ご来場、誠に有難うございます。                       


ノンフィクションストーリーでございます。


やる気はあるけど何をどうしたらいいのかわからない人ぜひご覧下さい。

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2011-08-04 17:36:58

パチンコ店編Ⅳ

テーマ:ブログ

何が何でも働いた。


一心不乱に働いた。


年下のくせに「クン」付けしてくるヤツラばかりだった。

ロクなもんじゃない。


早く上に上らなければ

そればかりを考えていた。


そして、一ヶ月が経った。


私は班長に昇格した。


会社始まって以来のスピードらしい。


もっとも私にとっては、当たり前の話である。


ちなみに、

バイトが8名、

ただの社員12名、

班長2名、

副主任1名、

店長1名

の構成なので、12名ゴボウ抜きと、いうことになる。


嫉妬や妬みが多かったが、

もともと相手にしていなかったので、気にならなかった。


店長から呼び出しがあり、一言目に

「おめでとう 天狗

これでやっと君を人間扱い出来るよ

兵態どもtp差別化が図れるよ」

と、言われた。


「兵隊」とは、この業界では平社員のことだった。


つまり、代わりはいくらでもいるということである。


この話だけを聞くと

「何という店長だ」

と、思うかもしれないが、

私はとても温かみのある常識をわきまえている人だと感じていた。


班長になっても私の働きぶりは何も変わらなかった。


一番に駐輪場を整備していたし、トイレの紙の補充も一番多くした。


廻りのヤツらの私に対する見方は変わったが、

私自身で変わった事は、

班長になったことと給料が5万円あがったことくらいである。


俺は、それでも自分を試すかのようにガムシャラに働いた。


さすがに「クン」付けしてくるヤツらは1人もいなくなった。





2011-08-04 12:15:31

パチンコ店編Ⅲ

テーマ:ブログ

とにかくガムシャラに働いた。

パチンコホールの仕事といっても色んな作業がある。


パチンコ台の故障を直したり、

ラッキー後の箱の交換、

駐輪場の整備、

トイレットペーパーの補充、

灰皿掃除etc

人の3倍は働いた。


この業界では、私達平社員のことを

「兵隊」

と、呼ぶらしい。


まさしくアリのごとく働いた。


こんな事があった。

ある日、店長が私にこう言った。

「天狗、お前は本当に一所懸命に働いているんだなぁ」

私が

「えッ、どういうことですか?」

と、尋ねると、

毎晩、門限を守っているかどうかをチェックするため、

12時過ぎに部屋をノックしていたそうだ。

その際、魚眼からは明かりがついているのに、返答が無いので、

「やられた!!」

と、思ったらしい。

合鍵を使って部屋に入ってみると、

私が爆睡していたそうだ。


声をかけても全く起きる気配がなかったそうだ。


静に電気を切り、部屋を出たとの事だ。


店長は私に

「お前みたいなのを見ていると、若い頃の自分を思い出すよ」

と、言ってくれた。


何となく嬉しかった。


後になって分かったのだが、彼は伝説の店長だった。


しかし、

店長と副主任の「ボウソウ」さん以外の人は

ロクな社員は居なかった...人の事はいえないが


俺は、自分の本音はひた隠しにして、とにかくガムシャラに働いた。

                                    

                                    つづく。



2011-08-02 17:45:28

パチンコ店編Ⅱ

テーマ:ブログ

寮はパチンコ店の2Fにあった。


9:45くらいの出社だったと思う。

久しぶりに誰にも気を使うことなく熟睡した。


私は、朝早く目が覚め、朝食を取る為、外出しようとした。


ところが、

門にカギが掛かっており表に出られないようになっているのだ。


柵を登ったら、出るには出られるのだが、

「初日からあんまり問題を起こすのもどうか...」

と、思い我慢することにした。


「ひょっとして朝飯が付いているのかも知れない♪」

と、思い、

食堂へ行ってみるとやはり誰も居なかった。


腹が減って仕方がなかったが、何とかガマンして、出社した。


まず初めに新人のアイサツをやらされた。


気合を入れてアイサツをした。


みんなが

ポカーン。。。と、していた。


メンバーは景品交換の社員が1人とパート1人。

責任者は、副支配人の「暴走」さん。

あとは、私を含めて平社員が5人ほどであった。


ちなみに、仕事のシフトは

朝晩が9:45~16:45まで、休憩はお昼の30分のみ

遅番は16:30~11:00まで、休憩はナシだった。


私の担当はホール係で、

お客がランプをつけると、そのお客の台へ行き、

玉詰まりやクレーム、

ラッキーが当たった時は満杯になったパチンコ箱を下ろし

代わりに空箱をお客さんの前においてやるのだった。


私の店では、ラッキーが当たれば

「おめでとうございます」

と、頭を下げ、

そのあと、マイクで

「○○○台の○番さん、ラッキーおめでとうございます。」

と、放送しなければならなかった。



2011-08-02 13:47:16

パチンコ店編

テーマ:ブログ

勢いで警備保障会社を辞めてしまったので、

次何をすればよいのか全く考えていなかった。


友人の世話になり続けるのも悪い気がしたので、

チラシの募集を見て、パチンコ店に面接に行くことにした。


世田谷区のクイーンという店だった。


「寮生活歓迎」だった。


面接に行くと、店長の長田という方が面接官だった。

とても気合の入った方だった。

完全に上から目線で話してくる。


「何の身よりもなく寮生活希望でここにくるやつなんざ、

ろくなヤツはいやしねぇ」

と、言わんばかりに接してくる。


でも、その言葉にイヤミはなく、

ストレートにストレートに屈辱的な発言をしてくるので、

結構好感がもてた。


「夢は何だ?!」


と、聞かれた。


すかさず、


「アメリカへ行くことです!!」


と、答えた。


すると、面接官は

「おぉぉ、そうか~俺は夢のないヤツは採用しないことにしてるんだ」

と、言う。


でも、その目には

「いいかげんな事いいやがって」

と、言っているようだった。


でも、俺の熱い思いは、全く逆で


「バカヤロウ」

「クソ、面接官!!」

「こんな所に長くいるはずないだろう」

「俺が仕事とは何なのか、それを教えてやる」

「フィリピンで培った精神は、伊達じゃねぇ」

「先物取引をなめんじゃねぇ」

「たかがパチンコじゃねぇか!!」

「俺を誰だと思っているんだ!!!」

「俺は店長じゃない、社長になるんだぁあ!」


心でそうさけんでいた。


15分後には、部屋に案内され、翌日から働くことにした。

        

                             つづく。



2011-08-01 17:01:51

警備保障会社編

テーマ:ブログ

とにかくつまらない研修だった。


渋谷の竹下公園でアイサツや敬礼、右向け右などを

何度も繰り返し、1日が終わる。


同期の研修者は10人ぐらいいたと思う。

東京育ちは1人もいなく、とりあえず上京してきたといった感じのヤツばかりだった。


しかし、目をギラ付かせているのは、女性一人だけだった。


おそらく、

ほとんどの人達は、しっかりした目標があってここに来た訳ではないだろう。


私が見た目では一番年齢が上だったと思う。

(まだ25~26歳だった)

しかし、一番元気があったと思う。


移動は、常に一列で、真っ直ぐ歩き、直角に曲がらなければならない。


周りの通行者から見れば、異様な光景だったに違いない。


お昼休みは、1時間だった。

交通費を友人に借りているくらいなので、昼飯代は全くなかった。

しかたがないので、渋谷のマルイとかをブラブラした。


将来の事を考えると、

俺は何をしているんだろう・・・と、情けなくなってくるが、

まだ、希望と思いがそれを上回っていた。


研修が終わり

「やっと寮で一人暮らしが出来る」

と、思うと気合が入る。


しかし…しかしである

またまたトラブルが起こってしまう。


なんと、約束である寮が、一杯で入れないとの事だった…


俺は、ありったけの怒りをその偉そうな担当者にぶちまけた。


寮があってこその労働だったので、

俺は辞めることを告げると、研修のみでは、給料は支払えないという。


上から目線のその担当者に俺は

「約束も守れないお前が、俺と対等に話すな!!」

と、怒鳴りつけその場を去った。


「給料なんか頼まれても貰うか!!」

と、思った。

                                             つづく。

2011-07-30 14:22:33

東京無職編Ⅱ

テーマ:ブログ

歌舞伎町の店を出たが、泊る所がないので、

よく利用していたカプセルホテルに泊まることにした。


カプセルホテルは、いろんな思い出がつまっている。


サッカーW杯予選で日本が勝ち「ウォ」と叫んでいたら、

同じように叫んでいるヤツがいて、それが赤山くんだったとか、

ウンチをちびったあげく、女にフラれて寂しく夜を過ごしたり....


このカプセルホテルは私の青春の一ページだったと言っても過言ではないだろう。


そう懐かしんでいる間にいつしか深い眠りについていたZZZZZ


朝になると、何をやっていいのか分からない。


住むところもねぇ

金もねぇ

仕事もねぇ

行くところもねぇ.....


ねぇねぇづくしだったので、

将来自分が社長になった時に自慢するために

浮浪者でもやってみることにした。


場所は新宿南口にすることにした。


ただ、ヒマだった。


同じ浮浪者仲間たちが文句を言いに来るかと思っていたが、何もなかった。


どこかの公園なら、

ナワバリ争いとか、ボスにアイサツとかあったかもしれないが、

少し拍子抜けである。


4.5日寝泊まりしたが、ことのほか何でもなかった。


「病みつきになる」と、言う人もいたが、

私にとっては、将来、社員に話す以外、ほとんど意味がなかった。


そんなこんなで、まずは働くことにした。


「研修が終われば、寮に入れて貰える」ことが条件で、

警備保障会社に行くことにした。


8~10日位の研修だったと思う。


それまでは、用賀の友人の家にころがられて貰うことにした。


                              つづく。






2011-07-29 17:42:25

東京無職編

テーマ:ブログ

とりあえず歌舞伎町に来てみたが、

どう動いて良いのか分からないので、可愛いお姉ちゃんがいそうなクラブに入った。


しかし、あてははずれ中年のおば様しか居ない店に入ってしまった・・・・


でも、キレイなおば様達だったので、許すことにした。


やたらとドリンクを飲みたがるおば様達だったので、

「ボッタクリの店」にきてしまったかな?と、警戒したので、

女性には一切飲むことを許さなかった。


店の方も私自身が何者か分からず戸惑って居るようで、

お互い様子を見ている感じだった。


あいかわらず私の方は、マイペースで水割りを飲んでいる。


まさしく戦争帰りかというような服装で行って正解だったかもしれない。


ホステス達も態度は悪くなく普通に接してくれている


そろそろかなと、俺の野生のカンが動き出した。


「チェックして!!」


と、オバさんに言うと、はっきり覚えていないが20万円くらい言われたと思う。


まともな店の相場で言うと2.3万円と、言うところだろう。


私のなけなしの7万円の内2万円は、

何かあった時のために靴の中に入れてある。


これが正解だった。


カードも入っていない。


俺は喧嘩をするか悩んだが、

店側にもそれなりのメンツがあると思うので、素直に数万だけ払い、

ボーイに

「これでも多く払っていると思うが、この店に入った俺にも原因がある。

 20万円は払う気がないので、どうにでもしてくれ」

「絶対に払わない」

 と気合を入れて発言した。


ボーイは文句を言わずに俺を帰らせてくれた。

              

                      つづく。



2011-07-29 13:18:21

京都に帰っては来たが.編

テーマ:ブログ

京都に帰って来たが、本当につまらなかった・・・


全てにおいて平和ボケをしているように思えた。


木屋町に出かけて、わざとぐでんぐでんに酔っても

誰も何も言ってこない。

一升瓶を片手に街を徘徊してもよけて避けるように

そして、何もなかったかのように

人々が歩いていく。


つまらない街に思えて仕方がなかった。


そんな毎日を3日続けた。


そのうちに

「一升瓶を持った輩がやたらめったらタグをまいている」

と、いうウワサが出たほどだった。


それでも私は、誰かに如何こうされたことは一切なかった。


夜、テレビを見ていた。

深夜の一時くらいだったと思う。


一人の夢を追いかけている少女の物語だった。


主人公は「鈴木彩子」だ。


知っている人は知っていると思う。

熱い思いを込めている歌手である。


その一曲の歌が私の胸を強くひびかせた。


衝撃だった。


「俺は今ここで何をしているんだろう」


と、思った。


自分がちっぽけに見えた。


何のために、俺はフィリピンで勉強してきたのだ。


「立ち上がれ、天狗」


と、言う声が聞こえてくるようだった。


「鈴木彩子」は、東京に足を向けた。


俺もそうしようと思った。


深夜の番組を見て2時間後には、


東京行きを決めた。


私は、気がつくと京都に帰ってきて1週間も経たない内に

なけなしの7万を持って歌舞伎町の夜のネオンの真ん中に立っていた。

                                                 つづく。




2011-07-28 16:41:17

フィリピン編最終章

テーマ:ブログ

日本に生まれて本当によかったと思っている。


たしかにフィリピンでも金持ちはいるし、

いろんな楽しい所もいっぱいある。

夜の街も楽しいし、ゴルフ場だって日本顔負けのゴージャスさである。


食べ物も行くところに行けば、何だってあるし、

映画だって、ビリヤードだってある。


でも、日本に生まれてよっかたと思っている。


それは、なぜか?


フィリピンの現地の97%の人達はそういう所にいけない人達である。


つまり、金が無いのである。


また、97%とは言わないが、まともに教育を受けている人も非常に少ない。


故に、

外国から来た経営者や知識人はフィリピンに根をおろす覚悟があれば、

成功する確率は日本より高いと思うが、

現地の人達はその手段が分からないと思う。


したがって、

昔、統治していたスパニッシュ系の教育を受けた財閥や華僑ばかりもうかってしまう。


私はフィリピンに根をおろすつもりはなく、

ただただ経験や知識を積んでいるだけなので良いが、

現地のただの人だったら、

その事すら気がついていないかもしれないのだ。


まぁ、それはさておき、現地の友人から妙なウワサを聞いた。


「韓国系の人から私が狙われている」


心当たりが少しある。

飲みに行くと、よく他の客のホステスを取ってしまうのだ。


私が直接横槍を入れるのではなく、

女の子がこちらに来るので、困ったこっとがしょっちゅうあった。


そろそろ潮時だ。


日本へ帰ろう

そして、

ここで経験した事は日本で大きなキャリアにあり、


のし上がってやる


と、心に誓った。

                             次回、新章へ



2011-07-28 13:09:35

フィリピン編その13

テーマ:ブログ

アカシアという店に飛込んだ。

明らかに日本人を意識したネーミングだ。


いつものように女性とおちゃらけていたら、バックミュージックが耳に入ってきた。

歌詞はタガログ語なので、何を言っているのか分からないのだが、

曲は明らかに徳永英明の「最後の言い訳」なのだ。


この歌は私自身大好きな曲で、カラオケでよく歌っていた。


ホステスさんに

「この曲はやってるの?」

と、たずねると、大流行だと言う。


さっそくカセットを買いに行き、徹夜で言語を覚えた。


本気になるとなんとかなるもので、

一晩で完璧に覚えられた。


20年経った今でも歌える。


なぜ10代の時に頑張らなかったのだろう・・・と、考えると少し後悔する・・・・


なにはともあれ、とにかく毎晩飲み歩いた。


でも、肝心の懐の方が寂しくなってきた。

お金を稼ぐ為に、何をしようかと考えた。


そして、

宅配のホカ弁をしようと友人2名を誘い弁当を作らせた。


1コ10ペソ

当時で、150円前後、決して安くはない。


でも、持ち前のバイタリティで中心街の銀行やオフィスに

片言の英語とボディランゲージで売りさばいた。


とにかくよく売れた。


日本人が現地の人たちがやるようなことを

恥も外聞もなく一生懸命に売っているのだ。


私は近江商人の「てんびんの詩」を思い出していた。


ここで経験主義という価値観が生まれた気がする。

                                        つづく。


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