ライトノベルとMSX(3)・カセットテープと中学生とMZ-721 | MSX研究所日記

ライトノベルとMSX(3)・カセットテープと中学生とMZ-721

皆さんライトノベルは読んでいますか?前回 からわずか3ヶ月ですが、衝撃的な事実が明らかになりましたのでご報告致します。
当然のことながらMSXの3文字が出てくる青少年向けの小説についての紹介となるわけですが、今回はこれまでとは別次元の衝撃であったため、特別編とさせて頂きます。
何が特別かというと、副題をつけてみました。意味がないとか言わないように。さて今回はこちら。

偽物語 (西尾維新・著、講談社BOX)

箱絵の人(主人公の妹)は今回全く関係ありません。

前回も「偽物語」にMSXの記述があることを書きましたが、あちらは上巻、こちらは下巻となります。
説明は抜きにして、率直に行きましょう。161ページの記述がこれです。

「前にあいつの家に遊びに行ったとき、MSX2とかMZ-721とか、そういう古いゲーム機ばっかりあった(以下略)」

たった3行だけですが、画像もつけてみました。文章だけでは誰も信じてくれないのではないか、そんな気持ちが伝われば幸いです。
これは前回 も出てきた中学生「千石撫子」のことを、高校生の主人公「阿良々木 暦」が語るシーンです。
かなりサラリと書いてますが、何が問題だか分かりますか?

MSX2は前回も出てきましたが、問題はMZ-721。これはMSX界のマニア数人に聞いても「何だっけソレ」と言わしめた程のマイナー機です。
MZ-721というのはシャープから発売された「MZ-700」のことです。

MZ-700(シリーズ)の広告。写真に写っているのはMZ-731。

MZ-721というのはMZ-700のデータレコーダ(本体の右上にある、カセットテープのデッキ部分)を内蔵したものを指し、広告画像の「MZ-731」の中央奥側にあるプリンタがないやつです。
他に、データレコーダもないMZ-711というのもありました。ちなみにプリンタもカセットデッキも別売りで買ってくれば、MZ-711/721を後から731と全く同一のものにできます。
これらを総称して「MZ-700」と呼びます。厳密には「MZ-700」という商品は存在せず、型番としてはMZ-711、721、731のいずれかとなります。

しかし、本体には共通して「MZ-700」と書かれています。

広告(部分)の拡大。MZ-731の上面に「MZ-700」と書かれている。左の赤いのは当時のMZシリーズ共通のマーク「アルゴ船」。

さて本文をもう一度見てみましょう。「MZ-721」と書かれています。
データレコーダがある本体を見てさらりと「MZ-721」と分かる高校生。いねえよそんな奴
いや、問題はそこではありません。MZ-721のオーナーはあくまでも女子中学生の「千石撫子」です。
MSX2は(不本意ながらも)ゲーム機と呼ばれるのは割と一般的にあることです。あえて否定もいたしますまい。
しかし、文中ではMZ-721もゲーム機呼ばわりです。これは国内初の快挙ではないでしょうか。

分かりやすく解説しましょう。MZ-700というのがどんな機械であったのか。
MZ-700というのは1982年、MSX1の前年に出たパソコンです。ヘボいと言われるMSXよりさらにヘボいというそのスペック、それを知るには色々と有名な「マッピー」が比較としては適当でしょう。各機種版をご覧あれ。

アーケード(ゲームセンター)版「マッピー」。画面が縦長なのは、モニタを縦に使っていたため。

ファミコン版「マッピー」。画面が横になったので階数は減ったものの、イメージは忠実に移植。

我らがMSX版「マッピー」。いろいろ単色なのはハードの限界。残念移植の代表格の一つ。

MZ-700版。…何というか、すまない。

これを見ればMZ-700がどのくらいヘボいのか直感で分かりますね?!
MZ-700版を見た後なら、一見褒めようのないMSX版すら「ミューキーズがネコの形をしている」と言わしめることが可能である、そんなことにお気づきかと思います。
「アリモノの三角とか四角を組み合わせる他に絵が出ない」仕様であったため、低価格は実現したものの他に色々なものを失ってしまったパソコンでした。
画面にある「テレビ」「カセット」「キンコ.」、文字通り変わり果てた姿のマッピー達、これらを見て涙しなかったものはおりません。
映ってないけど「モナリサ」というのもありました。アーケード版画面の左下に元の姿が見えますが、元々は「モナリザ(の絵)」でした。濁点すら削除が必要だった、かなりの惨状です。
それがために、MZ-700版「マッピー」は今日でも通称「モナリサ」と呼ばれています。嘲笑と同情が半分ずつ込められたこの一言が、21世紀にまで語り継がれているのです。
残酷なことに、MZ-700の翌年に出たMSX1はさらに安く、表現力もやや豊かであったため、MZ-700は短命に終わりました。しかしMSX同様に貧乏人パソコンの常として、ごく一部の熱心なマニアが今も独自のMZ-700界を作り、支え続けています。

それはそうと、この「偽物語(下)」は2009年6月が初版です。時代設定はあくまでも現代で、随所の描写からも第一巻となる「化物語(上)」の2006年をさかのぼることは考えられません。
そこに出てくる女子中学生MZ-700ユーザー。ありえなさすぎます

ついでに言えばMZ-700の市販ゲームはほぼカセットテープでのみリリースされています。
前回 、私めは「MSX2のメタルギアはテープにしかセーブできない」と書きました。率直に言えば、作者がその事実を知らないで適当に小説に書いたのだと思っていました。
違いました。
現代に生きる女子中学生「千石撫子」はカセットテープでセーブもロードも自由自在にできるのです。MZ-721をゲーム機として使う、となればカセットテープは絶対に避けて通れない道です。
恐るべきは西尾維新。メタルギアすら伏線にするとは、さすがは平成のヒットメーカーです。

しかし何でこんな理解の難しい描写を入れたのでしょう。ネットで調べても、MSX2の記述を過去のツイッターに数件見かけたきり。MZ-721に至っては、全く引っかかりません。

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仮説1)実は虐待の描写だった。

「物語」シリーズのヒロインは、何らかの形で家庭に問題を抱えています。(離婚、死別、虐待など。後のシリーズですこし崩れますが)
しかし「千石撫子」だけは例外的にそれがありませんでした。むしろ両親と仲良くしているところを他人に目撃すらされています。
さあそんな中でMZ-721ですよ。
平成も20年代の今、MZ-721(MSX2も)をゲーム機として運用するのは並大抵のことではありません。親がこっそりと修理するなど、手間のかかる処置が必要になってきます。
そこまでして娘を近代のビデオゲームから遠ざけたかったのでしょうか。千石撫子の両親はストーリー中にほとんど登場しないためにその心中を推し量るのは困難ですが、だとすれば相当にアブナい人たちです。MZ-721をゲーム機と信じさせる、割と斬新な虐待と言えるのではないでしょうか。

もっとも、最初に紹介したMZ-721の描写の直後に千石撫子がニンテンドーDSを買ったことが書いてあります。それでも親に騙されていたことに気がつかない千石撫子。あまりにもいい子過ぎます。「いい子」というのは後に重要なキーワードになるのですが、そこにMZ-721を持ってきても誰も分かりませんよ西尾先生。

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仮説2)実は作者がMSX2とMZ-721ユーザーだった。

むしろこちらの方がありえる線かと思われます。今日では考えられない、デジタル保存媒体としてのカセットテープの使いにくさ(遅い、しょっちゅうエラーが出る)に枕を濡らした経験者ということになります。
1981年生まれ(Wikipedia情報)というのはカセットテープ世代としてはいささか若いのですが、親や兄弟が該当するパソコンを持っていれば、特に不自然でもありません。
誰かが気がついてくれることを願って、そっと意識的に、あるいは無意識に自作に織り交ぜた「MSX2」そして「MZ-721」。そんな作者の心のSOSは、講談社の編集部には伝わらなかったのでしょう。
MSX2はともかくも、MZ-721という型番指定は持ってた人でないと絶対分かりません。私も友人がMZ-731を持っていなければ理解できなかったはずです。
まあ当然のように本来の読者層の人も誰も気づかなかったわけですが。私も読んだの最近なので。

2011年6月発売の「囮物語 」では久々に主役を張った「千石撫子」が大変なことになってしまいました。
こんな展開になったのは、もしかしたらこのMZ-721の件を誰にも気づいて貰えなかったせいではないかという気すらしてきます。物語の犠牲になる若きヒロイン、実に悲劇的ですね。
MSX界とMZ-700界のいずれかで早期に気がついていれば、作者を我々の胸で存分に泣かせてあげたのならば、あるいはこうした話にならなかったのかもしれません。大変残念です。

ちなみに「囮物語」にはMSX2もMZ-721も出てきませんでした。私としてはガッカリです
そんな感想を抱いているのは世界でただ一人だと思いますけども。

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さて、最初に掲げた「偽物語(下)」の箱絵ですが、丸いシールに「傷物語/製作決定」とあります。
これは大ヒットしたアニメ「化物語」の続編「傷物語」の映画化決定を指しています。
MSX2とMZ-721が登場する「偽物語」はさらにその次の話となるため、アニメ化されるかどうかは今のところ分かりません。

しかし状況次第ではMSX2やMZ-721で遊ぶ千石撫子が見られるかもしれませんよ。
「まさか、それはない」と思うでしょう。
ところが調査の一環として視聴したアニメ版「化物語」では「達急動(たっきゅうどう)」について語る千石撫子の姿が映像になっていました。これは「ビックリマン」のTVアニメ(1987年~1989年)を知らないとギャグが成立しない上、字で読める小説ならまだしも音読されるとまるで意味不明のフレーズであるにも関わらず、きちんと意味不明のまま映像になったのです。

というわけでMZ-721が地上波に乗る日は近いと踏んでいるのですが、問題は制作側が資料不足に悩むのではないかという点です。
MZ-700ユーザーはいつ資料提供を求められてもいいように準備が必要です。美少女フィギュアにMZ-721の1/6ミニチュア付属(withマッピー)、といった夢のある展開も考えられます。チャンスは逃さないようにしましょう!