mooへ

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ムー、渡邉宗史。

月曜日のあさ昇平から電話あって急いでムーの家まで会いに行ったよ、だけどお母さんとお兄さんにまだ帰って来てないと言われ、次の日、またムーに会いに行ったけど、またムーがいない。おまえ逃げてるだろう?俺に怒られるから逃げてるのかな?なんてお母さん、奥さんに言われて来た。そうだよな、ムーと出会ってもう23年だからな、俺のピザ食べてめっちゃ美味いって23年前言ってたなムー。

スケートバカで、カメラ好きで、人思いで、頑張り屋。
言わずと知れた親バカで子ども達を一番に考えてこの人生38年まっすぐに生きてきたムー、みんな分かってるよ。知ってるよ。

ムーが高校生のときシュレダーのライダーになって社会人になって本宮に大きな倉庫を貸してもらえる仲間がいてそこにスケートボードのスケートパークを作りたい。って俺に言ってきたとき、まぁ〜ようするに金を出せって言ってきたムーを思いだすよ。俺そうゆうヤツ大好きだから即答でスケートパーク作るべぇ〜なんてコロニーができたね。サムライの雑誌の撮影でスケートプロライダー軍がコロニーに来たときすげぇー興奮してるムー見てちょっぴりキモかったよ、ウソウソそれみて俺も嬉しかったよ。

ムーのパーク、コロニーで大会開催したとき沢山の参加者集まったね。その時もムーが練習時間のとき、また興奮してRで転けて足の骨折っちゃったね。みんな見てたよ。自分の足よりメガネを直すムーみて、やっぱこの人メガネだぁ!ってみんな思ってたと思う。

なんかそこからメガネくんとかムーくんとか言われるようになったかもね。

ムーと昇平とライダー達といろんな事を話して、もっと福島にスケートパークがいろんな場所にあったらいいよね。なんて言うとムーが署名活動に使う文章まとめてみんなで集めたね。あれ3千人くらい集めたかなぁ?でもなかなか出来なくてね、それまでショップの前でパーク作って遊んでたね。それもそれで楽しかったけど、俺は夢中になってスケートするムーが好きだったなぁ〜。

そこから数年が経ち、署名活動で集めらた署名が活かさたよね。それが十六沼公園にあるスケートパークだね。ムー俺たち役に立ったね。

それぐらいからシュレダーから昇平が独立して街中にスケートショップDIが誕生してムーが昇平のこと心配して相談に乗ったことあったね。そんなこともあってシュレダーから移籍したけど変わらずの付き合い。一緒に酒を飲んだり、祭に行ったり、イベントをしたり、パーティーしたり、よろずやで飲んで語ったり相変わらずの付き合いでいたね。

それから震災、原発事故が起こり放射能のことで考えることが多く、お互い子を持つ親として福島で暮らして行くために、いろいろ話したよね。そして福島の子ども達のことも考え、楽しく過ごして行けるよう。ムーがNPO法人オンザロード事務局長になって子ども達と千葉の海に行ったり、種子島の海、久米さんのところに行ったり、EXILEのウサくんと子ども達とダンスしたり、作家、自由人の高橋歩と1日100人10日間の除染元気祭りしたり、ムーが居たから復興につながる子ども達の役名になってたね。特にムーは復興イベントF-WORLDで知り合った四星球のバンドのライブにハマって家族でもライブ見に行ったりして四星球と仲良くしてたよね。俺に会うたび早く四星球呼んでライブしましょう〜ってニコニコして話してたね。ムー必ず呼ぶから待ってて。そんな人の為に活動してきたムーの魂でもあるCHANNEL SQUAREもその一つの形だからね。一番大変だった初期メンバーの事務局長渡邉宗史のバトンを受け継いでこれからもやり続けていくからね。

だけどムー。まだ受け入れられない。みんなそう思ってる。
けど一番はムーだよな。なんで、なんでって言ってるムーがわかる。一番困ってるムーもわかる。だって世界で一番大切な家族を置いて行ってしまったんだから。ムーの家に行ったときムーが家族のそばに居たのもわかる。子ども達のそばに、家族のそばに寄り添ってるムーがわかる。ムー辛いよな。残された家族も辛いのわかるよな。がんばって、がんばって、家族で楽しくがんばって来たムー。やり残したことたくさんあるよな。この前息子エムと奥さんと話してきたよ。ムーが楽しみにしてた写真展12月必ずやろうって約束してきた。渡邉宗史の写真展(メガネの視線)必ずCHANNEL SQUAREやるから。四星球ライブも家族みんな呼んで。それまで、さよならはなしだからねムー。






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SHREDDER移転

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SHREDDER移転のお知らせと 、
震災後の動きについて私の思いを書きました。

震災後これまであちらこちら移転やらリニューアルなどで、
本当にお客様には大変ご迷惑おかけしております。
そんな中、今回再度SHREDDERを移転する運びとなりました。

新しい移転先はCHANNEL SQUARE(福島市南矢野目)内にある、
CHANNEL MALLとなります。
この場所で販売・サービス事業として行うことになり、
加えてCHANNEL SQUARE施設のサポートも行える事を踏まえ、
賃貸としてお借りするに至りました。
https://www.facebook.com/channelmall/



移転理由の一つとして・・・、
これまでの本町の店舗としての賃貸料を、
CHANNEL SQUARE内に移転し賃貸料を、
支払った方がよいと判断しました。

現在、CHANNEL SQUAREを運営している一般社団法人の代表を務めている私ですが、
同時に有限会社M・Tの代表も務めております。
その業務形態としてSHOP SHREDDER(小売り業)、BRAVE PROJECT(企画/運営)、
YES.NOW BOARD(輸入代理業)
地域コミュニティの施設でもあるCHANNEL SQUAREの運営になります。


正直、このCHANNEL SQUAREほどのデカイ物件を運営する事ははじめての経験です。
CHANNEL SQUAREの賃貸料は高く、維持するのにすごくお金がかかります。
そこで賃料の支払いが1つの支援の形だと考えました。

東日本大震災と原発事故をきっかけに5年以上この活動を継続してきました。
そして2015年に想いを形にしてきました。
これも全国の皆さまからのご支援と応援があったからこそ、この希望の形になりました。
ご支援下さった皆様には心より感謝申し上げます。

ですが、今の福島は、言葉にもならず、
文章としてもうまく伝えられない。
根深い思いが沢山あるのが正直なところです。

これまで社会貢献としての子ども育成と事業の両立は難しいと言われてます。
だけど、好きなことだから苦じゃない。
とことんやり続けたい。
情にも聞こえるかもしれないけど、、、。

すべてつぎ込んでしまいました。
でも、
お金で買えない最高の仲間に支えられてます。
そしてこれを守るための方法が今回の移転であり

誰かにやらされてやってるわけではなく、好きだかやれる。
諦めない力からいろんな発想が浮かぶから面白い。
浮かんだら行動する。 以上。

これまですべてが成功したわけじゃないけど、
やり続けた事で沢山の人と繋がってこれたんだと思います。

これまでシュレダーをやり続けてるから、
CHANNEl SQUAREと言う発想がうまれた。

これは、自分の人生かけてでもやり遂げたい。

なぜなら、CHANNEL SQUAREと言う施設が1つのモデルとなり
日本全国に必要な施設になると信じているからです。

今の日本は何があるか、何が起こるかわからない時代です。
明日、自然災害が起こることもあります。
事故や人災で人と人が離れ離れになってしまうこともあります。
住む環境、自然の環境が失われてしまうこともあります。
それにより、コミュニティが分裂されてしまう事もあります。


だからこそ今
人が集い、つながる場所が必要なんです。

自分なりに、自分事で、
一人一人の答え合わせができる、
人が集まる場所が必要なのです。


まだ、オープンしたばかりの一年生ですが、
CHANNEL SQUAREは必要な場所だと確信しています。

スタッフみんな、仲間が一丸となり、
共に楽しくhappyになれる場所が必要なのです。

この想いで、
これからCHANNEL MALLの仲間として、
SHREDDERはこれからも、もっと。
福島の自然と環境を楽しみ、
横ノリのカルチャーを
ここから、これからを伝えられる。
ショップシュレダーにしていきたいと
思っております。

古き良き、新しいスタイルで、
それでも楽しく、かっこよく、そして夢中になり、
希望と夢のあるSHREDDERにします。

みなさま、今回の移転について何卒ご理解頂き
今後ともスタッフ・ライダー共々どうぞよろしくお願い申し上げます。

平 学


PS.小学1年生の自分の写真です。
スキーで優勝した喜びの笑顔(笑)



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15年間住んだ夢のマイホーム

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15年間住んだ夢のマイホームを手放すことになりました。今まで遊びに来てくれたみんな、泊まりに来てくれたみんな、除染作業してくれたみんな、引越し手伝ってくれたみんな、ありがとう。今は家族みんなで2DKのアパートに楽しく暮らしてます。一軒家からの荷物が入りきれないけど(汗)(笑)

それで、なぜ、
手放すことになったか?

それは
娘たちを守りたい親の決断。
将来、生涯。
健康被害があってはならない。
親の決断。

しっかり調べ、
しっかり考え、
しっかり話し合った決断。

それは
うち家族が決めたこと。

正直、俺は頭にきてる。
原発事故によって
人生狂わされたってこと。

でも、
人は自然と共存して生きてる。
だから起こる自然災害とは
向き合うことができる。
そして助け合える。

だけど、
活断層の傷だらけの日本に
原発とは向き合うことができない。
原発いらない。ありえない。

福島みたいになってほしくない。

5年が過ぎて、これから、
悲鳴が聞こえてきます。
原発で明るい未来なんてない。

これから先も、
しっかり福島を見てもらいたい。
明日は我が身になる前に。

そんな思う日なんです。


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