2年前の、2月1日。
Sは志望校を受験しました。

その数日前は、私がインフルエンザか?という症状に見舞われ、
ご近所ママ友に、「万一の時は送迎をお願い」と電話をしたことを思い出します。

幸い、風邪の初期症状だったようで、
前日には、元気になり、
Sと一緒に試験会場に向かいました。

幼稚園児だったTは、はじめてひとりで祖父母宅に泊まり、
「Tもがんばるから、にいたんもがんばってね」
と、健気なことを言っていました。

昨日、Sは今日の入試のために、
学校で大掃除をしてきました。

準備万端、体調も良好、自信をもって今日を迎えたお子さんも、
残念ながら、そうでもないお子さんも、いらっしゃることでしょう。

そのどちらのお子さんも、
ママの笑顔は自信と安心のお守りのひとつになるでしょう。
どうせなら、笑顔で送り、笑顔で迎えてほしいと思います。
それだけで、「ぼく、わたし、頑張ったな」と
思える薬になると思います。

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中学生の個人面談

テーマ:
数日前、Sの個人面談でした。

今年度の担任の先生は、30代前半の男性ですが、
ご自身が「教師になってよかった」と
常日頃感じていらっしゃるそうで、
その迷いがない感じが、生徒にも伝わっているように思います。

生活面においては、
どうやら、空腹時と眠いときに、
不機嫌を身体中から発散しているらしく、
「ものすごく具合が悪そうに見えるから、心配になる。
 君の返答の仕方は、こっちが傷つくからやめてくれ」
Sにとっては、うまい言い方だなぁと感心しました。
「中学生って、たいてい腹が減って、眠いんだ。
 それは君だけじゃない、仕方がないから諦めろ」
私だったら、
「不機嫌はうつるからまき散らすな」と一喝して終わりにしてしまいますが、
先生の言い方は
「それならば、ちょっと態度を改めようか」と
少しは思えるような言い方だと思いました。

学習面においては、
具体的にやり方を考えてくださり、
「今、どういう勉強方法をとっているのか」ヒアリングしたあと、
「今後、どの教科をどういう手順で学習を進めるのか」
「それには週に何時間必要か」
「部活のある日と、ない日、それぞれのタイムスケジュール」
「でも、君はこれでも足りていないから、
 日曜はご家庭での都合もあるだろうけれど、
 <足りていないんだよ>」
ということを、わかりやすく説明してくださっていて、
「やらなくちゃいけないんだ」と、薄々感づいていたところを
明確にしていただきました。

現時点では、親に言われたのでは反発しますから、
まだ「他人」の先生に言われた方が、
受け入れやすいのでありがたい限りです。

聞くところによると、偏差値的にレベルの高い学校ほど、
そういったことは個人に任せられていて、
質の高い授業を提供するから、あとは自分で頑張ってついてきて、
という空気だそうですが、
Sの学校のように、そうでもない学校ですと、
「学校が全面的にバックアップします」というカラーになるようです。

母親によっては、「そういう話は三者面談にしなくても?」と思うようですが、
私は、そこを三者で共有することに意味があると思っています。

好きでないことも、必要なことはやらなくてはいけない、
それを身体に染み込ませるのは今だと思うので、
ここで頑張って、壁を越えてほしいなと願っています。
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我が家は、夫の実家も私の実家も、
親戚付き合いが密な方ではなく、
たとえばお正月に一族が揃う、とか
挨拶にまわる、ということはありません。

冠婚葬祭があっても、近頃は
「なるべく身近な人たちだけで」という風潮ですから
その機会もほとんどありません。

夫の仕事の関係で、比較的来客の多い家ではありますが、
近年、住宅事情や子どもの生活時間帯のこともあり、
夫が自宅に誰かを招くことは少なくなっていました。

数ヶ月前、住まいを移した関係で、
とたんに来客が増え、自宅で打ち合わせ、仕事、
その後にみんなで夕食、などという機会が増えました。
どなたかに、どなたかを紹介する、というような場合も、
自宅でそのほか共通の知人も招いて食事会、になっています。

当然、子どもたちも同席するので、
夫の仕事仲間と話をする機会も増え、
「よその大人の人」「初対面の大人の人」と話をする時間となります。
Sはそのような場でも物怖じせず話が出来るタイプと認識していましたが
Tは、初対面の大人は苦手、と思っていました。

ところが、ちょっと外見がいかついおじさま相手でも、
プリキュアの話で盛り上がっていたり、
子どもあしらいの上手な男性と、ジェスチャーゲームで笑い転げて、
「写真撮って~~」などと言っていて、
「あら?引っ込み思案は、こちらの思い込みだったかしら?
 本当は人前で何かをするのが好きかも?」
と、こちらの意識を改めることもあります。

ここ一ヶ月あまりは、夫の後輩が泊まり込みで仕事をしており、
まるで家族の一員です。
違う人が食卓にいることによって、
話題は広がりますし、
家族それぞれの気づかなかった一面を見ることも出来ます。

子どもたちは、父親の、家での姿、だけでなく、
仕事の顔や、仕事仲間からの評価を肌で感じ、
「へぇ~」と思うことや、
男女年齢問わず、色々な大人の人を見て、
思うことがいろいろとあるようです。

ママ友の多くからは、
「そんなにお客さんが来るのは大変」
「私はとても無理」
などと言われます。
残念ながらおもてなしスキルは低いので、
特別なごちそうが並ぶわけでもありませんが、
それでも、家の中がいつもより少しすっきりしたり、
頂き物が増えて、食卓が豊かになったりして、
こちらも楽しく過ごすことが出来ていますし、
勉強になることもたくさんあります。

見栄を張ってしまうと「大変」でしょうが、
できることをできる分だけ、で済ませているので、
「つい長居してしまいました」
「また来てもいいですか?」と言っていただけるのが
最大のご褒美です。
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先々月の、連休に母が来ていて、
一緒に、テレビで放映していた、乙武洋匡氏出演の
「あすなろラボ」という番組を観ていました。

「日本のお母さんは、個人面談に来てまず、子どもの悪いところを羅列する。
 もっとよいところを見ましょうよ」
という話になった時のこと。

母が
「私は○○しちゃダメ、ばかり言っていたわねぇ」
過去のたいがいのことは、「そうだったかしら?」で流されるので、
珍しい、と思って聞いていると、
その数日前にこんな体験をしたそうです。

歯医者に行き、待合室で順番を待っていたが、
先に小学校低学年に見える女の子が診察されていた。
しばらくして、幼稚園くらいの男の子がママ様とやってきた。
女の子と男の子は姉弟で、
弟は姉を見つけて嬉しくなり
診察室にいる姉を覗いては、きゃっきゃっとはしゃぎ始めた。
母が、騒がしくなるかしら?と思った瞬間、
その若いママ様がやさしく、
「○○、ここは何をするところ?」
と声をかけ、とたんに男の子はハッとした様子で、
きちんとママ様の隣に座って、そのあとずっと大人しくしていた。

「私はあんな知恵はなかったわ~。
 とてもお若いお母さんだったのに、賢い人もいるものね~。」

これを聞いて、どなたか失念しましたが
心理学者が言っていたことを思い出しました。

「人は一度耳にすると、それを脳内でイメージする。
 騒いじゃいけません、と言われれば、
 まず騒いでいる姿を想像して、それからそれを否定する。
 最初にイメージしたものは印象が強く、
 心のどこかでそれに捕われる。
 静かにしましょう、と言われれば、
 最初から静かにしている姿を想像するので、
 受け取り方がストレートになる」

母親は否定語ばかりを浴びせがちですが、
どうせ同じ意味の言葉を発するなら、
受け入れられやすい表現、方法を使いたいものです。
4歳の我が子の発言に悪い意味での驚きがある、
とおっしゃるママさま。

お子さんが、幼稚園のクラスのお友達に対して、
簡単にいうと悪口、
しかも大人が言うような嫌らしい言い方をする、
のだそう。

まだ4歳なのにどうしてかしら?
いったいどこで覚えてくるのかしら?

と、首を傾げておられます。

私は、子どもは、幼ければ幼いほど、
「一度も耳にしたことのない言葉は使えない」
と思っているので、
「身近でどなたかがそういうことをおっしゃっているのでは?」
「心当たりはないんだけど?」
「もしくは、ドロドロ系のテレビドラマをつけっぱなしにしているとか?」
「!!」

昼ドラや韓流ドラマなど、
人間感情の入り乱れたドラマがお好きなのだそうで、
よく御覧になっているとのこと。

英語のCDのかけ流し、はよく聞きますが、
同じようにそれ以外のことも
耳から入れば同じこと。

「子どものいない時間に見ることにするわ」
それがいいと思います(笑)。
ずっと前に、第二子出産を控えた方、
または下のお子さんが生まれたばかりの方へ
「おすすめは第一子尊重主義」
という記事を書きました。

先日、ママ友のひとりとお話をしていて、
やはり「姉と弟」という組み合わせは
母親にとって、罠に陥りやすい組み合わせだなぁと感じました。

どうしたって、精神面での成長は女子の方が早いです。
加えて年も上なら、
たいして年齢差がなくても
「お姉ちゃんは、これくらいできて当たり前」
「弟はまだ小さい、手をかけて当たり前」
と、思ってしまいがちなのでしょう。

甘えたくても、甘えさせてもらえない、
そのうち甘え方、頼り方すら
わからない人になっていくように思います。
他人から見れば「しっかりした人」ですが、
たまには誰かに助けてほしいのに、
それを口にすることが出来ない。

お話をした方も、ご自身が「姉」、歳の離れた弟さんがひとり。
幸い、お母さまとはよい関係を築くことができ、
ご自身が母親になってから、
「お母さん、私より弟の方を可愛がっていたよね?」
「そうだったわね、あなたはしっかりしていたから
 なんでも自分でやりなさい、って言っていたわね。
 ごめんなさいね」
という会話が出来るほど。
ですが、その<しっかりしている>彼女も
心の奥底に甘えたい気持ちを引き摺っているのか、
ご主人に対する愚痴は、
「もっと甘えたいのだろうなぁ」と思うようなことばかり。

ご主人から見れば
「しっかり者の妻に家のことは任せて、
 可愛い娘たちを思いっきり可愛がろう」
というところでしょうが、
奥様の言葉からは
「娘の前に私を見て」という気持ちが伝わってきます。

平安の時代から、「小さいものはかわいい」というくらいですから
上のお子さんを出来る限り尊重する、くらいで
ちょうどよくなるのかもしれません。

言葉がけの癖

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所用がありましてバスに乗ったところ、
後ろに2歳前くらいの男の子とママ様が座られました。

男の子はしっかり歩いていましたが
まだ喃語しか出ていないようでした。

ママ様が、お子さんのことが大好きで、
とても可愛がっている様子が微笑ましく、
また男の子もママのことが大好き、
という気持ちが溢れていいるような親子でした。

バスに乗っていたのは30分程度でしたが、
私が気がついたのは、
ママ様のお話の仕方。

車窓を眺めて、猫がいれば
「にゃーにゃーがいるよ」
その子のお気に入りのお店があったらしく、
「あ、パン屋さんだね」
体操かなにかのお教室のあとだったのか、
「今日はジャンプを頑張ったよ、ってパパに言おうね」

どこも何もおかしいことはありません。

でも、お子さんが、かなりしっかりした足取りで歩けるわりには
あまり言葉が出ていないふうなのは
その数%はこのママ様の言葉がけを要因としていると感じます。

前述のママ様のお話、
すべて「うん」か「ううん」で答えられてしまうのです。

ママ様が一方的にまくしたてている感じはしませんでしたから、
男の子はなんらかの反応をしているものと思われます。
でも、言語面から見ると
自分から言わなくても良いシチュエーションになってしまっています。

このお子さんは、もう少し待てば
きっと溢れるようにお話を始めることでしょう。

ただ、お話を始めても、
ママ様が同じようなスタンスで接してしまうと、
細かい説明が出来ない、
複雑なことは面倒だから言いたくない、
というような弊害が生まれる可能性があります。

まだ喃語しか話せないお子さんでも、
「あそこに何かいるよ」
「あー」
「そうだね、にゃーにゃーだね」
というようなやりとりは成立します。

もしも、うちの子、理解はしているのに言葉が遅いな、
と思われているのでしたら
ママご自身がどのような言葉でお子さんと接しているのか、
お子さんが「話したい」気持ちになるような
接し方かどうか、振り返ってみてはいかがでしょうか。

秋の花粉症

テーマ:
MQとはなんの関係もありませんが、
個人的に、え?そうなの?
な、ことがありましたので、シェア。

Sは花粉症ですが、いままで春だけ、
目にきていました。
くしゃみも多少。

秋にも花粉が飛び、
苦しんでいる方がいらっしゃるのは存じておりましたが
あんまり気にしたことがありませんでした。

10日ほど前から、Sがやたらと鼻血を出しまして、
(1日に2、3回)
年齢的なもの?
テスト前で部活も休み、
エネルギーが余ってる?
などと訝っていたところ、
友人が
「それは花粉症じゃない?鼻の粘膜が荒れて、ちょっとしたことで鼻血が出るのよ」
塗り薬を処方してもらえる、と聞いて、
春にお世話になっているアレルギー科の医院へ。

とくにくしゃみをするとか、鼻づまりもないのですが、
「あー、それはまさに花粉症だね」
とのことで、
「元の症状が治まれば鼻血も出なくなるから」と
飲み薬をいただきました。

Tによれば、クラスメイトでも最近鼻血を出す子がいるよ、
だそうで、
涼しくなって急に鼻血が出るようになった子は
もしかしたら花粉症なのかも。

同じような方がいらっしゃったら、
花粉症の可能性もありますよ。
学生時代の友人と話しました。
結婚して2年ほど、赤ちゃんがいます。

夫のやり方がさっぱり理解できない、と。
「こういうのを価値観の不一致っていうのかしら?」

食事が済んで、食器を片付けてからゆっくりするのか、
ゆっくりしてから片付けるのか。
みたいな、日々のことから、
お盆やお正月に、みんなが揃うようちょっと無理をしても、お休みを調整するのか、
「行けたら行く」のスタンスなのか。

「あれもこれも全部違って全然わからない」と。

彼女は「夫のやり方」という言い方をしましたが
「それって、ご主人のご実家の<文化/習慣>だよね?
 その文化の中で生きてきた人にとっては、それが<当たり前>なだけで、
 良いとか悪いとか考えてもいないと思うよ」

彼女はお子さんにグローバル教育をしたいと考えていて、
インターに入れたいとか、
早い時期に留学させたい、などと考えているようですが、
それって、違う文化の中でも活躍できるような人間を育てること。

だとすると、
ご主人やご主人のご実家の「あたりまえ」と
自分や自分の実家の「あたりまえ」が異なることは、
どちらが正しい、正しくない、ではなくて、
違う文化の人間が一緒に暮らしている、
自分とは違う文化の、よいところは取り入れて
2つが融合した新しい文化を創っていけばいいのでは?

その姿をお子様に見せることこそ、
異文化交流のやりかたを見せることになるのでは?

彼女は自分の当たり前=世の中の当たり前だと思っているところがあったようで、
「もし夫が外国人だったら、違っても仕方ない、って思っていたわね」
と、ご自身の当たり前にたいする認識を
改めたようでした。

そうやって、何年かかかって、
お互いの違いを埋めたり、わかり合ったり、
違って当然と放置したり、というのが
夫婦だと思います。
この先、色々なことがあって
その都度、お互いの違いを見つけたり、
同じ部分を感じたりしながら
歩いていくのだと思います。
長女Tがふいに学校の話をします。
昨日は
「お母さん、<zero>は英語で、<零>は日本語なんだよ。
 だから、学校では<零>を使うんだよ。
 だって算数の時間に<いち>を<one>って言わないでしょう?」

深く考えたことはなかったけれど
確かに言われてみればその通り。

ここのところ、そういう、ふとしたときに
Tがそのような話をすることが多く、
そのたびに私は思い返します。

「Sとそういう話をしていなかったな」と。

Sが小1の夏休み入ってすぐにTが産まれたため、
Sの小1から小2にかけてあたりは、
私に余裕がなくて、
「話しかけても良い雰囲気」がなかったのだろうし、
なにかちょっと話しかけられても、
「あとにして」などと遮っていたのかもしれません。

もちろん、外であったことを
事細かに話す子と、
そうでない性格の子がいますので、
どちらが良いとか悪い、という話ではありません。

ただ、子どもが「話したいな」と思ったときに
「ママ忙しいからあとにしようかな」と<いつも>思わなくて済むような
その程度のゆとりは持っていたいと思います。

その積み重ねが
「何かあったときに、ママは自分の話を聞いてくれる」という
安心感につながるように思います。

お仕事でお忙しくしていらっしゃる方の
とくに帰宅後から寝るまでのタイムスケジュールを伺うと、
ちょっとした会話をする時間さえないのでは?と
思うことがあります。
今週だけ、などでしたら、それも仕方がない、と思いますが
お休みの日以外は全部、みたいな話を聞くと、
本当にお世話だけで終わってしまってよいのだろうか、と
他人事ながら心配になります。