お米の歴史

テーマ:
こんにちは。歴史大好き安田昌夫です。このブログではわたくし安田昌夫が
その時々で思った歴史を掘り下げて調べていきたいと思っています。

かなり気ままに書いているブログなところもありますが、どうぞよろしくお願いします。

最近は外出することが多く、なかなかパソコンに向かえる時間が少ないのが
悩ましいところです。。

でも、現代の社会ではスマートフォンという素晴らしい道具があるので、パソコンを
立ち上げなくても簡単に情報を取得できてしまう世の中になりました。

ということで、今回のお題はスマートフォン??と思いきや、違います。

お米の歴史、と題して、お米の成り立ちを調べていきたいと思います。

ふと、昔はどんなお米を食べていたんだろう??と気になってしまいまして。。
銘柄などを調べていたら、もっともっとお米の歴史を調べてみたくなってしまいました。

ということで、今後しばらくお米の歴史探求を進めていきたいと考えていますので、
ご期待下さい。

■農作業の違い

当時と今の農作業の違いとしてはたとえば以下のようなものが挙げられます。

昔 … 種籾(たねもみ)を直接田んぼに撒く
今 … 種籾を発芽させて15cmほどの苗まで育ててから田植えする

昔 … 実った穂の部分だけを刈り取って収穫する
今 … 稲の根本から刈り取って収穫する

農業機械や農薬はもちろん鉄製の農機具も無いような時代ですから具体的な
作業には違いがたくさんあります。しかし初夏に田んぼに稲を植えて秋に刈り
取りをするというサイクルなど基本的なところは変わっていないと言えます。
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お米の歴史

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最近は外出することが多く、なかなかパソコンに向かえる時間が少ないのが
悩ましいところです。。

でも、現代の社会ではスマートフォンという素晴らしい道具があるので、パソコンを
立ち上げなくても簡単に情報を取得できてしまう世の中になりました。

ということで、今回のお題はスマートフォン??と思いきや、違います。

お米の歴史、と題して、お米の成り立ちを調べていきたいと思います。

ふと、昔はどんなお米を食べていたんだろう??と気になってしまいまして。。
銘柄などを調べていたら、もっともっとお米の歴史を調べてみたくなってしまいました。

ということで、今後しばらくお米の歴史探求を進めていきたいと考えていますので、
ご期待下さい。

■米作りと気候の関係

古代に始まった日本のお米づくりは九州地方から東へと広がりました。2200~2300年前の時点では
現在の青森県まで田んぼでのお米づくりが伝わっていたことが分かっています。ではどうして日本中で
稲作が行われるようになったのでしょうか?

一番大きな理由としては日本の気候が挙げられます。雨が多く降る季節(梅雨)と雨が少なく暑い
季節(夏)がある日本の気候がお米づくりに適していたのです。これはタイやインドネシアなどの
東南アジアおよび中国などお米の生産量の多い地域に共通するポイントです。

また食味の良さや長期間の保存がきくという点も主食としてお米が選ばれた大きな理由です。
そしてお米は特別な存在として扱われるようになっていったのです。
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お米の歴史

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最近は外出することが多く、なかなかパソコンに向かえる時間が少ないのが
悩ましいところです。。

でも、現代の社会ではスマートフォンという素晴らしい道具があるので、パソコンを
立ち上げなくても簡単に情報を取得できてしまう世の中になりました。

ということで、今回のお題はスマートフォン??と思いきや、違います。

お米の歴史、と題して、お米の成り立ちを調べていきたいと思います。

ふと、昔はどんなお米を食べていたんだろう??と気になってしまいまして。。
銘柄などを調べていたら、もっともっとお米の歴史を調べてみたくなってしまいました。

ということで、今後しばらくお米の歴史探求を進めていきたいと考えていますので、
ご期待下さい。

■区分田の登場による品種改良

イネの品質改良や増産を主な目的とした農業政策を全国規模で実施したとは
いえず、むしろイネ以外の畑作物やアワ、ヒエ、ムギなどの栽培を奨励しました。
そして、各地方に派遣された国司が直接、農業指導にあたったようです。
こうしたなかで冶水・灌漑技術の進歩、弥生時代以降に導入された鍬、
鎌などの鉄製農具の普及により、耕作地が乾田にも拡大しました。
大和朝廷は強力な権力を背景とし、班田収授制にもとづく農民の経済的な
支配を確立します。 水田稲作は日本の社会のなかで、ますます経済的・
政治的にも重要な位置を占めるようになるのです。
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