に都内で親族だけの披露宴を行い1月下旬に都内のホテルで友人、知人を集めた披露宴を開く予定だ。
◆王 理恵(おう・りえ)1970年3月7日、東京都出身。37歳。青山学院大文学部卒。91年博報堂入社。97年NHK衛星第1「栄光のワールドカップサッカー―フランス大会への道」でスポーツキャスターとしてデビュー。過去2度の離婚歴あり。父親はソフトバンク・王貞治監督。野菜ソムリエ、英検準1級などの資格を所持。身長168センチ。血液型A。
◆本田 昌毅(ほんだ・まさき)1970年5月30日、仙台市生まれ。37歳。97年に昭和大医学部を卒業し、東北大医学部付属病院精神神経科に入局。05年に本田六本木クリニックを開設。精神科医だけでなく産業医、美容外科医としても活動している。
(2007/12/9 スポーツ報知)
王理恵さん朝青龍の診察医と再々婚
ソフトバンク王貞治監督の二女で雑穀・野菜料理研究家の王理恵さん(37)が、横綱朝青龍を診断した精神科医の本田昌毅医師(37)と結婚することが8日、分かった。理恵さんは再々婚、本田医師は再婚。理恵さんは妊娠していない。来年の元日に婚姻届を出し、1月中に都内のホテルで披露宴を行う予定。王監督も大喜びで、理恵さんは「自然に引かれ合った。子供は2人欲しい」と話している。
2人の出会いは今年3月7日、理恵さんの37歳の誕生日だった。友人と入った都内の料理店に本田医師のグループも訪れており、カウンターで偶然隣同士に座ったという。自然と会話を交わすようになり、お互いのグループ同士で意気投合して2次会のカラオケ店へ。そこでも盛り上がったものの、特に異性として意識することはなく、名刺交換をして別れた。
「理想の病院をつくるために、食の観点からアドバイスをして欲しい」。野菜ソムリエの資格を持つ理恵さんに、本田医師が電話をしたのは約1カ月後の4月上旬。純粋にビジネスのアドバイスを求めての連絡だった。酒を飲まない本田医師と理恵さんはコーヒーを飲みながら、食と医療の関係について真剣に話し合いを重ね、やがて自然な形で異性としてお互いに引かれていった。
プロポーズは出会いから約4カ月後の7月。「結婚を前提にお付き合いしてください」と話す本田医師に対し、理恵さんは「ちょっと考えさせてください」。即答は避けたが、常に自分よりも他人を優先する本田医師の誠実な人柄を「信頼できる人」と認めていた。8月にはお互いに結婚を決め翌月、王監督に報告するために福岡に向かった。理恵さんは「彼も父もとても緊張していたようです。父は自分のことをすごく心配していたので、とても喜んでくれた」と振り返った。
「理恵ちゃん」「昌毅さん」と呼び合う2人は、新年の節目である来年の1月1日に婚姻届を提出、同月に都内のホテルで披露宴を開く予定だ。「心がほっとできるような家、早く帰りたくなるような家をつくりたい」と理恵さん。お互いに子供は大好きといい「早く欲しいですね。できれば2人」と、コウノトリにオーダーした。
お互いに過去の失敗を乗り越えてのゴールイン。「ずっとこのまま1人でいてもいいかな」と思っていた男女が、自然な形で寄り添い、年明けとともに夫婦になる。この日、理恵さんの母恭子さん(享年57)の七回忌法要が営まれた。「幸せになります」。理恵さんは、母の墓前に手を合わせて報告した。
(2007/12/9 日刊スポーツ)
横綱もビックリ!王理恵が朝青龍主治医と結婚、王監督も祝福
プロ野球ソフトバンクの王貞治監督(67)の二女でタレント、王理恵(37)が、横綱朝青龍(27)を診察した精神科医の本田昌毅医師(37)と結婚することが、9日までに分かった。
理恵の所属事務所によると、来年元旦に婚姻届を提出し、1月中に都内のホテルで披露宴を開く予定。2人は今年3月に同じレストランで偶然隣り合ったことから話すようになり連絡先を交換。その後、野菜ソムリエの資格を持つ理恵に、本田医師が食と医療の関係を相談していくうち、次第に親密になっていった。
7月に本田さんが結婚を前提にした交際を申し込み、8月にはお互い意思を固めて、王監督にも報告した。理恵さんは再々婚、本田医師は再婚になる。
◆王監督
「しっかりとした明るい家庭を築いてほしいと思います。特に二女には昨年の病気の際には大変な苦労もかけたし、自分の幸せをつかんでもらえるよう見守っていきたいと思います」
◆朝青龍
「え、知らなかった。オレから本田先生に電話するよ。まず、おめでとうだね」
(2007/12/10 サンケイスポーツ)
理恵さん“王監督同伴”で婚前旅行
大相撲の横綱朝青龍(27)の担当医師で精神科医の本田昌毅氏(37)と結婚することが明らかになったソフトバンク王貞治監督(67)の二女・王理恵さん(37)が10日、“婚前旅行”に出発する。プロ野球名球会の総会に出席する王監督に同行してハワイに向かう。理恵さんの母恭子さん(享年57)の遺骨の一部が散骨された思い出の地で、結婚を報告する。
ハワイは、01年12月11日に胃がんのため亡くなった理恵さんの母恭子さん(享年57)の遺骨の一部を、理恵さん自身の手で散骨した思い出の地。8日に営まれた恭子さんの七回忌法要に続き、母が眠る海に2人で結婚を報告するとみられる。
王監督は名球会の総会後もハワイに残り、年末年始を過ごす予定。久しぶりに家族水入らずの時間となりそうだ。
理恵さんは9日、レギュラー出演するJ―WAVEの生番組「LOHAS SUNDAY」(日曜前6・00)の冒頭で「実はこのたび結婚することになりました」と報告。「この結婚で3回目なので、発表するのはどうかなと思っていたんですけど…」と照れくさそうに話した。
関係者によると、2人の出会いは、理恵さんの37歳の誕生日だった今年3月7日。都内のレストランに別々のグループで訪れていたが、隣同士の席になり意気投合した。
理想の病院づくりを目指す本田医師が、野菜ソムリエの資格を持つ理恵さんにアドバイスを求めたことから交際が始まり、今夏に結婚を決意。秋には福岡を訪れ、王監督に報告。今月、両家が食事会を行ったという。
来年元日に婚姻届を提出し、1月19日に都内で親族だけで披露宴。その後、同27日に友人らを集めた披露宴を行う。
理恵さんは大手広告代理店「博報堂」勤務していた95年、同僚の男性と結婚し、約2年半で破局。01年11月にテレビ制作会社勤務の男性と再婚したが、3年後に離婚した。一方の本田医師も離婚歴があり、今回が再婚。今夏、解離性障害と診断された朝青龍の精神面の治療を担当しモンゴルに足を運ぶなど多忙だったが、11月30日に朝青龍が来日したことで一段落、年明けの結婚になった。
(2007/12/10 スポーツニッポン)








