まったく観客動員が無いんだって。いわゆる大コケらしい。

痛快だ。

そこらにウジョウジョ歩いている田舎モンのガキンチョたちにまったくヒットしないということだ。

俺の見に行った映画館は、小さめの客席だったが結構たくさん入っていた。割と年配の夫婦みたいのが多かった。高田文夫先生が大絶賛の西村賢太の読者とかぶっている感じがする。森山未来も前田敦子にも興味なさそうな人たちが多かったのだ。

その人たちは満足して映画を見たはずだ。

それでいい。

それでいいから、見る人だけ見て、早いところ打ち切ってくれ。
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シモキタがどうたら言う不思議ちゃんサブカル馬鹿女をやっつける北町貫多が最高だった。拍手したくなったぜ。そうこなくちゃ。

中卒の日雇い労務者、北町貫多の鬱屈した日常を森山未来が好演している。どこかのインタビューで見たが、森山未来は、ちっとも北町貫多に共感していない。むしろ憐憫を感じる、と言っているそうだ。それを聞いた原作者の西村賢太がよろこんだそうだ。いい話だ。

いい歳をした日雇い労務者のオッサンが若造の北町貫多たちに説教する場面がある。おい、おまえら夢を持てよ!という。マキタスポーツが本人そのままのキャラで出演していて、台詞の一つ一つに笑ってしまった。俺は、歌がうまいんだ、というたびにおかしくて・・・。マキタスポーツ、最高!!

前田敦子って、顔がダウンタウンの浜ちゃんそっくりだね。どんぐりまなこ、口の感じ、角ばった顎の形など・・・。

でも、顔じゃなくて、あの頼りなげな儚げな感じがガキンチョの心を捕えて離さないのだろう。守ってあげなくちゃ、過呼吸で倒れちゃう・・・・、あっちゃん!!というわけだ。泥まみれの熱演?をしていた。がんばったね。

山下敦弘監督って、駄作「リンダリンダリンダ」を撮りやがった糞野郎だが、今回の「苦役列車」は良かった。・・・と思う。俺は、きっとひどい作品だろうと先入観を持って行ったら、最後までびしっと決まっていた。大ヒットはしないだろう。でも俺はこの映画が好きだ。

主人公、北町貫多の粘着体質の鬱陶しさにリアリティがあった。破滅していくしかないと見せて、最低の状況でかすかではあるが強烈な向上心が形を成していくところの見せ方が秀逸だった。




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冒頭の町並みの俯瞰。野川沿いのハケの道から本作の舞台となる古い屋敷までの描写に目が釘付けになる。

俺の住んでいる界隈を見事に描いているからだ。

古くは大岡昌平の「武蔵野婦人」の舞台。国分寺崖線に残る武蔵野の面影。

本作の最後の場面でも、段丘の上から見晴らした多摩川方面の風景など、はっと胸を突く情景だ。

NHK教育で、ジブリの背景画家の講座を見た。様々なノウハウがあって、あの美しい背景が描かれることを知った。今回の作品でも、登場人物ではない、背景を見続けた。

草や木の表現、家の朽ちた木材の感じ、空や水・・・・。手で書いたそれらすべての背景の見事さ。ほんの一瞬のために費やされる作業量。

ジブリ作品の誠実さはこの背景にある、なんちゃって。

知ったかぶりだ。

作品の内容は・・・・う~ん、普通。

絵を見るためにもう一度行こう。



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きのう思っていて書き落とした。

チェレスタのような音の上向音型や弦楽器の12音風のセリエとか。

バルトークの「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」のパクリっぽい。

キーボードの音が入ってくるから、弦チェレではない、と言えるけどねw

「弦チェレ」には、ピアノが入ってくる。

弦楽器と打楽器とチェレスタにピアノは含まれる。ピアノは打楽器だ。張ったピアノ線をハンマーで打鍵する構造になっているからね。

どうでもいいけど。
カリフォルニアの山奥の乾燥地帯?を激走する大型トレーラーとオレンジ色のプリマス。

三浦和義が愛人の白石千鶴子さんを殺して埋めたカリフォルニアの砂漠地帯だ。

プリマスで酷い目にあう平凡なセールスマン役が、デニス・ウィーバーだということに改めて気が付く。

デニス・ウィーバーと言えば、警部マクロード。NHKでやっていた。上司のクリフォードの声が加藤武司だったとか、マクロードの声が宍戸錠だったとか懐かしく思い出す。

トレーラーに追われてダイナーに逃げ込む場面とか何度見ても怖いなあ。

スクール・バスを押す大型トレーラーがファニー。

次の場面ですぐに強烈な殺意を示すトレーラーとの対比がすごい。

どうやって終わるのか忘れていたので最後まではらはらどきどきしながら見た。

イブ・モンタンの「恐怖の報酬」でニトログリセリンを液体で運ぶ(なんてことはあり得ないそうですが)トラックがあわや転落、という場面とこの映画の最後とを間違って記憶していた。

最後のタイトルロールでセールスマンがなんだよ~という感じにずっとすねているのが面白かった。激突! スペシャル・エディション

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「警部マクロード」もあったぞ。
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内田裕也が撮った映画「コミック雑誌なんかいらない」(1986)に三浦が出てくる。

内田裕也扮する「芸能レポーター」キナメリが、バーで飲んでいる三浦に「やっぱりやったんですか?奥さんを殺したんですか?」と聞くのだ。三浦は、グラスの水をキナメリにぶっかける。

面白かった。

コミック雑誌なんかいらない

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自殺とは驚いた。

やっぱりやってたのか?

推定無罪の世界だから、確たる証拠がないと人を犯人と断定するわけにはいかないが、ロスでいよいよ共謀罪の裁判を受ける段になって自殺とは!

やっぱりやってたんだ、と思わざるを得ない。

これが知ったかぶり、書き飛ばしblogのいいところ。

ガセネタでも噂でも書き飛ばしてなんの影響力も持たない。

最後まで、人騒がせな奴だった。

その昔、三浦を逮捕した警察も悪のりしていた。引き回しみたいな絵をマスコミに撮らせた。ブカブカのブレザーを着たいかつい刑事と、真っ赤なペイズリーのシャツを着た(うろ覚え)三浦が印象に残っている。

損保業界では三浦の保険金詐欺は有名だった。当時、ほとんど請求のない「動産総合保険」の事故が突出して多い人物として知られていた。輸入した商品を棚ごと倒して壊してしまったので保険金をください、という手口だ。

保険会社は、限りなく怪しいと思いつつ詐欺と立証するのが面倒な金額(せいぜい数百万円)なので払っていたようだ。このあたりの仕組みを、自らも保険代理店だった三浦は熟知していたらしい。

最後の三浦の事件は、コンビニでの万引き。爆笑した。防犯カメラにはっきり写っている情けない姿。

「雀、百まで踊り忘れず」というが、61歳で死ぬには惜しい馬鹿者だった。百歳まで、習い性になっている「犯罪踊り」を楽しませて欲しかった。

意外にも三浦の死を惜しむ記事になってしまった。


映画の冒頭、憂い顔の美少女が断崖絶壁から身を投げる。美少女が飛び降りる前に振り返った後ろには不吉な水たまりがあり、黒い人影が映る。なにが少女を追い詰めたのか?または、この場面は幻なのか?

強烈なサスペンスにより一気に映画の世界に引き込まれる。

出張から帰ってきて、自民党の糞みたいな奴らの顔を見るのが嫌でケーブルテレビの映画チャンネルを見た。ちょうど、この映画が始まるところだった。

イラン=イラクの映画、と言うだけで興味がひかれる。クルド人の映画監督がクルド族の子供たちの、あまりに悲惨なありさまを見て映画にしようと決意した作品だという。

出演するたくさんの子供たちは、現地で募集したそうだ。地雷に吹き飛ばされ、両手がない、片足がない、片腕がない、目が見えない、などなど。本当に酷い目にあった子供たちが、生き生きと映画の中で動き回っている。それだけで、負けそうになる。子供たちはあまりにあっけらかんとしている。

そのなかにあって、冒頭の憂い顔の美少女は異質だ。目の見えない子供を背負い、両腕のない兄と一緒に難民となって村にやってくる。一切笑い顔を見せない。この兄弟たちにはどんな苦悩があるのだろうか?

村の子供たちを束ねる少年実業家サテライトは、この少女を一目見て惚れてしまう。このサテライト君、実に遣り手で、せっせと戦災孤児たちに仕事を与え、面倒を見る。自らも孤児で、たくましく生き抜いていこうという気迫に満ちている。

彼らの主な仕事は、地雷拾い。アメリカ製の戦車地雷は街で高く売れる。地雷を拾って、高性能のマシンガンを手に入れたりする。こういう切ないリアリティに、またも負けそうになる。彼らにとってはごく普通の日常だ。昔、コーラの瓶を拾って学園祭の出し物の費用に充てたのと同じこと。負けるもんか!

サテライトくんは、美少女の歓心を買うために、あの手この手をつくす。だが、少女はまったく心を開かない。少女はいつも背負って面倒を見ている子供に少しも愛情を示さない。なぜなのか。両腕のない兄の世話もしなくてはならない。

両腕のない兄は、これから起こる不吉なことを感じ取ってしまう能力がある。他人の上に起こることも、自らの凶事も自覚してしまう。なんという悲しい能力だろう。わかってしまっても避けることができないなんて、悲劇でしかない。恐ろしい暗闇だ。

映画が進むに連れ、この兄弟の置かれた地獄がわかってくる。あまりに過酷なのはこの兄弟の運命だ。悲しすぎる。ここまで見てくると、救いのなさに絶望する。

すべてが終わって、すべてを知ったサテライトは子供ではいられない。底なしの失恋と失望を味わい、悲しい難民となる。

サダムの横暴とブッシュの大義なき戦争、イラク侵攻を背景に、運命に翻弄されるクルド人の村人と子供たちの物語。

サスペンスが最後まで持続して、目が離せなかった。テーマは重いが、映画としてとても面白い。

戦争で酷い目に遭う話なら、広島長崎東京大空襲を忘れない。よその国の話を他人事なのにことさら感情移入しなくてもいい。人間の愚かさはいつの時代もどこの場所でも普遍だ。クルドの子供だけが悲惨なのではない。

あえて、よくできたサスペンス作品として99分間、本当に楽しんだ。
コーヒーと煙草。二人が向き合うと会話が始まる。

1ダースほどのエピソードすべてにコーヒーと煙草が出てくる。一話だけ紅茶だっけ?

白黒の映像。白と黒のチェックが画面のどこかに使われる。

一つ一つのエピソードが会話だけで成り立っている。友達、いとこ同士?、恋人?、店員とお客・・・。いろいろだ。

ケイト・ブランシェットがケイト・ブランシェットの役で出てくる。美しい。ケイト、素敵ですねえ!いとこが出てくる話だが爆笑ものだ。

もう一つの「いとこ?話」も面白い。売れている有名な俳優の元に、売れない冴えない役者がくる。その男は、調べたら自分はあなたの従兄だということがわかった、と言う。売れている俳優にしてみたらうんざりするような話。体よく追っ払おうとするが、意外な結末が・・・・。と思わせぶりに書く。

星新一のショートショートのパンチ・ラインも意表をつくものがある。スマートで洗練された結末。それが星新一の持ち味だ。

この「いとこ同士?」の結末には笑った。タカ・アンド・トシなら、「そこかよ!!」と突っ込む。予想通り、体よく追い払おうとした有名売れっ子俳優がしくじるわけだが、その理由となる人物の名前が渋いのだ。俺は大いに気に入った。その名前じゃないだろ、と言う名前に異様に食いつくのが可笑しい。「その名前」は有名なミュージシャンだ、とだけ言っておこう。

へんてこなコイルの話もいい。演じているのが本当の兄妹だというのがいい。

ビル・マーレイが、相変わらずのビル・マーレイで出てくるのも笑いました。

コーヒー、最近凝っているのは、カフェ・アメリカーノ。エスプレッソをいれて、お湯で割って飲む。実にソフトで胃に負担がかからない。イタリアン・ローストの豆が香ばしく飲みやすい。

映画のコーヒーはカフェインがたっぷり入っている感じ。煙草も胃に悪そう。でも格好いいな。コーヒーと煙草。最高の取り合わせ。

気が向いたらいつか俺もやってみよう。
「韓国美少女ホラー」というジャンルが結構好き!なにしろ出てくる女の子が可愛いのなんの。

一番のお気に入りは、もちろん全智賢(チョン・ジヒョン)です。「猟奇的な彼女」の「彼女」ね。永遠の「彼女」!素晴らしい!

この「狐怪談」に出てくる、パク・ハンビョル も最高ですよ。チョン・ジヒョンに似たところがあるけれど、チョン・ジヒョンより容貌が整っている。あれかな、整形なのかな?ま、いいや。映画で見るだけだもんね。付き合えるわけもないし。

「狐怪談」を見たくなってじっくり見た。いいねえ!ストーリーもちゃんとしている。昔ながらの少女コミックに出てくる嫉妬と羨望から巻き起こる悲劇だ。主人公がバレエをやっているのも美少女ホラーの王道だ。

でもなんで少女コミックには昔から必ずホラーがあるのだろう?楳図かずおの「おろち」とか、「エコエコ・アザラク」の黒井ミサとか少女漫画のりだもんな。女性は人間の心が一番恐ろしいということがよくわかっていて、怨み嫉みからくるいじめの恐怖をコミックの中に解消してきたんだろうなあ。よく言われる、ホラー漫画が異常な犯罪を誘発する、というのはまったく逆なんじゃないかなあ。

ま、どうでもいいや。年末、暇なのでこの他にもジョニー・デップの「フロム・ヘル」という映画を見た。デップがハンサムなだけで異常につまらない映画でした。途中で飽きて別の音楽を聞きながら字幕だけで流し見をしておしまい。時間の無駄でした。
まず日本語タイトル。「敬愛なる」ってなんだよ。親愛なる、敬愛する、だろ?なんて不愉快なタイトルだろう。

原題の「Copying Beethoven」もふざけている。写譜職人の話だから「Copying」なのだが、Beethovenの写し、という感じでしっくりこない。

冒頭と映画の最後が完全に食い違っていて、映画の構成として破綻している。これは致命的だ。前の日にクリントの見事な映画作品「硫黄島よりの手紙」を見たからいっそう構成の欠陥が目に余る。クリントは、常に丁寧に冒頭と末尾部を一貫させる。最後まで見ることでタイトルの意味もわかり、タイトルの意味を理解したとたんに感動も押し寄せてくる。複線もきちんと解決して実に清潔な印象が残る。これが映画だ。

それに比べ、この駄作「べとべん」はなんだ!!冒頭で馬車で駆けつける写譜職人の女の回想のように始まるのに、最後の場面では意味もなく野原に消えておしまい。馬車は?「大フーガ」は?いつBeethovenと別れたんだ?どこから馬車で来たんだ?最優秀の作曲はどうなった?疑問百出。

ふざけるな!!!こんなへたくそな構成があるか!!歪んでいる。途中で投げ出したような作品だ。

シナリオがひどい。ベートーヴェンを題材に自由に作ったファンタジーと言えないこともないが、あまりに実在のBeethovenを矮小化している。見るに耐えない。事実が間違っているから嫌なのではない。架空の人物である写譜職人の女の言動が、不愉快極まりないのだ。Beethovenを「敬愛」している俺たちにはとても容認できないフィクションだ。

しつこくあげつらってやる。

まず、写譜職人として雇われた女。音楽学校で作曲を学ぶ学生のうちで最優秀の学生だと!!!!そんな学校があったとして作曲を誰に教わっていたのだ?しかもBeethovenの家にアルバイトで出かけていくんだぜ。いつの時代だよ。その設定でもう俺のイライラは募っていく。

で、その「最優秀」の作曲女が頼まれる仕事は、四日後に初演するBeethovenの「第九」のコーラスのパート譜の写譜。そんなもん、分量で言えば一晩の徹夜でできる量だろう。俺だってできるぜ。

それなのにあろうことか、Beethovenに、作曲のアドヴァイスをするんだぜ!!!!!!!あほか!!!!「ここはいったん短調に転調して緊張を高める。それから思い切り爆発するのよ。それが、Beethoven・・・・・」とかなんとか。Beethovenは、スケベじじいの顔になって、「ほほお。そのほうがいいかのお。そうかそうか」とか言ってその意見を採用するんだぜ。いつオケのパート譜を書き直してリハーサルしなおすんだよ。コーラスがトゥッティで入ってくる直前の大変更だぜ。んなんありえない。馬鹿女の一言で作品を書き換えるような人物はそれだけでBeethovenではありえない。

見るに耐えないとはこのことなのだ。こんなあほなフィクションがあるか!!悪質な捏造。あまりに作曲家を馬鹿にしている。見ている俺は怒りがこみ上げてくる。

これ一つでこの映画のレベルの低さがわかるのだが、まだまだ山ほどくだらない場面が続く。

ほかのブログや提灯持ち記事で「感動の場面」とか書いてあるのが多くてあきれた。耳の聞こえないBeethovenが第九の初演の指揮をする場面。最悪だ。

あの写譜職人の馬鹿女(最優秀作曲女)が、オケの中に座ってBeethovenを指揮するんだ。Beethovenはその馬鹿女の指揮を見ながらオケを指揮する。その世にも珍妙な猿芝居に感動している素人衆。この映画は罪作りだ。指揮なんてこんなもんだと思っちゃうじゃないか。「のだめ」の玉木宏よりはいい指揮をしていた、とか書いてあるブログがあって殺意を覚えた。

えんえんその場面が続き、おれは目をそむけた。醜い。自己陶酔している馬鹿女の指揮ぶり。見るに耐えない。踊ってんじゃねぇ!!

ま、シナリオ・ライター、監督の責任だ。こんな愚作を作って。こんなもの、音楽と関係ない人たちが音楽と関係ないところで見ていればいい。クレジットをちゃんと入れてほしい。「この映画は実在したベートーヴェンと実際の作品とは何の関係もありません」と。あまりに音楽がわかっていない監督とシナリオ・ライターの作った無礼なくず映画、糞映画(失礼!マダム)だ!!

Beethovenや音楽を心から「敬愛する」人々は決してこの映画を見ないように。愚弄された気持ちになるから。

神田うのがこの映画の宣伝をしていたよ。その程度の作品。インタビュー記事が最悪。「うのさんにとって『敬愛なる人』はどなたですか?」芸能記者って心底馬鹿だな。もちろん、あのパチンコ屋って言わせたいんだろ?パチンコ屋と、俺の敬愛するBeethovenとはなんの関わりもない。俺は死ぬまで絶対パチンコはやらない。いままで何度かやったことがあるがもう絶対やらない。決めた。

そんな新たな決意を生むほどの駄作「べとべん」。どれほどくだらないか、教養ある人々はよく見て俺と一緒にこの映画を馬鹿にしてくれ。とにかく悪質だぜ。ほめている素人衆を啓蒙しなくては。。。俺のやるべき仕事はまだあるぜ。。