また、入院した・・・・・・

 

そう聞いて、

「早く死んでしまえ~!」

 

 

そう思うなら

あれこれ悩まず

心配もしないのです

 

 

 

でも、

心のどこかに

 

「かわいそう」

「励ましてあげたい」

 

それがあると

悩むのです

看過できないのです

 

 

 

 

父親の入院を聞いて

「もう、これでお陀仏」

と思いながらも

 

 

様子を見に行って

「元気にさせてあげたい」

とも思う

 

 

息子として

死別の覚悟はできていても

どこかに

 

「最後まで何かやってあげたい」

「安心させてあげたい」

 

 

“情”があるんですね

 

 

 

 

以下、父子の会話

 

 

 

息子「風邪を引いてこじらせて

    入院になったのは

   20周年パーティーでの

   ストレスだと思う

   気遣い、緊張のストレスだね

   

   でも、じゃあ

    出席しなきゃよかった・・・・

    参加してなければこんな目に

    遭ってなかったのに・・・・

    と思っているかい?」

 

 

 

父「思っていないよ。参加できてよかった

  とっても楽しかった

  それでこうなったとしても

  後悔はないよ」

 

 

 

 

息子「それで死んでも?」

 

 

 

父「うん、でも、まだ死なないと思う」

 

 

 

こういう会話ができる親子、

いいでしょ!(笑)

 

 

 

 

 

自分は父親との

死別の覚悟、準備はできている

 

でも、

だからって

自然の摂理だからと

割り切れない自分もいる

 

 

 

やっぱり

最後まで

 

よくしてあげたい

そばにいてあげたいと思う

 

 

 

死別の覚悟ありながらの

最後まで

愛情は注いであげたい

 

 

 

整体の先生に習った

 

「胸郭マッサージ」

 

 

 

 

 

 

 

できることは、してあげたい

 

 

 

それは

父親のためだけではなく

自分の

母性のためかもしれない

 

 

自分が最後の最後

納得できるために

 

 

 

でも、

 

胸郭マッサージだけでは

納得できない

 

 

さりとて、

トイレの神様以上のネタは

思いつかない・・・・・・

 

ならば

とりあえず

最近のネタで

 

ということで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お父さん、

シンナー吸っているのではく

 

ネブライザー中です!(^O^)/

 

 

 

 

先のことはわかりませんが

本人、家族とも

後悔しない結末を

迎える所存です!(^O^)/

 

 

 

 

 

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