読むきっかけは、上川隆也さん主演でドラマ化が決まったから。舞台は、1992年。バブルがはじけたころで当時頻発していた「自己破産」を含む多重債務の問題を扱っている。
おおすじは、結婚を控えて失踪した恋人を探してほしいと遠縁から頼まれた休職中の刑事が真相を明らかにしていくという推理小説だ。女性の行方を追っているうちにその女性の身元がほかの女性のものにすり替わっている事に気づく。わかりやすいように、探し出そうとしている女性をAさん、Aさんが身元を名乗った女性をBさんとしちゃいます。
Aさんは、Bさんを名乗っているのでBさんを追うことになる。Bさんは、関東近郊の地方から出てきて、OLをしていたが、ひょんなことからカードショッピングの負債がかさみ、自己破産に追い込まれた。AさんはBさんのその過去を知らずに身元を盗み、その事実を知って、恋人の前から失踪することになる。Bさんの過去を探るうちに出会った弁護士さんがいた。多重債務に苦しんだBさんを「自己破産」という形で助けた弁護士さんが刑事に語る場面がある。「あなたは、彼女を自己破産するような人間だ。金遣いの荒い、だらしない女だと思っていませんか」そして、続けた。「それは誤解です」
そこからなぜカードローン地獄が生まれたのかを説明する。1960年に誕生したクレジットカードが高度成長の波に乗って、時代の必然と化した。平成元年のクレジットカードやローンでの売り上げが57兆2165億円、国家予算規模の産業になっていた。民間金融業界の存在をなくして、経済は、成り立たなくなった。カードの発行枚数も平成2年には、1憶6612枚。それを持っている消費者がそれだけ増え、気軽にカードでの買い物ができるようになった。そしてそこに「無差別過剰与信」と「高金利・高手数料」という問題をうむことになる。手取り20万円のサラリーマンがなぜ3千万円の借金を作ることができたのか。これが「過剰与信・過剰融資」ということになる。10万円借りて、一ヶ月後3千円の利子を最初「別に高いとは思わなかった」だから、ちょくちょく利用するようになった。1か月の支払が2~3万円なら払うことができる。だが、少し油断すると4~5万になる。そこでキャッシングに頼るようになる。A社の支払のためにB社から借りる。後は、雪だるま式に借り入れが増えていく。キャッシングだけではどうにもならなくなって、「サラ金」。A社の支払が焦げ付き、B社、C社―サラ金会社は自社の支払のためにランクが低く、審査の甘い会社を紹介する。そんな会社は経営が苦しいから、無制限にどんどん貸す。そうして、利子を取り立てる。
弁護士さんは、続ける。
だからと言って、「消費者信用」をなくせと言っているのではありません。57兆円の産業をなくしてしまうことはできません。これは、我が国の経済を支える柱の一つになっている。この柱のために自殺したり、一家心中したり、夜逃げしたり、犯罪に走って他者を巻き込む悲劇に追い込まれている。そんな何万人もの人柱を立てるような馬鹿な真似はやめなさいと言いたい。夜逃げの前に死ぬ前に人の殺す前に自己破産という手続きがあることを思い出しなさい。
破産のついての知識がないばっかりに家族がバラバラになって、職も失って、戸籍や住民票を動かすと取り立て屋に分かってしまうから、息をひそめて暮らしている。過去を隠しているから、危険な仕事に就かざるを得ない。「棄民」。生きている幽霊。
Bさんは、棄民の一人だった。家のローンのために家族がバラバラになり、息をひそめて暮らしていた。取り立て屋に母を殺され、父は所在不明になった。その過去を話して結婚をした相手がいたが、籍を入れたことで、取り立て屋に居場所がわかってしまい、離婚せざるを得なくなった。そこで、Bさんは、本当の自分を捨て、他人の身元を乗っ取るという犯罪に手を汚していく。
小説のあとがきには、「これを読めば、ローン地獄に落ちるなど無縁だと思っていた人でも、身近に感じるだろう」とある。自己破産したAさん、サラ金の取り立てに追われて、家族離散させられたBさん、どちらも本人の責任でそうなったのではないし、特別な人でもない。そんな人は、何十万もいて、放置されている。販売信用は通産省(当時)、消費者金融は大蔵省(当時)の管轄で国家予算規模の産業に睨みを効かすべき場所が2つに分かれて連携が取れない。サラ金のどう考えてもおかしい高金利は、利息制限法と改正出資法の狭間のグレーゾーン。ましてや、クレジットに対する知識は教えてもらえないし、正しくカードを使いこなしていくための指導もない。企業は、客においしい話しか言わない。これが書かれたのが平成4年。ちなみにサラ金パニックが起こったのは、これより10年前。約19年前の日本。今は「ご利用は計画的に」というCMが流れ、この小説で書かれた悲劇は少なくなっただろう。
Aさんが自己破産の手続きの最中「私、ただ幸せになりたかっただけなんだよね」と弁護士さんにつぶやいた。20年たって、今、日本は幸せなんでしょうか。これを読みながら、派遣切りの問題、容赦なく、人を切っていく社会の仕組みを思った。経済優先の社会のために人ではなく、モノとして労働力が扱われて切り捨てられていくのは、クレジット社会の57兆円の経済を支えるための人柱と同じ。ただ、ターゲットが変わっただけ。法的救済策はほとんどない。経済優先で、福祉や生命が軽んじられる社会。20年たっても変わらない。
宮部みゆき「火車」重たい考えさせれる小説でした。ドラマの放映も近々あると思うので、見逃さずにいたい。この小説がどんなふうに再現されるか楽しみです。