俳茶居

筍と一緒に座る野点かな 〈呑亀〉


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茶聖陸羽の生涯 その⑥ 晩年の陸羽 (最終章) 


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陸羽像(西安)


 「安禄山の 」の最中、756年陸羽は長い旅の果てに太湖の南、呉興(浙江省湖州)の渓(ちょうけい)にたどり着きます。そして杼山(ちょさん)妙喜寺の僧にして文人・茶人の皎然(きょうねん・こうねん)や左遷され湖州刺史(しし)となった顔真卿(がんしんけい)などとの深い交友関係にも恵まれ、この地で「茶経」(760年の完成説あり)を著します。「茶経」はそれまでの中国茶文化を集大成し、その価値を決定付けます。そして現在でも「茶経」により、茶聖陸羽の高邁な精神や志に深く触れることが出来ます。お茶が隆盛になり商品的価値が流通すればするほど、つい忘れてしまいがちなお茶の文化的価値を照らし出す大切な言葉を「茶経」から発見出来るのではないでしょうか。

陸羽は、顔真卿より、杼山妙喜寺に三癸亭を庵として与えられます(773年〉。その後、湖州城の西北の青塘門外に青塘別業(せいとうべつぎょう)という庵を結び(775年)、そこを拠点に沢山の交友・文筆活動や茶旅を亡くなるまで続けたと言われています。804年、陸羽は青塘別業で死を迎えます。遺志により杼山にある皎然の墓の近くに葬られ、二人の生前の親交の深さを現在に伝えています。最後に、陸羽が書いた詩を紹介いたします。捨て子だった彼を育ててくれた智積禅師の死を知り、790年に詠んだ歌です。

六羨歌(ろくせんか)

不羨黄金塁 不羨白玉杯 

不羨朝入省 不羨暮入台

 千羨万羨西江水 曽向竟陵城下来

訳―黄金の酒器をもらうのはうらやましくはない。白玉で作った酒盃をもらうことはうらやましくはない。朝役所に行くことはうらやましくはない。暮にお役所に入ることはうらやましくはない。ただ想いを馳せているのは、竟陵城に流れている西江水のことである。

<訳:成田重人( 成田重人著『茶聖陸羽』・淡交社より)>

陸羽72歳の生涯でした。 ―完―          

*陸羽の居た所・旅した場所:復州・竟陵、火門山、義陽、巴山、峡川、呉興・渓、蘇州、顧渚山、無錫、銭塘、余杭、茅山、杭州、青、上饒、洪州・広州(呼称当時)

*参考文献:「茶経詳解」・布目潮(淡交社)、「中国茶文化」・棚橋篁峰(紫翠会出版)、「茶聖陸羽」・成田重人(淡交社)、「茶の話」・陳舜臣(朝日文庫)、「中国茶事典」・工藤治主編集(勉誠出版)、「よくわかる茶道の歴史」・谷端昭夫(淡交社)、「烏龍茶の魅力」・松井陽吉(プレジデント社)「よくわかる中国茶の本」・日本中国茶普及協会編


*「茶聖陸羽の生涯」は日本中国茶普及協会発行の会報(年2回発行)に発表したものに一部加筆、変更したものです。

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