さて、この臨時総会における議案としては、日弁連の執行部が提出した案(以下「執行部案」)があります。
この執行部案について、思っていることをつらつらと書かせていただきます。
1 アピールの仕方についての問題


この執行部案については
・日弁連News(FAX)→下記イメージ
・日弁連新聞(毎月「自由と正義」にくっつけられてくる付録みたいな新聞)
において、「執行部案を支持してください」と繰り返し送りつけられてきたので、ご存じの方も多いと思います。

←日弁連News(リンク)

この点については、執行部案に反対意見をもった会員が支払った会費をも使っているわけで、そのような媒体で一方的に執行部への支持を繰り返し露骨に呼びかける、というのは、おかしいでしょう。こういう呼びかけをやるなら、執行部の方々のポケットマネーでやるべきです。
そもそも、招集請求を行った会員の存在にも配慮をした上で、議論を尽くそうとする姿勢はここにはなく、むしろ「少数者の意見は排除」という姿勢が透けて見えます(こうした姿勢は、東京弁護士会会長による今年の会長声明にも現れていますが、これは別項にて取り上げました)。

このように、議論する前から、少数派の意見を無視し、「大本営」の意見だけが是であるとの前提で話を進めようとしていることは明白なのですが、日弁連は「基本的人権の擁護」を旗印にしているのに、そのような振る舞いはいかがなものかと思います。
こんなことで、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することなんてできるのでしょうか。疑問に思います。
こんな組織が「自治」なんてのは、危険過ぎるとすら感じることがあります。
(とはいえ、私は弁護士自治は重要だとは思っていますが、このような組織運営が常態化するようだと、考えを改めるかもしれません。先日のアディーレ事件に関連して、広告に関する自浄作用もないようなので)

このように、執行部案には、そのアピールの仕方に、重大な瑕疵があります。
2 内容についての問題

執行部案は、概要、以下のとおりです。
① 司法試験合格者数関係
 司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること。
②-1 法科大学院関係
 法科大学院の規模を適正化し、教育の質を向上させ、法科大学院生の多様性の確保と経済的・時間的負担の軽減を図ること とともに、
②-2 予備試験関係
 予備試験について、経済的な事情等により法科大学院を経由しない者にも法曹資格取得の途を確保する、との制度趣旨を踏まえた運用とすること。
③ 司法修習関係
 司法修習をより充実させる とともに、
 経済的事情によって法曹への道を断念する者が生じることなく、かつ、司法修習生が安心して修習に専念しうるよう、給付型の経済的支援として、給費の実現・修習手当の創設を行うこと。

以下それぞれ検討します。
① 司法試験合格者数関係について

 (1) 供給過剰の解消に至らない無意味さ
 自分は、人数問題はわりとどうでもいいと思っています。ただ、1500人という数値は、3000人という数値と同様に、全然根拠がないのです。
 そもそも、ここでいわれている1500人は「司法試験合格者数」なのですが、本当は、司法試験合格者数を増やすことになったのは、「法曹」つまり裁判官・検察官・弁護士をともに増やすことが前提だったのに、なぜか裁判官・検察官は増えなかったわけで、弁護士だけが激増しているわけです。
 弁護士の強みは訴訟代理人として動けることですが、裁判所の体制がないと弁護士は強みを発揮できません。つまり裁判官を増やさないと、弁護士だけ増やしても、何の意味もないのです。
 3000人合格させろという閣議決定の有効だった時代は、そのことが全然議論されず、いつのまにか裁判官・検察官の増員は(予算の都合か)実現されず、上記前提が崩れたはずなのに、見直されることなく、自動的に弁護士だけが激増したのです。
 
 合格者1500人にしたとしても、弁護士数は増え続けます。
 
 増えたら何が問題かということは、あちこちで言われていますが、カンタンに言うと
・食うため(もっといえば、法科大学院や修習のための借金返済に負われているので、それを返すため)に、カネをかせがないといけない
・カネを稼ぐためには、素人の人から、必要もなくお金を取ることを考える人が出てくる
 たとえていえば、インプラントをしてはいけない人に、お金になるからといってインプラントを勧めるようなことが、弁護士業界でも起きるのではないか
・そうなると、「弁護士」の「プロとしての助言」が、そのように受け取ってもらえなくなる
・仕事がしづらくなる
ということになると考えています。私はそれが嫌なのです。
 ただでさえ、弁護士に持ち込まれる案件というのは、事案が複雑怪奇で、事実関係も証拠も整理されていない、というのが通常です(紛争はそういうところで起きます)。そこで、事実関係を整理し、法律構成ができるところまでもっていって、手続を選択するのですが、そこには、弁護士の専門家的「感覚」の部分が含まれています。そこに不信感を持たれると、依頼者に成り代わって職務を遂行する、ということが困難になります。
  
 1500人では、弁護士の激増が少しマシになるくらいで、供給過剰状態は変わりません。
 つまり上記懸念は残るのです。

 もともと、合格者数減員については、様々な要因から、抵抗が強いのです。一旦こうやって合格者数減員の数字を執行部案のように断定的に出すと、抵抗勢力から「減らしてやっただろ」ということになり、これ以上の減員は不可能となるでしょう。
 とすると、供給過剰状態が恒常化します。
 執行部案は、その影響を考えていない。そこに大きな問題があります。
 このような中途半端な数字を出すのであれば、数字を出さない、というほうがよいです。
 中途半端な数字を出すと、国側としては「要求を聞いてやった」になるので、それ以上の減員は望むべくもなく、望んだら

 「まだお前らいうか」

 ということになるのが目に見えています。
 同じことは、この後の③でも取り上げます。

(2) 法科大学院入学生の減少ぶりからは合格者数が過剰すぎる
 今や法科大学院には2000人程度しか入学しません。
 その中で、毎年1500人も合格させるということになれば、司法試験の選抜機能はほとんどなくなるでしょう。
 司法試験には誰でも合格する、という時代が、すぐ目の前に来ています。
 それで、本当に大丈夫なのか?ということです。

(3) 要するに根拠がない
 つまり、既に志願者数が(2)で述べた通り激減しているのに、いまさら1500人などと言っても意味がなく、また、(1)で述べたように、何の効果もないので、こんな中途半端な数字を出すことに、何の意味があるのか、というのが、執行部案に対する率直な疑問です。
 執行部は、中身を真面目に議論したのでしょうか。「これくらいならいいか」程度の議論しかしていないんじゃないか、という疑問を抱いています。
②-1 法科大学院関係について

 執行部案では
 ア 法科大学院の規模を適正化し、
 イ 教育の質を向上させ、
 ウ 法科大学院生の多様性の確保と経済的・時間的負担の軽減を図ること
 
 が、マニフェストとして掲載されています。
 これを見る限り、執行部案の最大の眼目は、あくまでも法科大学院を存続させることそれ自体なのだな、というのが、率直な感想でした。
 
 まず、アについて。
 「規模を適正化」といいますが、どの程度だと「適正」なのかが示されていません。
 「適正化」とは、これまでの動きを見る限り「定員削減」と同義ですが、すでに、法科大学院志願者は、10年前からみて9割減っています。
自然に人が来なくなっており、ほとんどの法科大学院は青息吐息です。
 つまり、「適正化」は、志願者の激減という自然現象により、既に達成されています。
 加え、今年度の入試の受験者数の動向をみると、いわゆる「上位ロー」といわれる学校の志願者まで、大きく減らしています(九大・名古屋大の激減ぶりが話題になりました)。
 そのうえの「適正化」というのは、いったい、何を意味するのでしょうか。
 
 次に、イについて。
 「質」とは何でしょうか。
 そして、それなら、なぜ法科大学院開校10年間で「質の向上」をやってこなかったのでしょうか。それをやる人的物的リソースはあるのでしょうか。
 さらにいえば、それで法曹志願者がこぞって法科大学院にくるとする根拠はどこにあるのでしょうか。

 最後に、ウについて。
 「多様性の確保」については、注目すべきやりとりがあります。雑誌「ローヤーズ」2月号の記事を敷衍した、伊藤真先生vs早稲田の鎌田薫総長のやりとりです。それを取り上げたブログ記事(Schulze Blog)のリンクを張らせていただきます。→ここ
 法科大学院制度は、そもそも、法曹志願者のうち、経済的・時間的に法科大学院に通えない人を切り捨てる制度なので、そもそも「多様性の確保」というのは自己矛盾なのです。それでいてここでも「多様性の確保」というフレーズを出すのは、わざとなのか(釣り?)、あるいは、本当に気づいていないのか、前者だとすると卑怯だし、後者だとすると相当に愚鈍な理屈と言わざるを得ません。
 「経済的・時間的負担の軽減」というくだりにいたっては、だったらどうして法科大学院などつくったの?という「そもそも論」にいきつくわけで、何が言いたいのかまったく理解ができません。要するに自己矛盾です。
 以上の点から、ウについては、 「だったら最初から法科大学院なんかいらんかったんや」という話にしかならず、自己矛盾をさらけ出しているだけなので、まったくお話にならないマニフェストといえます。

②-2 予備試験関係について

 予備試験の受験資格を制限したくて仕方ないのが、日弁連の一貫した態度です。
 予備試験の受験資格を制限することにより、法科大学院に行く人が増える、という目算があるからでしょう。
 しかしながら、「法科大学院にお金と時間をかけるぐらいならば、法曹になっても意味がない(費用対効果が悪い、との意と思われる)」という声は根強く、その結果「予備試験に受からなければ法曹になること自体をあきらめる」という学生は少なくない、との印象を持っています。
 このことは、法科大学院内部、もしくはそこに近しいところにいて、かつそのあたりの声しか聴いていない場合、わかりづらいことだとは思います。

 したがって、予備試験の資格制限をすれば、法科大学院に行ってまで・・・という人はただ「法曹になること自体をあきらめる」だけであり、予備試験受験資格を制限したい人たちの意図どおりに法科大学院に通う人が増える、ということにはならないものと思われます。

 今の喫緊の課題は

「現在の志願者激減を阻止し、法曹志願者のすそ野を広げ、優秀な人材を確保すること」

なのに、これでは、やっていることがあべこべです。
 このようなことも想定できないほど、日弁連執行部は「見えていない」のか、もしくは、法科大学院に配慮するあまり(気持ちはわかります)、「見ないことにしている」のかどちらかだな、というのが、私の率直な感想です。

 いずれにせよ、予備試験の資格制限をしても、法曹のすそ野はちいさくなるだけで、何の解決にもなりません。

③ 司法修習関係

ア 司法修習をより充実させる とともに、
イ 経済的事情によって法曹への道を断念する者が生じることなく、かつ、司法修習生が安心して修習に専念しうるよう、給付型の経済的支援として、給費の実現・修習手当の創設を行うこと。
 とのマニフェストが掲げられています。

ア についてですが、このこと自体は賛成です。修習1年では、いかにもみじかすぎます。
また、弁護士会が担当する期間が長すぎます。弁護修習が約2か月あるほか、『ホームグラウンド修習」という、指導担当弁護士が担当してのいわば「自習」期間があります(その間いろいろと選択できたりするのですが、なにも選択しない場合、いわば「自習」になります)。
このホームグラウンドはいかにももったいなく、修習生によっては二回試験対策に充てたりするそうですが、せっかくの実務修習地での期間を、そのような使い方をする場にしてしまうのはもったいないなと感じます。

イ についてですが、これは、これまで日弁連が主張してきた「給費制」とは、似て非なるものだと思われます。
いわば「実費」程度のわずかなお金を支給する、という制度で、政治決着をはかろう、という方針なのだろうと思います。

最終的な落としどころとしては、ある程度やむをえないのかもしれません。
しかしながら、我々会員は、
          そんな低額で妥結しようとしているとは、いままでまったく報告を受けていません。
これについては、日弁連は、きちんと説明する義務があるのではないでしょうか。この総会でどさくさに決めていいことではありません。

「一部復活だけでもいいじゃないか、あとは追って主張すればいい」
とでもいうのでしょうか?
否、世の中そんなに甘くありません。ここで「一部復活」=わずかなお金を支給する制度、を飲めば最後、国側としては「もうやるだけやったんだから納得しろやお前ら」といわれ、「世論」もそのようにいう(ように誘導される)でしょう。それ以上日弁連が「もっと額を増やせ」といったが最後、

           「弁護士どもはどれだけガメツイ集団なんだ!」

といわれて、イメージを大きく下げることでしょう。
そういう影響を考えていないのだとしたら、あまりにも甘いし愚かです。
それどころか、今後もさらなる増額を主張するとなると、「だったら金やるからこれこれこういうタダ働きしろよ」などといわれかねません(宇都宮執行部時代に給費制の主張をするなかで「弁護士は公益的なことをもっとやります」的なことを言っちゃっていて、正直私は「こんなに会費を払って、いわば「公益に寄付」しているのに、これ以上なにを差し出せというのか!」と思ったものでした。そういう、「公益をもっと」という流れを作られることは目に見えています。弁護士の限られた労働時間はじめリソースを、人身御供のように差し出そうとでもいうのでしょうか。
そこらへんのビジョンが見えないですが、日弁連が過去にやってきたことの傾向を見ていると、そういうことをためらいなくやる団体なので、懸念しています。

だったら、こんな中途半端な給費制もどきなんかで妥協してはダメだと思います。

3 まとめ

 以上、大変長くなりましたが、日弁連執行部案は、
・1に述べたように、アピールの仕方にあまりにも問題があるほか
・2に述べたように、内容的にも大いに問題があり、
到底賛同できるものではありません。

ところで、他の案は
ⅰ「どうやって実現するの?できないじゃん」という観点 もしくは
ⅱ「世論の反発をかう」という観点
から、忌避する意見も多いようです。

しかし、ⅰに対しては、この日弁連執行部案こそどうやって実現するの?という反論が成り立ちえます。
そもそも、2の②-1で触れられている法科大学院関係なんて、できるならとっくにやれているはずで、できていないということは、100年経っても(すくなくとも日弁連には)できないのです。そもそも日弁連は常に法科大学院に「気を遣う」立場なので、意見を言えるような権限どころか胆力もないと評価するのが正当でしょう。国どころか法科大学院にも何の影響も与えることができていないのです。
(そのことは、給費制維持・復活運動の際の、各種政府会議における法科大学院側の強い意見を抑えきれなかったことを見てもわかります)
法科大学院すら抑えられなかった日弁連が、お上を動かそう、などということが、そもそもおこがましい話です。

したがって、執行部案に立ったとしても、政治的に「決まる」ことはあっても、「実現させる(決める)」ことはできないのです。

また、ⅱ 世論の反発 という点についてですが、これは傾聴に値するところです。
がしかし、はっきりいって、弁護士の内部のことなど、「世論」が本当に関心を持っているのでしょうか?私は強く疑問を持っています。
そのような意見は、自意識過剰とのそしりを免れないように思います。

そもそも、この臨時総会の目的は、「何らかの力を生み出す」ことにあるのではなく、
「現在の志願者激減を阻止し、法曹志願者のすそ野を広げ、優秀な人材を確保すること」
という観点から、
「どういう法曹養成制度を、われわれ現場は求めていくべきなのか」
ということを示すためのものだと、私は理解しています。
そのような観点から、充実した議論が行われることを期待しています。 が・・・

日弁連執行部が上記1のようなスタンスであることから、期待薄かな、とは、正直思います。
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